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2011.12.22

ウォーキング・デッド

Walking Daed
作:ロバート・カークマン
画:トニームーア、チャーリー・アドラード、クリフ・ラスバーン
訳:風間賢二
飛鳥新社刊
☆☆☆★

フランク・ダラボンの手によりTVドラマ化、日本でも来春リリース予定
「ウォーキング・デッド」の原作本。
原書のTPBの3冊分を纏めた日本語版です。

イメージコミックスから出版されて、今は15冊目ぐらいまで
続いてるらしい。日本語版も2月に2冊目が出るとの事。

タイトル通りゾンビ物です。
前書きで原作者が、
これは「バタリアン」じゃなく「ゾンビ」である、
的な事を言ってるのが素晴らしい。

つまり、ただのモンスターとしてゾンビを描きたいんじゃなく、
ゾンビを使って社会のメタファー(暗喩)をやるんだっていう事。
ジョージ・A・ロメロがやってる事ってそういうのでしょう?
ただのグロやスプラッタとしてゾンビを描いてるんじゃない。
この作品もそういう意図でやってるんだと表明してる。

「バイオハザード」のヒットとかもあってか、近年でも
それなりにゾンビ物の作品は多い。
私は見てないけど日本のアニメとかでも
ここ最近はちょこちょことゾンビ物とかやってますよね。
映画はそれなりに見てるけど、ロメロ系譜の作品って意外と少ない。
結局ただのアクションとかスプラッタに終始しちゃって、
メタファーとしてのゾンビ作品はたまに見かける程度。
(「ゾンビーノ」とか「ゾンビランド」辺りはロメロ系譜と言える)

なんかもうそのスタンスだけでご飯3杯行けちゃいますわ。
本家のロメロじいさんも、「ランド~」以降、
ちょっと観念的な事に終始しちゃって、面白いんだけど
ファン以外はついていけない感じにもなっちゃってるので、
旧3部作から正当に受け継いだ感じの規則正しいゾンビに
こうやって触れられるというのは非常に大きいのではないかと。

しかもコミックだからボリュームが映画以上。
まだ完結してないので、中途半端なとこまでしか読めない、
という問題もあるけど、この世界感に嫌というほど浸れる、
ってのは非常に幸せな気分になれます。

「目覚めたら世界は終わっていた」っていう所から始まって、
後は生存者達のサバイバル生活。
で、そこでいざこざがおこるわけですな。人間同士で。
この終わった世界で、ユートピアを築こうとするも、
なかなかそう簡単には行かない。

一つの家族、一つの刑務所の中で、きっと協力しあえば
もっと何とかなるはずなのに、それぞれの思惑が交錯し、
事態は良からぬ方向に転がっていく。

延々とドラマをメインにやってるので、派手さを求めるには
向かないけど、ドラマ描写がなかなか丁寧で、私は凄く
楽しめました。次にも期待。

ゾンビ物って、やっぱり自分もあの世界に放り込まれたら?
みたいなの想像するの楽しいですし、映画と違ってドラマなら
かなりの尺で世界に浸れるだろうから
ドラマの方もどんなもんか気になります。

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2011.12.02

新しい神様

監督・脚本・撮影:土屋豊
ドキュメンタリー映画 日 99
☆☆☆★

山形国際ドキュメンタリー映画祭での特別上映。
10年前の映画祭で流したプログラムと、その監督の
今の作品とを両方やるって企画でした。

ただ私は雨宮処凛のデビュー作としてみたかっただけなんで、
これだけを単発で。

右翼に所属する処凛ちゃんと、天皇制反対な左側の監督との
問答を描くって作品概要だったので、そこがメインかと思ってたけど、
ちゃんと今で言う「生きづらさ」系の問題として作品は
作ってあるのね。
なので思ってたのとは少し違ってたけど、右左じゃなく、
今の問題としても見れる作りになってたので、
その点では予想以上に面白かった。

まあ撮影中に右翼抜けちゃうわけだし、そもそもが本人に
拠り所としての右翼っていう自覚は最初の方からきっと
あったんでしょう。

処凛ちゃんの良い所は…っていうより監督の土屋さんが引き出した
と言うべきなのかな?ちゃんと弱さを自覚してる所だと思う。
単純に映像見てるだけだと、ただの依存症でしかない事には
あまり自覚は無いのかもしれない(この時点ではね)気もするけど、
そこで相方の伊藤君みたいにある種の開き直りみたいな所まで
達してない辺りが、言い方は悪いかもしれないけど
処凛ちゃんの面白い部分だと思う。
っていうか伊藤君今何してるのかな?そっちが気になる。

しっかし、今の処凛ちゃん知った上での結果論みたいなもの
かもしれないし、本人の苦しみは想像以上のものがあったとして、
これはこれで青春だよな、みたいな気もしないでもないです。
思想とかちゃんと語ってるような映画でもないんで、
実質青春映画みたいなもんだろうと思うし。

関連記事
雨宮処凛 ドキュメント雨宮☆革命
http://truth.mo-blog.jp/area/2011/11/post_8b2e.html

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2011.11.04

A3

エー・スリー
著:森達也
集英社インターナショナル刊
☆☆☆☆

なぜ「あの事件」から
目をそむけるのか?
歴史は上書きされ、
改ざんされる。無自覚に。
誰も気づかないままに……。
ドキュメンタリー『A』『A2』の
作者が放つ第3弾。
新しい視座で「オウム」と「麻原彰晃」、
そして「日本人」の本質に迫る!

とゆー事で「A3」です。映像作品じゃなくて
書籍の形での刊行になりました。
元はプレイボーイだかに連載してた記事を纏めたもの。

今回のテーマはA=麻原彰晃に絞って
その裁判の様子から、未だ明確にされていない
麻原とは、そしてオウムとは何だったのか
を問い正す。

森さんは基本的にドキュメンタリーに客観性など
求める事は出来ない、だったらもう全ては主観として
割り切ってやるべき、というスタンスの人なので、
一連の「A」のみならず、他の作品でも
取材の対象者ではなく、実質森達也自身が主人公、
みたいな形になってる。

なので今回も当然、森が取材を重ねていく中で、
色々な葛藤や煩悶を抱えつつ、答えを模索していく様子が
つぶさに描かれる。
「麻原彰晃」本人に会う事は出来ない。
そりゃ獄中の人と簡単に面会、しかも麻原クラスの人となれば
難しいだろってのじゃなく、もう麻原は存在しないから。

全然知りませんでしたが、麻原って精神的にもう壊れちゃってるんですね。
というより、国家が壊したというべきなのかな?
糞尿垂れ流し、面会室で自慰を始めたりとか。
しかも自分の娘だろうと誰彼構わず。
それでも詐病(病気を装う事)扱いされて、裁判が中止される事はない。

多分だけど、みんなこの情況はおかしいって気が付いてる。
でもそれを指摘するのは森達也しか居ない。
いや弁護士とかは立場的に当然として。

人の心の内なんて絶対にわかりっこないし、森達也が言ってる事が
本当かどうかも私にはわかりません。
でもさ、流石に皆一様におかしいとは思ってるんだろうな、
というのは想像できる。でも止められない。止まらない。
それに関してはもう仕方のない事なんだって、
タブーには触れてくれるなっていう感じになってんだろうなと。
そこが恐ろしい。

そういう集団心理みたいなの中で、無自覚に、或いは善意で
こういう情況に陥ってしまう怖さ。
最初の「A」の書籍版の方だったかな?
オウムと世間は合わせ鏡みたいなもんって言ってたけど、
その後も含めてやっぱりそれが証明されているというか何というか。

「オウムは自分達と違う特別な何か」である。
じゃあその「何か」って何だよ?と聞いても誰も答えを
持ちえないからこそ、森はずっとオウムを追い続けてきた。
でも最後まで答えは出ない。
まあそりゃそうなんでしょうね、そもそもが「特別な何か」
なんかじゃないんだろうから。

読んでて最後にああなるほどなって思えて、非常にモリタツらしい所に
持ってきたなと思ったのが、麻原の目が見えない所。
「メディアリテラシー」の「リテラシー」ってのは
識字、読み書きの意味を持つ言葉です。
目の見えない麻原は自分で本や新聞は読めない。
つまり情報は一度誰かを介した上でしか入手できなかったわけだ。
要するにそこでフィルターがかかってしまう。

例えば新聞を一字一句キチンと読んでもらったとしよう。
でもイントネーション一つで印象は変わる。
もしかしたら読んだ人はその後に「いやこれは恐ろしい事ですね」
とその人個人の感想を言うかもしれない。
TVのニュース番組なんかまさしくそうじゃないですか。
そんなの一つで印象なんて簡単に変わる。

そもそもその新聞記事だって、記者が書いた時点でフィルターがかかる。
同じ事を記事にした物であっても、新聞を何種類か読み比べれば、
それぞれの紙面で微妙に違う視点になってたりもする。

それどころか、起こった事象をありのまま全てを文字に起こす事なんて
不可能だ。たとえ映像でそのまま映したとして、全てがそこに記録される
わけじゃない。絶対的な客観性などありはしない、全ては主観である、
というのが森達也のスタンス。

麻原が盲目であった事に注目して、そういった「リテラシー」の問題が
あの事件の根本にあったのではないか?という論法は
非常に森さんらしいし、面白い所に着地したなと思う。

それであの事件の全てが理解できる、なんて事は言わないけど
「特別な何か」じゃなく、とりあえず納得できる一つの答え、
みたいなものだけでも見出せたので、3作通して一応の区切りは
つけられたのかなぁという気はします。

関連記事
森達也・安岡卓治 A2
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/09/post_0402.html
森達也 「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/09/post_c4e1.html

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2011.09.28

あしたが消える -どうして原発?-

監督:-
ドキュメンタリー映画 日 89
☆☆☆

福島第一原発、22年前
たった55分の小さなドキュメント
この中に、
日本の"現在(いま)"と
世界の"未来(あした)"が映されていた

核と原発を考える特集上映。
チェルノブイリの事故から3年後の作品。

野田さん、もんじゅの予算削減とかって発表が出ましたが、
基本的には前の管さんの「脱原発」ってのとは違って、
「原発への依存度を低くする」程度の言い方してますね。
おそらくは世相を考えてそんな事を言ってるだけで、
多分原発の美味しい蜜を手放すつもりなんて全く無いんだろうな、
とか思ってしまいます。

風化して時が過ぎるのを待ってるだけの気がする。
正直言って今の機運を逃したら、どうせまたあやむやになって
当事者以外は興味を失っていく、やっぱり世の中そんなもんじゃ
ないのかなぁ、という諦めはどこかにありますわ。

というのもやっぱりこういうドキュメンタリーがあった事を
考えてもわかる通り、チェルノブイリの後に世の中に「反原発」
っていうそれなりに大きな動きはあったけど、そこで少なくとも
日本は動じずにその後も原発を増やし続けてきた。

その当時から反原発運動ってのは確かにあったんだけど、
結局はそこで日本は変わらなかった、変えられなかった。

私はまだその時は子供だったから、とかもあるかもしれないけど、
何にせよその後も含めて無関心だったわけで、その事をとやかく
言う資格は無いんだけど、やっぱり関心を持った人たちにとっては、
こんなヤバイものいらないでしょ?
チェルノブイリ見て、あなた達はそれでも原発に頼るの?
ちょっとおかしくないか?っていう世の中に対しての隔たりの気持ちは
あったんだろうな、という想像はできる。

というのも今回の一連の核と原発を考える映画特集を
やってるフォーラムネットワーク専務・A子さんとかは
今回の福島の事故うんぬん以前の、チェルノブイリ事故の時から
ずっと反原発運動をやってらして、その辺に関しても
色々とお話をお聞きしましたし、書籍関係を当たってみても、
やっぱり昔から反原発運動をやってる人にとっては、だから
前から言ってたじゃないか!事故が起きてからでは遅いんだよ!
って感じの言い分はいくつもありました。

日本でもチェルノブイリの影響は多少なりともあったんだろうけど、
やはりどこかで「遠い国の出来事」である事は否めなかったんだろうし、
そこはそこで仕方ないのかな?と知らないなりに思う。
けど、当事者になってしまった今、日本という場所で、世の中を
動かせなきゃこの先だって変わんないでしょ?
5年10年経ったら、忘れちゃう人は忘れちゃうんじゃないの?
そこ風化する前に、今何とかしとかなきゃ、みたいな気持ちは
やっぱりありますわ。

被爆国である日本だからこそ核の平和利用を、っていう言い方で
国民を納得させて原発を推進してきた過去とかを考えると、
逆にこうなってしまった今だからこそ、日本は脱原発を他国以上に
推進していかなきゃならない、みたいな言い方だってね、
出来るんじゃないかと思うし。

チェルノブイリの時はまだバブルはじけてない時期ってのも
考えると、ある意味でまだ機は熟して無かったとも言えなくもないし、
じゃあ今こそ!っていう単純に思う部分はありますわ。

ああ、因みに「ミツバチの羽音と地球の回転」の時の配布資料に
載っけた実行委員の言葉。
「原発、そして私たちはあまりにも『戦後』の価値感に縛られ続けてきた。
これからは『災後』を考える時代」
って私は書いてるんだけど、その辺りの事も含めた上での言葉です。

戦後の経済発展の文脈の中で、
他国に依存しない日本独自のエネルギーが必要。
これからも電気の需要は増え続ける、
みたいな言い方で原発は必要視されてきたわけだけど、
経済成長が日本どころか世界で頭打ちになった今はもう
転換期に差し掛かってるわけで、その辺を理解した上で
世の中変わっていかなきゃならないんだよなぁ、と強く思います。

ん、映画とあんまし関係無い話ばっかですが、
ちょっと時代的に古い部分は感じつつも、基本的に
今見ても根本の部分はそんなに変わって無いものでしたし、
逆に今見るとね、事故なんかなくても訴えている部分は
当時から同じだったんだな、というのが再確認できる作品でした。

関連記事
メアリーアン・デレオ チェルノブイリ・ハート
http://truth.mo-blog.jp/area/2011/09/post_d50f.html
鎌仲ひとみ ミツバチの羽音と地球の回転
http://truth.mo-blog.jp/area/2011/08/post_513c.html

Sh3g0268幻のドキュメンタリー映画、発見!!

2011.08.20

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論

著:荒木飛呂彦
集英社刊 集英社新書
☆☆☆

そういや「SBR」完結したけど書いてないな。
せっかくだから最初から読み返して、とか思ってたけど
なかなかそんな時間は。

正直グダグダだし、細かい事捨てて逃げたな、感もあるけど、
6部辺りも読み返すと独特の荒木理論は凄く面白かったりするし、
今の8部も「呪い」をテーマにするとか、そこの部分は凄く面白そう。

「呪い」つっても、呪術的なものじゃなくて、概念に縛られる事とか
おそらくはそういう面での呪い。

それはともかくこちらの新書。
単行本の作者近影とかでも度々触れられてるけど、
荒木はホラー映画好き。しかもB級物とかも心から
楽しんでる辺りが見えてくるのが面白い部分。

冒頭の「プレシャス」はホラー映画だ!っていう所から
もう掴みはバッチリです。
荒木飛呂彦を読んでて面白いのは、一般的な概念とは違うものを
作者独自の理論を構築して、その仮定を元に作品を構築してる所。
上の6部で言えば、「重力・引力」の概念とか
プッチが言う「幸福」とか、「運命」とかそういうやつ。

単純に話だとかキャラだとかも面白いけど、私が一番面白味を
感じるのはそういう独自の荒木理論だったりする。

「凄み」とかもこの本で何度か出てくるけど、
国語辞典に載ってるような単純な言葉の表層の意味じゃなくて、
バックボーンに荒木理論があって、それを「凄み」という言葉に
集約させてあるんだよな。
逆にその辺は「わかんねーよ」って一蹴される場合もあるだろうけど。

もうこの本も荒木理論のオンパレード。
ああ、こういう理論があるからジョジョのあの場面なのか、
みたいなのがいっぱいあって、凄く面白かった。

単純に「ナインスゲート」のジョニデのキャラを岸辺露伴に
少し組み込んだ、とか言ってる部分もあるけど、
「ミザリー」とかでは由佳子の事には一切触れて無かったり、
単純な元ネタ集という面ではさほど有用ではない。

そのかわり「ファイナルデスティネーション」は運命から
いかに逃れるかを描いてある映画だ、みたいな事を言ってる所は
具体的な元ネタじゃなく、考え方・思想の基礎みたいなものとして
独特の視点で見てたんだな~ってのと、このテーマをジョジョで
どう描いたのか、みたいな所を繋げて考えると、すっごい面白い。

ストレートに「お手本にした」って言ってる作品じゃ無く、
ただ紹介してるだけの作品に関しても、色々と漫画と繋がる部分
多いし、ジョジョの副読本として読んでも凄い面白いですわ。

私もホラーとかは結構好きなので、紹介されてるうちの
三分の一ぐらいは見てるかな?
映画好きとして言わせてもらえば、映画見ない人がこれを
ホラー映画論の辺り前のものとして見られてはちょっと困る、
というのはある。かなり独特の視点で見た荒木理論であって、
普通の映画論とは異なるもの、という理解はしてもらいたい。
普通とは違うからこそ面白いわけだし。

ただ「ゾンビ」とか「エクソシスト」は本当に映画として
素晴らしいものだし、やっぱり「エイリアン」は1が至上です。
この辺は間違いない。
でも「アイアムレジェンド」がここまで高評価なのは
映画好きではまずありえない。いや私も好きですが。
なので何故荒木が高評価してるのか、っていう理由まで
きちんと理解した上で読んで欲しいというのはあるかな。

何が正しい、正しくないとかじゃないんだよ。
「視点」なの。

ん~、「きねきね」2号には視点の事書きたいなぁ
とか思ってるけど、それは置いといて、
まずは書いてる人の視点がどこにあるのか、
この人はどこに立った上で話してるのか、
そこを理解してないと、物事の本質が見えなくなって
間違いが起こりやすい。
自分は同意できないけども、この視点・観点で言えば
言ってる事そのものを理解する事はできる、みたいな。
そこできてないとさ、話そのものが成立しない。

これ違うでしょ?って最初から否定するんじゃなくて、
荒木の視点はここにあるっていうのを理解した上で
自分の考えをそれに当てはめて考えてみるというか。

「プレシャス」はホラー映画じゃないでしょ、って
頭ごなしに否定するんじゃなく、こういう視点で見れば
プレシャスはホラーである、と言ってるんだから、
まずはそこを理解する事から始めないと。

自分の意見を相手に強いるのは対話じゃないので。
それだとコミュニケーションが成立しなくなる。

映画評とかだとやっぱりよくありますから。
この映画が良いか悪いか、みたいなやつね。
まず相手はどういう視点に立ってその意見を言ってるのか、
そっから始める事が大切。

なので、これは映画論というより、荒木の視点って
面白いよな~、と言いたくなる本なのです。

関連記事
荒木飛呂彦 ジョジョの奇妙な冒険 Part6 ストーンオーシャン
http://truth.mo-blog.jp/area/2007/09/_part6__6bef.html
荒木飛呂彦 死刑執行中脱獄進行中
http://truth.mo-blog.jp/area/2007/11/post_fd2a.html

商品リンク

荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書) 荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論 (集英社新書)
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発売日:2011-06-17

2011.08.17

アリス・クリードの失踪

原題:THE DISAPPEARANCE OF ALICE CREED
監督・脚本:J・ブレイクソン
映画 英 09
☆☆

ん~、これも一つ前に見た「ロシアンルーレット」と同じく
アイディア先行。

誘拐された資産家の娘アリス・クリードと、
ダニーとヴィックという誘拐犯2人しか登場人物が出ない。
例えば背景とか、警察とのやりとりの声とかそういうのでも全く
出さないので、もう完璧に3人のみで100分通す。

サスペンス物なので、会話劇のドラマというより、
話の流れの中で立ち場が二転三転して、盛り上げる
シチュエーションサスペンスって感じか。

何かの雑誌で褒められてて、結構期待してたんですが、
それなりには面白かったものの、それなり以上のものはなかった。
タイトルの使い方とかは好きですが。

とゆーか、某藤吉さんが喜びそうな部分が途中で
唐突にあって、そこは流石にビビった。
面白いっていうより、いきなりこの展開かよ!という感じで。

この手のアイデア重視の作品って、面白い事は面白いんだけど、
やっぱ私はただ娯楽としてだけ映画見てるわけじゃないから、
中身の無さに物足りなさを感じてしまう。

中身無いと意味なくねぇ?
ってか普通の人はそもそも意味なんて求めて無いんだろうけど。

関連記事
ジェマ・アータートン 007/慰めの報酬
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/01/qu_16ec.html

Sh3g0253ここには3人と、
1発の銃弾、

そして
“嘘”が散らばっている。

2011.07.20

小川の辺

原作:藤沢周平
監督:篠原哲雄
映画 日 11
☆☆

庄内映画村撮影の藤沢周平原作物。
今回で何作目だかもう数えられません。

監督が篠原哲雄で主演が東山紀之という事で「山桜」のコンビ。
「山桜」かなり良かったし、今回も大丈夫だろう、
と思ってましたが・・・・う~ん、飽きたのかなぁ?
なんとなく微妙な感じが。

「山桜」の時は東山の役が寡黙な人で、なお且つシチュエーション
的な面もあってセリフがほとんどなかった。
その代わりなのかは知らないけど、今回は普通にしゃべる。
うん、東山は悪くないんだ、でもなんつーんだろう?
全体的な構成というか脚本というか、ちょっと内情まで
しゃべりすぎな気が?
回想シーンの多さもあってか、ちょっと説明がクドく感じた。

「山桜」が良かったのって、凄くストイックだったから。
今回は菊地凛子と勝地涼の方のドラマが、生の感情丸出し
って感じでその部分に全く乗れなかった。
東山はいいんだけど、その他の部分が通俗的な感じがして、
そっちにフォーカスが当たっちゃうとどうも乗れない。

兄が嫌われる理由とかはまあ想像で補えばいいのかもしれないけど、
逆にそうだったら、愚直にしか生きられない
兄の不器用さをとことん描く、とかにした方が良かったんじゃ
ないのかなぁ?と。
そこを描かずにドラマの部分というか、葛藤なり感情なりを
新蔵と田鶴の方に頼ってるから、作品としてあんまり一貫性が
ないように感じる。
表層的には東山が主人公だけど、ドラマとしては下二人の方だよね?
っていう。

で、菊地凛子。割と独特の個性はある人だと思うんで、
時代劇にも結構合うんじゃないかと思ってましたが・・・
全然合いませんでした。
なんかただチャラいだけの人に思えてしまった。
剣術にしても考え方にしても、彼女なりの芯の強さみたいなものが
見えれば良かったけど、なんか安っぽくてダメだった。

それに、本人どうこう以上に、彼女の使い方が・・・。
なんかさ~無暗に脱がすのやめようよ。
無名の彼女が一気に名を上げて、何か凄い事やってるのか?
と思ったら、ただ脱ぎっぷりが評価されただけだったという「バベル」
以降、「ナイト・トーキョー・デイ」とか「ノルウェイの森」とか、
菊地凛子は脱ぐのOKだから、みたいな使い方されてない?
今回の脱ぐシーンも、他の藤沢作品みたいに、内に秘めた恋心、
みたいなストイックなものにしておけば全然印象変わったはずだし、
正直、何やってんのかなぁ?という感じでした。

藤沢周平物、また何か作ってるんでしたっけ?
いっつもいっつも同じな「堕落したお上の者に翻弄され、真面目な
武士がどうたらこうたら」ってのはお約束なんだと割り切って、
その中の設定の差異を楽しむべきってのはここ何作かで
今さらながらにわかってきたので、せっかくだしつきあいますが
一体いつまで続くんでしょうねぇ?
ぶっちゃけもう、山形人以外は誰も騒いでない気するけど。

あ!あと奥さん役の人、綾瀬はるか?と思ったら声が凄く低いし、
なんか違う人でした。見た目凄く似てないですか?

関連記事
篠原哲雄 山桜
http://truth.mo-blog.jp/area/2008/05/post_d923.html
平山秀幸 必死剣 鳥刺し
http://truth.mo-blog.jp/area/2010/08/post_cbcf.html

Sh3g0248_2「田鶴は…手向かってくるであろうな」
藩命は、妹・田鶴の夫である
親友を撃つことであった。

2011.06.27

X-MEN:ファースト・ジェネレーション(2回目)

原題:X-MEN: FIRST CLASS
原作:MARVEL
監督・脚本:マシュー・ヴォーン
映画 米 11
☆☆☆☆★

2回目を見てきました。
実は特典ほしさに前売りを買ってたのですが、
前夜祭上映を見に行ったら「前売りは明日からです」とか
言われちゃった。
ええ~っ?とも思ったけど、吹き替え版の方にも興味あったから
まあいいか、と。そんな感じで2回目の今回は吹き替え版です。

芸能人使うわけでもないし、やっぱ声優さんは安心して見れます。
アニメ系の声優さんと洋画系の声優さんでもちょっと違ったりは
するんですけど、基本洋画系メインの中でマグニートー役は
三木眞一郎という面白い配役。それだけでも十分おつり出るぐらい。

吹き替えで2回目、というシチュエーションもあるからか、
最初に見た時以上に感情移入できて、
二度目でもすっごく面白かった。

その後の展開を知ってるからこそ、一つ一つのシチュエーションが
凄く尊いものに思えてきて、最初から最後まで全く飽きることなく
引きこまれっぱなしでした。

少し気になるのが、エリックが母親を殺されて能力を覚醒
させるシーンで、すぐに倒れた母親にかけつけないのが違和感。
母親の亡骸を抱きかかえながら「うぉぉぉっ!」って感じでも
良かったんじゃないかなぁと。

後はHFC側についたエンジェルと、残ったメンバーが
普通に戦っちゃう所。
偶然か狙ったのか結果的にはエンジェルの羽を打ち抜いたので、
ホントは戦いたくはないんだよと思ってたかもしれない、
とは想像できるものの、エンジェルはあれ本気で殺しにかかってるよな?

そしてもう一つはショウが死んで割とあっさりマグニートー側に
ついちゃうHFCの面々とか、この3つだけちょっと気になりました。

全体的に内面をきちんと描いてる映画だけに、そこは微妙に
違和感が残るというか。

それ以外の部分は問題無し。というか、全体の流れが上手いなと
感心させられます。結構色々なものを詰め込んである割に、
バランス的に全然違和感が無いというか、濃密な2時間20分で
全く飽きずに見られるって凄い。
勿論、ファン心理的なものもあるけれど。

ブライアン・シンガーの「スーパーマンリターンズ」は
映画は映画と割り切るけど、ちょっと世界観壊しすぎなアレンジで
部分的に乗れない所もあったのですが、X1/2なり今回のアレンジは
これはこれでアリだろうと思わせてくれる。
マシュー・ヴォーンに関しても、キックアスはやっぱり原作の方が
私は好きだったりするんだけど、今回のX-MENに関しては
おみごとという他ないです。

さてお次は「マイティ・ソー」です。
原作コミックも2冊も出るし、割と前評判も良さげなので
こうしてアメコミヒーロー物を次々と堪能できるのは非常に嬉しい!

関連記事
X-MEN:ファースト・ジェネレーション(1回目)
http://truth.mo-blog.jp/area/2011/06/post_ceea.html
X-MEN:ファーストクラス 明日への架け橋
http://truth.mo-blog.jp/area/2011/06/post_a1a2.html

2011.06.25

X-MEN:ファーストクラス 明日への架け橋

X-MEN FIRST CLASS:TOMORROW'S BRIGHTEST
著:ジェフ・パーカー、ロジャー・クルーズ
訳:高木亮
MARVEL COMICS
小学館集英社プロダクション刊 Shopro Books
☆☆☆★

知られざる若きX-MENの物語。
“恵まれし子らの学園”の生徒たち……サイクロップス、アイスマン、
ビースト、マーベルガール、エンジェルの5人はX-MENとして
世界中にその名を知らしめた。
これはミュータント時代の基礎を築きあげたチームの知られざる物語である。

映画に合わせて日本語版新刊が出ました。
ただし、同じ「FIRST CLASS」ながら全くの別物で、
映画はX-MEN結成以前のお話でしたが、
こちらは結成後の最初のメンバーのお話。
ファンの間では「ファースト5」とか呼ばれてるっぽい。

映画の1でもサイクやジーンは大人で学園の教師という所から
描かれましたけど、X-MEN開始直後は彼らが学園の最初の生徒
だった頃からスタートしました。
その時期にスポットを当ててある話なので、
キャラや設定が膨大に増えて複雑化した現行のシリーズよりは
初心者とかでもとっつきやすいのではないかと。

ただ、ゲストは各話いっぱい出てくる。
リザード、ドクター・ストレンジ、マイティ・ソー、スクラル人、
クイックシルバーにスカーレット・ウィッチとかなり豪華。

時代設定も一応は昔の話って事にはなってるんだろうけど、
コスチューム以外は特にその古めかしさに拘ってるわけでも
なさそうなので、普通に今の作品として読める。

設定が複雑じゃない分、5人+教授が力を合わせて危機を解決する!
みたいなストレートな話になってるし、X-MEN特有というか
マーベル特有のギスギス感はほとんどないので、
なんというか、素直なマンガになってる感じかな。

頭のいいハンク(ビースト)は教授と話してる時だけ
自分を解放できるんだなぁ、ってモノローグとか、
サイクの見ている赤い世界だとか、何気ない所で
ちょっとグッと来る描写なんかもあって、その辺は
らしく面白い部分でした。

「ソー」「キャプテンアメリカ」「スパイダーマン」も
今後のラインナップに入ったし、映画に合わせて何かしら
邦訳本も出してくれるって流れになってるのは非常に嬉しいです。

関連記事
X-MEN/アベンジャーズ:ハウス・オブ・M
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THE X-MEN #1
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価格:¥ 2,310(税込)
発売日:2011-06-11

2011.06.17

X-MEN:ファースト・ジェネレーション

原題:X-MEN: FIRST CLASS
原作:MARVEL
監督・脚本:マシュー・ヴォーン
映画 米 11
☆☆☆☆

X-MENシリーズ最新作。
ブライアン・シンガーが降りた3作目と
スピンオフの「ウルヴァリン」は、ドラマ性より見た目の
派手なアクションになっちゃってて、正直ガッカリだったのですが、
なんと今回はシンガーが戻ってきてくれました。
監督じゃなく、製作&原案ながら、そのおかげか、1作目2作目に
近い作風に戻って、個人的にはやっぱりこうでないと!
という感じです。
つーか「ウルヴァリン」にも出てたエマ・フロストを
こっちでも出してる所を見ると、多分シンガーの中では
3作目4作目は無かった事にされてる感じ。
「スーパーマンリターンズ」もそうだったし。

今回はプロフェッサーXとマグニートーの出会いの時期を描く
プリクエル物。
敵はちょっと意外な所から持ってきた感じのヘルファイヤークラブ。

勿論、原作そのままの設定を使うんじゃなくて
映画としての大幅なアレンジは加えられてるけど、
これはこれで映画シリーズというか、映画ユニバースというか
また別物として楽しめるので好きです。

原作は何十年と続いてるだけあって、宇宙に行ったり
タイムワープしたりと、何でもアリ状態なのですが、
逆にそれ故に映画的なリアリティを考えると、
実は使えるキャラとかって限られてる気がする。

「X-MEN」の代表的なヴィランは?と言えば、
真っ先に上がるのは当然マグニートーでしょうけど、
アポカリプスとかミスターシニスターとかは映画では
使いにくそうだよな、と思う。
いつか映画的にリアリティのある感じでアレンジされて
出てくるんでしょうかね?それはそれで楽しみだったりするけど。

そんな中でHFCを持ってきたのが面白いなと。
セバスチャン・ショウ(映画ではブラックキングとは名乗らない)の
能力の「エネルギー吸収」って、アメコミでは割とよくある能力
なのですが(ビショップとか)、漫画だからこそ表現できるのであって、
それを実写でやったらどうなの?とか思ってたのですが、
意外に見た目も面白くてちょっとツボでした。

バンシーとかは元々の原作でも音波で空飛ぶって
多少無理矢理感があるものを、実写じゃさらにキツかったし、
ハボックもリップルレーザーじゃなくて、最初フラフープ、後から
ただのレーザーになってたのは若干微妙。
エマのダイヤモンドフォームがちょっと砕けたりとか、
細かい描写がちょっと気になりましたが、まあそんなのは
些細な事、本質のドラマの部分が上手く出来てて、
そこはすっごく面白かった。

プロフェッサーとマグニートーの友情や信念の違い、
ミスティークとビーストの外見に対する見解、
そして若い世代らの「能力」との向き合い方とか、
一概にどちらが正しいとは言えないし、両方の言い分がわかるからこそ、
些細な擦れ違いとかが、グッと心を揺さぶる。
こういう部分が凄く上手い。
「X-MEN3」はそういうの凄くおざなりだったから
つまんなかったんだよ。

あとは現実の歴史との絡め方なんかも秀逸で、
マグニートーがホロコースト経験者だったってのは
1の頃からあった話だけど、今回はキューバ危機を話に絡めて、
人間が戦争を回避したその裏で、ミュータントに亀裂が入る、
という対比が凄く良かったと思う。

こっからすぐ「1」に繋がるわけでもないし、
このキャストでの続編もまた見たい。
プロフェッサー側はハボック、バンシー、ビーストのみに
なっちゃったし、女キャラが足りないので、サイロックとか
ポラリス?ん~どっちも設定的にキツイかも。
とりあえず、マカヴォイもやる気あるみたいだし、是非また続きを。

関連記事
ギャヴィン・フッド ウルヴァリン:X-MEN ZERO
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/09/post_b302.html
マシュー・ヴォーン キック・アス
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Sh3g0230共存か、支配か。
その<起源>を目撃せよ!

2011.05.17

エンジェルウォーズ

原題:SUCKER PUNCH
監督・脚本・製作:ザック・スナイダー
映画 米・カナダ 11
☆☆☆

なんというバカ映画。
ドーンオブザデッド」「300」「ウォッチメン」と、
これまでは、マニアにとって巨匠と呼ばれるぐらいの
超大物作家の原作の映画化ばかりが続いてきたザック・スナイダー。
何と次は「スーパーマン」と来たもんだ。
そんなザックが原作無しで自分のオリジナル作品を作ったのが
今回の作品。

邦題はエンジェルウォーズだけど原題はサッカーパンチ。
なんでも「不意打ち」的な意味らしいのだが、
ここは勝手に超訳して皮かむり童貞の全力ストレートパンチ!
とでもしておきたい所。
中二の脳内を具現化しましたと言っても過言ではない。

その辺りは自分でもわかって作ってるのか、
作中でも、救われない環境に置かれた少女が、妄想の中で
大冒険バトルを繰り広げる、という形になってて、
作品のオチとしてもそこに収束する話になってる。

ある種のバッドエンドで救われないまま終わっちゃったりするのは、
妄想は自由だけど映画の中だけにしといてお前らは
現実にちゃんと戻れよ、というザックなりの気配りかもしれない。

ミニスカニーソセーラー金髪ロリータ美少女が刀と銃を振り回し、
ガトリング侍やら、ゾンビ兵士、ドラゴン、ロボット軍団やらと
エイエイヤァヤァ、チャンチャンバラバラ、バンバンダンダン
・・・って、あれ?
うん、テーマ曲は大槻ケンヂと絶望少女達の
「メビウス荒野」がぴったりなんじゃないでしょうか?

ボンクラオタクの脳内妄想汁全開です。
ってかセーラー服ぐらいならわかるけど、
ニーソックスなんてものまで萌え文化としてザックは
理解してたんでしょうか?そこはちょっとビックリ。

アクションシーンはザックらしくゲーム感覚の映像で
そこは凄く面白い。「ガンツ」もこれぐらい出来てれば良かったのに。

夢の二重構造が「インセプション」っぽくねぇ?とか
過酷な現実から逃れる為に虚構の世界に、が「パンズラビリンス
に通じるものがあるよね、なんて事も言えそうではあるが、
本質的には美少女がゲームっぽい世界で暴れまわる姿を
撮りたかっただけだと思われるので、他の部分はあんまり気にしないでおこう。

関連記事
ザック・スナイダー ウォッチメン
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/04/post_37bd.html

Sh3g0224お前の世界は自由か。

2011.05.08

英国王のスピーチ

原題:THE KING'S SPEECH
監督:トム・フーパー
映画 英・豪 10
☆☆☆★

5月23日(月)19:00~
カフェフォーラムにて
シネマカルチャーサロン第9回
取り上げる作品はこちらの「英国王のスピーチ」です。
みんな来てね。

アカデミー作品賞受賞作です。
「ソーシャルネットワーク」との一騎討ちな感じでしたが、
結果は「英国王~」の方に。個人的には「ソーシャル~」が
とった方が今っぽくて面白かった気がしますが、
こちらの方は地味ながら佳作という感じで、手堅い受賞となりました。

「ソーシャル~」がひたすらマシンガントークを炸裂させてた
作品なのに対して、こちらは色々と落ち着いて喋れ、ってな作品
だったので、偶然にも対照的な作品になってたのが面白いです。
今と過去とかもそうだしね。

吃音症に悩むイギリス国王ジョージ6世のお話。
主演のコリン・ファース、脇のジェフリー・ラッシュ、
ヘレナ・ボナム=カーターの3人とも、凄く良い演技でした。

で、吃音。私もちょっと吃音入ってます。
今はそんなでもないですが、一時期は結構ひどかった。
20代の半ばごろかな?私は友達居ないんで、誰とも
喋らないでいたら、いつの間にか口まわんなくなってた。
仕事での業務上の受け答えぐらいは最低限やってたけど、
吃音があるからますます口を開かないようになっちゃうという
負のスパイラルに陥っちゃうわけだな。

これはヤバイ!と思って少しづつ人と交流するようにして
徐々に回復していったという感じかなぁ?

そんなんがあるので、映画のジョージ6世さんの
焦燥やもどかしさ、緊張みたいなものがより自分にとって
身近なものに思えたというのはある。

あと、王制、王室ってのが実は私よくわかってないのだけど、
日本の天皇とかと同じで、あくまで象徴的なものであって、
直接の政治に関わったりはしないものなのかな?

そういうものでしょ?って言われたらそれまでかもしれないけど、
これから戦争が始まろうかって時に、国や政治をどう動かすべきか?
とかじゃなくて、スピーチ上手くできるかなぁ?なんて、
悪く言えば目先の些細な事だけに悩んじゃってるのは、
なんかどうなんだろう?とか思ってしまった。
戦争始まっちゃえば、何万人何十万人の命が犠牲になったり
するわけじゃない?
そういう所にはこの王様は目を向けないんだなぁ、とか思った。

その形式的な物が大事なんだってのはわかるし、家族としても
娘が普通の親子としてでなく、王と王女として接しなければ
ならない、なんてシーンはやっぱりツライよなと思ったし、
だからこそ治療師のライオネルが王と対等な関係を求めた
っていうのが色々と深くて面白い部分でもあった。

やりたくて王様やってるわけじゃねーよ、ってのもあるし、
兄の退位とかも含めて、ドラマとしては細部まで凄く上手く
作ってあったな、という印象。

シネカルはただ歴史のお勉強するわけじゃないだろうし、
社会学の視点とかだとここから何が見えてくるんだろう?
とそっちの方もまた楽しみです。

関連記事
中西健二 青い鳥
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/01/post_2638.html

Sh3g0217英国史上、
もっとも内気な王。

2011.04.15

息もできない

Breathless
監督・脚本・製作・編集・主演:ヤン・イクチュン
映画 韓 08
☆☆☆☆

キネ旬で1位をとったとかで、遅れつつも
こちらでも公開になりました。
忙しいし、どうしようかな?と思いつつ、
流石にキネ旬1位だから見て損するようなものでは
ないだろうって事で、他の作品をスルーしつつ足を運ぶ。

ん~、ひたすら暴力暴力暴力暴力が延々と続く。
女でも平気で顔面を殴る。

劣悪な家庭環境で育ったが故に、暴力でしか自分を
表現できない取り立て屋のチンピラ。
そしてこれまた複雑な家庭環境にある女子高生が
ふとした事から出会い(ってか殴られる)、
通じ合っていく、というようなお話。
恋愛とはちょっと違うけど、似たようなものと言ってしまえば
そうかも?

韓国映画はすぐに飛び蹴りかますし、暴力描写が多い印象はある。
単純に「ヤクザ格好良い!」ってタイプの映画じゃないけど、
それに近いものはあるしバイオレンスをテーマにした
深みのある映画ではあるんだけど、私はあんまり好きな路線ではないです

韓国映画を見る上で、儒教の強い国だから、そういう部分も
頭に入れておくべき、って話はよく聞くし、
一般論として「家族」ってのが特別なものであるってのは
一応わかるけど、実際にそういうので苦しめられて、
家族とか捨てちゃった身としては、あんまりそういうのに
縛られてもねぇ?みたいに思う部分は少なからずありますわ。

だから主人公が父親を助けるシーンとかでは、
ああ、なんだか一般論の絵空事かな?とかちょっと思ってしまった。

自分と重ねられるような状況もあって、そこは色々と
興味深かったのですが、だからこそ、あそこであの選択は
ねーわ。後味が悪いのを覚悟しつつ、もし自分だったら
ザマミロとしか言わねーだろうなぁ、って。

たださ、この主人公は真っ直ぐなんだよね。
この手のアウトローな人間って、何でこんなに好かれるのかって、
多分、真っ直ぐな人だからなんだろうね、なんて事を
映画見ながら考えてた。

私みたいに捻じれて色々ひん曲がっちゃって、何考えてるか
わからん、みたいなタイプの人間よりは、暴力的だろうと、
真っ直ぐで単純な分、マイナス要素を差し引いてでも、
理解しがたい人と比べたら魅力はあるんだろうなって、
なんだか今更になって気づきました。

ヤンキーとかチンピラとか、すぐに暴力に走るような輩を
心から毛嫌いしつつ、こんな最低の奴らよりはいくらかは
自分の方がまだマシだろう、なんて思ってた所が私の中に
あったけど、暗くて歪んで捻じれまくってる奴なんて、
それよりもっと最低だよな、と気付いてしまった。
駄目だ。なんか俺ってやっぱり人として終わってるのか。最低だ。
さっさとカウンセリングでも受けに行こう。

うーん。因果応報の話で、実はテーマとしては単純だし、
戦争後遺症でうんぬん、DVを受けたから自分もDVに走る、
家族ってのは特別なもの、等等、冷静に考えると実はありきたりな
事をやってるだけで、それを例を見ない暴力某社だけでこの作品を
特別なものにしてるだけなんじゃないか?感もなきにしもあらず。

凄い作品だし、得られるものもあって観て良かったとは思うけど、
これって当事者感覚としては少し疑問を覚えるというか、
他者から見たら凄く見えるけど、実はリアリティなくね?
と、どこか違和感もあるかも。

その辺がまさしく真っ直ぐな人とねじ曲がった人の差異か?
ってかやっぱ醒めてるな、俺は。

関連記事
デビット・クローネンバーグ ヒストリーオブバイオレンス
http://truth.mo-blog.jp/area/2006/11/post_5bba.html

Sh3g0210二人でいる時だけ、泣けた。

2011.04.12

あしたのジョー

原作:高森朝雄・ちばてつや
監督:曽利文彦
映画 日 10
☆☆☆

なんと「やぎの冒険」と二日続けて一人観賞。
自粛ムードが影響してるんでしょうか?
ってかフォーラム東根大丈夫か?

ただこれ、当初はチラシも置いてなかったし、
上映予定には入って無かったのかも?
震災の影響でフィルムが回って来ないとか色々あって
スケジュールが大幅に変更になったから、急遽東根でも
上映する事になったのかな?と邪推。
見たい人は先に山形で見ちゃってるからこっちに
人入らないってのもあるのかなぁと。
私も最初は山形まで見に行こうかと思ってたけど、
忙しいのと震災の影響で結局行きそびれたから。

「あしたのジョー」自体は、アニメの劇場版2本を
見た事があるぐらいで、それは結構良かった記憶はあるけど
特別な思い入れって程のものは無いです。

今回の映画も、私の周りではそれなりに評判が良かったので、
じゃあせっかくだし見ておくか、ぐらいの感覚だったのですが・・・
ぶっちゃけ映画としては駄作もいいとこでした。
ドラマとか時代背景とかが、全然機能してないので。

ただ、力石を演じる伊勢谷が圧倒的に素晴らしい。
「本物の力石が居る」って思えるぐらいにアニメなりの架空の
キャラクターを全く違和感無く再現できてたのは凄い。
作品としてはダメでも、この力石だけで全てが許せるってぐらいに。

香川の丹下弾平が現実的なアレンジを加えずに、コスプレっぽく
再現してあったのは微笑ましい感じだけど、普通はそんなもん。
そこ考えると力石の違和感の無さが異常。

逆にジョーはマンガ的でもなく、リアリテイがあるわけでもなく、
なんか変なキャラになってたのが微妙でした。
原作だと最初はまだ少年っぽさが残ってるんだけど、長く話が
続いてく中で少しづつ変化していくっていう感じだと思うんだけど
映画だと最初からニヒルな感じのキャラクターになってるので、
なんかそういう部分にドラマが感じられないし、尺の問題も
あるんだろうけど、試合展開とかも含めて、感情移入しにくく
とっつきづらいキャラになってたのが残念。

個人的にもそうだし、一般的にもそうかなぁと思うのですが、
ジョーに感情移入する最大の要素って、やっぱりラストの
灰になって燃え尽きる姿だと思うんですよね。
じゃあ是非続編でそれをやってほしいと思うかというと・・・
伊勢谷力石無しで映画やるってキツイかも?と思ってしまう。

絞ってボクサーの体にするとかはホントに凄いと思うけど、
山下君はイマドキの可愛い顔してるから、どうしても
「あしたのジョー」が持つドロ臭さとかが見えてこない。
アイドル映画みたいに見えちゃうんだよなぁ。

っていうか何で今になって「あしたのジョー」なんだろう?
逆説的な言い方かもしれないけど、ジョーって時代を代表する
作品なわけで、今やった所でただのノスタルジーとか
消費されるだけで終わってしまうだけじゃないかと。
一体何がやりたかったのかようわからん映画でした。

でも力石だけはガチ。

関連記事
曽利文彦 ICHI
http://truth.mo-blog.jp/area/2008/11/post_1e14.html

Sh3g0208_2運命の出会い、
宿命の対決。

2011.04.10

アンチクライスト

原題:ANTICHRIS♀
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
映画 デンマーク・独・仏・スウェーデン・伊・ポーランド 09
☆☆☆★

カンヌを震撼させた(色んな意味で)トリアーの新作が
ようやっと公開に辿りつけました。
ドッグヴィル→マンダレイ→ワシントンと三部作になるはずでしたが
結局3作目は製作されず、前作の「マンダレイ」から結構な
間が空きました。

トリアーは何をやってたかと言えば・・・鬱病でしたとさ。
まあねぇ、人間の嫌な部分ばかり突き詰めてたら、そりゃ鬱にも
なるわな、なるべくしてなったんじゃないかと妙に納得してしまった。

今回も相当な物議を醸しだしたようですけど、
キリスト教に馴染みの薄い日本にとっては、
残酷描写(ボカシ処理されましたが)が強いくらいで、
「ダンサーインザダーク」とか「ドッグヴィル」の方が
よっぽどキツイ作品なんじゃないかなぁという気がします。

夫婦の営みの最中に、子供が死んでしまう。
精神を病んでいく妻だったが、セラピストでもある夫は
医者ではなく自分が妻を治療する方法を選び、
自然の溢れる山小屋に連れて行く。
「エデン」と名付けられたそこで、夫は妻と向き合い
その深層へと踏み入り、心理治療を施そうとするのだったが・・・。

性善説と性悪説のどちらかを選ぶなら、間違い無く後者を
選ぶのがきっとトリアーなんだろうなと。
実際の所どう思ってるのかは知りませんが、作品だけを
見ればやっぱり後者だろうと思わせる作品ばかり撮ってきました。

で、過去の作品ではそういうものに翻弄される
無垢な魂をヒロインに押し付けてきた。
究極的な程サディスティックに。

「奇跡の海」ぐらいならそれは黄金の心としてのテーマもあったし、
賛否ありながらも、それなりに評価もされた。

が、そんなんはやっぱり実は上っ面だけで、結局の所、
トリアーはただの女嫌いなんじゃねーか?
っていうのが思いっきり作品に出ちゃってたかなぁと。

男は常に物事の外に立とうとする。
夫婦で子供を失ったというのに、妻だけが堕ちていく。
夫はそれを理屈で解決しようとする。

私は男です。女性の気持ちなんか一生理解できないでしょう。
でも女の人から見たら男って凄く簡単な生き物じゃないですか?

だって理屈さえ正しければ、それで納得しちゃうもの。
例え感情的に許せないものがあったとして、それをきちんとした
理論で説明できるのであれば、じゃあそれは仕方がないよな、
と渋々ながらにでもね、納得してしまうものだと思う。

語弊があるのを覚悟で言うけど、女は感情に支配される面が
あるように思うし、そうなっちゃうともう手のつけようがない。

で、男にしてみれば理屈が通らない事ほど困るものはない。
あくまでそんな傾向にあるように私は思う。そういう部分が
少なからずあるんじゃないか?程度に聞いてくれると助かります。
一概に「男はこうだ、女はこうだ」とか決め付けちゃうのもね、
それはそれで違うとは思うし。

ただ、トリアーの作品見てるとそういった感じの部分が
色濃く出てるなぁと思うし、その賛否はともかく、
今回は特に分かりやす過ぎる程に分かりやすいよなと。

受けとる人の感覚にもよると思うし、ジェンダー論とか語れる
わけでもなく、詳細なデータとかもよくはわかりませんけど、
どっちかつーと女は聖なるものであるとか、母性であるとか、
(まさしく聖母マリア的な)
男よりも女の方が敬うべき存在である、
みたいな風潮って無いですか?

歴史的に世の中は長らく男尊女卑的な社会であったとは思うし、
逆にそうだからこそカウンター的なものとして、
物語だと女の方が敬うべき存在として描かれる、とかもあんのかな?

実は「女は立派な存在で、男はダメな存在」っていう描かれ方って
結構多いような気がする。
「女性蔑視だ!」とか批判は受けても「男性蔑視だ!」なんてのは
ほとんどないように思うし。

そんな風に思ってた部分が私には前々からあったので、
今回のトリアーの主張みたいなのが、やたら面白く見える。
男を理性の存在として描きつつ、
女をサタンの申し子的に描いちゃってるんだもの。
イマドキこんな堂々と「女はダメだ」みたいな主張をやる人なんて
そうそうは居ないのでは?

なんかフェミニストとかの人が怒っちゃうんじゃねーかなぁ?
とか思ったりするんだけど、個人的にはそこで怒らないで、
逆に「ああ、男ってバカだなぁ」と笑い飛ばしてほしいと思う。

なんというか、こういうトリアーの考え方とかって
逆に可愛くないですか?

人を不快にさせるようなものばっか作ってる人だけど、
それこそもっと物事の外側に立てば、「トリアー必死だな」
ぐらいにも思える気がするんだよね。

別に私はトリアーが芸術作品を撮っているとは思わないし、
それこそ「ドグマ運動」とかって、当時の映画界の現状に対して、
ただアンチの立場を表明しただけじゃない?
天の邪鬼で可愛いよね、ぐらいに思っても問題ない気がする。

「イディオッツ」とかさぁ、言葉は悪いけど、
バカは何をやっても赦されるし、一番楽な生き方なんじゃないか?
とか思って、じゃあみんなでバカになってみよう、って映画だった
わけじゃん?

それが良い事なのか悪い事なのか(いやあからさまに悪趣味ですが)
わかんないし、賛否はあるだろうけど、単純にそのトリアーが
色々と考えてる事が私は凄く面白いです。

アンチキリスト・・・そういえば聖母マリアって処女懐胎で
キリストを産んだって事になってるわな。
それってもしかして男って存在を否定する事じゃないのか?
男なんか不要なもの、キリストとは神の子であるのだと。

母=女は聖なるものとされて、男とは邪悪の根源と揶揄される事も多い。

んだよふざけんなよ。女の方がよっぽど手つけらんねーし
悪魔的な存在じゃねーか!
男はきちんと理性で物事を判断すんだよ!
あ~女ってつくづく怖いよね・・・。

的な事をやろうとしてるだけなんじゃないかと思えてきて
そんなトリアーがとっても微笑ましい。

鬱病になるほど考え込む人の思想をこうやって
単純に一本の映画として見れるのは面白いもんです。
やっぱり私は俳優とかストーリーとかより、
テーマとか思想とかの方に惹かれるし、次はトリアー何考えて
それをどんな作品にするのかなぁ?と楽しみになってくる。

と、感情ではなく理屈で楽しむのがやっぱり私も男って部分
なのかな?なんて思ったりするし、逆に感情を優先させちゃってる
ような作品はあんまり好みじゃないですしね。
トリアーは波長が合うのかもしれない。

関連記事
ラース・フォン・トリアー マンダレイ
http://truth.mo-blog.jp/area/2006/06/post_53d4.html

Sh3g0206

2011.03.10

うまれる

監督・企画:豪田トモ
ドキュメンタリー映画 日 10
☆☆☆

出産系の映画は定期的にちょこちょことある印象だけど、
一応見ておこうかな?ぐらいは思いつつ、大概はスルー。

私が男だってのと、特に家庭を持つような予定は全く無いので
どこか他人事に思えてしまうっていうのもあるのかもしれない。

でも今回のに特別興味持ったのは、ただの出産ドキュメンタリー
とかじゃなくて、死産してしまった親の話や、生まれつき障害を
持ってしまった子を産んだ親の話とかも入ってるようだったので、
そういう人達はどんな風な事を思うものなんだろう?
というのに興味がわいた。

上記の2例の他に、体質的に妊娠ができない女の人と、
あとは普通にこれから出産する人の4パターンの例を紹介してある。

とまあそんな動機で見たのもあって、いきなり冒頭から
CGで遺伝子の結びつき?みたいなのを思わせるカットが入ってたり、
アニメ&歌で「感動して下さい」みたいなのを押し付けるシーンが
あって、そこは最高に萎えたのだけど、色々な例を取り上げてる
だけあって、素材としては悪くなかったし、自分なりに思う所は多く、
見た甲斐は十分にある作品でした。

「普通」なんて書いちゃったけど、そこの夫婦にも問題はあって、
親からのDVを受けてきたから、自分が親になる自信も無いし、
そんなつもりもなかったけど、授かった命を産みたい、
みたいな人達でした。

助産師さんから、こういう機会を得られたからこそ、自分も親と
向き合うべきなんじゃないか?みたいな事を言われてたのが
ちょっと印象的でした。
私は妊娠なんてしないけど、立場や考え方に共通点もあるかな?
とか思ったので。

っていうかこの夫婦。失礼だけど、なんだか旦那が的外れな事ばかり
言って、ちょっとこの人どうなのよ?って感じが・・・
へその緒2回切ればいいって、それ何か違うくないか?
奥さん凄い可愛かったけど。なんか羨ましいぞ。

後は何だろうな?死産とか障害児とかに関しても、
それを肯定的に捉えるものなんだなと。
勿論、最初は悲しみに暮れてどうしようもなくなるけど、
そこを乗り越えて行かなきゃならないわけで、
いつまでも負の感情に囚われていてはいけない。
そういうのは子供うんぬんというより、人としての力なのかな?
とも思わなくもない。

あと、最近は体内に居た時の記憶だとか、
それこそ生を授かる前の記憶が子供にはあるとか
言われてるらしくて、空の上から自分の親になる人を見てて、
選んで生まれてくるんだよ、みたいな事も言われてるらしいです。

え~?何それ?宗教くせぇ!って感じがして、イマイチ私には
乗りきれない部分ではありましたが、そもそも神さまなり宗教なりも、
人間が自分達が上手く生きて行く為に生み出した幻想のシステムであろう、
的な事を考えれば、なんとなく理解できなくもないかな?という気は。

この映画とは全然関係ないけど、少女漫画家って宗教にハマる人が
多いらしいし、宗教でなくとも出産とかを経験すると、
ちょっと神秘の方向に行ってしまう漫画家ってのが多いとか
大塚 英志だっけかな?何かの本で指摘してたのを前に読んだ。

何だろうね?妊娠・出産を経験する女にしかわからない何かっての
やっぱりあるんだろうか?そこは私は一生わかんない部分だと思う。

あとはもう一人の体質的に妊娠のできない人。
年齢的にも厳しいし、ある程度のふんぎりはつけて、
逆に自分と同じような境遇の人を助ける立ち場に付く事で
自分なりの生き方をしてるって人でしたけど、
それでも一抹の望みとして自分の卵子を冷凍保存してあるという
話でした。いつか見切りをつけなきゃいけない時は来るんだろうけど、
とは言ってたけど、なんだろうね?やっぱり女の業みたいなものは
あるのかもしれないとは思った。

結婚・出産だけが女の生き方じゃないよ、っていう風潮が出来てから
もうそれなりの期間は経ってるんでしょうけど、それでも
どこか女として生まれた以上は・・・みたいなのは当然
あるんだろうなとは思う。

男だって、自分の遺伝子を残す事は人として当然の事で、
それができない自分は・・・とかもあるんでしょうけど、
変な話、男なんて精子作られるのは何時まで?死ぬまでなのか?
70や80だって理論上は不可能でないかもしれないけど、
女の人は閉経してしまったらタイムリミット、みたいな気持ちは
あるだろうし、男に比べればその期間は短く限定されたもの、
というのがどうしてもあるんだろうな、というのは何となく。

しかしどうなんでしょう?家族の在り方とか、個人の生き方とか
多様化してきて、これからどういう方向に向かうのかも
よくわかんない時代。こういう部分に関しても色々と変化ってのは
あるのかなぁと思うし、単純に人の根源的なものだから
変わらないとは言えないような気はする。詳しい事はわかりませんが。

つーか私はどうなる事やら。
おっ?せっかくだからこれを読んでる君。
俺の子供を産んでくれないか?

え~っ?そんな全力で拒否しなくても。

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2011.01.08

「生きづらさ」について 貧困、アイデンティティ、ナショナリズム

著:雨宮処凛、萱野稔人
光文社刊 光文社新書
☆☆☆☆

ゼミ関連読書。
プレカリアートの雨宮処凛と哲学博士の萱野稔人対談本。
処凛が自身の過去の経験や、現状の運動から見る社会構造を
おおまかに語り、萱野が自身のフィールドであるフランスの文化
なんかを駆使しつつ、一つ一つを丁寧に読み解いていく、という感じ。

対談本故に非常に読みやすい。
それでいてきちんと押さえる所は押さえてるので、
得られるものは凄く大きかったです。
全然難しくないし、貧困問題の入門には丁度いいかも?

雨宮処凛、私より一つ上なのかな?ほぼ同年代なので、
この人が生きてきた背景とかが想像しやすいので、
個人的に凄くわかる感じで良いです。

世代の違いから来る感覚の差ってどうしてもあると思うし、
そんな中で自分と同年代の感覚として読めるってのは
かなり助かる。

去年から延々とモヤモヤを募らせて悩みまくってるのですが、
この本を読んで「なるほど」と納得できた部分は凄く多い。

ここからいきなり自分語りを始める。

私は自己肯定感が無い。
すんごいありきたりだけど、
「自分なんか生きてる価値の無い人間なんだ」
って感覚はやっぱり常に持ってる。

そりゃそうだ。人に肯定された事が無いんだもの、
そんな人が自分を肯定なんてできるわけないわな。

小学校の頃にいじめで登校拒否とかなったけど、
そもそもがいじめられるって、やっぱりそういうタイプだったし。
暗くて、汚くて、運動は常にビリケツ、勉強もできないし、
コミュニケーションも全然ダメだった。
いかにも嫌われ者でいわゆるクラスのお荷物。

いじめられる前だったかな~?後だったかなぁ?
そこは憶えてないけど、今でも記憶に残ってんのは、
修学旅行か何かの班決めで、誰も一緒の班になる人が居なくて、
最後まで一人ポツンと残ってたのが今でも曖昧ながら記憶にある。
そそ、だから遠足とかも凄く嫌で、一度休んだ事もあったような?
うん。イベント事とか大嫌いだった。

もうその時から、存在そのものが他者に迷惑をかける
自分はこの場所には居ない方がいい人間なんだ、
っていうのは思ってて、そのまま誰にも肯定されないまま
大人になっちゃったんだな。

いじめられっ子の典型的な感覚として、
親とか先生にも助けを求めないのは、
その人達に自分の事で迷惑をかけちゃ悪いよな、ってのがあるから。
その親なり先生なりに対しても、自分は居ない方がいい存在なんだ
って思ってるわけだし。
全部一人で背負って、自らまで自分を責める。
他人から承認を得られないどころか、自分で自分を否定する。

勿論、他人との接触もなるべく避けるようになるし、
そうすると今度はますます肯定(承認)を得られなくなるという
驚異のひきこもりネガティブスパイラルが発生!

その先にあるのは自分を無くしてしまう事
自殺って選択に自然と辿りつく。

やっぱり去年も自殺者3万人越えてたし、
それこそ無差別殺傷事件とかも起きちゃうわな。

昔、爆笑問題の大田が、そんなので自分を表現しても、
TVで流れるニュースなんてほんの一瞬だけで
あっという間に忘れ去られるだけなんだからやめとけ、
みたいな事を言ってたんだけど、別に世の中に名前を残す
ヒーローになりたいわけじゃないんだよ。
そのたった一瞬だけでも自分の存在を知らしめたいんだよ。
逆に言えばそのたった一瞬の承認ですら得られないでいるんだよ。

そういう行為を肯定なんてしないけど、その気持ちだけは
痛いほどにわかる気がする。

急にゼミのオーケン論に話を繋げると
その辺の事は昔から何度も何度もオーケンは書いてるんだよなぁ。

去年の12月にもまたあったじゃん。
友達なんか一人も居なくて休み時間には太宰を読んでたって人。
あのニュース聞いて、嗚呼なんと典型的な、と思ってしまった。

そんな間違った選択をしてしまう程に
心が貧困化してるのが問題なんじゃないの?
それが正しい事なんて多分本人も思ってないけど、
それしか選べなかった。それしか知らなかった。

今度は本の内容に戻ると、リスカとかオーバードーズ、援交とか
右翼化でも何でもさ~、他人から見たらそれ違うんじゃないの?
とか思えるような事でも、きっとその人にはそれしか選べない。
その選択の幅の狭さこそが貧困ってものなんだろうなと。

そこ考えると、ひきこもりって実は相当にヤバイ状態。

「人は一人じゃ生きられない」とかいうけど、
あれって今までは、一人で何でも出来る人なんて居ないから、
お互いに支えあっていくものなんだよ、
程度に思ってた部分が正直あるけど、実はそうじゃなくて、
承認の問題だったのかなと改めて思いなおした。

いじめであるとか、後は家族の問題とかも色々あるけど、
決してそいう過去なり人なりを恨んだりとかはしてない。
ただ、そういう積み重ねがあるから、今の自己肯定できない
自分が居るんだな、って今さら気づいたかもしれない。

あと、この本で個人的に凄く面白いなと思った部分が一つ。

萱野「暴走族って、学校教育に適応できなかった人たちがべつの
共同体をつくり、その絆のもとで助け合うというシステムの
ひとつのかたちですよね」

ってのが、ああナルホド!と物凄く腑に落ちた。
ヤンキーとか不良って、よく「アウトロー」って言い方されるじゃん。
どこがアウトローなんだ?集団で徒党を組んでんじゃん?
もうメジャーもメジャー。つーかありきたりなものの典型。
どう考えたって恥ずかしいぐらいの「ベタの極み」ってものじゃないの?

言葉で言えば本当の「アウトロー」って、どこにも自分が帰属できる
場所がなくて、世の中から本当にドロップアウトするしか
なかった人達でしょ?

いわゆる社会的に真っ当な道とかではないのかもしれないけど、
世の中に迷惑かけたり、暴力をふるったり、弱者から
金銭を巻き上げたりとか、悪い事をしているはずなのに、
何故か世の中には「カッコイイ」とか言われる不思議な存在。
仲間も居るし、モテるし、思いっきり勝ち組じゃん。
一体それのどこがアウトローなの?ってずっと思ってました。

なるほどなるほど、出発点はアウトローだったのかもしれないけど、
それをコミュニティのシステムとして作り上げた、彼らなりの
生きる手段だったんだなぁと、目から鱗が落ちました。
(去年の「闇の列車、光の旅」でちょこっと語ってるのはそこです。
丁度この本を読み始めてた時期なので)

じゃあそういう所にも帰属できない人。徒党を組む事ができない
人達はどうすりゃいいのよ?
そこで出てくるのが処凛のやってる「プレカリアート」なんだなぁと。

で、オーケンなんかはそこまでの社会的観点は持ってない人なので、
ただ漠然と、オタク・ニート・ひきこもり・ルサンチマン・ゴスロリとか
そういうキーワードを並べてたんじゃないかと気づいた。

プレカリアートって言葉そのものは昔からあるみたいだけど、
処凛が特にそれを使うようになったのってここ3~4年ぐらい?
割とその手の生きづらさを抱えるような人達の総称として便利だなぁ
とか思ってたりするのですが、私は定義がまだよくわかってないので
間違ってるかも?

オーケンはそういう、いわゆる負け組とかダメ人間とか、
そういったプレカリアート系の人達に対する承認を
ずっとやってきた人なんだなと。

前に読んだ「オールニートニッポン」で、何故この本で
オーケン?ちょっと一人だけ浮いてるような?とか思ったけど、
実はちゃんと文脈的にも繋がってる人なんだって思えてきた。

物事を一つの点として捉えるんじゃなくて、線として捉える事で
色々な物に繋がっていく。こりゃあ面白い。
非常に収穫の多い一冊でした。

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雨宮処凛の「オールニートニッポン」
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「生きづらさ」について (光文社新書) 「生きづらさ」について (光文社新書)
価格:¥ 798(税込)
発売日:2008-07-17

2010.11.17

雨宮処凛の「オールニートニッポン」

著:雨宮処凛
祥伝社刊 祥伝社新書 07
☆☆☆★

他の本とか読んでてちょくちょく出てくる雨宮処凛も
そのうち読んでおかないとな~、なんて思ってた所で
何気に手にとった本書。
あら?なんとオーケンとの対談も入ってるじゃないですか。

更に、赤木智弘「希望は、戦争。」って本も最近他の所で知って、
そっちも読んでおかなきゃ?みたいな感じでいたのですが、
その人も丁度よくこの本に出てた。

そこら辺の情報は全然知らなかったので、おお、こりゃラッキーと
早速確保して読む。

雨宮処凛がパーソナリティーをつとめていた
ネットラジオの「オールニートニッポン」(06~07)から
何本か厳選して収録してある。

タイトル通り、ニートをテーマにした番組でプレカリアート運動
に取り組む雨宮処凛が、その辺の問題に関わる人達と
トークを繰り広げる。

社会活動家とか論壇の人達を中心にマジメにやってる中で、
オーケンが思いっきり浮いてる!
雨宮処凛も昔からオーケンファンだったそうで、個人的な悲願として
呼んだのだとか。
ニート、ひきこもりの心の灯!・・・なのはわかるけど、
本としてはオーケン必要だったか?という疑問も。

しかもラストに持って来てるから、バカ話に徹するオーケンのおかげで、
社会問題に関するマジメな本って印象がちょっと薄れちゃってるような?
雨宮処凛もファンだし、元ニートのスタッフもファン。
そういう、オーケンが今までやってきた仕事を知ってる人なら
なんでここに大槻ケンヂが居るのかも理解できるだろうけど、
オーケン知らない人にはちょっと場違いだと思われかねないかも?

社会運動とかするような人じゃないけど、音楽と小説で常にダメ人間の
救済を試みてるんだし、それはそれで一つの戦い方かな?とでも
理解していただければ。現にそれで救われてる人もいっぱいいるんだろうし。

で、オーケン話はその辺にしといて、生きづらい世の中を
なんとか生き延びていく術は、やっぱり貧困の救済にあるんだろうなと。

お金だけじゃない。この本に名前を連ねてる人達は扱っている問題や
手段はそれぞれ違えど、こうやって緩い繋がりを広げていってる。
人との繋がりって財産だし、知識なんかもまた財産なはず。

うん、私は今は普通に仕事やってるし、生活は豊かではないものの、
食べていくのに困る程では無く、なんとかやってはいる。
でもさ「仕事行って家帰って飯食って風呂入って寝る」だけの生活って
やっぱりそれは貧困なんだよ。人としての貧困。

だってそれって「死なない為に食う」、ただそれだけの生き方じゃん?
死なない為にやってるはずなのに、あら不思議、何故か知らんが
やたらと死にたくなるのは何でだ?って話だ。矛盾してるよね?

だから社会的な孤立=貧困。
その「貧困」こそが生きづらさに繋がってる。

ものすんごい当たり前の話かもしれないけど、ひきこもるとね、
外との繋がりが断絶されてしまうから、その突破口すら開けなくなる。
完全な手詰まりになる前に、そこだけはなんとかしておかないと、
ますますつらくなるんだよなぁ・・・と。

私が言うとただの「オヤジの説教」みたいになってしまうし、
そういうのは色々と本を読むなり色々やってみて、
そこで自分なりの気づきみたいなものがなきゃあんまり
意味は無いとは思うけど。

ニートとかそういうのって自己責任でしょ?
っていうのは私の中にもありました。
ヤマガタ発で最初に「遭難フリーター」を読んだ時も、
正直な所は「これってただの自己責任じゃん?」って思った。

勿論、そんな他人の話だけじゃなくて、自分自身に対しても、
こんなダメ人間なのは全て自分の責任って思ってるし、
それは今でも拭いきれてはいない。

けど、その後の色々な流れがあって、そこで勉強してきてる内に、
どうやら全てを「自己責任」で片づけてしまうのも違うらしい、
というのには、ようやっと気づいてきた。

じゃあ「自分は悪くない。悪いのは社会なんだ」なんて考え方を
すべきなのか?ちょっとそれはそれで怖い考え方なんじゃないの?
みたいに思う部分もあるのだけど、この本の中でも
丁度そんな会話があって、なんかまた一つ納得するものが得られました。

対談本だから敷居が低くサクっと読めるし、雨宮処凛の立ち位置が
元々ちょっと特殊な人っていうのもあって、難しくなくて良いです。

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豊かで複雑な、僕たちのこの世界 森達也対談集
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雨宮処凛の「オールニートニッポン」 (祥伝社新書) 雨宮処凛の「オールニートニッポン」 (祥伝社新書)
価格:¥ 798(税込)
発売日:2007-08

2010.11.15

X-MEN/アベンジャーズ:ハウス・オブ・M

HOUSE OF M
著:ブライアン・マイケル・ベンディス(ライター)
  オリビア・コワペル(アーティスト)
訳:石川裕人・御代しおり
MARVEL ヴィレッジブックス刊
☆☆☆☆

それは
ミュータントの
楽園…

 世界を思いのままに組み替える現実湾曲能力…このあまりに強大な力に押しつぶされたスカーレット・ウィッチは、ついに精神に破綻を来たすに至った。全人類の脅威となり得るスカーレット・ウィッチをどう処すべきか対立するX-MENとアベンジャーズ。だが、二つのチームが下した苦渋の決断は、世界に思わぬ激震をもたらす事になる。
 新たに生まれし磁界王マグナスの理想郷。偽りの平和に身を委ねるのか、敢えて過酷な現実を取り戻すのか、ヒーロー達は全人生を懸けた決断を迫られる…。
 2大チーム共演の話題のクロスオーバー大作、ついに日本上陸!

待望の「ハウスオブM」刊行。あ~でも1冊だけなのね。
メインストーリーの部分だけで、多岐に渡る枝葉の部分の収録は無し。

日本語版ってなるとある程度は仕方ないか、1つのイベントを
きっちり全部なんてやるより、今後も厳選してメインの流れぐらいは
追えるぐらいの刊行は是非お願いしたい所。
「シビルウォー」とか読みたいので是非。

「エイジオブアポカリプス」の全タイトル収録とかは
あの時代だからこそできたんでしょうし、流石に今の時代で
そこまで望むのは酷か。

現実湾曲能力ってのが凄いわな。F4のフランクリンとかは
現実改変能力とか言われて、オンスロートに利用されてたけど、
それともまたちょっと違うのでしょうか?

AOAと違ってミュータントが完全に支配してるわけじゃなく、
ミュータントが中心となりながらも、あくまで表層上は
普通の人間と共存している世界。

人間側は排除されないものの、地下でレジスタンス組織が結成
されていたりもする。
ミュータント解放戦線って確か元からあるよな?
メンバー誰だっけかな?結構マイナーで邦訳では一度出たぐらい
だったような?今回はそれの逆バージョンみたいなのもある。

ガンダムとかじゃないけど、やっぱ優良種と通常の人間、みたいに
なってしまうと、それに反発する部分もそりゃ出てくるわな。
でもAOAみたいに戦争おこしたってのじゃないっぽいし、
もしかしたらこういう未来もありえるかも?ってぐらいなのが
なかなか面白い。

が、そこはスカーレットウィッチの作りだした改変世界
元の世界で叶わなかった夢が現実になっているというのがミソ。
まさに湾曲世界?

ベンおじさんも死なずに、グエン・ステーシーと結婚して
幸せな家庭を築いているピーター・パーカー。
「ハウスオブM:スパイダーマン」誌が収録されてないからか、
直接その辺の葛藤がドラマとして細かくは描かれてないけど、
こっちでもブチ切れてる所だけで、色々と想像はできる。
人気キャラなだけあって、今まで悲惨なドラマを積み重ねて
きてるからなぁ・・・。
嘘であってもやっと手に入れられた幸せな世界を元の悲惨な
世界に戻さなきゃいけないと。

でもってスパイダーマンとマーベルの2枚看板を張る
ウルヴァリンは元から記憶改竄されまくってたので、
改変世界である事に気付く。
この辺はまあご都合主義っぽいけど、便利なキャラではあるわな。

で、その辺の改変ネタは置いといて、スカーレットウィッチ。
ウルヴィーの記憶にもあったけど、「ダークフェニックスサーガ」にも
通じる部分がある。

力をコントロールする事を学んでいるものの、じゃあ
コントロールできない程の力を持ってしまった時にどうするのか?
あの時のジーンは自らの死を選ぶしかなかった。

この辺のドラマはマーベルだからこそって感じがするな。
そして衝撃のラスト、M-デイとかもまさしくマーベルっぽい。
壮大な悲劇のソープオペラとでも言うか。

今後のマーベル・ユニバースはどうなってしまうのか?
的なハッタリ感が凄い面白いですわ。

次の「デアデビル:ボーンアゲイン」は昔の作品ですし、
今の所はまだ今後のリリースのアナウンスがされてないけど、
出る事を期待して楽しみに待ちます。

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X-MEN/アベンジャーズ ハウス・オブ・M X-MEN/アベンジャーズ ハウス・オブ・M
価格:¥ 3,465(税込)
発売日:2010-10-30

2010.11.10

オカンの嫁入り

原作: 咲乃月音『さくら色~オカンの嫁入り』
監督・脚本:呉美保
映画 日 10
☆☆☆★

11月12日(金)19:00~
フォーラム×ぷらっとほーむ共催
シネマカルチャーサロン6回目「オカンの嫁入り」

が開催されます。
時間に都合つく方は是非参加して下さい。

5回目の「悪人」の時と同じで、そのシネカルがなければ
正直スルーしてたかなぁという作品です。

割とベタな話だったかも、と思わなくもないけど、
割と丁寧に作ってあって、ドラマとしては十分に面白かったかな。
単純に「感動して泣いて下さい」みたいな作品には
なってなかったのは良かったです。

逆に言えばそういう「感動したい」みたいなのを求める人には
地味すぎるかもしれない。

月子(宮崎あおい)は母親の陽子(大竹しのぶ)と二人ぐらし。
父親はずっと前に亡くしてる様子。
そんなある日、酔っ払った陽子が変な若い男を連れてくる。
母の年齢よりも月子の年齢の方にずっと近い若さだ。
「お母さん、この人と結婚する事にしたから」

あまりに突然な母の行動に、月子は困惑するばかり。
どうやら冗談ではなく本当の話らしい。
いきなりそんな話をされても月子はどこか納得できないでいる。

そんな中、月子には月子の事情が、オカンにはオカンの事情が、
そして若い男にもそれぞれの事情がある事が見えてくるのだが・・・。
みたいなお話。

予告とかチラシにも普通に出てるので書くけど、
オカンは余命1年と宣告されたが、娘にそれを言い出せずにいる。

月子もとある事情でトラウマを抱え、現在はひきこもり状態。
若い男、ケンちゃんも複雑な家庭の事情があったと。

人の死を描くとかじゃなくて、むしろどう生きるかって方に軸がある。
毎日同じ日常が、ずっと同じように続く保証なんて無い。
ひきこもっていようが、幸せな日常だろうが、それがいつまでも
今日と同じようにあるわけじゃないんだよ、的な感じに私は受け止めました。

だからこそその時その時を大切にしなきゃ、なんて言うと
凄くありきたりだなぁとは思うし、終わってみればこの話も
ありきたりな部類かなとは思うんだけど、それでもこの作品の
言ってる事は確かにそうだよなと思えて、それなりに納得できる
ものはありました。

ううむ。私も母親と二人暮らし。
自分もそれなりの歳なら、母親もやっぱりそれなりの歳だ。
基本的にお互い干渉はしないような感じの関係なので、
特に仲が良いわけでもなければ、別に悪くも無い。

金銭面とかでは自立してるかもしれないけど、
まあ正直な所、いまだに母親に頼ってる面は大きいわな。
洗濯とか、めんどくさい事はお願いしちゃってるし。

例えば母親が再婚するなんて言い出したらどうだろう?
別に反対はしないけど、一緒に住みたくはないなぁ。
家が狭いってのはモチロン、家でまで他人に気を使うってなったら
休まる場所がなくなる。自分の家でくらい好き勝手させてよ!
というのはある。

じゃあ母親が死んだらどうかな?失礼な言い方だけど、
決して遠い先の話じゃあない。10年先ぐらいならまだ大丈夫か?
20年先って考えるとどうだろうな~なんて思いつつも、
それこそこの映画みたいに、いつどうなるかなんて誰にもわからんわけで、
そんな風に考えると、やっぱり色々と思う所はあるわな。

興味ない作品でしたけど、悪くはなかったし
観た甲斐や意味は見いだせました。
シネカルではこの作品のどこを軸にするんでしょう?
これまで取り上げてきた作品と比べると、
社会的なテーマうんぬんはぼんやりしてる感じもするので
逆にそこで得られる事も多そうだし、そっちも楽しみです。
是非、参加の程を。

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Sh3g0152一緒にいられたら
それでいい

2010.10.09

愛の履歴書

Personal history of love
著:大槻ケンヂ
メディアファクトリー刊 ダ・ヴィンチブックス 05

「ふふ、今夜はミーの愛の履歴書から
さぁ、どの女を?」
伝説の衝撃的コラム、ついに単行本化。
サブカル界No.1のモテ男オーケンが、
初めて語った愛と性の爆笑遍歴。
妄想か?実話か?
「ふふ、彼女のよがり声はコウモリを呼んだのです」
あるわけねーって!

という事で、オーケン本の中でも、これどうよ?感が非常に漂う珍書。
ダ・ヴィンチ連載「妻をめとらば――愛の履歴書」に
描き下ろしと対談を追加して書籍化。
その後に一度文庫化の話もきたけど断ったそうな。
うん、流石にこれは文庫にして残さなくてもいいです。

ファン食いで有名なオーケンが、数々のメイクラブを
バカセレブに扮して面白可笑しく語る・・・のはいいけど、
中盤くらいから完全にネタ切れというか、もうこの連載終わらせたい
んだけど人気あるから終わらせてくれない。読者からゴーストライターを
募集するからハガキおくってくれ!とか完全に投げやり。

誰もついてこれないくだらないダジャレを連発して
自己ツッコミするしかない自分に更に哀れになってるだけという、
何この投げやり感が凄まじい。
エッセイ集の1コーナーとか、バカ連載の1ページ程度なら許せても、
流石に1冊これってのはちょいと救いようがない。
これはファンにも怒られたって言ってたけど、それもやむなし。

単行本では江川達也と倉田真由美との恋愛対談が入ってるのが
いくらかはお得。

非モテのルサンチマンを歌なり小説で表現してる割に、
オーケンは実際の所、モテモテで、女なんていくらでも
とっかえひっかえという何それ状態。
バンドやれば誰でもモテるんだよ!

かの大山増達が空手をやれば人生のどんな問題でも万事解決できると
言った教えの如く「キミぃ、バンドやりなさいバンド」と、のたまう
姿にもまたオーケンの痛さが見え隠れする。

対談ではきっちりその辺についてツッこまれて手痛いお叱りを受ける。
いくら人数だけ重ねても、あんた一度もちゃんと人と真剣に向き合った事
ないでしょ?って感じで。
これが「思春期的な課題の達成の失敗」って奴の典型の気がする。

そこでまともな大人になれていない自分っていうのをちゃんと自覚してる。
で「子供じゃないんだ赤ちゃんなんだ」みたいな曲が生まれるわけだな。
ってかこの曲私は結構名前出すけどyoutubeとかに無いんだよな~。
オーケンの赤ちゃんネタって曲とか小説とかいくつかあって、
「踊る赤ちゃん人間」ともまた別な方向性で面白いんだけど。

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愛の履歴書 (ダ・ヴィンチブックス) 愛の履歴書 (ダ・ヴィンチブックス)
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発売日:2005-10

2010.10.06

NHKにようこそ!

Welcome to the N.H.K.
著:滝本竜彦
角川書店刊 角川文庫 05
☆☆

「絶望先生」に続いて、こちらもオーケン的なものと
どういった関連性が見出せるかな?みたいな感覚で読む。

作者がオーケンファンで、アニメ化される時に、是非大槻ケンヂに
テーマ曲をやってほしい、というオファーを出して、
大槻ケンヂと橘高文彦「踊る赤ちゃん人間」に至る。

筋少が凍結時だったので、これを切欠に再始動への流れが
出来たので、オーケンも滝本君には感謝してるって書いてた。

で、おそらくはですけど、その「踊る赤ちゃん人間」があったからこそ
絶望先生の一連のテーマ曲にも繋がったんだろうなと。
アニメ界隈にも大槻ケンヂって面白いじゃないの?という風潮が
出来たと言うか。

エヴァの綾波レイも筋少の曲「何処へでも行ける切手」と「福耳の子供
がキャラクターのイメージソースになってたりするので、コアな部分では
色々と影響はあるのだけど。
」と「新興宗教オモイデ教」とかね。

あ、確か滝本ってエヴァオタだし、もしかしてそこから
オーケンに辿りついたとかなのか?元々好きだったのかどうかとか、
その辺りは不明。

タイトルも「僕の宗教へようこそ」があったりしたからとか?
そこまで珍しいタイトルでもないし、そこはこじつけかも。

で、肝心の小説。
ひきこもり歴4年。ひきこもりのプロフェッショナルを自覚する佐藤。
自分は何故こんな状況になってしまったんだ?
俺をこんな風にしてしまった奴が居るはずだ!そいつは誰だ?
NHK・・・日本ひきこもり協会のしわざに違いない!

という事で、作者自身の体験を元に「ひきこもり」という
ある種のキャッチーなネタがテーマの小説。

ひきこもりの痛々しさを描いたエッセイ的なものとして
読むならそれなりに面白いけど、小説としては陳腐極まりない出来。

こんなネットに転がってるネタみたいなのを羅列しただけで
小説が一冊書けるんだ?と思ったし、それで人気が出ちゃうって
どうなんだろうね、とう感じは拭えず。

いや、こんなのだったら俺の方がもっと凄いの書けるぜ!
とかそういうのじゃないのよ。
お笑いで言えば「あるあるネタ」みたいなもので、ストーリーとしては
短編物ぐらいの中身しか無いなと。
短編だったらオチとかも上手く出来てるね、ぐらいには思う感じ。

やっぱり「ひきこもり」ってのを扱ったのが大きかったんでしょう。
社会現象の一つとして面白い要素だし、そこの価値はありそうだけど、
結局は自分に都合のいい女の子が現れて救ってくれる、っていうだけの
美少女ゲームシナリオで終わっちゃって拍子抜け。

作者なりにそういうのとは違う事をやろう、っていうのが見えて、
安易に主人公とヒロインの岬ちゃんを恋愛関係に持っていかないようには
してあるけど、表層上でやってるだけで、本質の部分ではかわらんと思う。

じゃあ、こういう人種ってどういう風に生きていけばいいんだろうな?
というのが私の最近の悩みというか疑問としてあるんだけど、
未だに答えらしい答えは見いだせずにいます。
いくつか本を読んだりして、朧気ながらこんな感じかなぁ?
みたいなのはなんとなくあるんだけど。ゼミではそこら辺も書かなきゃ
いけないんだろうし、なかなか大変。

オーケンなんかもこの本と同じで、全てを変える恋の魔法!
みたいな安易な方向に行く事が多いので、そこで上手く論点をずらして
もう少し違う事を書いてみようかなとは思ってる。

「オモイデ教」とか「グミチョコ」って「このNHKにようこそ」と
似てる部分も結構あるかなと思うんだけど、そっちの方がまだ評価できるのは、
所詮ファン心理・・・も勿論否定はしないけど、この作品みたいに話として
安易な所には逃げてないから。
ネタ重視のエンタメ小説であって、青春小説とかではないかな。

どちらの作品もヘタクソな小説だと思うけど、オーケンは少なくとも
プライドがあるから、そこでまだ小説的な面白さもあったし、
読む価値はあると思うんだけど、この作品は読む価値ねぇなぁと。

時代や世代の違いもあるし、どこに価値を置くかは読む人が
勝手に決める事なので、これはこれとして一つの形だなと思うし、
その違いは凄く面白いのだけど。

難しい事は抜きにして、岬ちゃんみたいな子が居たらいいな~
と思ってしまうのはやっぱりオタクの妄想としてあるわな。

家庭内暴力ぐらいに留めて、それ以上にキツくヘビーな設定に
持って行かなかったのは、そこまで行くと重いから嫌だな、みたいな
ヌルさがあるんじゃないかなぁという気がする。
自分で抱えられるギリギリの安全圏以上の事はやらない、とかって
現実感の無さが、私は評価したくない要因なのよ。

あとがきなんかを読む感じでは、もしかしたら作者にとっては
これでも頑張ったのかもしれないし、そこは世代的な違いがあるのかな?
って気はするけど、なんとなく逃げてる気がする。
重たい映画とか山ほど観てて、どうしてもアニメにはヌルさを感じる私は
そこに物足りなさをおぼえてしまったかも。

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大槻ケンヂ 新興宗教オモイデ教
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NHKにようこそ! (角川文庫) NHKにようこそ! (角川文庫)
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発売日:2005-06-25

2010.09.28

悪人

原作・脚本:吉田修一
監督・脚本:李相日
映画 日 10
☆☆☆☆☆

え~と、10月1日(金)19:00~
カフェフォーラムにて
フォーラム×ぷらっとほーむ共催
シネマカルチャーサロンvol.5『悪人』
が開催されます。

Sh3g0147
テーマとしては「流動化する社会」だそうなので、
気軽に参加お待ちしてます。

正直、あんまり興味も無かったのだけど、
それ参加する為にも見なきゃ、程度の感覚で、
タダ券を使って観てしまった・・・
ゴメン、非常に申し訳ない。これにちゃんとしたお金を
払わなかった自分に恥じる。

なんかね、ツボだった。
っていうかこれ俺だな・・・的に自分と主人公を重ねてしまって、
なんとも痛々しくも切ない様に感情を揺さぶられてしまいました。

勿論、人と成りは自分とは全然違うのだけど、
地方都市ならではの閉塞感。寂しくて誰かと繋がりたいのだけど、
繋がり方もわからないし、そもそもそんな自分を認めてくれる人なんか
居るはずもない。
どうにか日々をやり過ごしてはいるものの、その先に希望など
あるはずもなく、ただ途方にくれるばかり。

わたしゃ車には全く興味無いけど、清水祐一(妻夫木聡)の乗ってる
スカイラインGTR。あれね~、あの空虚さがさ、なんとも痛い。
単純に車好きな人にどうこう言う事はないし、普通に凄い車である事に
間違いはないのだけど、地方都市でああいうバリバリのスポーツカーに
乗ってる事、空虚な人があれに乗っているというシチュエーションがね、
痛々しい。あれで「何か」を満たそうとしているわけです。

対する光代(深津絵里)は雨の中、傘をさして自転車に乗る。
うん、あの苛立たしさと虚しさ。
小道具とか些細な描写が胸に沁みる。

設定年齢はいくつぐらいなのかなぁ?二十代後半から三十代前半ぐらいかなと
思うけど、そこ考えると出会い系サイトってのもまた痛々しい。
高校生がプロフサイトとかに登録するのとはまた違う。
「普通はああいうのは遊びでやるのかもしれないけど、
私は本気だったんです」ってのがね、もう・・・
祐一の方も行為の後にお金を渡す姿がなんとも哀しくなる。

だってこういうものなんでしょ?出会い系って「普通」そんなもんだよね。
でも、そんなものにしか縋るものがない二人の閉塞感。

妻夫木と深津絵里なんつったら美男美女じゃん。
それをここまでオーラ消してるのはちょっと凄い。
ちゃんと孤独で寂しくて空虚で痛い人だった。

満島ひかりなんかもそう。一見ステレオタイプな「嫌な奴」に見えて、
そこに虚勢が見え隠れする。岡田将生もそうだったなぁ・・・。

キャッチコピーには「誰が本当の”悪人”なのか?」
とか書いてあるけど、それちょっと違う気がする。
実は犯罪者にも色々事情があって単純に悪人とは言い切れないんですよ、
なんて事を言ってる作品でも無いし、かといって誰もがその両極端を
持っていて、ふとしたきっかけでどちらに転ぶかわからない、
みたいなのともまたちょっと違う気がする。

ちょっと曖昧な上に私の拙い語彙では伝えにくいし、
そもそもそれが伝わるものなのかもわからんが、
「悪人と善人」みたいに分けようとする事そのものに無理がある
という気がするなぁ・・・。

視点や立場が変わればそんなものは逆転するかもしれないんだよ、
とかいうと、凄くありがちすぎてそれもちょっと違う気もするけど、
祐一は間違いなく「悪人」だとは思う。人を殺してしまったのだから。

社会という観点から、或いは被害者の立場から見たら。
・・・いや誰の観点からでもそうか?

でも逆に「悪人」という観点でだけ人を見ていないか?
「悪人」という一言でその人の全てを語れるものなのか?
それでいいの?みたいな感じかなぁ?
上手く言葉で表現できん。

じゃあさ、このどうしようもない閉塞感の中で、祐一と光代は、
そして何より自分も、どうやって生きていけばいいんだろう?

ちゃんとしてない人は努力が足りないんだっていう
自己責任論はわかる。私自身がそうだし。

でも最近、社会学を少し勉強してるおかげで
ただ自己責任論のみをもって語るのは違うらしいというのも
なんとなくだけどわかってきた。

ダメな人は「悪人」として社会に排除されるしかないの?
彼、彼女、そして自分は生きていてはいけない存在なの?

人を殺しても許されるなんて風には思わないけど、
そうやって社会に入れない人を排除してしまう世の中って哀しすぎる。

排除されてしまう方は勿論、同時に排除する側もなんか哀しい。

誰もが矛盾を抱えて生きている。その矛盾と真剣に向き合うこと。
きっとこの映画は「答え」を出す事が「答え」では無い気がする。

関連記事
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深津絵里 女の子ものがたり
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Sh3g0146なぜ、殺したのか。
 
なぜ、愛したのか。

2010.09.23

愛のむきだし(2回目)

LOVE EXPOSURE
監督・脚本・原案:園子温
映画 日 09
☆☆☆☆★

再上映。結局見てきた。
仕事が押すと間に合わない時間だったので前売りは買ってない。
が、当日は何故か休みが入る。
午前中に「ビルマVJ」を見て、日中はぷらほのカラオケ大会に参加。
朝から晩までキッツイかなあとも思ったし、
実は直前まで迷ったんだけど、1度見てるから例え寝てしまっても
別にいいし、これは映画館と、映画好きである自分への投資だ!
っていう自分への言い訳を作って結局は足を運ぶ事に。

初見なら4時間一気に行けたけど、2回目だと流石にキツイかな~
と思ったんだよぅ。
が、心配は全くの杞憂に終わった。2回目でも4時間全く
集中力が途切れずに見れた。
うん。やっぱり凄い。何だろうねこれは?見せ方が上手いんだろうか?

最初見た時も思ったけど、ちょっと宗教の描き方が違うんじゃないか?
っていう違和感はある。一般的にイメージされる典型的なカルト教団
のいかにもな形に描かれてるのが、やや残念かなぁと。

森達也の「A」「A2」辺りを見たというのもあるし、
個人的なゼミの方にも関連する形で、承認の問題(いやロジック?)
ってのが新興宗教としては実は結構大きい要素なんじゃないか?
というのが私の中にあって、そこが微妙にひっかかる。
いや、そんなんを大真面目に取り上げるような作品ではないんだけどね。

あと、コイケ役の安藤サクラが非常に良い。
ヨーコ役の満島ひかりがこの作品のおかげで一気に注目されるように
なった感じだけど、私としてはコイケの方にグッと来る。
ホラー映画なみの怖さだけど、ただ真っ直ぐに生きてる人じゃなくて、
ちょっと斜に構えてるタイプの人だからこそ、何か自分に通じる
シンパシーを感じるのかもしれない。

取り巻きの二人とかもそうだし、あのインコなんてまさしく移行対象
と呼べるものじゃないの?
一番凶悪な人に見えて、一番弱い人だったんだろうなと。

狂ってるんじゃなくて、世の中こんなもんでしょ?あたしはもう全部
わかっちゃったんだ?って思ってる人なんだけど、
そこにイレギュラーな童貞変態男が現れてしまう。
どこまでも純粋で真っ直ぐに生きてる人。
だからそれを自分の理論でねじ伏せようとするんだけど、ユウは折れない。
けがらわしい男のナニをねじ折る事は出来たけど、結局ユウを壊す事は
出来なかった。

ユウを認める事は、また今まで築き上げてきた自分(=アイデンティティ)を
否定する事だから、それを貫いたままで死んでいったのかなぁとか。
ユウが愛のむきだしなら、コイケは空洞のむきだし?
なんて言い方は流石にわざとらしいか。

ひたすら勢いとかノリで突っ走る映画なので、宗教とか扱ってる割に
そんな真面目に社会的にどうこう語るべき作品では無いかなと思うのですが、
コイケさんただの悪役じゃなくて、もうちょっと助けてあげたかった
かなぁとも思わなくも無いです。

二回目だったのもあってか、そんな感じで見てました。
ただのふざけた映画に見えて、ここまでの映画
(というか90年代って感じもするが)を総括したと
言っても良いぐらいの作品かなぁと思うのですが、
んじゃこの先ってどうなの?

コイケさんみたいに積み上げてきたものが崩壊した時、
じゃあどうやって生きていけばいいのよ?
という疑問や、次への提示みたいなものを求めてしまう。

そんな簡単な「答え」みたいなものがあるはずもないのですが、
ゼミで自分がやってるテーマの事もあって、その辺りって
どうなんだろうな?というのはある。

意味から強度へ、って宮台真司は言ってたけど、ある意味
この「愛のむきだし」にも繋がる部分はあるのかもしれないけど、
このむきだしの愛で突っ走れ!ってのもなぁ・・・童貞文学だよね。
そうだ!これからは童貞こそが世の中を動かして行くんだ!
なんて言えればいいけど、んなこたぁねえわな。

それはそれとして、一映画ファンとしては劇場で見られて
良かったですわ。企画者に感謝。
お客さんもかなり入ってました。知人も5人程居たりしたし、
こうやって映画という文化を上手く盛り上げていける、行こうと
する場所に住んでるのはありがたいことです。

関連記事
園子温 愛のむきだし(1回目)
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Sh3g0140無敵のジェットコースタァムービー参上
上映時間四時間、体感時間一瞬!!

純愛とエロスがむきだしの
「ヘンタティメント」!!

2010.09.21

大槻ケンヂのザ・対談 猫対犬

著:大槻ケンヂ
ソニーマガジンズ刊 02
☆☆☆☆

「uv」とかいう雑誌でやってた対談をまとめたもの。
時期的には特撮の初期ぐらいっぽい。

一人(一組)につき5~6ページと分量は少ないけど、全32回の
面子が凄い。

曾田茂一/浅野忠信/ISSUE/犬神サーカス団/陰陽座/香奈/
cali gari/吉川晃司/COALTAR OF THE DEEPERS/GO!GO!7188/
西城秀樹/SEAGULL SCREAMING KISS HER KISS HER/Janne Da Arc/
陣内孝則/大正九年/D[di:]/Dir en grey/drug store cowboy/
ニューロティカ/間 寛平/氷川きよし/fra-foa/Plastic Tree/
PENPALS/POLYSICS/Mana/Missile Girl Scoot/水戸華之介/
Raphael/LA-PPISCH/ロマンポルシェ。

と、有名どころからマイナーどころまで幅広く。
こういう多様性を持たせられるのもオーケンだからだよなぁと。
決してトークの上手い人じゃないと思うけど、ロック界で
こうして何にでも対応できる人ってあんまり居ないだろうし。

よく、会話の上手な人は聞き上手みたいな言われ方をするけど、
オーケンはどんどん自分の話をするし、色々聞きながらも
あんまり引き立て役とかに徹してる感じは無い。そこが面白いな。

真面目な音楽談義とかじゃなく、楽屋トーク的な物を
引き出したかった、という感じのコンセプトなので、
知らない人との対談とかも凄く面白く読める。

バンドブームを同時期に支えてきた仲間も居れば、
え?18歳?まだお酒も飲めないじゃん!っていう若い子まで居て、
ほんとに様々な面子で面白いですわ。

犬神とか陰陽座とか文脈的にウマが合う人、
九年とかD[di:]あたりのオーケン周辺に元々居る人、
その辺は和気あいあいとやってるんだろうな~というのもあるし、
若い子なんかだと、さほど興味無いけど仕事だし
とりあえず有名なオーケンに合ってみるか、程度の人も
中には居る感じ。

マリスミゼルのmana様との対談も必死にその素顔を引き出そうとする
姿が滑稽で可笑しい。でもちゃんとそのの世界観を守りつつ、
ギリギリの線を行き来するスレスレ感がこれまた楽しい。

私は音楽ってほとんどと言っていいほど興味無いし、
この本の対談相手も知らない人が大半だけど、サクッと読めて
凄い面白かった。
これがねぇ、もしmana様の対談集とかだったらどうしても方向性が
狭まってしまうのかな?というのはあるし、オーケンの立ち位置って
面白いんだな、と再確認できた。いいです、これ。

関連記事
大槻ケンヂ対談集 直撃!強くなりたい道!!
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大槻ケンヂのザ・対談 猫対犬 大槻ケンヂのザ・対談 猫対犬
価格:¥ 1,575(税込)
発売日:2002-12

2010.09.04

オーケンのめくるめく脱力旅の世界

著:大槻ケンヂ
新潮社刊 新潮文庫 04(01)
☆☆★

エッセイ集。
いきなりだけど前回書いた事を撤回。
「我が名は青春のエッセイドラゴン!」
「香奈、頭を良くしてあげよう」
あたりの同時期エッセイとネタがかぶりすぎ!
半分くらいの分量が、どっかで読んだ話だったりするのが
流石にちょっとどうかと思った(汗)

小説新潮、連載の「オーケンの行けばわかるさ」を
纏めたもので、他のエッセイと違って一回の分量が多いので、
(オーケンが苦手とする原稿用紙20枚分の連載だったそうで)
いくつかのネタを合わせたり、他で読んだ話も少し違う印象に
なったりとか苦労は見えるけど、ちょいと使いまわしな印象は拭えず。

ただ、これ読んでて知ったけど、エッセイは「読み捨て本」的な
感覚がオーケンにはある様子。
この本も読み捨ててもらってOKですって自分で言ってるな。

それでも、やっぱりこれはオーケンにしか書けないだろうって
ネタも多くて、障害者プロレスを見に行った話なんかは
面白すぎる。

頭の固い人は障害者への偏見や悪意だって怒りそうな内容だけど、
本人達もショーとして、時に本気でやってるんだから、
逆にこういう視点こそが彼ら彼女らの肯定なんじゃないか?って気がします。

オーケンは物事を俯瞰して見てしまうクセが自分にはあって、
マジメな場面でもそこを斜めから見てしまって、ついウププと
笑ってしまう事がある、なんて事を言ってる。

この本には関係ないけど、前に筋少の橘高が、
「大槻とは衝突する事はあっても、どうも憎み切れずに許してしまう」
みたいな事を言ってたけど、悪意があってやってるんじゃないんだよな、
というのがやっぱり本を読んでてすごくわかる。

弱さを当たり前にさらけ出せる人だからこそ、共感も支持も得られる。

よく芸能人が「実は私はこういう病気を持っていて」なんてHPとか
ブログとかでカミングアウトして、それが話題になる、なんて事が
結構あるし、芸能人本なんてのはそれを売りにしたりするけど、
オーケンは日常的にそれをやっちゃってるわけだ。
というか20年もそれを継続して常にやり続けてる。

他のミュージシャンや作家とオーケンの明確な違いがあるとすれば
そこだろうと。

オーケンが本を出すようになった初期の頃は、角川が丁度
「アーテイスト本」を商売として立ち上げ始めた時期で、
他のアーティストがカッコイイ洒落た本を出してる中で、
そんな流れの中でオーケンにも話が来たと。
そこで出た本が、いきなり自分のオナニー遍歴を語ったもの
だったりする辺りからして、もう最初から違ってた。

「自分は他の人とは違う」とか思いながらも、ただ自意識が
過剰なだけで本当は何も無いのが現実、と自分で語りながらも
こうして実際に人とは違う事を体現する姿は流石としか言いようがない。

ところで、フォークシンガーの宮崎末飛登って人とオーケンが友達で
本の中でも一緒に色々な所に足を運んでるけど、この人が
筋少の「お散歩モコちゃん」の中に出てくるマヒト君なんだな。
私が今まで読んできたエッセイの中では初めて出てきた気がするし、
今回初めて知った。

で、そのマヒト君なんかと一緒にやってるTPMってユニットのライブ
の話が「宵々山でダメだこりゃ!」の項目で語ってて、
それがようつべに上がってる「ネコ見に行ったら犬がいた」なのか。
ようつべのだけ先に見てて、このシチュエーション何?隣りに居るの
誰?って思ってたから、本読んでてもしかしてあれか!と確認できて
嬉しい発見でした。

ネタ被りに辟易しつつも、何だかんだ言ってやっぱり面白かった一冊。

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大槻ケンヂ 我が名は青春のエッセイドラゴン!
大槻ケンヂ オーケンの のほほんと熱い国へ行く  

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オーケンのめくるめく脱力旅の世界 (新潮文庫) オーケンのめくるめく脱力旅の世界 (新潮文庫)
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2010.09.02

「おたく」の精神史 一九八〇年代論

著:大塚英志
講談社刊 講談社現代新書(04)
☆☆

ゼミ関連読書。
正直、オーケン的なものとは文脈的に繋がらないだろうな~
と思いつつも、まあ一応はオタク論の基礎みたいな部分で
読んでおいて損はないかなという感じで。

ただ、実はオーケンと大塚英志って一度接点があって、
「リンウッドテラスの心霊フィルム」の解説を大塚がやってたりする。
単行本の方のみで、文庫には未収録なのでちと手元に無いのだが、
大塚の得意な通過儀礼的な感じの事を書いてる。

「誰も書かないJポップ批評」でもオーケンの事をそんな感じで
書いてたし、私も一度は卒業した身なのでどうこう言えた義理は無いけど、
当の本人としては通過されようと何だろうと、ずっと続けてるわけだしな。

アカデミックな方に一時期持ち上げられたけど、そっち方向で
調子にのらなくて良かった、とかオーケン本人も言ってる。

あんまり真面目に行き過ぎると絶対にロクな事になってない。
エヴァの庵野が教祖様に仕立て上げられて、結局その重圧に耐え切れずに
逃げちゃったってのと同じようになってたんじゃないかなぁ?

オーケンはオウムとかが世間で騒がれるよりずっと前から
新興宗教とかもテーマとしてよく使ってたけど、
基本的にペテン師で終わっちゃう話ばっかり。
その危険性を知っているからこそ、自分が教祖様になる事を
拒否してたんだと思う。
だからこそ、それとは違う方向で自分と同じ方向の人たちを
救う術を模索したのかなぁ?とか思ったり。

大塚が原作を担当したマンガではオーケンをモデルに
新興宗教の教祖様を描いたらしいけど(未読)

あとはアレだなぁ。「自分は他の奴とは違う」という自意識が
あるなら、誰かにそれを代弁してもらう事で自分の充足を満たす
っていうのでは、それこそ忌み嫌う「画一的な行為」ではないのか?
っていうのがあったんじゃねーのかなと。

中二病的なのでよくあるじゃん。人が知らないマニアックなものに
心酔して、お前ら俗な奴と自分は違うんだ、とか言いたがるの。
でもその行為こそが、そして結局は誰か教祖様に依存してるだけで、
実はそこに「自分」なんて無いでしょ?っていう矛盾。
自己批判に長けた人ってそこを自覚してるもんだと思うし。

ってぇ、本とは関係ない方向に行ってるな。
まあオーケン文脈を探るために読んでるんだからそういうものだけど。
直接的に関係のあるものはほとんどないけど、参考という面では
色々と得られるものはあった。

ただ、本としてはどうだろう?
もう単純に個人的な理由で私は大塚英志って嫌いです。
なんでかっつーとこの人の「魍魎戦記マダラ」を私は読んでたから。
メインストーリー3作目「マダラ赤」までかな?
大塚の事なんて知らずに普通に一本のマンガとして読んでたのよ。

その後は展開が続かなくて、追いかけてなかったけど、
そこからずっと後になってから一時期、オタク系の論壇とかも
読むようになった時期があって、大塚を知った。
で、ああダメだこりゃ?と。
108のマダラ(笑)
とか普段は私が使わないカッコワライをつけたくなるぐらいに
バカバカしくなって、この人のマンガをマジメに一生懸命に読んでた
自分は頭悪かっただけなのね、と覚めた。

この本もそうだけど、面白い部分、鋭い部分も確かに色々ある。
が、やっぱりプライベートな感情が行き過ぎてるなと思うし、
それが大塚なんだと割り切るとしても、そこに反論する人が
オタク業界にはいないんあだなぁと思えて、オタク業界そのものにも
なんだかどこか覚めちゃった私が居る。
東とか宮台とか上野(だっけかなぁ?)とか論壇にも
オタク・サブカルチャー文脈を語る人が居るけど、
「新現実」辺りを読んでて、凄く違和感を覚えた。

単純に自分がアホで理解できてないってのも多分にあると思うけど、
なんか当事者を差し置いて、勝手な所で勝手な話をしてるなぁ、
という印象が強く残ってしまった。
岡田斗司夫辺りは正直それ以上になんだかなぁという感じがするし、
色々と覚めまくり。

オーケンがおそらく大塚英志に感じたであろう違和感も
きっとそんな感じなんじゃないかなぁ?という気がする。

ただ、大塚が「オタク」ではなく「おたく」に拘る理由は
私もなんかわかるし、そこは岡田もわかるんじゃないかと。
ただ商業的理由から持ち上げられただけの「オタク」には私も
あんまり興味ないですわ。

他に面白かったのはフェミニズム論での黒木香と岡崎京子。
後者は女性向けの漫画の文脈を私は全然知らなかったので
興味深く読めたし、前者は「AV」ってのも掘り下げると
結構面白い文脈が見えてくるものなんだろうなと。

そしてオウムと酒鬼薔薇の文脈はそれなりに納得する部分も多かった。

自分であとがきでも言ってるけど、これを「正史」にしちゃ
いけないし、そういう風には読まない方がいいよな、というくらいです。

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森岡正博 草食系男子の恋愛学
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「おたく」の精神史 一九八〇年代論 「おたく」の精神史 一九八〇年代論
価格:¥ 998(税込)
発売日:2004-02-21

2010.08.17

あの夏の子供たち

原題:LE PERE DE MES ENFANTS
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラヴ
映画 仏 09
☆☆☆★

花笠練習とかもあって映画館はしばらくご無沙汰。
さて久々に足を運ぶか、と思ったら夏休みモードで
ロクなのやってない。アート系で時間合うのがこれしかなかった。

私の好きな少女映画っぽい要素もあるっぽいのでまあいいだろうと
内容もよくわからぬまま足を運ぶ。

自分で映画製作会社を立ち上げてプロデュース業をやってるお父さん、
という設定に、映画ファンとしては「おっ?」という感じ。
スケジュールとか予算をオーバーしまくる監督に振り回されるとか、
よくあるよくある!と笑ってしまう。

そういう映画なのかな?と思って見てたら物語半ばでいきなり自殺して
ビックリした。家帰ってチラシ見たらその辺はあらかじめ書いてありました。
この監督の前の作品で実際にプロデューサーが自殺しちゃって、
そこからこの物語を作ったのだそうな。

話としては残された家族は・・・、っていう方がメインでした。

う~ん、そうだよねぇ、自殺って状況は様々あるだろうし、
本人にとってはそれしか選択肢が無かったっていう事なのかもしれないけど、
残された人はね、色々と思う所はあるわな。

奥さんと3人の娘は、自分達を捨ててまで…いや捨てるって感覚は違うかも
しれないけど、自分の存在は父親にとって無意味だったのだろうか?
なんて事を考えちゃうだろうなとか思ってしまうはず。

家族って限定しなくとも、友達とかもそうだろうし、その人に対して
自分が何か出来る事はなかったのだろうか?とか考えちゃうわな。

私は自分に対しては死んでしまおうかって考える事はよくあるけど、
幸いにも親しい人が自殺したっていう経験はまだ無い。
そもそも親しい人なんていねーだろ?ってのは置いといて。

でももし私が知ってる誰かが自殺なんかしたとしたら、何か力になって
あげられる事は無かったんだろうか?って絶対に後悔するよなぁと。
自分が死にたい気持ちを常に抱えつつも、それを選ばずに何とか生きてるだけに、
「生きる理由」は無くても「死なない理由」はいくらでも語れる。

映画とはまた全然違う話になっちゃうけど、
死にたくなる人って「生きる意味」みたいなものを考えちゃって、
そこに自分の価値を見出せなくて苦しんでる人が多いと思うんだけど、
そんなんあんただけじゃねーから。
みんなそれを見つけてるのに自分だけが価値や意味を見いだせない、
なんてのは、世の中を知らない狭い視点だって事に気付かなきゃ。

「自分だけが特別なんだ」なんて思うのは傲慢もいいとこ。
映画の方に話を戻すと、パリの風景、街並みが凄く印象に残って、
その対比が素晴らしい。

パリから去っていく少女と街の喧騒。
片や涙に暮れ、片や楽しそうに街を歩く人々。
でもそれが当たり前の姿なのだと思う。

楽しそうにしているあの人にだって色々ある。
大なり小なり、誰だって色々抱えて生きている。
それなのに「自分だけが特別」なんて思うのは勘違いも甚だしい。
そこに特別な違いなんて無い。
人の数だけそれぞれの人生がある。
あの長女の涙は、この語はそれを知る通過儀礼の物語なんだと思う。

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セドリック・クラピッシュ PARIS
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諏訪敦彦、イポリット・ジラルド ユキとニナ
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Sh3g0121さよなら パリ。
父の匂いを
この街に残して、
私たちは歩いていく。

2010.08.03

アストニッシングX-MEN:デンジャラス

ASTONISHING X-MEN DANGEROUS
著:ジョス・ウェドン(ライター)
  ジョン・カサディ(アーティスト)
訳:石川裕人
MARVEL ヴィレッジブックス刊
☆☆☆☆

X-MENの全てを知る、
最強の敵出現!
教え子達の危機に、あの男が帰ってくる!
「ハウス・オブ・M」開始直前、この戦いを見逃すな!

とゆーことで「ギフテッド」編に続いて「デンジャラス」編。
つーか「ハウスオブM」刊行決定!更には「バットマン:ダークビクトリー」刊行のお知らせまで!
いいよいいよ~、どんどん新刊出してくれい。月2~3冊のペースは丁度いい感じ。最低月一ぐらいでいいから何か出てくれると嬉しい。「キックアス」辺りも読みたいぞ。

そんなこんなでデンジャラス。
なんか単純なタイトルだなぁ、危機だからデンジャラスって・・・とか思ったら、なんとまあ予想外でした。まさかアレがああなっちゃうとは。

キュアによって能力を失ってしまった一人の生徒。「特別な力」こそがアイデンティティーとなっていた一人の少年は、絶望し、ガケから身を投げる。飛べる事こそが、ミュータントである事こそが自分の存在意義であった故に。

世間に迫害されるミュータントという存在。しかし「恵まれし子らの学園」ではそれは神に与えられた力であると教え続けてきた。アストニッシングチームもまた、差別と戦う為のみならず、その力を世の中の為に役立てようと思っていた矢先に事件は起こる。その対比がまた上手い。

アストニッシングチームがファンタスティック・フォーとの共闘から戻ってきた時、異変は始まる。朽ち果てたセンチネルの残骸が再起動し、デンジャールームに非難した生徒達が見たものとは?

死んだ生徒が語りはじめ、X-MENは予想だにしなかった最強の敵と相まみえる。

危機を察知し、そしてその責任は自分にある事を知るあの男が生徒達を救うべく、かけつけるのだったが・・・。

う~ん、教授ってさ~いつからこんな腹黒いキャラ扱いされるようになっちゃったんだろう?昔からその辺はネタにされる所ではあったけど、日本語版が出てた90年代の感覚が沁みついてる私には、プロフェッサーってどこまでも善人だったようにしか思えないんだけど。

「オンスロート」辺りからなのかなぁ?ダークサイドが暴走してとんでもない事件を巻き起こしてしまうっていう。でも私はオンスロートの時の、例え世界を敵に回してもX-MENだけはプロフェッサーを信じる!ってのが好きだったんだよ。参考人として事情聴取を受けるってなった時に、女性陣は仕方ないじゃないって割と冷静だったけど、野郎どもは絶対に引き渡さないとか言ってて。

でも「アルティメットX-MEN」ではなんかもう腹黒さがキャラクターとして定着してたし、日本語版無いとこでも、カサンドラ・ノバとかがプロフェッサー関係の黒い話なんだよねぇ?

今回の決裂はなんだかとっても悲しい。
サイクが昔はただプロフェッサーの理想を体現するだけだった頃と比べて、今はプロフェッサーの意思からは独立して、自分でものを考えられるようになったっていうのはある意味成長なのかもしれないけど、
今回はウルヴィーも教授をフォローしないし、サイク側につく。時代が変わったんだなぁというのを今さらながらに実感させられるなぁ・・・。そこが大河物語としての「X-MEN」の面白味であろうとも思うけど、一人取り残されてしまうプロエッサーの姿はやっぱり切ない。

いつまでも子供じゃない。いつまでも同じじゃないんだよ、ってのは今回のキティの活躍を見てると、そっちはプロフェッサーの件とは逆方向で凄く面白いなあと思うのだけど。

今回は、前作の引きだったエマが通じてる相手が最後に判明して、いくらかはモヤモヤが解消されたし、相変わらずの仲間内の軽快な会話のやりとりとかはやっぱり楽しいし、ギフテッド1本のみならず、X-MENを続けて読めたのは凄く嬉しい。

次の「ハウスオブM」そしてその先にやってくれるであろう「シビルウォー」楽しみに待ってます。

関連記事
アストニッシングX-MEN:ギフテッド
http://truth.mo-blog.jp/area/2010/05/post_01a0.html

商品リンク

アストニッシングX‐MEN:デンジャラス アストニッシングX‐MEN:デンジャラス
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-07-30

2010.07.28

インセプション

原題:INCEPTION
監督・脚本・製作:クリストファー・ノーラン
映画 米 10
☆☆☆

正直、あまり期待してませんでしたが、まあそれなりに、という感じでした。
「ダークナイト」の歴史的ヒットで一気にビッグネームになっちゃいましたが、「メメント」とか「インソムニア」やってた人だし、元々こういう捻った話が好きなんだろうなというのはわかる。それを大作の予算でやれるぜ!ってな感じが今回の作品なんだろうなと思うのですが・・・アイデア重視の小作品でやった方が良かったんじゃないかなぁとか思ってしまった。

派手なCGとか気合の入ったアクションシーンは良いのよ。ただ、それやるならもっと単純なアクション物でやってほしかったと思うし、逆にアイデア重視ならそこだけで引っ張ってほしかった。
エンタテインメント(また出た私の嫌いな単語)だからあれもこれもってやってるだけに見えて、大作物の悪い部分が出ちゃったんじゃないかなぁと。どちらかだけに絞って、それを徹底的にやるって方が良かったんじゃないかなぁ?

夢の中の世界を描くっていうのは昔から良くあるネタで面白いんだけど、ノーランの「俺ルール」が支配しちゃってるので、そこに乗れないとツライ。逆に夢の中だからこそルールに支配されないって方が面白いんじゃないかとか思ってしまう。

最近はもう出来なくなっちゃったけど、私は一時期夢の中の自分をコントロールできました。多分そういうのって思いこみの力なのかなと思うけど、自分が夢の中に居るっていうのを自覚できるようになって、よく空を飛んでました。説明はしにくいけど、スーパーマンみたいに自由自在に飛べるんじゃなくて、飛ぶ(浮く?)感覚を上手くコントロールしなきゃいけないんだけど、それが凄い面白くって、その感覚だけは今でもある。念の為言っとくが、おきたら夢精してました~なんてオチは無いぞ。

で、夢の中の自分をちゃんとこれは夢なんだって自覚があるので、目をこすれば現実の世界に戻ってこれる。怖い夢なんかを見てもそうすれば目が覚める事を知ってるから、それ以降は怖い夢も全然平気になった。いざとなれば起きて現実に戻ってこれるから。

え~?じゃあその怖い夢から覚めるんじゃなくて、楽しい夢に変えちゃえばいいんじゃないの?だって夢の中なら何でもできるんじゃない?とか今考えれば思うけど、そうは問屋が卸さないんだな。だってそれが「俺ルール」だったんだろうし。

そんな俺ルールなんて知るか~っ!って感じだけど、要するにノーランの俺ルールで作られたこの映画だって、そんなん知るか~!って言ってしまいたくなる部分もあるという話。

ああ、これがノーランの俺ルールなのかなぁ?他の人だとこんな感じのルールがあるんだね、なんて感じで興味深くは見れたけど、やっぱり他人のルールは他人のルールだなぁと。

多重構造でのタイムリミット的なサスペンスは面白かったけど、単純に夢ネタなんかだったら、「トータルリコール」なんかの方が私は好きかも。

それとは全くの別にして、アクションシーンは抜群に面白かった。無重力の所なんかが特に。壁をぴょこぴょこするとこはスパイダーマンっぽくて、過去のバットマンじゃ基本鍛えた人間レベルだったけど、X-MEN的な超人物をやらせたら面白い撮り方をするんじゃないか?なんて思ったし、「マトリックス」のラストバトルのとこがまんまスーパーマンくさかったから、じゃあノーランがスーパーマン撮ったらどんな感じになるんだろうか?なんて考えてしまいました。
「リターンズ」が失敗作とみなされて、仕切り直しの次回作のアドバイザーを頼まれてるらしいし。

後はジョジョ6部のラング・ラングラー(無重力にするスタンド)なんかも彷彿とさせて、あの不思議な感覚は純粋に面白かったです。

他には、ケン・ワタナベにマイケル・ケインにキリアン・マーフィーってビギンズ勢が出てたので、なんかノーラン組って感じで微笑ましいな、とか思ったり、
兼さんの出番は少なくないものの、なんか実質お荷物役だったり、そもそもあれだけの権力なり実力がある人が「インセプション」なんてまどろっこしい手段を使う必然があるのか?とか、
マリオン・コティヤールだからエディットピアフなのか?とか突っ込んでみたくなったりした。

冒頭の日本語に、あれれ?字幕版って言ったのに間違えたか?とか作り手の意図せぬ所で焦らされたりも。

つまんなくはなかったけど、エンタメ大作ってのが逆に足枷にもなってるんじゃないかなぁと思ってしまったのがやや残念でしたとさ。

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クリストファー・ノーラン ダークナイト
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Sh3g0105お前の頭へ侵入する。

2010.07.01

大槻ケンヂのプロレス・格闘技世紀の大凡戦!

企画・監修:大槻ケンヂ
洋泉社刊 洋泉社MOOK 05

オーケンが企画として音頭をとったという話ながら、後に語る所によれば意図したものとはちょっと違ったものになっちゃった様子。
吉田豪、杉作J太郎との対談と、後は猪木×アリ戦を担当してるぐらいで、後は全部他の多数のライターにまかせてある。

プロレスとか格闘技、後は多分ロックなんかもそうなんだろうけど、そういうのの熱烈なファンってボンクラ率が結構高い。勿論、全員が全員とは言わないけれど。

ただのミーハーなファンと違って、そういう人達は物事を斜め読みするもの。 凡戦をただの凡戦と捉えずに、その裏を読んだり、逆にトホホ感を面白可笑しく語ってしまったりとか。

う~ん、こういうのは説明し難い。物事をただ勝ち負けであるとか、或いは感動であったりとか、単純に捉えるんじゃなくてもっとその背景にあるものを(時には勝手に)読み込んだりする感覚ってのがある。多分説明してもわからん。

この本とは全く関係ないけど、先日プロレスラーのラッシャー木村さんが亡くなられました。もう引退して何年か経ってるけど、名前くらいは知ってる人も多いのかな?でも私は全盛期なんて知りません。

私が知ってるのは全日本時代の馬場さんとのファミリー軍団。馬場、木村、百田VS渕、泳源、大熊(悪役商会)なんてのがもう毎日のように繰り広げられてた。世間で言うところの真剣勝負なんてのとは程遠い、楽しい試合です。
私は全日(馬場)派でしたから、こういうのもプロレスだと思ってたし、逆にプロレスに対して八百長か否かなんてのを問題にする事の方がバカバカしいし、そういう事を言うのはナンセンス極まりないと思う方。ファミリー軍団VS悪役商会に誰がリアルな戦いを求めるんだ?っていう。

馬場さんがスローモーに足を上げれば、それに相手がちゃんと当たってくれる。当たり前じゃん。観客はみんなそれが見たいんだもの。一応名誉の為に言っておくと、実物の馬場さんは凄い。生前の会場には何度も足を運んだ事があるので、あの存在感はテレビで茶化されるようなイメージとは違う何かってのは絶対にあった。
で、話を戻すと、必ず泳源遥は客席にツバを飛ばすし、前列の人はそれを新聞紙でガードする。そして試合後には必ずラッシャーさんがマイクで「兄貴!」とかパフォーマンスをする。それがお約束というもの。

私は生まれた時から山形県人です。全日本プロレスが面白かったのは、ライブでもちゃんとTVと同じような事をやってくれたから。新日本プロレスが嫌いになったのは、実際に会場に足を運んでも、TVと同じような事はやらなかったから。所詮は地方の消化試合。適当に切り上げようぜってのが見えたから、そこで嫌いになった。

真剣勝負かどうかなんてどうでもいいんだよ。私はこういうのっていかにお客さんを満足させるかっていうのが大事だと思う。勝敗なんか二の次ってのがプロレスらしいし、そこが逆に世間にはなかなか理解されない部分でもあるんだろうなとは思うけれど。

みんなそれぞれの選手の必殺技なりパフォーマンスとか見たいじゃん?それをきちんと全日本プロレスは地方でもやってくれたんだよ。その誠実さに私は惹かれたのです。
ラッシャーさんの毎日のマイクパフォーマンスは、ちゃんとその土地の事を下調べしたりして、地方に因んだネタを入れてくれたりする。山形だったら花笠踊りネタとかをやってくれてたのを覚えてるな。そういう心遣いが嬉しかったし、そういう誠実さこそが言いかえれば客との真剣勝負なわけだ。
ラッシャー木村という人に私はそういう事を感じたものだし、学んだ事でもある。
ご冥福をお祈りします。

って、全然別の話しちゃったけど、オーケンは基本的に猪木派でプロレスのガチな部分も素直に信じちゃってたんだよな~。その流れもまた面白いと言えば面白いんだけど、そんな面ではちょっと私とはプロレス感とか派閥が違うかも。宇宙パワーとかどインディーとかも楽しんでた口だし、そういう何じゃこりゃ感も含めて多面的には楽しんでたんだろうけど。

ううむ。色々と業が深い。

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大槻ケンヂのプロレス・格闘技世紀の大凡戦! (洋泉社MOOK) 大槻ケンヂのプロレス・格闘技世紀の大凡戦! (洋泉社MOOK)
価格:¥ 1,470(税込)
発売日:2005-05

2010.06.16

アイアンマン2

原題:IRON MAN 2
原作:MARVEL COMICS
監督:ジョン・ファヴロー
映画 米 10
☆☆☆★

とゆーことで「アイアンマン2」公開となりました。
正直ここまでヒットするとは思いませんでした。まあ日本ではヒットまではいかないのかもしれないけど、こうして続編が順調に作られるのは何よりです。

私がアイアンマンだ!とヒーロー物の掟破りで早々に正体を明かしたトニー・スターク。一気に世間の人気者にもなれば、あれは立派な武器だと政府から召喚され、アイアンマンスーツを没収されそうになったりと、周辺が騒がしい社長。
それをニュースで眺める男が一人。イワン。彼の父はトニーの父、ハワード・スタークと共にアークリアクターの設計に関わっていた。父の遺産を受け継ぎ、イワンもまたリアクターを独自に完成させ、ウィップラッシュとなって復讐に現れる。

なんとかそれを退けるも、問題はそれだけではなかった。生命維持装置としてのリアクターが、逆に自身の体を蝕み、トニーに死が差し迫る。社長の座も秘書のペッパーに譲り、親友のローディとも袂を分かつ。
そんなトニーの前に現れたのは政府特務機関シールド長官ニック・フューリー。父の遺産、そしてライバル企業のハマー社の暗躍。アイアンマンは再び立ちあがれるのか!?

前作のラストで登場したニック(サミュエル・L・ジャクソン)がここまで話に絡んでしまうとは。もう気分は「アベンジャーズ」前提でやってる感じなのがちょっと気になったかなぁ?
個人的にはあくまで「アイアンマン」という個別のタイトルで成立するようにして、関連作とのリンクを何気に入れておく、ぐらいで良かったのに。「アイアンマン1」とか「インクレディブルハルク」ぐらいの感覚で。

上手く全部を纏めてはあったと思うけど、復讐に燃えるウィップラッシュ、リアクターの深刻な問題、ペッパーとの関係、ウォーマシンの登場、ハマー社の台等、とか色々と話がありすぎて、一つづつを丁寧に掘り下げるって感じではなかったのがちょっと勿体無かったなぁと。

あまり深みを求めるようなタイトルではないだろうし、そこが他のヒーロー物との差別化にもなってるんだろうから、これはこれかなというのはあるけど。

おかげでスカーレット・ヨハンソン演じる新キャラ、ブラックウィドーの活躍が見れたんだから良しとしときましょうか。謎の美女が暗躍してストーリーをかき回す、みたいな役所かと思ったら、割とすんなりニックの部下である事が明かされて、実はストーリー的にはさほど重要なキャラじゃないし。
ただ、アクションシーンはメチャメチャかっこ良かった。スカヨハさんもインタビューで語ってたけど、こういうキャラって実はスカヨハさん今までやってない。どちらかと言えば今までの等身大のキャラクターが多くて、やっぱりそういうイメージしかなかったから、こういう突き抜けたスペシャリストのクールビューティーなんてのは凄く新鮮でした。
巨乳で有名だったりするので、スタイルは抜群だし、スピンオフの話が出るのも頷けるハマり役。

で、そのブラックウィドーが活躍するシーンでもう一人頑張ってる人が。運転手のハッピー・ホーガン。何気にこの人が監督のジョン・ファヴロー。
監督兼役者なので、ちゃっかり自分で出演して、コメディリリーフをやるっていうのが流石です。こういうシリアスなシーンにさえ笑いを入れてしまうセンスが、アイアンマンって映画の独自のスタイルかと思うし、そこは面白くって好きです。思わず爆笑してしまった。

逆に今回のメイン悪役であるミッキー・ローク演じるウィップラッシュは真面目にやりすぎてヴィランとしては生きてなかったかなぁ?マッチョな割に実はインテリっていう設定は面白いのですが、どうせならもっとバカっぽいキャラの方が良かったんじゃないかとも。

そしてお待ちかねのバトルシーン。量産型アイアンマンとも言うべき無人機(ドローン)との派手なシーンは前作のアイアンモンガー以上に燃えます。アイアンマン2号のウォーマシンと共に派手にやってくれます。
そしてメチャメチャカッコ良かったのがアイアンマンの赤いツインレーザーブレイド(?)あれってただのビームを旋回して出しただけなのかな?でもメタルヒーローっぽくて痺れました。

最初からそれ使えよ、とかローディに突っ込まれれば、1回しか使えないんだよぅ、なんてやりとりも含めて、なんかニヤニヤしてしまいます。

ちょっと戦闘シーン少ないんじゃないかな~?なんて思いつつも、ラストバトルだけでも十分にお釣りがくるぐらいなので、満足は出来ました。

まあこんなもんだろう、という所でエンドクレジット突入。
クレジット後におまけ映像あるよ、ってのは劇場にも張り出されてたし、私はそもそも明るくなるまで席は立たない。ありがちな所でウィップラッシュの復活とかそんな所かな?なんて思ってたら・・・おおおおおおおおおおおっ!
ホントに声をあげてしまった。

ネタバレで行きます。
砂漠に何かが墜落したとの報告が入り、シールドが確認に向かう。そこには巨大なクレーター。一体何が?と思った瞬間、ハンマーが映る。
おおおおおおっ!あれは絶対ムジョルニアに他ならない!そう!マイティ・ソーの象徴。

「アイアンマン3」へのネタ振りというより、「アベンジャーズ」への序曲として次に公開される(現在制作中)、「ソー」の予告と見るべき。

マイティ・ソー(THOR)とは要するに日本で言えば雷神トールの事。邪神ロキの策謀により、天界を追い出されたソーは地上に降り立つ。ドナルド・ブレイクがあのハンマーを手にした瞬間、ソーへと変身。雷の力で悪を打ち砕くのだ!みたいな感じ。

神話物という事で文芸畑のケネス・ブラナーが監督に抜擢。ちゃんとアメコミらしい作品になるのかどうか不安はあるけど、こうして予告出されると、一気にテンション上がる。楽しみになってきました。

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ルイ・レテリエ インクレディブル・ハルク
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Sh3g0072ヒーローになった男、トニー・スターク。
次なる試練。

2010.06.15

アイ・アム・アイアンマン

IRON MAN: I AM IRON MAN!
著:ピーター・デヴィッド、シーン・チェン他
訳:光岡ミツ子、石川裕人
MARVEL
小学館集英社プロダクション刊 Shopro Books
☆☆☆

「アイアンマン2」に合わせて邦訳本が出ました。
最初に情報が出た時は、へぇ~何が出るんだろう?またマーベル関係の日本語版に活気が出てきて嬉しい限り!なんて思ったものですが・・・内容を知った時はガッカリ。原作じゃなくて映画のコミカライズ版です。

過去にもバットマンリターンズX-MEN、あとはスポーンなんかもあったっけか。いくつか映画コミカライズの日本語版が出てるのですが、所詮はコミカライズ。映画のダイジェスト版程度の内容しかないのです。
日本でだって「コミカライズ版」なんて言うと、その時の販促のみでやるだけの、漫画の価値としてはどうでもいい物、という感覚の方が強いはず。全てが全てそうだとは言い切れない部分もあるんでしょうけど、基本的には私もネガティブな印象しか無い。
そんなんやるんだったらちゃんとした原作なりを紹介してよ!と言いたくもなる。

なので、正直なんだかなぁ~感があったのですが、今回はコミカライズの他に別の話も収録という事で、そこはありがたい。こういうのならまだ許せますわ。

■I AM IRON MAN! #1-2
ピーター・デヴィッド/シーン・チェン

こちらが映画のコミカライズ版。
まあ「2」を見る前に復讐がてらにいいかな?とか思って読み始めたものの、かなりのダイジェストっぷりで何とも微妙。
映画には無いシーンだと、最後にニック・フューリー大佐が「ナターシャに連絡を取れ。彼女に任せよう」とかいうセリフで終わるとこ。ナターシャとは勿論、ブラックウィドーの事。2への仕込みをしてある。

ブラックウィドーは日本語版だとX-MENの4巻だかに出てきたっけ?第二次大戦時にウルヴァリン、キャプテンアメリカと共に戦う。ウルヴィーはヒーリングファクター能力のおかげで長命、キャップは冷凍状態で後に復活する。じゃあ常人のナターシャさんの年齢って実は・・・とか書いてあった気が。何か設定あるんですかね?その辺はよく知らない。ニック・フューリーと同じで老化抑止でもされてるんでしょうか。

アヴェンジャーズ周辺の人なので、他にもクロスオーバー物でどこかには顔出してたかも?決してマイナーな人では無いし。

■SECURITY MEASURES
クリストス・N・ゲイジ/ヒューゴ・ベトラス

こちらも映画基準のコミック。
ニック・フューリーの視点で、映画アイアンマンの裏でシールドはこんな行動をしてたんですよ、みたいなのが明かされるサイドストーリー。

映画の最後でトニーが読む原稿は裏で色々と処理してくれるシールドが準備したものだったけど、そんな原稿は無視して「私がアイアンマンだ」と堂々と言ってしまい、頭を抱える処理係。でもまあそれぐらいは想定の範囲内だ、と余裕を見せるニックさんでしたとさ。

■IRON MAN #200
デニー・オニール/マーク・ブライト

こちらは原作のレギュラーシリーズ。
1985年の作品なので絵柄は相当に古い。

丁度この話が映画のイメージソースになってる。ステインがアイアンモンガーを作って戦う上に、最後は会社にある大型のリアクターを爆発させて吹っ飛ばす所まで同じだったり。

これでマーヴルクロス15号に収録されてる、アイアンマン初登場の「TALES OF SUSPENSE #39」と合わせて読めば映画のベースになった部分が大方読める事になる。なんかそれはそれで結構凄いかも。

脚本のデニー・オニールってどっかで聞いた名前だな?と思ったら「バットマン:テイルズ・オブ・デーモン」の脚本もこの人なのか。というかバットマンの方が有名っぽいけど。

1本だけとはいえ、こうして古い作品なんかも読めたりするのはありがたいし面白い。映画から入った人がこの本を手にして、古くさっ!やっぱりアメコミってこんなのなのね、なんて思われやしないかと勝手に心配したりもするけど、過去の歴史あってのアメコミです。こういうのはこういうので味があるって事にしときましょう。

という事でアイアンマン2へGoです。

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ニューアベンジャーズ:ブレイクアウト
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アイ・アム・アイアンマン (ShoPro Books) アイ・アム・アイアンマン (ShoPro Books)
価格:¥ 2,520(税込)
発売日:2010-06-10

2010.06.08

オーケンの のほほんと熱い国へ行く

著:大槻ケンヂ
新潮社刊 新潮文庫
98(91)
☆☆☆

初期の頃の旅エッセイ。この本も単行本で当時読んでました。

一昔前にインドという国に対するある種の特別なあこがれみたいなものが私の中にあったのは、多分この本の影響です。筋少の「日本印度化計画」よりむしろこっちでした。

行ってみたい国は?みたいなよくある質問に対して「う~ん、インドかなぁ?」とか当時は思ったものです。今なら「う~ん、フィンランドかなぁ?」って言うけれど。

インド編、タイ編の二部構成。当時はオーケンが筋少でもの凄く忙しくしてた時期で、半ば現実逃避みたいな感じで、無理矢理この企画をやっちゃったみたい。

オーケン自身が旅エッセイを読むのが好きで、そこで自分が行った事の無い異国に思いを馳せたりして影響を受けてきたと。で、今度は自分がそれを書いて、この本を読んでまた多くの人に影響を与えている。そんな構造もまた面白いです。

私も当時はバックパッカーみたいな事にちょっと憧れた。ハワイだっけかな?グァム?もうよくは憶えてないけど会社の旅行で一度海外に行った事がありました。で、いかにもな顔して観光名所みたいな所に行くのは違うと。現地の当たり前の生活圏にこそ物事の真実があるんだ!なんて思ってね~、自由時間に一人で地元の人しか居ないスーパーみたいな所まで行ってみたりとかしたな。誰も自分を知ってる人の居ない、言葉すら通じない異国の中にポツンと一人で居る自分にドキドキする、みたいな。

今考えるとそれも青臭いガキの戯言って感じですけどね。観光地には観光地なりの歴史とか色々あるわけで、何やってんだかってそんな自分を笑ってしまうけど。

地元に居でも孤立してるんだから結局は同じじゃねーか!とか言ってはいけない。

タイ編でマジック・マッシュルーム・ヒデさんなる人物が出てきて、マジックマッシュルームの見せる幻覚を克明に延々と語ってるけど、それ多分自作自演。
後に他のエッセイでマジックマッシュルームの事をよくネタにしてるけど、多分この時に自分で食ったんでしょう。そして散々な目にあったからお前らやめとけと。

ドラッグ的な物へのあこがれとかはあるものの、色々な本を読み漁ってその怖さとかも知ってる。けど、ドグラでマグラなトリップは一度経験してみたい。これはオムレツの中にキノコ入ってるだけだし、それぐらいなら・・・みたいな感覚だったんでしょうかね?そしてその後は何年も医者に通うハメになったと。

うん、それと「夏休みの国」って言い方はやっぱりなんかしっくりくるな。ひと夏の甘い経験、なんてのも世の中にあるけれど、夏休みにハメを外しすぎて痛い目にあうなんてのもまたよくある事なのかなとも思うし。

でも逃避ではダメなんだよね。人は時には休暇も必要だけど、ずっと夏休みが続くわけじゃない。わずらわしさから逃れて、ずっと夏休みのままで居たいとは思う。けど、現実と向き合わなきゃ。現実から逃げ続けて、ずっとそこに居座ってる自分ってのも、それはそれで何か嫌だな、とも思う。

本を読んでいても、或いは映画でもゲームでも、ずっとその世界に居たいなと思う事はある。けれど何事にも終わりは来る。でも、その世界で得た物を現実に持ち帰れば、きっと現実も今までとはちょっとだけ違う世界に見える・・・かな?

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大槻ケンヂ オーケンのほほん学校
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オーケンののほほんと熱い国へ行く (新潮文庫) オーケンののほほんと熱い国へ行く (新潮文庫)
価格:¥ 460(税込)
発売日:1998-09

Sh3g0066

オーケンののほほんと熱い国へ行く―インド・タイ (Gakken mook)
価格:¥ 1,428(税込)
発売日:1991-12

2010.06.05

アンナと過ごした4日間

原題:Cztery noce Anna
監督・脚本・制作:イエジー・スコリモフスキ
映画 ポーランド・フランス 08
☆☆☆

何だこの乱歩的世界観は。
「原案:江戸川乱歩」とか書いてあっても割と違和感無いんじゃないかと思ってしまった。いや乱歩知らんが。

女性がレイプされてどうこう、ぐらいしか実は前情報を知らなかったので、重たい話なのかな~?パスしようかなとも思ったのですが、丁度良く他に見る物が無かったのと、ポーランド映画なんて貴重だし時間も短いから見ておくか、程度の感覚だったので、色々と面食らう。

冒頭の重苦しい雰囲気から、あれ?これってサイコサスペンスだった?等と思いつつ見ていると、徐々にコメディーちっくになっていく。いやシリアスなのよ。でも物凄くシュールで笑ってしまう。

病院の火葬場で働くさえない中年の男レオン。人づきあいが苦手で、年老いた祖母と二人で暮らしていた。レオンは数年前、看護師のレイプ事件に遭遇し、警察の強引な取り調べに、自分が犯人扱いされてしまい、無実の罪を背負わされてしまっていた。
だがその後レオンは事件の被害者アンナに心奪われ、自分の部屋と庭向かいにあるアンナの部屋を夜な夜な覗く事が日課になっていく。祖母も亡くなり、病院の都合で職も失ってしまったレオンは、とある行動に出るのだったが・・・。

いやもう、どこまでも冴えなく、どこまでも不運で、生きている価値さえ無いと思われるぐらいのダメ人間っぷりが泣ける。いわゆる童貞文脈の話だったとは。

死体焼却とかあまり良くは思われない仕事をしてたりとか、果てはあっさりクビを言い渡されるわ、無実の罪をきせられて、今度は自分が屈強な男にレイプされるわ、ひたすらに下流を生きている。いやでもさ、居るんだよこういう人は世の中に。

一生懸命生きていれば誰でも救われるんだ、希望はあるんだ、なんてのは嘘です。ダメなやつはどこまでもダメ人間。気持ち悪いと冷笑され、世間からはゴミクズ扱い。
理想や奇麗事ではどうにもならないものはならない。でも、それでも生きていかなきゃならないし、実際いくらでもこういう人は世の中に居る。それを堂々と描いてくれるのは面白いですわ。奇麗事を語ったり、こういう人を「居ないもの」として無視してしまうよりずっといい。

アンナの部屋に忍び込んで、なるべく迷惑はかけないように、ひっそりとその空間を楽しむ姿は凄まじくシュールだ。まさに人と正面から接する事ができずに、奇怪な行動に走り自分の願望を満たそうとする江戸川乱歩の作品のようじゃないか!
国境や時代を超えて、乱歩に通じるような感覚がここに描かれている!とか思ったら、なんか私は切なくも嬉しくなってしまった。

犯罪は犯罪。気持ち悪いのは気持ち悪い。けれどこんなダメ人間がいつの世にも、どんな国にも当たり前に居る事、そこを忘れちゃいけない。
最後に立ちふさがる「壁」は世間の壁だ。世間に断絶された男はなんと物悲しい事か。

Sh3g0063愛、
愛、
愛、
すべては、
愛ゆえに。

2010.05.31

アリス

原題:ALICE
原作:ルイス・キャロル
監督・脚本:ヤン・シュヴァンクマイエル
映画 スイス 88
☆☆☆☆

せっかくアリスになるんだからもう少しよく知っておこう、と思って前々から見たいと思っていたシュヴァンクマイエル版「アリス」を見る。

あまり詳しい事は知りませんが、チェコスロバキアはパペットアニメが割と有名。その中でも特に代表的な作家として知られるのがこちらのヤン・シュヴァンクマイエル。パペットアニメだけに短編が多いのだけど、そんな中で長編1作目として作られたのが、ルイス・キャロルの不思議の国のアリスをベースにしたこの「アリス」。

実写とパペットの融合。元々グロいのが作風だけど、アリスだけあってそこまではグロくない。それでもかなりの不条理劇で狂ってるので決して子供が喜ぶようなものでもないかな?

うん、でもストーリーラインは原作の流れを結構再現してあるし、元々のアリスが不条理劇みたいなものでもあるので、この作風と「アリス」って凄く合ってる。そもそもが子供向けのホラ話というか、妄想話なわけですし。

あのアリスをこういう解釈で映像化したか!という感じで私は凄く楽しめました。芋虫をソックスにしてあったりとか、非常に面白い。

このアリスは穴の中に落ちちゃうんじゃなくて、引き出しの中に入るとそこには不思議な世界への道が続いていた、という感じになってて、その後も劇中に引き出しが何度も何度も出てきて、その度に変な物が出てくる。

ドラえもんかよ?とか言いたくもなるけど、これって何か元ネタがあるんでしたっけか?

ヤンソン版アリスの時に、私は「ナップルテール」ってゲームが切欠でアリスに興味を持ったって書いてるけど、それのエンディングで流れるのが「Dreams in a Pie」という曲。

訳としては「夢はパイの中に」ですが、「シュレディンガーの猫」じゃないけれど、開けてみなければ中に何が入ってるかわからない。パイの中には何が詰まってるの?きっと夢が詰まってるんだよ、的な感じに捉えると凄く面白いなぁと思うのです。確か当時のスタッフインタビューでもそんな感じの事を言ってた気がするし。

そういや関係ないけどオーケンも「猫のおなかはバラでいっぱい」とか「少年グリグリメガネを拾う」でそれに近い感じで中には色々なものが詰まってるんだよ的な事を歌ってるな。

で、今回で言う「引き出し」もまさにソレなのです。引き出しの中には混沌としたカオスが詰まっていて、毎回何が出てくるかわからない。そういうセンスが凄く面白かった。

アリスとは想像力の翼でどこまでも飛翔するお話とも言える。「ナップルテール」と同じく、うたたねの中のヘンテコ世界。それがここにもありました。というかホントはその逆でやっぱりアリス的なものをナップルでやってるという事なのだけど。

そんな感じでとっても面白かった。変に原作を忠実に映像化するとか、お話に意味を持たせようとするより、こうやってアリス的なセンスを自分の解釈で描いてみるっていうの、凄く面白いと思うし、かなりツボにハマりました。

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ヤン・シュヴァンクマイエル アリス [DVD] ヤン・シュヴァンクマイエル アリス [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2005-02-23

2010.05.24

犬と猫と人間と

Dogs, Cats & Humans
監督:飯田基晴
ドキュメンタリー映画 日 09
☆☆☆☆☆

ドキュメンタリー映画祭の時にチラシを見つけて、これは是非観たい!と思ってた作品でした。このたびは、野良猫クラブさんの主催で上映が決まったようで、ありがたい限りです。

「ヒバクシャ」とか「未来の食卓」もそうだったけど、ミリキタニの猫&ひめゆりの上映に関わった身としては、こういう市民団体みたいな所からの企画を受け入れてくれるフォーラムの姿勢が私は嬉しいし、そんな映画館がある事に心から感謝したい。

それは一人のおばあさんの思いから始まる。稲葉恵子さんはこれまで何匹もの捨て猫と一緒に暮らしてきた。けれど自分の人生はもうそんなに長くは無いし、これ以上の猫はもう世話できない。だからその問題の根本にある、安易にペットを飼いそして無責任に手放してしまう世の中の現状を映画にしてもらえないか?と監督に持ちかける。

劇中では「少し纏まったお金が入るのでそれを使ってほしい」みたいな事しか言ってたけど、調べてみると自分の生命保険の満額金だった様子。

日本は「ペット大国」ではあっても、「ペット天国」ではない。
捨て犬を世話するオーストリア人のマルコさんは言う。「日本の犬には生まれたくない」と。

日本は2世帯に1匹ぐらいの割合で犬猫が飼われているのだそう。約2600万匹。けれど施設で処分される(殺される)数は年間30万匹。1日に1000匹近くの犬や猫が殺されている。

詳しい数字なんかはわからないにしても、多くの人はそういった背景がある事はある程度知ってるはず。ただ、それを直視しているかと言えば、なかなかそうはいかないんじゃないかと。なるべくなら知らないで済ませたい話ではある。

私はね~、子供の頃から家にずっと猫が居ました。今も2匹の猫と暮らしてます。だからそれが当たり前の感覚みたいな所がある。一時期は犬も居た事あったけど、正直私はあんまり好きじゃなかったかな?基本猫派です。

今の2匹は去勢手術してます。勿論それを偉そうに言うつもりなんかない。生き物の生殖機能を除去してしまう。そんなのはどう考えたって人間のエゴです。身体的機能を奪ってまで愛玩動物として飼うというのは人間の勝手な都合だわな。当人にしてみれば迷惑この上無い話。人の汚い強欲の被害者である事を自覚はしてます。それでも猫を飼おうとする自分の醜さ、傲慢に時には呆れかえり、時には深い罪を感じます。飼い主はその気持ちを失ってはいけないと思うし。

今のは2匹ともオスですが、子供の頃に居た猫はメスでした。そっちは手術してなかった。猫は年に2度くらい子供産むんですよね。しかも毎回3~4匹ぐらい。
その時はね、私の母親がそれを殺してました。目が開かない内に袋に詰めて窒息死させて、川に流しに行ってた。それが正しい事なのかどうかはわからない。
母に話を聞くと、「自分は今まで何十匹もの子猫の命を奪ってきた。業みたいなものがあるのなら、それは相当に重いはず」みたいな事を前に言ってた。ただ、それは無責任に放置するわけにはいかないし、他人の手を煩わせてはいけない。自分でやらなければいけない事だったからだと。

今回の映画の中でも施設の人が言ってました。
「いい加減な飼い主の尻拭いをずっとしてるだけなのに、それで非難されるというのも非常に不条理なものがある」って。
また別の人に監督が尋ねる。おそらくは動物が好きだからこそこういう仕事に関わっているんじゃないかと思うが、そんな中で処分しなければならないというのはどんな気持ちなのかと。
「好きだからこそ出来るんじゃないかな。せめて最後は好きな人が処置してあげなければかわいそう」と。

去勢手術をそのまま映しているシーンがある。オスは睾丸を摘出するだけだが、メスは子宮ごと卵巣をとる。その子宮には子供が入った状態だった。正直言ってかなりグロテスクで目をそむけたくなるシーン。けれど、目をそむけちゃいけない。そう思っていると、監督がその取り出した子供の沢山入った子宮に手を当てる。そうしなければならないと思った、と。

こういう作品を作る自分だけレンズの外側に居てただ話を聞くだけではダメだ。せめてその温もりや感触を自分で触れて体感してみなければ。そんな風に思ったんじゃないかと思う。
わざとらしいと思う人も居るかもしれない。ただそれだけで何がわかる?と批判する人も居るかもしれない。けれど、それでもあの瞬間の葛藤や煩悶が感じられる凄く価値のあるシーンだと思う。

日本のペットビジネスの状況。動物愛護国とされるイギリスとの比較。(何と英国に野良猫は居ない!)いかにも重々しくではなく現状をさらりと、それでいて多岐にわたり色々と描いてありました。崖っぷち犬に群がるマスコミとかホントどうなんですかね?

前に森達也が触れてた動物実験についても知りたかったかな?などとは思いつつも、それでもやっぱり猫を飼ってる身としては色々と思う所も多い作品でした。

なかなか面白かったのが離婚とかでやむを得ずペットを手放すって例が意外と多いのだそうな。「犬や猫は家族の一員」とか言うけれど、家族が離散すればやっぱその家族の一員の犬猫もどうにかしないといけなくなる。自分の子供を処理場に持って行くなんて事はしないはずなのに・・・って、殺しはしないけど施設に預けるとかはあるから同じか。個人的にもその辺はちょっと耳が痛い話です。

終わった後にロビーで主催の野良猫クラブ代表の方と少しお話させていただいたり、感想書いてくれませんか?って事だったのでノートに感想を書いてきたり。こういうのは自分も自主上映やった身としては何かしら反応が無いとね。
フォーラム行ける方は1週間上映なので是非。

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Sh3g0056いのちをめぐる
旅がはじまる。

2010.05.23

牛の鈴音

OLD PARTNER
監督・脚本・編集:イ・チュンニョル
ドキュメンタリー映画 韓 08
☆☆☆

韓国で異例の大ヒットを記録したドキュメンタリー映画だそうで。
そういえば韓国のドキュメンタリーなんて何か見た事あったっけ?映画祭の時に「外泊」っての見たぐらい?

良くも悪くも文化的接点があるのなら、ドラマだけじゃなくてあちらにだって優れたドキュメンタリーとかもあるんだろうし、何かのついでにでもそういうのが入ってきても良いんじゃないかって気はします。キム・ギドクとかパク・チャヌク辺りの作品が定期的にちゃんと入ってくるのと
同じような感じで。

都会から離れた山間の農村に暮らす老夫婦。そして同じように老いた作業用の牛。おじいさんは昔からの足の病気で、杖がなければまともに歩く事もままならない。それでも、ただ黙々と農作業を毎日続けている。
牛に悪い影響を与えるからと、農薬も一切使わず、畑を耕すにしても田植えをするにしても機械は使わず、牛を使って昔ながらの農耕法に拘る。ばあさんは事あるごとに愚痴をこぼし、じいさんを責め立てる。私より牛の方を大事にしてるじゃないかと。けれど、それがこの人たちの日常なのでしょう。そうやって今の牛と共に40年もそんな生活を続けてきたのだろうと。

ん~、韓国映画とかたまに見ると、過剰、かつベッタベタな古臭い演出が結構気になるんだけど、なんかそれドキュメンタリーにおいても同じなのかなぁと。あからさまに作ったシーンがいくつもあるし、そもそもドキュメンタリーにすら「泣き」やら「感動」やらを求めようとするのかいな?っていう感じが凄くした。

まあドキュメンタリー=現実をそのまま映し出すってものではないし、別にそれは悪いとかそういう事ではないけど、なんかその辺でも韓国っぽさが出てるのかな~ってのは結構気になったかな。

うん、でも「老い」であるとか、「人と自然(動物含む)との関係」とかそういう面での面白味はそれなりにありました。
何だろうね?人っていうのはポストモダン以前(?)はこういった生活を長年続けてきたんだろうな、という気はするし、それが当たり前だったはずだと。無論、じいさんにとっては今もそれが当たり前であるのだろうし。

変な話ですけど、観てる間に私の頭の中で勝手に大槻ケンヂがBGMで流れてきました。「労働者M」「とん平のヘイユウブルース」が。
足が悪いのもあるんだけど、這いつくばって生きる姿。それはある種みじめな姿にも見えるんだけど、でもそれこそが、それでも生きるのが人の姿なんじゃないかって風にも思ったりするし、あのヨレヨレで真っ直ぐに歩く事すらままならない老牛の足どり。
働いて、働いて、働いて働いて働いて働いて働いて働いた姿。人生はすりこぎなんだ!すりへって、すりへって捨てられるだけなんだ!みたいなさぁ・・・。
彼らの姿を見ながら、人は何の為に生まれて、何の為に死んでいくのか?なんかそんな事を考えてしまった。

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キム・ミレ 外泊
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Sh3g0055その老いぼれ牛は、お爺さんと一緒に
30年も働きつづけた。

2010.05.20

アンキャニーX-MEN

UNCANNY X-MEN/DOMINANT SPECIES
著:チャック・オースティン(ストーリー)
  麻宮騎亜(アート)
MARVEL
新潮社刊 アメコミ新潮
☆☆☆

「アストニッシングX-MEN」ついでに前に出てたこちらを読み返す。
「サイレントメビウス」「蒸気探偵団」なんかの麻宮騎亜がX-MEN本編のアートを担当したドミナントスピーシーズ(って読みでいいのか?)編。

特別企画的な感じで日本人アーティストを起用ってのじゃなくて、こうして正規のシリーズに入れてもらえるってのはやっぱり凄いわな。以前にも「バットマン:チャイルドオブドリームス」をやってたし、マーベルとDCの両方の看板タイトルを制覇しちゃった。

巻末のインタビューで「発行部数もギャラも日本より少ないアメコミをなんでやるの?」ってよく聞かれるけど、それは勿論好きだから、的な事を言ってるけど、こうやってアメコミの歴史に自分の名前を刻みこんだってのはそりゃファンなら物凄い光栄な事だと思う。

しっかしこの時期のアンキャニーメンバーは割と変わった面子がメインだなぁ。ノーススターにアークエンジェル、アイスマンにナイトクローラーにハスクにジャガーノート。そして多分どこのチームにも顔出してるんじゃねーかと思ってしまうウルヴァリン。

何時の間に「誰でもX-MEN」みたくなってんだよ?そもそも最初に俺ら5人で始めたのがX-MENなんだよ!
ってな感じの事をオリジナルメンバーであるアイスマンが第二期メンバーのナイトクローラーについ愚痴ってしまうシーンなんかは面白い。

テーマとしても、ミュータントは優良種なのか?人間が次の段階に進化する先駆けの存在であるなら、何故ミュータント同士でいがみ合いを続けているのか?みたいな方向で、なかなか良い感じです。

多少傲慢な部分もあるアークエンジェルとコンプレックスの塊っぽいハスクが軸ってのがテーマ的には面白くも、やっぱなんでこいつらがメイン?って感はしなくもない。

ホモ・スペリオールとか言いだすとマグニートーみたいな思想だな~とか思っちゃうし、逆にそれをホモ・サピエンス=普通の人間の視点で考えたりすると、それこそ「マーヴルズ」の時みたいに、じゃあ人間は過去の存在になってしまうのか?みたいな風にも思うだろうし、面白い部分でもある。今回辿りついた結論なんかも含めて。

あとこれはライターの作風なのかな?とも思うけど、結構エログロというか差別とか重い部分がセリフの端々に見えるのがちとキツイ。幼児虐待、近親相姦、あとは冗談で言ってるネクロフィリアとかもそうだし、なんかやけに皆がイライラしてたりして、他の話とはちょっと違うカラーを感じます。

で、メインのストーリーの他にもハボックの復活が描かれてたり、ステイシーX辺りのバックボーンなんかも色々と。
ウォーレンが引きずってるこの直前のサイロックの死のエピソードも含めて、充実したストーリー補足が欲しい所だけど、そういうのやんないのが他の出版社から出てるのと比べてアメコミ新潮のダメなとこでした。擬音を日本語に直すなんてどうでもいいから他に手間をかけてよ、っていう。

そういう部分もあってか、あんまり評価はされてなかったけど、出してくれるだけでも有難かったのは事実。
麻宮バットマンの方はアメコミを日本的なセンスで描くとこうなるんだなぁ、なんて感じで読んだけど、こっちは絵だけ麻宮で脚本はあっちの人が書いてるわけだしね。この話も嫌いでは無いかな。

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Sh3g0047

X-MEN―アンキャニー (アメコミ新潮)
価格:¥ 2,100(税込)
発売日:2003-09

2010.05.17

運命のボタン

原題:THE BOX
原作:リチャード・マシスン
監督:リチャード・ケリー
映画 米 09
☆☆☆☆

キャメロン・ディアス?ん~じゃあ見なくていいかな、と思ったらなんと監督がリチャード・ケリーじゃないですか。マイフェバリット作品の一つ、「ドニー・ダーコ」の人。だったらこれは見るしか!という感じで楽しみにしてました。

原作は「地球最後の男」「ある日どこかで」のリチャード・マシスン。15ページ程度の短編で、TVシリーズのトワイライトゾーンでドラマ化もされた事があるとか。

ボタンを押せば1億円、ただし見知らぬ誰かが死ぬ。
決断の期限は24時間――

ある日、突然に届けられた謎の機械。次の日、老人が現れ、決断を迫る。

これがもし、知ってる人が犠牲になるというならそれは葛藤もするだろう。でも自分の知らない人だったら?そもそもこの世界は常に人が死んでるはず。1秒単位でどれくらいでしょうね?何百人?何千人?

じゃあ今から念をおくって世界のどこかの誰かを殺すぜ!なんて冗談でやったとしよう。でも実際にそれで死んでます。いや勿論、念でも何でも無くて、これを書いてる数秒の間にも人は死んでるし、それぐらいの割合で人なんか死んでいるという話。
ただの詭弁だけど、それは俺が念じたから死んだんだぜ、とか言いだしても逆にそれを否定も出来ないはず。この映画で語ってる事ではないけど、世界はそんな感じで常に死が日常のものとして当たり前に満ちている。死神が居るならホントに1秒も休むヒマなんかないわな。

それはともかく、あなたがボタンを押したからこの人が死んだんです、なんて言われたとして、はあそうですか(勝手に言ってろこの詐欺師め)ぐらいにしか思わない気がする。その点に関してはあまり良心は痛まないのがむしろ普通なんじゃないかって。

でも100万ドルは実際に置いていってくれる。これは怖い。
例えば竹藪で100万円の入ったバッグが落ちていました、あなたならどうする?みたいな世間話をする事ってたまにあると思うけど、やっぱり大半の人は怖くなって「そのまま持ち去る」なんて選択を出来る人はそうそう居ない気がする。

誰か知らない人が死ぬ事なんてどうでもいいし、こんなのただの性質の悪い冗談だろう?と思って話半分でボタンを押してしまう。で、ホントにお金が手に入ってしまってから、何かヤバい事に巻き込まれてしまったのか?と後悔する事になる。なんかそこは凄くリアリティがあって面白い。

サスペンススリラー?と思いきや、SF的な方向に話が転がっていたり、一筋縄でいかない所がこの監督さんらしいな、と思う半面、凄くマニアックでカルトな作風なので、シャマランみたいに思わせぶりでハッタリをきかせただけのようなB級作品とも受け取られかねないかも。

キャメロン・ディアスを目的に見るような人には不評だろうけど、リチャード・ケリーの作品だから見るって感じの人なら十分に楽しめるんじゃないかなと。

人類への警告、なんてのは今となっては古臭い感じはするけど、設定年代も含めて、あえてそういう古いセンスを狙ってるんだろうなと思うし、「従業員」の不気味な怖さなんかもレトロホラーって感じ。

原作は「不条理劇」のみを狙った短編みたいだけど、それに色々な要素を加えて広げてあるのは面白いと思う。
自分にとってのどこかの知らない誰か、が他人にとっては自分もまたそのどこかの知らない誰かである事を想像するのは難しい。

もしそれを想像できたとしても、まさか自分が選ばれたりはしないだろう、という慢心。何億分の1の確率で、宝くじなんかに当たる事は想像できても、何億分の1の確率の不幸がまさか自分には降りかからないだろう、という都合のいい考え方。

まさか自分にこんな災難が襲いかかるとは思わなかった。
誰しもが実際に経験してから言う。「まさか」と。確率は全てにおいて平等であるはずなのに、自分だけは大丈夫と思ったりしないか?そして実際起こってから、まさか自分に当たるとは、なんて事を言ってしまう。人は誰しもが「自分だけは特別」なんて思ってしまいがちだけど、その根拠は?

一応は苦渋の決断的なものながら、母親の愛情、犠牲みたいな感じも描かれるけど、根本にあるのは因果応報的な感覚だと思う。

稲妻に意味を持たせたのは凄く斬新だと思ったし、ツッコミ所も多いんだろうけど、センスオブワンダーに満ち溢れた感じがして、私はかなりツボにハマる作品でした。

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リチャード・ケリー ドニーダーコ
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Sh3g0048あなたなら、押しますか?

2010.05.15

イエローキッド

Yellow Kid
監督。脚本:真利子哲也
映画 日 09

インディーズで高い評価を得た人のメジャーデビュー作のようです。っていうか大学の卒業制作で作った映画との事。それが単館系ながら全国公開されるってのもなかなか凄い話。

ジムに通い、プロボクサーを目指す田村。痴呆の祖母と二人暮らしでかなりの苦労人。
同じジムジムの先輩の元アマチュアチャンピオンの三国へ取材に来ていたマンガ家の服部とひょんな事から意気投合する。田村は彼のファンだったのだ。
服部は「イエローキッド」という過去の少年ヒーロー物マンガの新作イエローキッド成年編を新しく描いている所だと言う。
田村を主人公のモデルにする事を決め、チャンピオンの三国を悪役に見立てて新しいストーリーを描きはじめる。
しかし、やがてマンガと現実がリンクしていき、田村は暴走しはじめていく・・・

みたいな感じの話なのですが、なんか全体的に凄く分かり難い。
うぎゃっ!なんか私の嫌いな停滞していた(ように思える)90年代邦画の自己満足系アートムービー系・・・なんて思い始めたら最後。全く乗れなかった。

作中に出てくる漫画がアメコミヒーロー物、という事で気になってたのですが、思いっきりヘルボーイの丸パクリなだけでゲンナリ。う~ん、そこも演出で、わかる人に向けてこの映画そのものも、ただの丸パクリ物でしか無いんですよ、って示唆してるとかなんでしょうか?
でも漫画家の本棚にあるのは「X-MEN」「マーヴルX」で、肝心のヘルボーイは何故か置いてない。なんで?

閉鎖感を抱える人が、自分がヒーローになった気分になるけど、結局は現実にヒーローになんかなれるはずもなく、事態はむしろ悪い方向に転がっていく・・・みたいな危うさを描きたいのかなぁと思うし、そういう「物語と現実のリンク」の面白さ的な所を狙ったのかなぁ?って気はするけど、う~ん、正直つまらんかった。

物語に書いた事が現実に起こってしまう、なんてのは決して珍しいネタじゃない半面、描き方によっては面白くなりそうなもんだけど、なんか微妙。

最後はメタ構造?みたいな不条理世界っぽく見えたけど、正直何をやりたいのかがさっぱりわからん。予定があって監督のトーク付き上映には行けなかったのが災いしたかな?直接本人の話を聞ければもう少し理解度は上がったのかも。無念。
・・・そんなに理解したいとも思わない作品ではあったけど。

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マーク・フォースター 主人公は僕だった
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Sh3g0050東京の片隅。
祖母と二人暮らしのアパート。
何者にもなれない青年は、いつしか、
アメコミのヒーローを生きていた。

2010.05.11

アストニッシングX-MEN:ギフテッド

ASTONISHING X-MEN GIFTED
著:ジョス・ウェドン(ライター)
  ジョン・カサディ(アーティスト)
訳:石川裕人
MARVEL ヴィレッジブックス刊
☆☆☆★

X-MENリターンズ!

って事で久々のX-MEN本編の邦訳。アルティメットとかウルヴァリンを除けば時系列的には麻宮X-MEN以来か。

セカンドエボリューションとかジーンの死とかをすっ飛ばしてあるのはなんとも歯がゆいけど、こうしてまた再会できたというのは素直に嬉しい。なんかね~仲間同士の絶妙なセリフのやりとりが、すごくX-MENらしいというか。ここからまた継続して刊行されるようになれば良いのだけど。

ひょんなこんながあって、またリスタートする事になったX-MENの面々。アストニッシングチームの面子はサイクロップス、エマ・フロスト、ビースト、ウルヴァリン、キティ・プライドの5人。教授やらストームはまた別の場所で各々活躍中でこちらには出てこない。

新しくなった学園で生徒を指導しながら、夜な夜なヒーロー家業を始めようとする。アヴェンジャーズやファンタスティックフォーら政府公認のヒーローチームと違って、基本的にX-MENはミュータント絡みの事件を自分たちの手で解決するのが基本であって、ただの犯罪者と戦う人達ではなかった。でもそれじゃいか~ん!我々も他のチームのように人々の為に働けば世の中もミュータントを認めてくれるようになるのでは?という発想だ。

早速行動を開始した矢先、事態は急変する。ミュータントを治療するという新薬、キュアが発表され、世間は騒然となる。暗躍する新たな敵、オルド。そして自らのアイデンティティを揺さぶられるミュータント達。
そんな中、単独で任務に当たるキティは信じられない旧友と再会する。それはキティの事をカーチャと呼ぶ、かつての恋人。死んだはずの・・・。

話は全然違うものの、映画3作目「ファイナルディシジョン」で出てきたミュータント治療薬キュアはこの話が元ネタ。せっかくの面白いネタなのに、映画だと治療するか否かみたいな葛藤をかなりあっさりと描いてあって、そこのドラマをもっと深くやってよ!と思ったものですが、こちらの描き方はなかなか。

「次の目標は何?同性愛遺伝子の撲滅かしら?」とか、3作目ももしブライアン・シンガーだったらそういうのを絶対広げてたはず。そういやローグ役のアンナ・パキンも先日カミングアウトしたとか?

そんなテーマ的な部分の面白さもあれば、X-MENは群像劇なので、それ以上にやっぱり個々のキャラクターの関係性みたいなものが一番の面白味の気がする。
スコットとローガンの対立は言わずもがな、ハンクとローガンのシーンも凄く良いし、エマとキティの因縁であるとか、長年続いてきた群像劇ドラマだからこそ出せる面白味が私はとっても好き。勿論、帰ってきたあの人とキティの関係もグッと来る。

「自分がクローンやロボットや…その…幽霊や…パラレルワールドの人間じゃないって確信はあるの?実はあなたはシェイプシフターやイリュージョニストで…」
とか突っ込んでるのはシリアスなシーンでありながらネタとしか思えなかったりして笑えるけども。アメコミはそんなんばっかだし。
○○が死んだ!とかで話題や感動を誘っておきながら、脚本家が変わったとたんに実は死んだのはクローンで・・・とか言い訳をつけて復活。今回のあの人も、復活させちゃっていいのか?という疑問はありつつも、慣れ親しんだキャラに再び会えればそれはそれで嬉しかったりで、なかなか複雑な心境です。

そして今回初お目見えなのが地球外知性体監視対応局「S.W.O.R.D」。ニック・フューリー率いる(ってかこいつも死んだのはアンドロイドでしたとかってオチだったのか?)シールドの姉妹組織の様子。
宇宙人に対する外交官ってセンスがアメコミ的で面白すぎる。実際、宇宙規模の話も多いし、今までこういう組織の話が無かったのがおかしいくらい。

続きも気になるし、他のXメンバーとも再会できたらもっと嬉しい。
次回は「ニューアヴェンジャーズ」の刊行との事。「ハウスオブM」への布石じゃないか?なんて風にも言われてるけど、何でもいいからとにかく続けて出してくれればそれだけでも有難い。

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ブレット・ラトナー X-MEN ファイナルディシジョン
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アストニッシングX‐MEN:ギフテッド アストニッシングX‐MEN:ギフテッド
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2010-04-30

2010.05.06

アリス・イン・ワンダーランド

原題:ALICE IN WONDERLAND
原作:ルイス・キャロル「不思議の国のアリス」「鏡の国のアリス」
監督:ティム・バートン
映画 米 10
☆☆☆

ティム・バートンはあまり好きじゃないのですが、アリスは元々好きな題材なので、それをどう料理するのかな?という興味はありました。

原作そのままじゃなくて、原作のその後、成長したアリスが再び不思議の国へ行くっていう設定がなかなか面白い。

そもそも「アリス」って教訓が学べるとかそういう話じゃない。ルイス・キャロルがアリス・リデルとその姉妹たちを楽しませる為に即興で話を作って聞かせただけだしね。文学的にも言葉遊びとかナンセンスさとかそういう部分が評価されてるはずだし。

が、今回は少女時代に終わりを告げ、大人へと踏み出すアリスなのもあってか、あからさまに教訓じみたストーリーになってる。この辺はアリスファンにも評価の分かれる所かも。
マッドハッターとかが仲間に加わって、アリス御一行みたいになってたのは「アリス」というより「オズの魔法使い」だよなこれ?って感じで見てました。

今回、アリスが迷い込んだのはワンダーランドじゃなくてアンダーランド。設定的には子供の頃に行った所もアンダーランドなんだけど、アリスが聞き間違えてワンダーランドって憶えていたというのはなかなかにアリス的。
言葉遊びがアリスの特徴の一つだし、「不思議の国のアリス」として世間に広まる前に「地下の国のアリス」という原型がまずあったりするので、その辺の要素は非常に面白い。

で、勝手に私も言葉遊びで広げちゃうと、そのアンダーランドがアンダーグラウンド的な物に繋がって、不思議の国、鏡の国に続いて三度目にアリスが訪れたのはティム・バートンのアングラ世界だった、みたいに自己解釈して勝手に面白がってしまった。

アリス的にはそういうイマジネーションの世界へ飛翔する事が大事な要素なので、多分そんな楽しみ方もアリだと思います。

そういうイマジネーション的な部分で言えば、「ナルニア国物語」でペベンシー4兄弟の内の上二人が年齢を重ねる事でナルニアには行けなくなるんですよね。空想の世界が閉じてしまうというか。
子供の頃は素直に信じていた世界だけど、大人になるにつれてそういった心を失っていくという。そんなのが描かれているのが私は面白味に感じられたので、今回のバートン版アリスも、成長と共に空想の世界の形や捉え方が変わっていくものなんだ的な感覚が根底にあるように思えて、そこは面白い描き方をしてたと思う。

「ローズインタイドランド」とか「パンズラビリンス」とか、いかにもアリス的な作品って巷には結構あるのだけど、今回のバートン版はそういうのとはまたちょっと違う新しいアリスの捉え方があったかなと。そこは評価したい。

それはバートンのセンスというより脚本家の方のセンスかとは思うけど。っていうのはアンチ(と言う程極端に嫌いではないが)バートンな感覚すぎますか?

あと、今回アリス役をやったミア・ワシコウスカって女優さん。どことなくテニエルの絵(原作のオリジナルの挿絵)の延長に居るように思えて、結構ハマってた。それってただのファン心理?

白の女王役で出てたアン・ハサウェイみたいなクリクリお目目のいかにも~な可愛いアリスも見てみたかった気はするけど、今回の路線を考えたら、良い感じの女優さんをみつけてきたなって気がします。

今回、エプロンドレスは着てないし、ロリータ的要素が必要な作品ではないので、そういう記号的な物を排除した上でのアリス像ってのは結構苦労したんじゃないかって思うけど、それでも彼女がアリス的な雰囲気を持ってたというのは面白い部分かも。う~ん、これもただのファン心理か。

「不思議」「鏡」に続くアリス三度目の冒険って意味では直系の続編というより、あくまで第三者が描いた二次創作的なものという感覚だけど、二次創作としてはそれなりに手ごたえのある面白いものになってたかな、という感じです。

因みに「3D映画」という面では正直まだ馴染めませんでした。見づらいだけでむしろ普通に見たかった・・・。

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ティム・バートン コープスブライド
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Sh3g0038

世界はもう、マトモではいられない…。

2010.04.20

動くな、死ね、甦れ!

原題:Замси-Умри-Вокресни!
監督・脚本:ヴィターリー・カネフスキー
映画 ソ連 89
☆☆☆☆

「動くな、死ね、甦れ!」「ひとりで生きる」「ぼくら、20世紀の子供たち」伝説の3部作が遂に甦る。ヴィターリー・カネフスキー特集上映。
ってのをやってます。

うん。実は全然知らない。むしろ初めて聞いた。ふ~ん、よくわかんないけどどんなもんなの?という事で、伝説とか言われてるのは気になるし、とりあえず1本だけまず見て他のも見るか決めようか?程度の感覚で1本目の「動くな、死ね、甦れ!」を観て来る。

モノクロ映画でフイルムの傷も結構凄い。戦時下の話だし、前に見た「懺悔」みたいな古い作品なのか。と思ったら・・・やられた!制作は89年だし、実はそんなに古くない。昔の作品風に意図して作った作品だったのか。
それ知ったの観終わって家帰って調べた後なので、見てる時は本気で昔の作品なんだと思ってた。完璧に騙されました。良い意味でしてやられた感が強い。

しかも後の2本も続編的なものだったのね。これはもう続けて観る以外の選択肢は無い。凄く面白かったし。

戦時下の厳しい中で危なっかしくも逞しく生きる少年と少女。当時の記録フィルム風であったり、いかにも古い時代の映画っぽかったりと、予備知識無しで見ると、ホントにそのままにしか見えない。

12歳で生意気盛りの少年ワレルカと、幼馴染の少女ガリーヤのまるでドツキ漫才が如きやりとりが最高に微笑ましい。

純粋が故の瑞々しさと危うさ。あ、これは「小さな恋のメロディ」なのかと思った。いや私それ見てないけど。

でもそう思ったからこそ、線路のシーンとかは凄く怖い。もしかして最後は切なくも悲しい破滅へ向かうのか?って。

そんな予感が見事に的中した。あまりにも不条理な現実が唐突に訪れる。この不毛な世界の中で、それでも何より美しく輝きを放つものがそこにあったはずなのに。・・・あまりにもあっけない終わりを告げられる。

でもそれが、それこそが少年が大人へと変わっていく時に必ず通る道。男の子にとっての通過儀礼なんだろうとも思う。
世界の不条理。自分の力ではどうにもならない事があるという事を知り、受け入れる事が男の子にとっての成長なのだと私は思ってる。「テラビシアにかける橋」なんかで描かれているのもつまりはそういう事だ。その辺の感覚はもしかして女子にはわからないかもしれない。

次の「ひとりで生きる」では15歳になったワレルカの物語。大人と言うにはまだ少し早い年齢。彼は何を思い、何をするのだろう?

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テンギズ・アブラゼ 懺悔
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/04/post_975f.html

Sh3g0017映画の奇跡、再び――

2010.04.14

アンブレラ・アカデミー ~組曲「黙示録」~

THE UNBRELLA ACADEMY APOCALYPSE SUITE
作:ジェラルド・ウェイ
画:ガブリエル・バー
訳:金原瑞人
Dark Horse Books
小学館集英社プロダクション刊
☆☆☆★

唐突に出たアメコミ。ロックバンド、マイ・ケミカル・ロマンスのジェラルド・ウェイって人が脚本を担当したという事での話題作。

マイケミとか知らないし、音楽畑の人がコミックを書いたなんつっても、バンドのファンの人以外は正直「芸能人本?どうせただ話題だけを狙った自己満足のくだらない本でしょ?ミーハー相手にひと儲けですか?」みたいに思うのが普通じゃないかと。私も正直その程度の認識。

でもまあアイズナー賞なんかとってるぐらいだから、悪くは無いんだろうしアメコミは出た時に確保しとかないと後からは買えなくなるしな、的な感覚で確保。

でも私がそんな風に思った事もあとがきに書いてあったりしてなかなか面白い。
編集担当者も人気バンドのボーカルがコミックをやる事について最初はやっぱり「それってどうなの?」って思ったそうだし、有名人の名前を使って集客するような企画をあちらでは「ヴァニティ・プロジェクト」と言うのだそうで、ジェラルド自身も、そんな底の浅いお粗末な物にはしないっていう並々ならぬ決意があった様子。

日本でも芸能人が他の分野にしゃしゃり出て、「底の浅いお粗末な物」で荒稼ぎして、なんて山ほど例があるけど、そういうのはアメリカでもやっぱり同じなようで。そんな確認が出来ただけでも面白い。
大槻ケンヂも最初に本を出した頃はそんな「芸能人本」みたいに見られるのが凄く嫌で、ちゃんと一人の作家として見てほしかった、的な事を言ってました。そういうのと同じだなぁと。

で、肝心のお話の方はというと、これがなかなか面白い。ある条件下で生まれた7人の子供達。彼ら彼女らは特別な能力を持つミュータントだった。
とまあ割とよくあるパターンのヒーロー物なのですが、単純に芸能人がそのコネを使って「僕の考えたヒーロー」を実際に出版にまでこぎつけたってだけじゃなくて、必死に物語としての面白さを描こうという気持ちは凄く伝わってきます。

現在と10年前の過去の二つの時間軸(さらには未来までも多少)を描く事によって、その間を想像させるという手法。
10年もあれば人は変わります。しかもこいつらの10年前はまだ子供だったし、やさぐれた大人になったやつはやっぱり色々と業の深い人生をおくってきたんだろうなぁとか想像できて、各々のキャラクター像はなかなかに面白い。

絵も「ヘルボーイ」のマイク・ミニョーラにちょっと近い感じで、わかりやすくディフォルメされたスタイルは洗練されてて悪くないです。

アメコミらしい部分も存分に楽しめるし、かといってアメコミ特有のとっつきにくさも薄い部類かと思うので、アメコミ初心者でも入りやすい作品なんじゃないかと。映画化も決まったらしいですし、確保しといて損はしなかったかな。

今月末からアメコミ邦訳ラッシュで嬉しい悲鳴。
「スーパーマン」「バットマン」「X-MEN」「アイアンマン」「ヘルボーイ」とか2か月ぐらいで一気に出る様子。金はかかるが英語出来ない人は邦訳待つしかないので仕方ない。

あ、そういや今回翻訳は金原瑞人。ニール・ゲイマン物の小説の翻訳なんかもやってただけにアメコミと縁はあるんだろうけど、違う分野の人がこっち入ってきたな~って感じです。

ついでにバートン版アリスにかこつけて「ロストガールズ」日本語版を望みたい所。

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アンブレラ・アカデミー ~組曲「黙示録」~ アンブレラ・アカデミー ~組曲「黙示録」~
価格:¥ 2,310(税込)
発売日:2010-03-30

2010.02.19

eatrip イートリップ

監督:野村友里
ドキュメンタリー映画 日 09
☆☆☆

フードクリエイティブチーム「eatrip」を主宰するフードディレクター野村友里が描く人と食との関係。

予告にも遭遇しなかったので(そもそも無い?)、チラシのみで「どんなもんかな~?」とか思ってました。気取った金持ちが、気取った食事をするようなアート系?みたいな危惧もあったのですが、それなりの物は得られたので、見て損はしなかったかなと。

自給自足の生活をしている人とか、お茶の先生やら、お寺の住職。果てはダンサーとか一見「食」には関係無さそうな人まで含めて、老若男女問わずに、それぞれの食についての向き合い方を探る。

浅野忠信やらUAらも出てるので、さぞかし美味しい物食ってんだろう?とか思ってましたが、どうやらそんな作品では無かった。

ええと、個人的には食に対するこだわりって私は無い方。どこどこのお店が美味しいんだって、とか聞かされても、ふ~んと聞き流してしまう。グルメとかには興味無い。
が、人として「食べる」とはどういう事なのか?とかそういう話になるとそれなりに面白味を感じます。

「不灯港」の万造曰く「独りで食う飯はどんな味付けをしたってまずいんだ。一緒に食えるのは最高の調味料さ」みたいなもんで、そんな所まで含めての「食」なんだ、みたいな路線。

365日、しかも1日3食。死ぬまで何十年と続けるわけで、それをまあよくも飽きずに、むしろ喜びとして食があるっていうのは考えてみるとなかなか面白い部分。

サプリメントとかでさ~、人が生命を維持できる栄養素だけを確実にとれば、それで人は生きていけるのか?なんて事をたまに想像してみたりもするんだけど、実際の所どうなんでしょう?

理論的には可能でも、精神に変調をきたしちゃうのかなぁ?おなかがすいたのを我慢すればいつか慣れるのかな?性欲が枯れるのと同じように、食欲も枯れるのか?等と変な事を考えてみたり。

まあ私は食事でのダイエットの経験とかもありますし、ある一定期間程度の我慢とかは出来るとして、完全にそんなん出来たらそれはそれで虚しいわな。

で、また別の話をすると、「ジョジョの奇妙な冒険」の何巻かの作者コメントで、食っていうのは太陽のエネルギーを吸収する事だ、みたいな事を言ってて、なるほど!とえらく関心して、その考え方に私は凄く影響受けてます。と言うか荒木の考えるエネルギー理論が凄く好き。

今回の映画の中でも、ほんのちょっとだけですが「宇宙エネルギー」なんて言葉が出てくるのよ。なんかそこがえらくツボでした。

一見「オカルトかよ!」とか言いたくなる人も居るでしょうけど、太陽の光を浴びて、それで土から栄養を吸収して作物なんかは育つわけです。で、それを人間が食して生きる為のエネルギーに変える。そういう仕組みがさ~、私はすっごい面白い物に思えます。太陽のエネルギーなんだから、元を辿ればそれは確かに宇宙のエネルギーだわな。

食べ物というのは、宇宙のエネルギーを人間のエネルギーに変える中間の役割の、いわば変換装置的なものでもあるわけです。

お店に並んでる食材なんかだと、やっぱりその背景までは想像しにくい面もあると思うけど、我が家の家庭菜園からもぎたての野菜なんかをとってきてすぐに食べると、その瑞々しさは特別な物に思えます。

植物そのものの力もあるだろうけど、土と繋がってる姿を見れば、そこから栄養を吸収しているんだと思えるし、それは水や光の力もある。野菜や果物はそのエネルギーの結実した物であるのだと。そしてそれを人間が食する。なんかその仕組みがメチャメチャ面白いですわ。

人と食との関係性。誰もが当たり前に毎日やっている事だけれど、ほんのちょっとだけでもそこに目を向けてみると、凄く面白いよなって思います。

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100217_233201人と食を巡る、映画のかたちをした、ごはん。

2010.02.16

インビクタス 負けざる者たち

原題:INVICTUS
原作:ジョン・カーリン
監督・制作:クリント・イーストウッド
映画 米 09
☆☆☆★

クリント・イーストウッド最新作。去年は「チェンジリング」に「グラントリノ」と2本もあったし、やたらとハイペースで作品を排出し続ける御大。しかもそのどれもが傑作レベルというから信じがたい。

日本にも年に2~3本撮る人居るけど、ことごとくクソしか作らないそんな誰かさんに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいですわ。

今回は、30年近く投獄されながらその後に南アフリカの大統領となったネルソン・マンデラを描く。
アパルトヘイトが廃止されたからと言って、そうそうすぐには人種差別が無くなるはずもなく、白人と黒人はその後もそれぞれ独自の道を歩んでいた。だが、それではいけないと自身の過去の屈辱をも赦す事を選び、一つの国として纏めなければというのがマンデラ大統領。彼が着目したのが、目前に迫るラグビーワールドカップだった。
モーガン・フリーマン、マット・デイモン主演。

あまり捻った事はやらず、かなりの直球勝負のスポーツ物。物語としては単純な部類なものの、イーストウッドらしく丁寧な演出でありがちな物を上質に仕上げてあります。

基本的に私はスポーツ物って苦手な部類。運動神経は皆無に等しいので、やるのも苦手ならやっぱり見るのもあまり関心も持ちにくくなるものかと。体育会系?うひゃ~勘弁してちょ~って言いたくなる方。

イーストウッドなら映画としてはまず外さないだろうし、見ておくべき作品だろうとは思ったから見たのと、あくまでマンデラさんの話だろうからそこは勉強として。

うん、今回の作品は別に小難しい事を考える必要は無いと思う。ただあえて邪推するなら、オバマにマンデラを重ねた作品として見る事も出来るよな?ぐらいのものです。

前作「グラントリノ」で人種の壁を描いてあったわけですし、その流れも踏まえれば、そんな風な部分を読み取れなくもないかな、程度。

バラバラだったものを一つに纏める一番簡単な方法は、外敵を作る事です。共通の敵を作ることで、じゃあ今は内部の問題で争ってる場合じゃないな、とりあえず今はまず外敵に目を向けなければ!となる。
日本だって過去の戦争の時はそういう面があったわけだし、今であれば北朝鮮辺りを仮想敵と見立てて国民の目を内部から外に仕向けると。
で、アメリカだってブッシュさんがそうやって国を一つにしようとした。

そこでネルソン・マンデラさんだ。彼は自分が散々な目にあわされてきたからこそ憎しみで物事なんか解決しないんだと知ってるのでしょう。敵と言えば敵かもしれないけど、彼はもっと健全なスポーツに目を向けさせたと。
国民みんなでラグビーの代表を応援しようぜ!白人も黒人も関係ない、彼らは南アフリカの代表なんだ!と。それは「過去」ではなく「未来」を見据える事。

アメリカの指揮をオバマさんがとる事になって、丁度「変わろうぜ」って言ってるのもあったろうし、サッカーの方の次のワールドカップなんかもあったろうしで、なかなか上手いタイミングでこの作品が生まれたのかなと思います。

このご時世で、オリンピックなんかより目下の問題と向き合う事の方が大事なんじゃないの?みたいな意見もあるだろうし、スポーツにあまり理解の無い私もどちらかと言えばそんな風な事を言いたくなる方だったりはするんですけど、こういう作品を見るとスポーツはスポーツでそれなりの意味や価値は見出せるのかもしれないな、なんて風にも思ったり。

そういや昔、アントニオ猪木がスポーツ平和党でしたっけ?そんなのやってたけど、ようするにそんな感じの主張だったんだろうなと今さらながらに思います。
いくぞぉーっ! イチ・ニィ・・・・あ、私は猪木嫌いなんだった(汗)

ところでエンデイング曲。
あれ?平原綾香の「ジュピター」じゃないの?ホルストの「惑星」って曲に歌詞つけて歌ったものだけど、もしかしてあれが世界にまで影響与えたとか?
なんて思ったら、なんとそもそも今回流れてたのがラグビー・ワールドカップのテーマ曲だった様子。え~っ!ラグビーは全然知らない世界だったからそんなんも初めて知りました。
何だ、何も平原綾香が特別に新しい事をやってたわけじゃなかったのね。つーかそれパク・・・ゲフン。
いや、それもまた赦そう。それがマンデラの教えであるのだから。知らんけど。

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100216_214201ひとつの願いが、ほんとうに世界を変えた物語。

2010.02.12

おとうと

監督・脚本:山田洋次
映画 日 10
☆☆☆

「山田洋次」やら「吉永小百合」という名前は私には全然響かないのですが、共演の蒼井優と加瀬亮の扱いも大きかったので、じゃあそれならと見ておく事に。実際の所、加瀬はそんなに出番無かったりしましたけれど。

夫を早くに亡くし、女手一つで娘を育ててきた母の高野吟子(吉永小百合)。娘の小春(蒼井優)が結婚式を迎え、吟子の弟である鉄郎(笑福亭鶴瓶)にも手紙を出したが、行方知れず。昔から何かと問題をおこし、親族一同から嫌われていたため、ほっと胸をなでおろす。が、どこから聞きつけたか、結婚式当日、鉄郎は姿を現す。酒に酔い、またも大騒動をおこす。
それでも血の繋がった姉弟なのだからと、吟子はなんとか丸くおさめようとするものの、更に数ヵ月後、今度は借金の肩代わりをされ、遂には姉も愛想を尽かすのだったが・・・。

う~ん、この手のテーマはどうしても自分の身の回りと重ねてしまって、色々と考えてしまいます。どこの親族にも一人くらいは居ますよね、身勝手ばかりして皆に嫌われてる人って。

それでも家族なんだから、っていう言い分もわからなくは無いのですが、ちょっと私は無理だなというのが正直な所。
自分勝手で迷惑ばかりかけて、挙句の果てに借金やら暴力やら、私も散々な目にあったのを本当に目の前で経験してきたので、こんな奴は勝手にのたれ死にしてればいいよ、としか思えない。

家族だから、血がつながっているから、というのは本当にどこまでも付きまとうし、逆に嫌でも足かせになる。

誰にも相手にされず、歳とってから孤独死するような人はさ、確かにちょっと可愛そうなだなというのは、ある事はあるのだけど、結局の所は自業自得なんだろうし、それは仕方のない事だよな、というのが今の私の感覚です。
ドラマとしてこういうお話をやるのもわからなくは無いんだけど、まあドラマだしね、としか言えないかなぁ?他人の絵空事、と割り切ってしまえば別に文句は無いですわ。

ところで、昭和の代名詞的な吉永小百合。
サユリストなんて言い方もあるくらいだし、それだけの時代を築いてきた人なんだろうけど、多分そんなに特別演技の上手い女優さんとかでは無いですよね?申し訳ないけど、あまり現実感のある演技では無い。
けど、セリフを常にはっきり聴き取りやすく喋るのはプロだなぁと思います。そこが時代を感じさせる要因でもあるのかもしれないけど、ボソボソ何言ってるのかわからんリアリティとかよりはずっと良いし、そういう所は素直に感心。

で、お目当ての蒼井優。うん、蒼井優はいいよ。凄くいい。相変わらず可愛い。
何かのインタビュー記事で、歴史のある山田組に参加できて嬉しかったし、凄く勉強になったとか言ってて、そういう謙虚な姿勢がまた良いのです。

色々なインタビューとか読んでるとさ~、蒼井優ってあんまり主演にこだわってない感じがする。「百万円と苦虫女」の時も、私が主役で大丈夫なのかなぁ?お客さん入る?とか心配してたのがとてつもなく可愛くてツボでした。

という事でわたしゃ相変わらずな蒼井優が見れただけで満足。

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100212_131101お姉ちゃん
おおきに

2010.02.02

アンヴィル! ~夢を諦めきれない男たち~

原題:ANVIL! THE STORY OF ANVIL
監督・制作総指揮:サーシャ・ガヴァシ
ドキュメンタリー映画 米 09
☆☆☆

ヘヴィメタル、基本的には私はこれといった縁も無いジャンルです。そもそも洋楽は歌詞が何て言ってるのかわかんないので聴かないし。

あ!カプコンの「ヘビーメタル ジオマトリックス」っていうゲームだけは好きだったかも?「スポーン」とどっちが先だったっけかな?「ガンダムVS」シリーズのベースになってるであろう作品ですわ。
サイモン・ビズリー辺りが参加してた「ヘビーメタル」ってコミック雑誌とのタイアップ物で、ガンガンやかましいヘビメタをバックにマッチョがバカスカやりあういかにもな内容。でもセンスも良いし面白いのよ。

1970年代に結成、インディーズデビュー当時は話題になり、後に活躍する人気メタルバンドにも多大な影響を与えた「アンヴィル」。
しかしその後は泣かず飛ばず。50台になった今でも夢を求め、しがない普通の仕事をしながらも地元のカナダで細々とバンド活動を続けている。
それでも俺たちの音楽は世界に届くはずだし、いつかスターになれるはずだ!ツアーの話が舞い込んできても、1000人収容の会場に100人程度の客。それでも、それでも!と、彼らの夢が叶う日は来るのか?

いや~、こういうの良いですね。カッコ悪いんだけどカッコ良い。
「レスラー」なんかにも近いものがあります。長髪のゴツイおっさんが給食配達(てかケータリング)なんかをしつつも、俺たちの熱いハートはいささかも衰えちゃいないぜ!っていう。

そういやプロレスとロックって割と共通点もあるんですよね。基本的にボンクラ男のむさ苦しい魂の拠り所というか。

地元のファンの人の会社でアルバイトさせてもらったり、せっかくのツアーでもギャラなんか全然貰えなかったり、デビュー当時のかつてのプロデューサーを頼ってみても、今時こんな音楽売れないよと一蹴されたりする。

情けない。カッコ悪い。けど、それがどうした?夢を諦めずに30年続けてきたんだよ!っていう誇りが素晴らしい。
半ば意地的な部分もあったりはするのかもしれないけど、それ以上に純粋に音楽にかける熱意がいささかも衰えていないその姿がとっても良いです。

私、よく例え話でこういう例を出すんですよ。
俺はロックスターになるぜ!とか大きな口を叩いてさ、ロクに才能も無いのに良い歳こいていつまでも叶わぬ夢を見続けてるような輩ってどうなの?若い時は夢に向かって生きるとか言うのはカッコ良く思えるけど、いつまでたっても夢見ててもさぁ?それってどう思う?的な話を。

まさにそんな感じの人達なんだけど、彼らの姿は素直に認めてあげたいなと思う。だってちゃんと家庭を支えている姿がそこにあったから。ただ無暗に夢を見続けてるだけじゃなく、ちゃんとやる事をやってるんだからそこに何の非のつけようもないです。

一生懸命働いて十分に家族を養って、それで自主製作盤を作ってライブ活動をやる。なら良いじゃないですか。ただ親の財産食いつぶしてたり、ヒモ生活してるだけのような輩だったらどうかと思うけど、そういうのじゃないならね。

何と「日本」が何気に重要な役割を果たしたりするのもまた微笑ましくって良かったです。

80分程度の短い尺なので、せっかくだったら彼らの音楽をもう少し聴かせてライブ感みたいなものも出してくれれば良かったのにとも思うけど、音楽どうこうじゃなくて、焦点は「生き方」なのでしょう。

途中でブチ切れてたりもしたものの、基本的には純粋な感じの人で、憎めないタイプなのがこれまた。人がいいんだろうな~って思います。ハードなヘビメタでそれってどうなのよ?な感もあるけど、意外とそういうものだったりするのでしょう。

ヘビメタ?ああいう音楽はちょっとね、なんて思ってる人の壁を壊してくれる良い作品かも。

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100201_184101 30年間夢を諦めなかった男たちの夢と友情を描いた、笑って泣けるウソのような本当のお話!!

2010.01.22

APPLESEED

アップルシード
原作:士郎正宗
監督:荒牧伸志
映画 日 04
☆★

「アップルシードのヒトミちゃんがヤバいんすよ!あれは絶対見といた方がいいよ」とか某所で言われたので、なんとなく見る。

3Dライブアニメってのが何の事なのかよくわかりませんが、ゲームとかのポリゴンモデルに芝居させるリアルタイムのデモシーンとかとは何が違うんでしょう???
2004年ぐらいだとトゥーンシェイドみたいなのってまだ珍しいんだったっけ?そりゃ映画はこういうあまり無いだろうけど、ゲームとかで見慣れてる人は、その辺のゲームとの差があまり感じられないかも?

原作も古いもののはずだし、荒牧伸志も80年代のOVAとかで活躍してた人だったはず。なんかその辺の80年代オタクアニメ臭をいまだに引きずってるようなセンスがあまりに微妙でした。そこを様式美と受け取るか、時代錯誤と受け取るかで評価は変わってくるのかも。

同じ士郎正宗原作物でも「攻殻機動隊」と「イノセンス」はいかにも押井守らしいカラーでそれなりに楽しめたのですが、なんかこっちは技術と裏腹に、えらく古臭い感じがして何だかな~っていう感じがどうしても・・・。

パワードスーツみたいなメカシーンだけは凄くカッコ良かったし、そこだけは面白かったのですが、全体的にはちょっとついていけなかった。

ゼウスがどうの、アテナがどうでハデスがうんぬん。原罪とか言ってるから、アップルシードってのは禁断のリンゴなんだろうなってのはわかるのですが、クローン人間のバイオロイドがユートピアを作ってどうこうってセンスに全くついていけなかった。

「攻殻」の方のゴーストうんぬんは哲学的な面白さがあったけど、こっちはどちらかといえばただの設定遊びみたいな感じがして、私はあんまり好きじゃないんですよね。

私自身がガノタで富野信者ってのも何気に大きいかもしれません。そっち方向だと今は「コロニーで人間が暮らせるはずねぇだろが!」って流れになってて、人工物で囲まれた人間の逼塞感とかがテーマとしても描かれるので、私もそっち派なんですよね。
「アバター」で、ダメだこりゃと思ったのも実はその部分が大きいです。人工物で作った身体をあっさり受け入れてしまって、それを何も問題視しない事に物凄い違和感を覚えた。

技術や科学が人を幸せにするっていうのを完全に否定はしないし、医療とかの面では、もしかしたら私だって今後その恩恵を受ける事だってあるかもしれないです。

草薙元子さんのひょうひょうとした考え方にもある種惹かれる部分はあったりするのですが、バトーの何か違うんだよな~っていう気持ちもまたわかる。ってな感じでいるので、なんとも微妙な所。って、それアップルシードの話じゃないけど。

メカは良かった。ただそれだけでした。

あ、主人公のデュナンの声がどっかで聞いた事あると思ったら、小林愛なんですね。リリ・ボルジャーノ嬢ではないですか!
いや、ヒロインなんだからサラ・コダマの方が先に出てきそうだけど、キャラの濃さでついついリリ嬢の方をまず思い出してしまう。
ごきげんよう~、アメリアは私がスカートのまま治めますわ~

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2010.01.11

大洗にも星はふるなり

監督・脚本:福田雄一
映画 日 09
☆☆☆

今年の劇場観賞1本目。

古くは「十二人の怒れる男」最近だと「キサラギ」なんかと同じ系譜の、一つの場所の中での会話劇のみで話が展開するワンシチュエーションドラマ。コメディーです。

「悪夢のエレベーター」なんかはそれ風に思わせてちょっと違う展開になってましたが、今回は演出なんかも含めて、「キサラギ」の二番煎じを狙った感が強い。それなりには面白かったけど、やはり二番煎じ以上のものは無いかも。

海の家でバイトをしていた6人。季節は巡り、クリスマスイブの日、マドンナ的存在だった、江里子(戸田恵梨香)からまた会いたいとの手紙が届き、男たちは終結する。各々が、自分一人へ向けられた手紙だと思っていたのだったが・・・。

キサラギは皆がそれなりに有名な人たちばかりでしたけど、こちらは山田孝之以外は割とマイナーな部類の人達(多分)。

山田孝之とか、この作品には関係ないけど藤原竜也とか、役者としてのポジションを模索する為に試行錯誤してる感があって、最近はどうもしっくり来ない感じがするので、見ていてなんとなく微妙。

愛しの彼女のハートをつかむんだとばかりに、男としてのバカバカしさ(あるいは痛々しさ)を描いてあるのは単純に面白いけど、ここから更にひとひねりふたひねり欲しかったかなぁ。ちょっとベタすぎる感じがしてしまった。

会話劇中心のこの手の作品にありがちな、舞台劇とかがベースになってるのかな?とか思ったけど、そういう事は書いてないし、どうもオリジナルの様子。
そこそこは面白かったし、意気込みは買うけど、ただの二番煎じ以上の物を出すにはあ一歩足りず、という感じでしょうかね。

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100111_003801 壊れるほど、「好きだ。」

2010.01.07

愛のむきだし

LOVE EXPOSURE
監督・脚本・原案:園子温
映画 日 09
☆☆☆☆☆☆

やばい。凄すぎる。
ゴメン、正直な所、4時間もの長時間を乗り切った自分自身の達成感も含めて、そうそうはつまらなかったなんて言えない部分もあるんじゃないの?なんて思ってた部分も少しありました。でも違った。ホントにスゴすぎた。

エロ面白い。まさか童貞指数150%の映画だったとは。突き抜けたバカはカッコイイっていうのをまさしく体現してくれる作品で、もうぐうの音も出ない程、全てにおいて圧倒してくれる。

恋愛、コメディー、アクション、ドラマ、エロス、家族、宗教。4時間に何でもかんでもブチこんで、全てを圧倒。これがダメならもう世の中全部がダメでもいいやって言ってしまえるぐらいにやりきった感が凄い。

なんかもう一つの極限と言いきっても良いんじゃないでしょうか?もはやある方向の絶対的な存在として、この先にこれを超えるものはもう無いんじゃないかと。つーか無くても何一つ問題無い。それぐらいの突き抜け具合。

とあるクリスチャン一家に育ったユウは、とあるきっかけで変わってしまった父に対して懺悔で罪を告白する為に自ら罪を重ねていく。その手段は盗撮だった。
そんな中、マリア様と出会ってしまった。初めて知った悶々とした気持ちを抱える日々だったが、陰謀によりマリア様は新興宗教団体に囚われてしまう。なんとかマリアを取り返すべく奔走するユウだったのだが・・・。

なんていうストーリーを説明するだけ無駄。説明で何が伝わるものかと。ここにあるのはタイトル通りの「愛のむきだし」ただそれだけが全て。

むきだせ!全ての通念をかなぐり捨てて、根本にあるものをむきだしてみろ!ここには包み込むものなど何もない!やれんのか?おい!

また新興宗教をこういう描き方してさ~、こういうのがますます極端なイメージとして浸透しちゃうんだよ。と、「A」なんかを見た私には色々と思う所もあったりはするのですが、オウムにせよ何にせよ、一番大切な事はちゃんと向き合う事なんだよ!などと思う次第。

恋愛でも友達でも家族でも何でもいいけど、本気で向き合ってるか?
ゴメン、私はそれが出来ない。昔っからの大きな悩みの一つと言ってもいいです。自分の全部をぶつけられる人って居ますかね?そんなのってこういうフィクションの中の話だけなのかもしれないけど、それをぶつけようとすると、引かれたり嫌われたりして、ああやっぱりダメなんだなって、自分から壁を作ってしまってますますその先に行けなくなる。私はそういうのの繰り返しで来たので、こういう突き抜けた物に対して物凄い憧れみたいなものがあります。

いやさ~、気持ちはわかるけど、そんな簡単なものじゃないしもうちょっと現実的に捉えれば良いんじゃないの?なんてききわけの良い事を言ってしまう自分がいつも居る。

基本的にはこの作品を貫く童貞臭を手放しに肯定なんかする気は無いし、そこは別にしたくも無いんだけど、この圧倒的なむきだし感は有無を言わせぬ凄みを感じるし、認めざるを得ない所まで突き抜けた所はある種の清々しさがあって、肯定とか否定とかどうでも良くなります。

そそ、これを見て面白かったとか詰まんなかったとか言う事態がバカバカしく感じてしまうというか、「愛のむきだし」という作品がここにある。もうそれだけが結果であり全てだ。色々なものを超越しちゃってる。

自分だけの狭い世界でまるで世の中を知っているように語ってしまうのは最高にカッコ悪いし、じゃあ世界って何よ?って言った時、一番最初に来るのは他人という存在なんだと思う。
自分自身と向き合うなんて簡単な事だし、誰でも出来るんだよ。でも他人に対して本気で向き合えるか?向き合ってもらえるか?それが所謂「愛」みたいなものなんじゃないかなぁと。
でもってそれが広がりの一歩目と言えるんじゃないかと思う。

コギトエルゴスムって言ったのは誰だっけ?ニーチェ?カント?と思ったらデカルトでした。哲学とか難しい事はよくわかりませんけど、「自分」ではなく「他者」があるからこそ、世界は存在すると証明できるんじゃないかな~とか思ってるのですが、いかがなものなんでしょう?

むきだしで生きてみろ!とこの作品で言ってるのかもしれませんが、多分、世の中の全てがむきだしでは社会は成立しない。でもそのむきだしで成立しない社会の中でむきだしを貫くからこそ逆説的にこのむきだし感が光る。
ヘンタイで何が悪いんだ?ヘンタイだから良いんじゃないか!とまあそんな感じかと。

主演のメイン3人の演技が最高にハマってますし、4時間を飽きさせずに見せてしまう演出も凄い。私はレンタルながら一気に見ました。見れる機会はありながら、これを劇場で見なかった自分が情けない。猛烈に反省してます。今年最初の映画がこれで良かったです。1年の始めに得られた事は大きい。

いくら言葉で語ってもこの圧倒的な存在の前には全てが霞む。
「愛のむきだし」に私は完敗しました。

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2010.01.05

大槻ケンヂ20年間わりと全作品

KENJI OTSUKI's 20 Years Works(almost)
著:大槻ケンヂ
K&Bパブリッシャーズ刊
☆☆☆☆

ふとした切欠があって、最近ちょっとCDを押し入れから引っ張り出してきて筋肉少女帯を聴いてます。
基本的に私は昔から音楽とかにはあまり興味が無かったのですが、そんな中で唯一好きだったのが「筋肉少女帯」。

確か中学生の頃に友達にCD借りたのが最初だったかな。多分「月光蟲」だと思います。そこで衝撃を受けて、後は活動休止するくらいまでずっと追っかけてました。その後、新たに「特撮」とか始まったのは知ってたのですが、それぐらいになると私自身の考え方とかも変わってきたし、色々と思う所があって、あんまり好きじゃなくなってきて、いつのまにか視野に入らなくなってた感じ。

音楽どうこうじゃなくて、基本的にはオーケンの歌詞とか考え方とかそっちにハマった口で、実は物凄く影響を受けた人です。
でも若い時は良かったけど、それなりに自分自身の哲学というか、自分なりの考え方を持つようになってくると、あんなに影響を受けた物に対してさえ、ちょっと違うかな?みたいな感覚も芽生えてくる。
ありきたりな言い方をすれば「卒業」しちゃった。

という言い方も失礼だと思うので、ホントはあまり好きな言葉では無いけど、わかりやすく言えばそういう感じでした。正直な気持ちを言えば、一時期は逆に「嫌い」にもなったかな。

ルサンチマン的なものの象徴だと思ってた人が、ファンを300人は食ったとか言ってるの聞いて、なんか違うなと。モテる為にバンド始めたっていうのは昔から言ってたので、それを実践したんですよって言えばそれまでだし、バンドマンなんて所詮はそんなものでしょとも思う。

本も沢山書いてる人で、小説の方は読んでないけど、エッセイとかは私もそえなりの数は読みました。でも段々と同じネタを何度も使いまわしたりしてるのが目についたりして、いい加減にしろよ感もありました。

坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、じゃあないけれど、そういうのを含めて幾つかの要因があって嫌いになっちゃった。もういいや、って。

で、今はもう「昔影響を受けたんだよな」ぐらいしかなかったんだけど、たまたま再びCDを聴く機会があって、つくづく自分の中に身についてるもんだな~とか思ってしまいました。

そんな中で発見したのがこの本です。デビューから2008年までの大槻ケンヂが関わったCDやら書籍やらありとあらゆるものをオーケン自身が振り返る、みたいな本。
勿論、私が追っかけるのを止めた後に出た本なので、出てから1年以上たった今になって初めて知った本です。
「筋肉少女帯自伝」なんて本も出てたので、そちらも気になったのですが、その後の活動がどうなってたのかとか、自分が聴いたり読んだりしてたものをどんな風に語ってるのかな?とか気になって、他の物のついでについつい注文。

1曲1曲に丁寧な解説とかがついてる物なのかと勝手に想像してたので、そういうのとはちょっと違ってましたが、読んでて10年のわだかまりが解消された気分でした。

メンバー間の亀裂がきっかけで一度は解散したものの、やはり10年近くを隔てて「仲直り」した筋少の姿に、なんだか私も一緒にわだかまりが消えた。

昔は、ある種のあこがれの対象として見ていたオーケンを、一人の人間として見られるようになったというか、たかがファンなのに偉そうな言い方かもしれませんが、「こういう人なんだし、しょうがねーな~」ぐらいに思えるようになった自分が居ました。

「この辺の時期は自分でも凄く調子こいてました」とかオーケン自身が語ってるんだもの。このエッセイはほとんどがでっちあげ。こういうのは誰でも面白可笑しく脚色して書くものなんだし、だったら内容が全部嘘でも、自分が書いてるんだからそこで自分のカラーを読み取ってくれればそれでいいんじゃないの?ぐらいの事を思ってやってた、的な事を語ってる。
ホラ話を本当にあったように書いちゃうから、他のメンバーとも溝が出来たしそれが解散にまで繋がったんだよね、って自分で反省してる。

なんかそういうの読んでたらさ、私も許せちゃった。この人に対する私のわだかまりも氷解しちゃった。

たまの偶然が重なってこの本を手に取ったけど、読んで良かったです。本としての評価うんぬんの前に、そういう自分の状況が妙に面白くって、なんとも不思議な気分です。

色々あったけど、確実に私のルーツの一つである事は否定しようの無い事実だし、今の自分の視点でまたこの人を見てみるのも面白いんじゃないの?なんて風に今は思ってます。

自伝の方も読みたいし、聴いてなかったCDなんかも聴きたい。持ってるCDも今聴いたらどんな風に感じるかな?とか、私の中で色々と大槻ケンヂと筋肉少女帯が再燃してます。
せっかくなので、今年は少しここのブログの方でもいくつか触れて行こうかと思ってるので、興味無くてもヒマな人は読んでやって下さいませ。

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大槻ケンヂ20年間わりと全作品(CD付) 大槻ケンヂ20年間わりと全作品(CD付)
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2009.12.30

アバター

原題:AVATAR
監督・脚本・制作:ジェームズ・キャメロン
映画 米 09
☆☆☆☆★

見る予定は無かったのですが、諸事情により今年最後の作品として見ておく事に。

おおおおお~っ!なんか凄い。凄すぎました。

私にとっては実質これが初の3D映画。3D物は前の方で見た方が良いとの事でしたので、基本私は最後列にいつも座るのですが、今回ばかりはせっかくだからと前から3列目。3Dで字幕ってどうなるの?という不安もあったので、吹き替え版の方を。吹き替えの方でも一部で字幕が出るので確認できましたが、字幕まで浮いて見えちゃうのね。

3Dってどんなものなのかな~って不思議でしたけど、あの幾何学模様をずっと見てるとそこに何かが隠されてて、浮き出て見えるってのと似たような感覚っぽかった。奥行きがあったり、浮き出てたりと、凄く不思議な感覚。
今のところは目の前に違う現実がある、とかではなくて(流石にそんなんは無理か)絵を立体的に見せるっていう感じなのね。メカとかクリーチャーとか現実に観た事無い物は凄く良い感じだけど、人間が映ってるシーンはちょっと違和感ありました。
焦点が合っていない部分が、なんかチカチカしてる感じで、これ3時間弱見てるのキツくないか?気持ち悪くなりそう、とか思いつつも、後半はもう慣れちゃったのか、予想してたよりは気にならなくなってたかな。

予告見てて、「うわ!これメチャメチャ『パンツァードラグーン』っぺぇ!」とか思ってたのですが、実際かなりそれっぽかった。舞台の名前からしてパンドラだったりしますし。
「エラゴン」なんかよりは、ずっとパンドラとして観れるんじゃないかと。とゆーかこの技術と予算でホントにパンドラ作ってほしいぞ。

ジョージ・ルーカスって自分でゲーム会社作っちゃうくらいにゲームマニアらしいけど、キャメロンとかはどうなのかな?なんかこの映画って凄くゲーム的なセンスで作られてる感じしました。オタク要素は凄くある人なので、そこら辺も考慮すれば、さもありなんっていう感じではありますが、これってどちらかと言えばゲーム世代の感覚に強く訴えかけるタイプの作品だよね。映画ファンには総スカン、ゲーム世代だけが支持する、みたいな流れになった方が自然な気がします。いや実際の所はそうはなってないみたいですけど。

私にとっての映画は芸術性であるとか、そっち方向なので映画館でアトラクションなんかやんなくていいよって人。こういうのもジャンルの一つ程度としてあっても良いとは思うけど、映画の全部がこっちに向かう必要なんて無い。
だって極端な話、恋愛ものを3Dでやってどうすんのよ?立体的で凄いでしょ?とか言い始めるんでしょうか。そこにさほど意味は無いような気が。

今は新しい技術だから注目されてるのであって、これが一般的なレベルまで浸透して、その時にその技術をどう使うのか?っていうのが問題かと。だって文句なしに見た目は凄いけど、肝心のお話はちょいといただけないですので。

だって物語の後半に、人間は悪なんだ!とばかりに、何の葛藤も無く人間を殺しまくるんだもの。あれはどうなんでしょう。
脳味噌マッチョな海兵隊だから?それとも自然ためなら平気で人を殺しちゃうのか?お金のために人を殺しちゃいけないけど、愛のためなら殺していいの?

物凄い予算をかけた超大作!でも中身は薄っぺら!みたいな、いかにも80年代90年代とかの悪しきハリウッドの習慣を受け継いでる感じでした。12年ぶりの新作!とか言ってるんだからある意味それも必然なのかもしれないけど。

青って好きな色だし今まで誰も使ってなかったから、とかいう理由で青い色の人間を作っちゃう。シュレックやらハルクやらグリーンの人間が受け入れられるのがアメリカのセンスですから、日本人感覚とはまた違うんだろうけど、そんな部分であるとか、「アポカリプト」みたいに、一見野蛮人に見えるようなネイティブな民族を中心に描いちゃうとか、あんまり世間には受けそうにも無い要素を堂々とやってる辺り、ホントにただ好きな事を思う存分やりたいオタク気質な人なんだろうなと思うし、あんまり細かい事をとやかく言ったって仕方無いかな、みたいなのはあるけどね。

そんなオタク思想だからこそ、無邪気な技術信仰的な部分もあるのかと思うし、ラストとかもね、安易に違う体になんか入れちゃうのでしょう。

とは言え、これは確実に映画史に名を残す作品になるでしょうし、3D映画のブレイクスルー作品として、あるいはマスターピース的な物として語り継がれる作品として、一見の価値はあるのではないかと。

逆にこういう技術的な面は抜きにして、思想的にある意味での時代錯誤みたいな人が居るっていう面白味もある。時節柄、今年のベスト10を出すのに色々と考えてた所なんけど、ポストモダン的な要素が大きいなっていうのが私の今年の印象でした。そして最後の最後に来て、それとは対極にあるようなこの作品が来ちゃったものだから、なんかこれはこれで凄く面白いです。ハリウッドでさえも変わってきてるんだな、って思ってた所に、変わらぬハリウッドもここにあるわけで、こういう作品も一つの形だなと、逆に個性を発揮してくれました。そんな意味でも、スルーせず見ておいて良かったです。

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091230_191701 もうひとつの体。もうひとつの運命。

2009.12.29

宇宙戦艦ヤマト 復活篇

監督・脚本・企画・制作総指揮:西崎義展
映画 日 09
☆☆★

「ヤマト」今まで見た事ありません。正直興味も無い。予告だかTVのCMだかでこれ見て、なんか絵が湖川さんっぽいな、そういえば昔ヤマトやってたはずだし、その辺のイメージを受け継ぐ形でやってるのかな?と思ったら、なんと「総作画監督:湖川友謙」
え~っ!?本人じゃん。

ヤマトに興味は無いけど、久々に湖川さんの動く絵が見たい。私は「イデオン」も後追いだし、DVDは持ってても劇場で見た事は無いのです。発動編だけでもいいから特別上映とかやってくんないかな~?現実的には無さそうだし、じゃあかわりにこれ見とくか?そう、これはヤマトではなく「宇宙戦艦ソロシップ」なのだ。スペースラナウェイ!

冗談ではなく、本気でそういうつもりで見てきました。これは「イデオン」なのだと。が、残念ながらやはり実際の所イデオンではない。
むしろ「エヴァ」?つーか「マクロスF」?モニター表示で日本語が表示されたり、敵の異星人のメカがちょっと使途っぽかったり、CGがなんとなくマクロスFっぽかったりして、そういう今風のセンスを取り入れての新作という感じ。

そもそものエヴァの庵野なり、マクロスの河森なりってヤマトの影響を受けた世代なんだろうし、そういう人が作ったものが、今度はヤマトの新作に影響を与えるっていう構図がちょっと面白い。

メカデザが小林誠だったり、古谷とか坂口大助とか小安やら井上和彦やらも出てて、ガノタの私にはそっち方面でも結構豪華な声優陣に感じられて、その点で割と楽しめました。

でもベースにあるのはロボットアニメとかじゃなく、どっちかと言えば「スタートレック」とか「スターウォーズ」とか、そういうスペースオペラみたいなものを日本のセンスでやったのがヤマトなのかなぁ?と素人ながらに感じてみたりも。
エンタープライズの代わりに日本の戦艦ヤマトを飛ばしてしまおう!みたいなのがヤマトの発想だったりするんじゃないの?とか勝手に想像。

そんな感じでSF設定的な面白味を感じつつ・・・最初は良かったのですが、話が進むにつれて、何だかな~な感じに。
冒頭でいきなり「原案:石原慎太郎」とか出るのもあってか、延々と繰り返される右寄りの思想にうんざり。私、右が大嫌いな人ですので。石原慎太郎の名前が入ってるのは観る前から知ってましたし、そこがこの作品を見たくない要員の一つでもあったのですが、石原より湖川の名前を優先してしまった。

そもそも「ヤマト」なんていう名前の船が出てくる話なんだから、そういうもんなんだよねぇ?過去の作品は知らないけど、クルーが全員日本人っていう時点でガノタの私はちょっとひっかかってしまいます。

和製SFとしてなかなか面白い要素があるんじゃないかと思った半面、右思想にうんざりしてしまいましたとさ。

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091229_014301 戦士たちよ、ヤマトに乗れ。人類を救え!

2009.12.14

悪夢のエレベーター

原作:木下半太
監督・脚本:堀部圭亮
映画 日 09
☆☆☆☆

おっ!なかなか面白い。
タレント兼構成作家の堀部圭亮の初監督作。

エレベーターの中に閉じ込められた4人が巻き起こす密室劇、という事でしたので、おそらくは原作を読んでこれなら絶対に面白い物が出来ると睨んだ上での映画化なんだろうなという気がします。ある意味であざとい計算があってこそというか。私の中で堀部ってそういうイメージありますし。それは何も悪い意味じゃなくて。

突然に止まってしまったエレベーターに閉じ込められた4人。
コワモテのチンピラ風の男、安井三郎(内野聖陽)。
ジャージ姿のオッサン、牧原静夫(モト冬樹)。
近寄りがたい雰囲気のまっ黒なゴスロリ少女、愛敬カオル(差津川愛美)。
記憶が曖昧な男、小川順(斎藤工)。
それぞれが何かを隠している様子。もしやこれは意図したアクシデントなのか?

ワンシチュエーションの密室劇の割に、ちょっと引きが弱いかな?と思いきや、エレベーターを出たその後もちょっと続く。

堀部圭亮ってそれなりには有名な部類でしょうし、構成作家でもあるとはいえ、そんな人が映画やるってどうなのかな?という視点でやっぱり見てしまいます。種明かしのシーンとか延々とやり始めて、「うわ、こいつ映画わかってねぇ!」と思ってしまったのも束の間、実はそれも意図した演出だったと気づく。

所詮はタレントが作る映画なんてたかがしれてるでしょ?と思われる事をちゃんと見越した上でそういう仕掛けをしてくる辺りは素直に面白かった。

例えば松本人志の作った映画なんて私は微塵も興味無いんだけど、それは松本が日経エンタで昔連載してた「シネマ坊主」とか読む限り、映画の事を全然理解してない人だなって印象しか無かったから。そこでは半ば言い訳気味に自分は別に映画とか好きじゃないので、とも言ってましたしね。

違うジャンルではプロでも、別の世界に来たら素人っていうのは当たり前。そこはしょうがない。で、今回の堀部も所詮は素人でしょ?って思われるのをちゃんと見越して、逆にそこを利用して来てたのはなんか面白い仕掛けでした。アート系の小作品なんかにも俳優としてちょくちょく顔出してる人ですし、それなりに映画への理解はある人なのでしょう。

原作は知らないんだけど、サスペンスミステリーの部分だけで引っ張れそうな作品なのに、意外とテーマ的な部分として負け犬ムービーにしてあったのはもしかして堀部が原作から足した部分なのかな?とも思ってしまった。

この先にきっと良い事があるなんていうのは嘘だ。この先にも、もっともっと辛い事が沢山ある。だから今日の辛さなんてきっと忘れてしまう、的な事を言うシーンはなかなかツボでした。

でも、基本的には勢いで一気に引っ張る作品なので、さほど気になる感じではないものの、意外と大味な部分は大味。ツッコミ所はあるものの、話の都合で仕方ないのでそこは勘弁してね、というのはこの手の作品ではよくある事なので、あんまりそこをどうこう言うつもりは無いけれど。

で、そんな堀部がどうこうよりも、差津川愛美の方が私には重要。予告で見て、その可愛さに惚れました。ゴスロリファッションはともかく、手にぬいぐるみの猫(多分)を抱いてたのが妙に可愛かったのよ。ああ、こういう可愛さもあるんだってちょっと発見だったので。

見た目の可愛さのみならず、性格がぶっ壊れてたのもまた良し。ただのファッションでゴスロリしてる人も多いんだろうけど、リスカ痕とかある人も何気に多い世界。電話は捨てたとか、カッターを常に忍ばせておくとか、そんな部分まで再現してあったのが何気に良かった。
話そのものもこの人が全部持ってった感もありますし、差津川愛美が居てこそこの作品の評価もあるっていう感じです。

今回は初めてだからこその部分もあってそこが面白かったけど、話の面白さで持ってるような作品なので、堀部としてはまた次にどんな作品を作るかしだいですかね。

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091215_000301 この
ウソ、
ホントに
キリが
ない。

2009.12.13

あの日、欲望の大地で

原題:THE BURNING PLAIN
監督・脚本:ギジェルモ・アリアガ
映画 米 08
☆☆☆☆★

今年も残り僅かという所で、なかなか強烈なタイトルが来ました。
アモーレス・ペロス」「21グラム」「バベル」と、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥの作品で脚本を書いてたギジェルモ・アリアガが監督デビュー。調べたら何気に「メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬」もこの人が脚本やってたのね。
イニャリトゥ作品の時は、時間軸やら場所やら登場人物をごちゃ混ぜにして非常に複雑な展開を作ってましたが、自分の作品もまたそっち系。が、イニャリトゥとかよりはかなり分かりやすく感じたので、「これ普通に時間軸通りやった方が良くね?」感はそんなに無かったかも。

高級レストランマネージャーのシルヴィア(シャリーズ・セロン)は行きずりの男たちと次々と関係を結んでいく。だが、その視線は常にどこか遠くを見つめていた。彼女の抱える心の傷は一体何なのか。

変わって過去。不倫関係のジーナ(キム・ベイシンガー)とメキシコ人のニック。共に子供たちを抱える身であったが、二人で居る時こそ本当の幸せを感じていた。だが、突如密会場所のトレーラーハウスが爆発。二人は帰らぬ人となる。その場所で、母に不信感を抱く娘のマリアーナが茫然と立ち尽くす。

愛は時に複雑な感情を呼び起こす。あの日、どこか遠い所へ行きたいと願ったはずの心は、扉を閉ざしたままなのか。

三世代に渡る家族のドラマ。過去作と同じく基本的に重め。

恋愛感情は複雑なものだと言えばそうかもしれないけど、それでも感情的にはちょっと突飛な感じに思える部分がいくつかあったのが、多少は気になったけど概ねは良好。

ここ最近個人的に触れる機会の多かった、ミステリー物なんかと比べると、こういうのこそがドラマってものでしょう?とか思えたくらいに深みは感じられたし、私はやっぱりこういうのの方が好きですわ。

で、最初に触れたけど、時間軸バラバラ系ながら、そんなに複雑な印象も無かったです。そこ考えると、過去作がわかりにくいのはアリアガの脚本じゃなくって、イニャリトゥの演出の方だったのかも。

シャリセロさんの役の若い時代の役を演じた子がなかなか良かった。十代の思春期の時ですから、母親が不倫しているなんてのを知った時は家族を裏切ったとしか思えない。母親を一人の人間としてではなく、「母親」という肩書きの絶対的な存在としてしか捉えていないって面は絶対にあるはず。そして起きてしまった事件。
そういった所を含めて彼女は、自分は母親になどなれないと思ってしまったのでしょう。そのまま時は過ぎ行き、気が付いたら自分ももうそれなりの年齢になってしまっている。

あの時、どこか遠くへ飛んで行ってしまいたかった少女が、今度は逃げる事無く自分と向き合う覚悟をする。今度は空を飛ぶのではなく、しっかり大地を踏みしめるのだ。
これはそういう物語なんじゃないかと。

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2009.12.01

ウォレスとグルミット ベーカリー街の悪夢

原題:WALLACE & GROMIT A MATTER OF LOAF AND DEATH
監督・脚本・原作:ニック・パーク
映画 英 08
☆☆☆☆

ロビーに居た根岸監督と目が合っちゃって、思わず「あっ!」とか言ってしまった件。
「どうもお世話様です~」とか言ってそそくさと逃げてきてしまいました。何やってんだ俺orz
映画祭の時にも見かけたけど、ちゃんと話したのって食事会の時だけなので、そんなの向こうは憶えてるもんでしょうか?失礼してしまった・・・

のはさておき、クレイアニメ「ウォレスとグルミット」の新作です。高い評価を受けてるのは知ってたけど、私は今回が初。なんか今回はホラー的なタイトルで面白そうだったので、そこに惹かれて見てきました。

一番最初の作品になる「チーズホリデー」(89)、その他「ペンギンに気をつけろ!」(93)「危機一髪!」(95)もデジタルリマスターでの併映。

最初の奴だけちょっと動きにぎこちなさも感じたけど、「ベーカリー街の悪夢」なんてもはやCGで作ってるんじゃないかと思うくらいでした。でもただ「クレイアニメだから凄い」ってのだけじゃなくて、脚本とかもしっかり作ってあるんですねぇ。何気ない所が実は伏線になってたりと、その作りの上手さにも感心。

今回はヒッチコック風の作風でどうのって話でしたが、過去作も結構色々なパロディーになってるんですね。そういうのはちょっとマニアックだなぁと思ってしまった。万人が楽しめるものにしつつも、そういうわかる人だけわかってね要素があるのがちょっと意外な感じ。

「危機一髪!」とかモロに「ターミネーター」だったりしたけど、個人的にはパロディーってあまり好きではないので、面白い半面そういうのに頼らなくてもいいんじゃないの?とも。

とは言え、それが全部ではないし、グルミットが全然しゃべらないけどそれでもいちいち表情なり感情が伝わってくるし、そこは凄く良かった。手間をかける分、セルアニメとか以上に表情一つ一つに拘ってるのかなぁ?という気がします。

で、じゃあクレイアニメらしさだけがこの作品の良さかと言えば、そうじゃない。クレイアニメで凄いアクションをやっちゃうという掟破りな破天荒さに驚かされた。
「ペンギンに気をつけろ!」でのグルミットの高速レール敷きはあまりの凄さに爆笑してしまった。いやあれは凄い。「危機一髪!」のチェイスシーンも凄く面白かったし、「チーズホリデー」以外のはどれも良かった。

「ベーカリー街の悪夢」はサスペンス強めでアクション要素は若干弱いけど、演出の上手さでアクションにひけをとらない面白さ。

私は犬より猫派なものの、グルミット良いです。こんなグルミットとなら一緒に暮らしたいぞ。このシリーズは今回が初めてでしたが、なかなか面白かったです。

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091130_111301 パン人は誰だ!?

2009.11.11

映像詩 里山

さとやま
ディレクター:菊池哲理
ドキュメンタリー映画 日 09
☆☆☆☆★

テレビをザッピングしててたまたまやってるのを見かけると、ついつい時間も忘れて見入っちゃうのがネイチャー物。動物の生態系やら自然やら、見た事の無い珍しい映像だと、なんか惹かれて見ちゃいます。芸能人が騒いでるだけの番組とかウザくて嫌いですし。

CSとか入ってないけど、専門チャンネルとか入れたらずっと見てそうで怖いかも。とは言え、たまたまやってたら見る程度のものなので、映画でもいつも気になるけど結局見ないのがネイチャー物です。

今回は予告編に惹かれてつい見てしまいました。NHKハイビジョンでやってる「里山」のシリーズの第3弾「里山 いのち萌ゆる森~今森光彦と見つめる雑木林~」っていうのを再編集した劇場版という事です。

はるかむかし、森と人が交わした約束が
かけがえのない命の王国を生んだ。
そこには、優しく、ときには荒々しく繰り広げられる、
自然と人間の命の循環があった。

琵琶湖の周辺にある、滋賀県のとある里山。樹齢500年の大木もある雑木林で、人と動物と虫と自然の共存関係を見た事の無い不思議な映像で描き出す。

うん。凄く面白かった。わたしゃ堕落しきった人間ですので、文明の便利さみたいなのは否定はしませんけど、これくらいのバランスで共存しあうのが本当は一番良いんじゃないかな~、みたいな気はしないでもないです。

「プール」の時に人の感想当たってて、「自然が好きとかいうけど虫は嫌いって言う人居るよね?」みたいな話があって、ああなるほどな~って思ったのですが、確かにそれって凄く矛盾してる。

今回の作品の中でも、蜂の巣からハチミツをとるシーンがあるんだけど、蜂がちゃんと冬を越せるようにと、半分残すっていうのがあって、ついそんなのを思い出してしまった。

ねぇ?普段の生活の中で、例えそれがミツバチ程度だったとしても、家の周りに居るだけで、結構うわ~ってなっちゃうけど自然の循環には蜂だって大事な役割を担ってるわけで、蜂の視点に立ったら人間の方がずっと怖い存在だよな、みたいなのは。

柿の木も、わざと実をある程度残しておいて、それを野鳥が食べたり、落ちた実をキツネやタヌキが食べるという。ってか狐と狸が柿なんて食うもんなんですね。雑食なのか?ちょっと勉強になりました。

今回の話の中ではしいたけ栽培の為に森林伐採をしてましたけど、そこもちゃんと循環の中でしたし、そもそも森ってある程度の間引きってした方が環境としては良くなるもんなんですよね。ただ鬱蒼と生い茂る森とかよりも、ある程度ちゃんと日光が行き渡る方がホントは良いんだっていう。
専門的な知識はわかんないけど、そこって人間の手による伐採に意味があるって部分で、人間なんか居ない方が自然には良いんだっていう考えよりも、人間を含めた共存って事で、そこに私は凄く面白みを感じます。

ナレーションも玄田哲章さんだったりと、安易に芸能人とか使ってないし、面白い映像とかもいっぱいあって、素直に見て良かったな~と思えました。
たまにはこういうのも良いです。

091110_124601 いのちの廻る音がきこえる。

2009.11.02

女の子ものがたり

Your Story
原作:西原理恵子
監督・脚本:森岡利行
映画 日 09
☆☆☆☆☆

「いけちゃんとぼく」西原理恵子の自伝的物語を映画化。
高原菜都美(深津絵里)はスランプ気味の漫画家。新人編集者のぜんざい君の一言がきっかけで、自分の過去を思い返していく。シアワセって何だろう?とここではないどこかに純粋に夢を見ていた少女だったあの頃。あの時に描いた道は、大人になった今も繋がっているのだろうか。

タイトルからしてガーリームービーですし、「いけちゃんとぼく」も悪くはないんだけど、落とし所がちょっと違うかなぁ感もあって、どこまで期待できるか微妙な部分はあったのですが、これが予想以上に良かった。
監督は違えど、「いけちゃん~」と共通する所もあったし、私は西原の持っている哲学、人生感みたいなものの全てに同意はしないのですが、それでも面白い部分はやっぱりあって、色々と語りたくなる作品でした。

深津絵里演じる、漫画家の今の自分が回想する形になってるんだけど、小学生パートの森迫永依、中高生パートの大後寿々花の子が凄くハマり役。こけしの出来そこないみたいな顔?とかいう設定になってるのですが、なんか困り顔でまさしくそんな感じの顔してたので、こういう人をちゃんと見つけてくるもんなんだな~って関心してしまった。
あ、別にブサイクで可愛くないとかじゃないです。愛嬌あってとっても可愛い。それが西原の描く絵の雰囲気にズバリ合ってる感じがして、そこが凄いなと。調べてみたら森迫永依って子は実写版のちびまる子ちゃんなんですね。
ちょっと知り合いにも似た系統の顔の人が居るので、そこも含めて面白かった。今度会ったとき話してみよう。
深津絵里だけは顔の系統が全然違ってる気がするけども。

で、そんなちょっといけてない(と自分では思ってる)ルックスの他に、家庭の事情が込み合ってて、家が貧乏だったりする。そういう部分が仲良し3人組の共通項だったのだけど、段々と大人に近づくにつれて、幸せの求め方にズレが生じ始める。

西原理恵子が雑誌のインタビューで「女の子が幸せになるには年収一千万くらい必要」みたいな事を語ってるのを先に見てて、年収300万時代すら通り越してるような今の世の中で何言ってるんだこのバカ女は?と思ったけど、単純に漫画家っていう世間ずれしてる職業なだけでなく、少女時代に田舎暮らし貧乏だったっていうのがベースにあるんだなっていうのが映画を見てわかりました。

主人公のなっちゃんだけでなく、きいちゃんみさちゃんの事も含めてそういう部分があるんだろうなって。貧乏だからどうこう、なんていう子供の頃のこういう経験を後々の大人になっても引き継いでいくっていう安易さは私はあまり同意はしたくないんだけど、それでも自分自身の事を考えた時に少なからず影響している部分ってのはやっぱりあったりして、なかなか完全には否定しきれない自分も居る、みたいな感覚です。

何かに依存してしまう事は良い事では無いのかもしれないけど、それでも目の前にある物に縋ってしまう弱さというか。きいちゃんみさちゃんのその後の姿は凄く痛々しかった。
でもこういう生き方をしてる人も世の中にはゴマンと居るわけで、じゃあそこから飛び出したなっちゃんは幸せなのか?と言ったらそれはそれで返答に困ってしまう。

「あんたなんか友達でも何でもない。この街から出て行ってしまえ!」って言われた辛さ。でもそう言って送り出してくれた本心を考えると、切なさがこみあげてきます。
なっちゃんは自分達と同じようにならないでほしい、なっちゃんにはここではないどこかでシアワセを見つけてほしい。嗚呼、思いだしただけで泣けてくる・・・。

ぜんざい君に「人生が自分の思った程に簡単なものじゃないって気付いた時っていつ?」みたいに聞くシーンもまた良かった。ある意味ではきいちゃんみさちゃんはなっちゃんより少しだけ大人になるのがはやくって、それに気付いていたのかもしれない。なっちゃんは故郷を出てからそれに気付いたのかなって。

女の子3人がちゃんとカラー分けしてあったりだとか(ついでにピンクの女の子まで)、それぞれの世代でちょっとだけ出てくる兎、漫画って何だろう?とか、庶民的な感覚の家だとか、とにかく色々な部分が凄く上手く出来てました。「友達の事、描いてもいいかなぁ」とか、ちょっぴり謙虚な所も○。
深津絵里が自己主張しすぎないのも良いです。監督が違ってたら全然別の印象になってただろうし、ディレクションの上手さでしょうかね。
女の子映画好きな私はかなりツボにハマる作品でした。実際に女子受けはいかがなものなのか気になる。

今年の邦画はこれかなぁ?「空気人形」辺りが本命になりそうだけど、こうして意外な伏兵が出てくると、それはそれで嬉しくなります。

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大岡俊彦 いけちゃんとぼく
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091102_142601 女の子の数だけ、
シアワセの道がある

2009.10.24

王道楽土の戦争 戦後60年篇

著:吉田司
日本放送出版協会刊 NHKブックス 1046
☆☆☆☆

いや~、やっぱり常に人と話してないと言葉が回らなくなりますね。
なんかそんな事を実感してしまった昨日。ますます引きこもりに拍車がかかる今日この頃です。

というわけで「王道楽土の戦争」下巻。
戦前・戦中までを扱った上巻に続いて、こちらでは戦後の60年を総括。

戦後だと?我々の戦争はまだ終わってなどいない!我が魂魄朽ち果てるまで!
なんて言ってしまうとマンガじみてますけど、本書の言う所によれば、実際そうなんだから仕方無い、という感じらしい。

日本の敗北によって、満州は潰えたものの。その理念は死んでいなかった。満州で構築されたシステムこそが戦後の60年を発展させてきたという事らしい。
直接のドンパチやる戦争は第二次大戦の終結と共に消えたが、その後に続く「経済戦争」こそが日本=リアル満州の継続であったのだと。

バブルがはじけてそれもまた終わってしまうものの、それは60年の敗北ではなく、戦前の満州から続く近代日本100年の敗北だったのだという。学者筋の間では、バブルの崩壊は二度目の敗戦という見方もあるらしいです。
タイトルの「王道楽土の戦争」とはそういう意味。千年王国ならぬ、満州百年王国の敗北であったわけだ。

個人的に面白いなと思ったのは、戦後の歴史のとらえ方。
80年代後半、90年代ぐらいに新興宗教ブームというのがあって、それがオウムなんかにも繋がっていくわけだけど、敗戦によって天皇が天照大神から現人神へと格下げ(?)にされた。つまり日本の根幹(大東亜戦争を考慮すればアジア全域の神でもある)であった神がそこで死んだわけだ。

いやいや、日本は八百万の神の国。土地神も居るんだし、天照大神が死んだと言うなら、そっちの神に縋るだけだ。が、土地開発によってその日本の八百万の神まで殺して行ったのが経済戦争。戦後の60年というのはそんな神殺しの時代でもあったのだと。

じゃあ神様に縋るしかない人々の拠り所となったのは・・・そう、それが新興宗教ブーム。神様を作り出してしまえばいい。ナルホド、ちょっと納得してしまった。

9・11だって、あれば神の名の元に行われたわけで、そういう視点から歴史を眺めるのも非常に面白い。

他にも「男女雇用均等法」なんかも、ウーマンリブ運動辺りから続く、女性の地位向上だとか、人権うんぬんなんかじゃなく、経済戦争という戦場への体裁の良い補充要員法みたいなものだったのだと。

朝から晩まで働け働けと「24時間戦えますか」の時代に、疲れきった男だけでは兵隊の数が足りないと。じゃあ女も戦場で戦わせてしまえと。

女も戦場に出るようになってしまえば、家庭を守る人も居なくなる。援助交際の女子高生なんかはそんな状況が生んだ娼婦みたいなもの。疲れた男達を癒してくれるわけだ。モチロン、お金はいただきます。父ちゃんも母ちゃんも金・金・金の為に家庭を無視してまで働いてるわけだからね。じゃあ私も稼ぐわよ。これってギブアンドテイクだよね?

で、じゃあそんな役にもたたない子供達は、ゲームだマンガだフィギュアだのと、ひきこもってオタク趣味に興じるしかない。

それが戦後の歴史なのだ!とか言われてしまうと、確かにそうかも?と思わせられてしまう部分はある。その辺りは非常に面白く読めました。

そーかそーか、そんな部分も全て国策が招いた結果なのだな。宗教だの、イマドキの若者は理解不能だのと言ってるけど、そういう国作りをしてきた結果じゃない?みたいな。

あ、一応言っておくけど、全部を鵜呑みにはしないように。こういうのは話半分程度に留めておくのが大人というものかと。

前の「ひめゆり」「ミリキタニ」の時にやった戦争ワークショップの時にも思ったけど、今は資本主義の終焉までもを迎えて、長い長い人類の歴史の上でも大きなターニングポイントを迎えている時期。まだまだその先が見えない状況ではあるけれど、ここから新しい時代へと突入していくんだなと思うと、それはそれで面白い時代に生きてるんだな~なんて風にも思います。

とは言え、必ずしも明るい未来が待っているなんて保障も無いわけで、もしかしたら暗黒の時代に突入する可能性だってあるわけだよな?1000年後の歴史家が、二十一世紀は人類史上における暗黒期と定義づけても良いだろう、とかしたり顔で語ってるかもしれない。

ぶっちゃけ歴史だの政治だの私は全然わかんないけど、こうやって視点一つしだいで面白く思えたりもするもんなんだよな~ってのは実感です。

ちょいと難しかったし、著者の最後の今後への展望にガクンと来ちゃったけど、色々と面白い部分はあったし、読んだ甲斐はある本でした。

さて後はこれを書評として纏めなければならないわけだが・・・タイムリミットは1週間。

後の歴史家は語る。それは混迷の戦いが繰り広げられた苦難の一週間だったと。

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吉田司 王道楽土の戦争 戦前・戦中篇
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2009.10.20

ヴィヨンの妻 ~桜桃とタンポポ~

原作:太宰治
監督:根岸吉太郎
映画 日 09
☆☆

モントリオール映画祭で監督賞受賞との事で、一気に話題に。市民講座の時に根岸監督とお会いして多少の話とかしてたので、ありゃ?あの人ってそんなに凄い人だったのか?とか今更ながらに(失礼)。

太宰とか私は全然知らないし、正直この作品も興味が無かったのですがその辺の事もあって、これは見ておかないとマズイかと足を運ぶ。

1946年、戦後間もない復興の次期。著名な小説家だった大谷(浅野忠信)だが、酒に溺れ、多額の借金を抱え、家庭を持つ身ながら、あちこちの女と関係を結んでいた。その妻、佐知(松たか子)はそれでも夫への愛を貫いていた。常に死にたいと嘯く大谷だったが、ふとした事から遂に愛人と心中をはかる。それでも佐知は・・・

太宰知らないけど、大谷が太宰自身なんだと思っていいんだよね?先日たままたつけてたTVで、太宰のモテ男っぷりを辛酸なめ子が探る、みたいな番組をやってて、なかなか面白かったんだけど、その時に語っていた太宰の姿そのままでしたので。

根岸監督と話した時、太宰なんて有名な作家の原作物だと、厳しいファンも多いだろうから大変なんじゃないですか?みたいな事を聞いたんです。そしたら、そこは仕方ないよね。そういう人はどんな物作っても納得なんてしないから割切るしかないよ、的な事を言ってました。

でもこの作品なら太宰っぽいって言ってくれるんじゃないか?なんて知らないなりに思ってしまった。太宰論とか語れるような専門家はまた別だろうけど、普通のファンくらいなら認めてくれる作品になってたんじゃないですかね?わかんないけど。

ただ、私はこういうプレイボーイというか、ヒモみたいな男はどうしてもあんまり良い印象持てないので、好きでは無いですけど。ってかそれただの僻みだが。

大谷としては、散々な事をしてきても、決して離れようとしない妻を恐れていつつも愛している。自分は最低な人間なんだ、こんな奴は見限ってくれればいい、みたいなフリをしつつもそうやって妻の愛を試しているとでもいうか。いや、甘えていると言っても良いのかも?

で、奥さんの佐知はそんな旦那の事をどこまでも理解している。何をやってもあの人らしいわ、で済ませてしまう。愛人と心中までされて、自分の立場の無さに多少は心が揺れたのかもしれないけど、それでもあの人には自分しか居ないんだ、と決して大谷を見捨てたりはしないと。
これが現代劇ならある種の悲壮感が漂いそうな役所だけど、そう思わせず「強さ」を感じさせてくれたのは女優の力でしょうか?

逆に強気だけど弱さを感じさせたのは愛人役の広末でした。広末はこういう役の方が似合ってると思います。広末って可愛いとかより、今やバカっぽいイメージの方が広まってる気しますし、ヒール(悪役)の方がずっと光るし、役者としてはこういうにくまれ役の方が合うんじゃないかと。

そういえば脇役で出てる妻夫木。あの時は丁度「ブタがいた教室」の前田哲監督が居たのもあるんでしょうけど、根岸監督が「彼は凄い好青年なんだよ」って褒めてました。どうでもいい話か。

ちょっと私とは合わない作品ではありますけど、描こうとしてるテーマとかはわからんでもないし、それなりに良い作品ではあるのかも。

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091020_224701 彼女は何故
その男を愛したのか―。

2009.10.19

エスター

原題:ORPHAN
監督:ハウメ・コジェ=セラ
映画 米 09
☆☆☆☆

映画祭も終わって一段落。が、その間も普通に映画はやってたわけで、色々と見たい物がたまる一方。流石に見たい物を全部見るってのは厳しいので、取捨選択に困ります。
映画祭の期間中から知らない内に始まってたこちらをまず。ドキュメンタリー続きだったので、ジャンルムービーとかの方が気持ちを切り替えるには良いですしね。
ロリっ娘ムービー好きとしては、非常に気になる一本です。

つーか場所が遠いのもあってか、ドキュメンタリー映画祭には協力せずに、有吉映画祭だのウルトラマン祭りだのやってるムービーオンは色々な意味で凄いような気がしないでもない。「エスター」面白かったし、上映してくれた事には感謝してますけど。

そのコールマン家には色々と事情があった。息子のダニエルと娘のマックスが居たが、母親(ベラ・ファーミガ)は3人目の子供を死産していたのだ。父親(ピーター・サースガード)と相談し、行き場を失ったその愛情を向けるために、孤児院から少女エスター(イザベル・ファーマン)を養子として引き取って来る。
エスターは周りから孤立しているちょっと変わったタイプの少女だったが、頭も良く、絵の才能も持ち合わせている優秀な子供だった。だが、エスターが家に来てから、立て続けに奇怪な事件が起こるようになる。彼女は一体何者なのか・・・

良質なホラーです。リボンつけたり、フリフリのワンピが好みだったりと、エスターがとっても可愛い。
う~ん可愛いな・・・って怖っ!徐々にその本性を現してくると、凄まじく怖いです。

子供が無邪気な顔して恐ろしい事をするって部分で、「オーメン」辺りを彷彿とさせて、エスターも同じように悪魔の子なのか!?等と思っていると・・・また違う意味で怖っ!え~っ?そっちなのか。でも怖っ!

オカルト…? サスペンス…? いやサイコかよ!?とゆう。どちらかと言えばその怖さの質としては「ミザリー」とか「メイ」に近い感じか。

この手の作品は90分が相場かと思うのですが、きっちり120分かけてドラマとしての面白さも丁寧に描写してある。エスターの正体はそんなんでいいのかよ!?感はあるけど、下手に彼女に同情させるような感じにはなっていないのがある種の救いでもある。よくよく考えると悲しい性を背負って生きてるんだよな、みたいな部分は見せずに、ドス黒い邪悪に徹する。

おかしいのはエスターか母親か、みたいな部分では「ローズマリーの赤ちゃん」風なものも入れてあるけど、エスターの狂気をちゃんと見せてる分、そっち方向では無いな。

でもその辺りの年代のホラーに近い面白さを持っていて、ただのビックリ箱じゃなく、ドラマとしての面白さも兼ね備えてる辺りが凄く良いです。
タイトルからして(原題の方)、「永遠のこどもたち」なんかを彷彿とさせますが、そちらよりはドラマとしての面白さは若干落ちる。けどこの作品も十分に面白いです。

リスカ痕のあるゴスロリ少女なんかは凄くハマりそう。一見かわいいけど、突如豹変して血みどろになるとか。いやわからんけど。

今年のベストロリっ娘賞は彼女で決まりです。
なかなかのツボムービーでした。

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091019_183901 この娘、どこかが変だ。

2009.10.18

王道楽土の戦争 戦前・戦中篇

著:吉田司
日本放送出版協会刊 NHKブックス 1045
☆☆☆

山形本企画、3つめはこちら・・・ってあれ?前もそんな事言ってたような?

「ヤクザに学ぶ組織論」だったはずなのですが、諸事情でこちらに。いや、だって、ホラ、ネタがねぇ・・・ヤクザだけに色々とあるわけですよ。当局の介入により、問題が勃発。身の危険を感じたので、ここは身を引く事に。いずれその真実が明かされる日も来るでしょう。その時は晴れてゲーム化され「機動戦士ガンダム ガノタVSヤクザ」がリリースされるはずです。嘘だけど。

実際は内容的にちょっと微妙すぎて、違う本にするかぁ?とヤクザ本は後回しにしただけです。で、かわりに渡されたのがこの本。上下巻の内のまずは上巻を読了。なんかこれもまた難題を押し付けられたなぁ、と内心後悔してますわ(汗)

アマテラス帝国神話の虚妄と災厄。
とかカバー裏に書いてありますけど、要するに大日本帝国の歴史。戦争本です。
「嗚呼 満蒙開拓団」も見たからってな理由でこの本を渡されたのですが、たかが1本の映画を見た程度の知識では、とても太刀打ちできませぬ。

著者の吉田司は山形出身。ドキュメンタリーの父、小川伸介らと一緒に仕事してきた人です。で、その小川伸介って誰よ?って人も居るかと思うけど、先日終わったばかりのドキュメンタリー映画祭に「小川伸介賞」てのがあります。山形の映画祭の設立にも関係してくる人なのです。なんという山形づくし!いや実は私もよくは知らないけど。

ついでに山形繋がりで言えば、満州事変の首謀者の一人、関東軍参謀の石原莞爾も山形出身。が、たまたま山形出身だったわけじゃあない。そもそも関東軍には東北出身が多い。そこにはきちんとした理由がある、というような事をこの本では語る。

幾多の歴史書・資料のみならず、著者のプライベートな部分までを総動員して、あの戦争は何故おきたのか?を解き明かす。

それは民族学的なDNAにまで遡る。
当然の如く語られる日本の「島国」メンタリティってホントか?
そもそも天皇の系譜って何なの?
豊穣の神、そして日本を神国たらしめる天照大神の元に行われた戦争。
日蓮信仰やら、世界最終戦争論というオカルトじみた妄想。

おいおい、よくよく考えると変な事ばっかじゃね?でも実際それで日本が戦争をおこしてる現実。経済政策としての戦争ってあまり語られないけど、実情はそういう事のはずなんだけどな~。そんなこんなで、まるで荒唐無稽に思える日本黒幕説も説明できちゃった。あれれ?これってちょっとヤバイんじゃないのぉ~?という本である。

ついでに本書の語り口調もそんな感じだったりするのがちょっとビックリ。60過ぎてる人の文章がこんなんで良いのか?NHK出版でしかも戦争の固い本だぜ?何気にそんな部分にもカルチャーショックを感じてみたり。

しかし・・・これをどう纏めろと?しかもこれで半分だし。
むむむ。前途多難です。

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羽田澄子 嗚呼 満蒙開拓団
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王道楽土の戦争 戦前・戦中篇 (NHKブックス) 王道楽土の戦争 戦前・戦中篇 (NHKブックス)
価格:¥ 1,124(税込)
発売日:2005-11

2009.10.16

ウルヴァリン パーフェクト・ガイド

原題:WOLVERINE:INSIDE THE WORLD OF THE LIVING WEAPON
著:マシュー・K・マニング
訳:堂田和美
小学館集英社プロダクション刊 Shopro Books
☆☆☆☆

映画の「ウルヴァリン:X-MEN ZERO」に合わせての刊行。
スパイダーマン、X-MEN、バットマン、スーパーマンとこれまでもこの手のガイドブックが何冊か出てきましたけど、正直どれもイマイチ(スパイディのは持ってないけど)。
なのでこれにもさほど期待はしてなかったのですが、予想以上に良かった。

今までの奴はある程度のエピソードガイドはあっても、ホントに最小限の説明が載ってる程度だったのですが、今回のウルヴァリンは重要な1編づつをきちんと取り上げて、1冊分のあらすじをきちんと載せてあったりと、非常に読みやすい。

私は邦訳のみでしか読んで無いので、邦訳が止まったその後の流れを色々と知れたのがとっても有難かった。
「ハウスオブM」とか「シビルウォー」ぐらいならネット上でも話題になってたし、ある程度の流れぐらいは知ってたのですが、記憶を取りもどした後のウルヴィーの事はほとんど初めて知る事ばかりで興味深く読めました。

「オリジン」で解禁しちゃった後は、ここまで来たらもうミステリアスな過去ってのに拘る事無く「オリジンズ」とかでガンガン話を作ってしまおう、という感じになってるのね。

映画の方でも割と新しめの設定を生かす方向で作ってたんだなぁと。その辺りは外国から若い監督を引っ張ってきたからこそ、でしょうか?ブライアン・シンガーとかサム・ライミ辺りの元からのファンなんかだと、どうしても自分の思い入れのある時代のエピソードを軸にしてしまう。ベノムとかはライミにとってあまり思い入れが無いらしく、最初は出すのを嫌がってたって話でしたし。

影でウルヴァリンの人生を常に操ってきたロミュラスとか、後付けだよな?割と新しいキャラクターだと思うんだけど、X-MENにおけるシニスターくらいの位置までその存在価値を上げられるでしょうか?
その時代その時代に合わせた人気キャラってのは出てくるものでしょうけど、アメコミは歴史が長いだけに、新顔を定着させるってなかなか大変。

セイバートゥースとかミスティークは死んじゃったみたいだけど、昔からの馴染みのあるキャラを消すってかなりの冒険のはず。まあアメコミだからいつ復活するのかわからんけど。
ウルヴァリンも何回も死んでるみたいだし。これが最後の復活だって言われるエピソードとか、なんか無理矢理で苦しい。

日本でのエピソードも沢山あるのがいかにもウルヴィー。しかもそれ日本人の名前か?ってのが多いのもまたアメコミだ。キアってそれ麻宮騎亜からとっただけじゃねーのかと。

サマーズの関係者が山ほど居るX-MEN本編だけど、ウルヴァリンも100年も生きてれば息子やらクローンやらと、色々居るのね。X-23とかなかなか面白そうなキャラです。そのうちサマーズ一派とウルヴィー一派で抗争なんていかがでしょうか。

じっくりストーリーを読むなら「オリジン」なんだろうけど、正直あまり面白い話でもなかったし、単純に本としてはこちらの方がオトク感ありました。マーベル関係もまた邦訳で色々出してくれると嬉しい。

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X-MEN ウルヴァリン:オリジン
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ウルヴァリン:X-MEN ZERO
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ウルヴァリン パーフェクト・ガイド (SHO-PRO BOOKS) ウルヴァリン パーフェクト・ガイド (SHO-PRO BOOKS)
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発売日:2009-09-16

2009.10.12

映画監督って何だ!

CUT!
監督:伊藤俊也
ドキュメンタリー映画 日 06
☆☆

山形国際ドキュメンタリー映画祭2009
(主催:日本映画監督協会)

映画祭6本目。無料プログラムです。

さて質問。映画って一体誰のものでしょう?
現状、権利を持っているのは「製作者」という事になります。というか全ては興行会社に権利がある。

作品を生み出すのは監督であるにも関わらず、その監督に著作権者の資格は無い。
スタッフとか全然違うのに、勝手な続編とかが作られてしまうのはその為です。映画好きならそんなの当たり前に知ってる事だけど、意外と世の中はそういう事知らない人も多いようです。

じゃあ何故そんな事になってしまっているのか?という歴史を追って、そのおかしさを世間に問い、自分達の主張を叫ぶ為に監督協会が作ったのがこのドキュメンタリー。

小泉今日子なんかも出てるけど、他の出演者は俳優じゃなくて監督協会に所属する名だたる監督たちが出演。
映画マニアであれば、そんな部分で色々と違う意味でも楽しめる作品ではあるものの、無礼を承知で言えば、じいさん&おっさんばっかだなぁというのが正直な印象。いや若い人も出てるけど、その辺はやはりキャリアのある人を立てたんだろうなと。

で、その後のシンポジウムがヤバかった。監督協会の役員と共に、「RiP!リミックス宣言」の監督ブレット・ゲイラーさんをゲストに招いてのトーク。

同じように著作権うんぬんをテーマにしていた事からの人選だったんでしょうけど、互いの主張は右と左で全く違う方向を向いてます。
大企業に翻弄されてなるものか!という部分のみは共通してますが、その共通項を探るよりも、違いの方に話が進んで、物凄くギクシャクしてました。

そこに火を注いだのが、観客席に居た金子修介監督。
リミックス宣言を見させてもらったけど、ディズニー批判の部分以外は、他に一切認められる部分は無かった。あの映画も、会場で拍手した観客も、この映画祭自体も最低だ!みたいな感じの事をマイクで言ってしまった。

お前はパソコンいじってるだけで偉そうな事を言わないで、ちゃんと映画作ってから物言えよ!
いや、作った事ありますよ。とかいうやり取りがあったりと、険悪なムードにあわてて司会者が何とかフォローしようと四苦八苦。崔洋一監督が締めの言葉で無理矢理纏めてくれましたが、その後は飲み屋に行ってそこでまたきっちり話してたようです。

色々と論点はあるのですけど、血と汗と涙の結晶である作品を他人に勝手にいじられてはたまったものではない、それのどこにクリエイティビティがあるんだ?ただの侮辱じゃないか!そんなものを認められるわけないだろう!みたいな感覚だと思います。多分。

私は映画は監督のものって思ってますし、金子がゲイラーに怒る理由もそれはそれでわかる。けど、時代に合わせて変化していかなきゃっていうゲイラーの主張もわかる部分はある。
どちらの言い分にも良い部分悪い部分の両面があるかなと思うし、色々と突き詰めていけば、メンドくさいけど面白いし、朝まで語れるよなぁとか思いながら聞いてました。
変なハプニング(?)に遭遇できて、色々と面白かった。

Nさんに遭遇。今まで知人に遭遇したのはボランティアとかスタッフ側のみだったので、観客として合ったのは結局たった一人でした。
スタッフやんない?って私も声はかけられてたんだけど、仕事休むわけにもいかないし、そうそう請け負えるものじゃないからと断りました。でもさ~、みんな手伝ってる所を見てしまうと、ただ見る側に徹してた自分が凄く恥ずかしくなります。
他人の為に力を使う立派な人に対して、自分のエゴを通す自らの愚かさ。なんと情けない事か。

わたしゃ人がいっぱい居る所に行くと、自分の惨めさを実感させられてしまって泣きたくなるのです。だから外に出るのが苦手で基本引きこもってるという。
面白さも体験した半面、外に出るのは辛いな~ってのもまた実感したドキュメンタリー映画祭2009であったとさ。

2009.10.04

嗚呼 満蒙開拓団

演出・ナレーター:羽田澄子
ドキュメンタリー映画 日 08
☆☆☆☆

前に自主上映の形でやった時はタイミングが合わずにスルー。その後に私が参加した「嗚呼ミリキタニ団」はその時のメンバーが中心でしたので(名前もそこからの引き継ぎです)、実は内心、見て無かったことを激しく後悔してたのでした。

今回の再上映(というか通常上映?)の機会に恵まれて、今度こそは見逃してなるまいと足を運ぶ。

ミリキタニの準備でやった戦争ワークショップで色々と勉強してたので、その背景なんかもそれなりに理解できて、色々と思う所も多かったです。

作品の作りそのものも割と丁寧な部類ですけど、ある程度の歴史の流れを踏まえてあるに越した事は無いですし、私は歴史なんてそれまでは全然知識も無かったので、もし勉強無しでこの作品を見てたら、「こんなつらい過去が現実にあったのね」程度で終わってた可能性は高いです。
ちょっと失礼な言い方になるかもしれないし、自分も人にどうこう言えるような立場ではないんだけど、戦争映画なんかを見て、「戦争は悲しいし良くないよね」程度の何を見てもありきたりな事しか言えない人には私はなりたくないので。そこで終わってしまうのは、ただの思考停止かなと。

一口に戦争つったって「日本はアメリカに原爆落とされて敗戦国となった悲劇の国」程度の感覚しか以前は無かったのですが、そこに至るまでの流れを知れば、そう単純なものではないんだな、というぐらいの感覚は今ならあります。

満蒙開拓団というのは、1931年の満州事変以後に、日本政府の政策によって中国の旧満州に入植させられた移民団の事。
「中国残留孤児問題」なんてのをテレビでやってるのを見ても、あまりピンときませんでしたが、それがこの辺の歴史です。

若干状況は違えど、前に観た「蟻の兵隊」なんかも流れの上で言えば近い部類。

おおざっぱな事を言えば、日本が中国に侵攻して国を荒らして、あとはそのまま放置してきちゃった、とかいう話なわけで、太平洋戦争に至るまでには日中戦争があって、更にはもう少し遡ると日清戦争やら日露戦争があると。

日中関係に限らずでしょうけど、世の中の歴史は全部が繋がった積み重ねの上にある。そこを理解した上で見るのと、ただその場面だけを見るのとでは、やっぱり全然違ってくるもんですね。

入植させられた人は約27万人の大半は農民。その中には私の住む山形の人も居ました。それは世界恐慌に端を発する・・・って、何か歴史講座じみてきた(汗)

そこはさておき、話の流れの上で面白かったのは、この作品を作る切欠にもなったという「方正(ほうまさ)地区日本人公墓」。現地で亡くなった日本人達の為に中国側が作ってくれたお墓です。
日本人に対して良い感情を持つはずが無いであろう、中国が何故こんなものを許可したのか。

それは周恩来総理が理解を示してくれたからなのだという。悪いのは軍国主義の政府なのであって、開拓団ら日本の一市民もまたそこに翻弄された被害者であるとの見解の上で、政府が日本人の為のお墓を作ってくれた。

国のトップがこういった考えを持ってくれるっていうのは、悲しい歴史の中でも、唯一の救いに思えます。
国民を容赦なくただ利用しただけの日本の政府。敵国の国民の事情にまで理解を示してくれた中国。この差って何なんでしょうね?

勿論、それらとて歴史の極一端でしかないのかもしれない。捨てられた日本人の子供を不憫に思い、保護してくれた中国人も居れば、そこで虐待が行われた例もある。

でも、敵対国の人間に対して憎しみをぶつける事があたり前なのだとしたら、そのあたり前の憎しみを踏み越えてまで、人道的な立場を考える人も居るのは、救いだと思えるし、それは何よりの希望なのではないかと。

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091004_111901 あなたは満蒙開拓団の悲劇を知っていますか。
 
なぜ、この悲劇は起きたのか。

2009.09.30

オーバーマン キングゲイナー 7

OVERMAN キングゲイナー
著:中村嘉宏
メディアファクトリー刊 MFコミックス 全7巻
☆☆☆☆☆

コミック版キングゲイナー、遂に完結!
ようやっと最終巻が出ました。我々は何年待ったのだ?

一度は最終巻の告知を出しておきながら、予定通りには出せず、その後未定のまま1年以上経過。雑誌もリニューアルしたりしてたので、このままお蔵入りか・・・と思ってただけに、出ただけでも嬉しい。

連載中はラフ画をそのまま掲載、ペン入れ2~3ページもあれば頑張ってる方とかいう状況(トーンなんてもってのほか!)だったので、コミックできちんと全部仕上げてくれたのはありがたい。っていうかそれが普通なんだろうけど・・・。

もはや旬はとっくに過ぎて、おそらくは単行本の売り上げもさほど見込めないものの、腐っても富野作品のコミカライズ。自分一人でやってるものではないので、放置ってわけにはいかなかったのでしょう。

原作の流れは意識しつつも、後半はほぼコミックオリジナル展開。しかもちゃんとマンガとして読めて、面白いのが良いです。
作者はエロマンガ業界だかに戻っちゃったらしいですけど、描くのは遅くても実力が無いわけじゃなさそうだし、ちょっと勿体ない。

オーバーデビルの自我が描かれるのは独自設定?人を超越した者=オーバーマン。しかしそれ故に孤独感に苛まれ、その寂しさが世界を凍らせる。それは氷の世界。

同じ気持ちを持ったシンシア・レーンと心をシンクロさせ、蘇ったオーバーデビルは再びその憎悪を世界に向けた。

そして、部屋に一人閉じこもり、ずっと世界との繋がりを絶ってきたゲイナーは言う。外の世界は厳しくて辛い事も沢山あるけれど、「閉じこもっていても何も変わらない」と。
目指す場所なんてどこだっていい。臆病な自分自身の過去からのエクソダス。

見返してやりたいと思う奴が居る。仲間だっている。そして好きになった娘も居る。そしてゲイナーは叫ぶ「僕は旅を続けるぞ!!」

いや~、良いじゃないですか。下手すりゃアニメよりもわかりやすいし、一貫したテーマをちゃんと貫いてる。
内に籠もるよりも、外と向き合えば、きっとそれは自分が思ってる以上の世界が広がってるよ。だってそこは自分一人の世界じゃ無いもの。っていう感じの。

アニメだとどちらかと言えば私はゲイナーよりもゲインの方に肩入れしてました。大人としてカッコイイ姿だなって。でもこっちだとゲイナー君の気持ちも凄くわかります。それでいてゲインの方もちゃんと掘り下げられたりもしてるので、尚更面白いです。

コミカライズ物なんて、所詮は旬を過ぎたら設定遊び程度の部分しか読む価値が無くなるものが大半の中で、きちんとマンガとして読めて、その上でちゃんと面白さも兼ね揃えたものになってるんじゃないかと思います。

とりあえず途中で投げ出さすにこうしてきちんと完結させてくれた御祝儀的な意味も込めて、満点つけておきます。

聞こえるか!この俺の声が!

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ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破
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オーバーマン キングゲイナー 7 (MFコミックス) オーバーマン キングゲイナー 7 (MFコミックス)
価格:¥ 580(税込)
発売日:2009-09-23

2009.09.25

悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印

コナミデジタルエンタテインメイント
機種:DS 発売日:2008/10/23
☆☆☆☆

「ギャラリーオブラビリンス」に続くDSドラキュラ3作目。

19世紀初頭。バンパイアハンターの系譜を受け継ぐ一族、ベルモンド家が消息を絶つ。
時の権力者達はドラキュラの復活を恐れ、対抗手段を生みだすべく研究機関エクレシアを設立した。「グリフ」と呼ばれる霊力を刻印によって発動させる術を対抗手段とし、ドラキュラをも滅ぼす力を持つ究極のグリフ「ドミナス」を完成させた。

エクレシアの女戦士であるシャノアに渡される事になるも、儀式が行われていたその時、同僚のアルバスが刻印を奪い逃走。シャノアはドミナスを奪還する為にその後を追うのだったが・・・。

時代背景的には「月下の夜想曲」の後でしょうか?ベルモンド家からモリス家に聖鞭バンパイアキラーが譲渡された時期のはず。

ベルモンドでもモリスでもなく、ましてやヴェルナンデスの系譜ですらないバンパイアハンターの系譜とは違うからなのかは知らないけど、今回はいつになくムズイ!

設定上はともかく、マップ構成なんかも嫌らしく、セーブポイントなんかも他の作品と比べると少なめ。他の探索型では道中で死ぬことなんかあんまりないけど、今回は死にまくりました。
終盤に強力な武器(グリフ)が手に入ってしまえばそうでもなくなるけど、そこに至るまでは結構厳しい難易度なんじゃないかと。でもこのくらいの難易度の方が私は好きです。

ラスボス以外は回復アイテム使わない主義なので、個々のボス戦もパターン構築するのが楽しい。

今回はXとYの二つに武器を持てて、互いに硬直をキャンセルできる分、単発で攻撃を当てていた過去のシリーズとは少し違う感覚。
安定した面白さがある作品とは言え、若干のマンネリ感も拭えなかった中で、今回はちょっと変わった物が出せたんじゃないかと。外伝物として新しい可能性が見えたかな?感もあって、なかなか新鮮でした。

難点としては、ハートを消費する従来のサブウエポン的な位置付けの合成グリフがあんまり使う必要もないのが微妙な感じ。通常のグリフを使い分けられる分、サブウエポンの意味が無いと言うか。

あとは個別マップがさほど広くないのでそこは探索の面白味が少ない。もしかしたらそこは面クリア型のステージを意識したのかもしれないけど、そうだったらもっと難易度は上げた方がいい。

感情を無くした少女ってのもややありがちではあるけれど、キャラデザや設定は悪くないし、難しめの難易度は良かったので、外伝物として、今回のスタイルをもう少し煮詰めた物を続編としてやってもらったら面白いかも。

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悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印 悪魔城ドラキュラ 奪われた刻印
価格:¥ 5,250(税込)
発売日:2008-10-23

2009.09.23

A2

著:森達也・安岡卓治
現代書館刊 02
☆☆☆★

「A2」書籍版。
「A」の書籍版とはちょと構成が違ってて、森の撮影日記の他、映画の採録シナリオ、そして制作として森と二人で頑張ってきた安岡側の見解も掲載されて3部構成となっている。

一人で突っ走っている感のある森に対して、もう一人の視点が入るっていうのは物事を多角的に捕えるという部分では良いかも。ただ、二つの作品に関する部分のみならず、森とは・自分とはこういう背景のある人間でどうこうっていう部分が多いので、若干本の趣旨からは外れてるような気もしなくはない。

当初から続編を取るつもりはなかったものの、結局は何故そこに至ったか、この作品では何を撮るべきなのか、そういった葛藤なんかも語られる。

決め手になったのはやっぱり地域の住民と信者達が仲良くしている姿だった様子。
お互いに表層的な譲歩は出来たとしても、本質的にその道が交わる事は無いだろうというのが森の主張だし、その実際に仲良くしてるシーンでもそれは垣間見えるけれど、実際の現場の衝撃というのは大きかったのでしょう。

そりゃオウムが出ていく時に、寂しくなるなぁって涙する住民の姿を見たら、何だこりゃ?ってなるわな。その脇に「オウムは出ていけ」とかいう看板があったりするし。そんなシュールな光景は奇妙すぎて、これはいったい何なのだろう?と思わずにはいられない。

後は映画の方には入れなかったエピソードもこちらの方で色々読めるので、やはりそこは映画とセットで読んでおいて損は無い。映画としての構成を考えた上で入らなかっただけで、その全てが色々と興味深く面白いです。

関係無いけどシナリオの方だとアーチャリーの下りがカットされてる?その辺りは未成年だから気を使ったとかでしょうか?でも映画には入ってるんだから違うかな。何でしょうね?

何はともあれ、こうして映画2本とその書籍版2冊を読んで来て、色々と勉強になりました。一気に読んだ分少々疲れたけれど。
森達也って人は映画の「いのちの食べかた」の時に縁があってそこで名前を知った人なのですが、その時はあまり良い印象持てなかったけど、今回こうして触れてみて、なかなか面白い人なのだなと思いました。機会があれば他の作品にも触れてみたいです。

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森達也 「A2」
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森達也 「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔
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A2 A2
価格:¥ 1,785(税込)
発売日:2002-03

2009.09.22

「A2」

監督・撮影・編集:森達也
ドキュメンタリー映画 日 01
☆☆☆☆

「A」に続いてこちらも映画祭ライブラリーでの鑑賞。

その後のオウムに再び密着取材を試みた本作。前作は荒木浩広報副部長を作品の中心に置いていたものの、今回はより多角的にオウムの内部と周辺を描いてある。

山形国際ドキュメンタリー映画祭01年度においては審査員特別賞と市民賞のW受賞。

オウムという得体の知れない対象に密着するというある種の緊迫感があった前作と比べて、今回は森自身の中でもある程度はオウムというのは何なのかわかった上で取材してあるのでもはや手慣れた感じ。見る側としてもそうなので、インパクトという面では若干弱いかも。

大規模な拠点が失われた後で、少数が点々と散らばった各地での土地土地による地元の人との軋轢みたいな所が中心。

とある場所ではオウムの人達が地元の人と仲良く交流している姿が描かれ、オウム側にしても地元民にしても、「こういうのはTVじゃ放送できないよね」と共に口にする辺りが微笑ましくも恐ろしい。
マスコミにとっては未だオウムは悪魔の殺人教団であり、現実の姿を伝える事が逆にタブー視されているという奇妙な状況がそこにある。

また他の場所では相変わらず市民のデモ行進で「オウムは出ていけ」と声高らかに叫ぶ姿が描かれ、話し合いにすら応じようとしない滑稽な姿も映し出される。その話し合いに応じないのはオウム側でなく、市民側。何も迷惑をかけていない相手に向かって、近隣の迷惑も顧みず拡声器で弾圧を叫ぶ。一般市民が集団となって異常な行動に走る姿はオウム以上に恐ろしい。

前作で人の感想を漁っててそこで見つけた意見だけど、まさに永井豪の「デビルマン」を彷彿とさせる異常な姿です。

個人的に気になったのは、デモに参加してるのはそれなりに歳を重ねた年配の方が多い事。そもそも若い人はこういうものに関心を持ちにくいというのはあるんだろうけど、世代的な感覚というのももしかしたらあるのかな?と、結構気になる部分です。

上裕が釈放され、亀戸本部?だかに戻った後は、右翼の大規模なデモも。ごめんなさい、その姿はコメディーやってるとしか思えませんでした。そしてそんなヤクザ集団に突撃取材を試みる森の姿はちょっと凄い。でも右翼は右翼で色々あって、きちんと森と話してたりするのが面白い。

で、また別のシーンではその上裕に冗談半分で「森さんはもうアレフですね」なんて言われるシーンもあるのだが、森の中ではある程度のオウム感というか、オウムがどういったものであるのかが既に出来上がってるので、信者らに対する質問も相当に厳しい。
オウム側がある程度は世間に合わせて変化していく事に対しても、本質的な所では決して交わる事は無いだろうと断言する。

オウム側に立つと言っても、当然オウムの味方をしてるわけじゃない。オウムを通して社会を見る、みたいな作品になってるわけだけど、森自身は特に客観性にこだわる人では無いので、作品を通して彼自身の葛藤なり彼の視点での問題意識っていうのが前面に出ている。

そんな意味ではやっぱりこれって映画だなと思う。それが悪いって事では無いけれど、前作よりそれがこなれた感じになってる分、そこにちょっとしたあざとさも感じてしまった。

日本の歴史的観点から見ても多大な影響を与えたであろうオウム(事件)というものに対して、この人しか真剣に向き合う人が居なかったのか?と思うと、そこは社会としてもちょっとおかしい気がする。

いや、映画はこの人の作品しか無いというだけで、他のメディアを探せばいくらかはあるのかもしれないけど、少なくともTVなんかでは視聴率がとれるからというオウムバブルを利用してただけに思えるし、嫌な言い方をすればオウムを使って商売をしてただけなのかと。

「A」の書籍版の方で触れられてた、ベルリン映画祭での上映後に「この作品以外にオウムを扱った物は無いのか?」という質問を受けて、「無い」と答える現実はなんかやっぱり変だと思う。

とはいえ「考え続ける事」を提示するこの作品から私が受け取った物は大きいです。
わたしゃ理屈っぽい人なので、たまに人から「そんなに考えてばっかりいたって仕方無いよ」とか言われる事がたまにある。多少の説明はしつつも、考えない人にはわからないだろうなと思って、基本的にそれ以上は踏み込まないんだけど、どっか釈然としない部分ってのは当然自分の中に残る。
でも思考を停止させてしまう事の恐ろしさっていうのは今回の作品の中でもまざまざと見せつけられました。そんな意味ではこういう作品って自分の中では凄く大きいし、観た価値は十分にありました。

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2009.09.21

「A」マスコミが報道しなかったオウムの素顔

著:森達也
角川書店刊 角川文庫 00(02)
☆☆☆☆★

ドキュメンタリー映画「A」の書籍版。
映画の方では何故森氏がオウム側の許可を得て密着できたのか?みたいな所は特に触れてなかったので、そこは凄く気になってました。

ただ手紙を書いてただけなんですね。一度のみじゃなく、何度か書いてるみたいだけど、ドキュメンタリーの意図なんかをきちんと書面にして説明した手紙を送っていたと。
本人にしてみればそれはドキュメンタリーを撮影する上で当たり前の事をしただけらしいのですが、オウム側はそこに電話やFAXのみでの取材申し込みをしていたメディアとは違う物を感じ取ってくれた様子。

当時の状況背景を無視するわけにはいきませんが、とりあえずそれは置いといて、手紙ってものの有用性きちんと書面に纏めたものを「読む」という行為だからこそ生まれる情緒っっていうものをちょっと感じます。

そもそもドキュメンタリーを取りたいっていう申し出そのものがこの人以外には一切無かったとの事。どうせ出来上がるものなんて・・・とオウムの上層部はにも拒否反応があったものの、荒木さんが何とか説得したようです。いい人ダナ~。

広報副部長という肩書を持つ人なものの、教団内部の宗教的地としては一般信者と変わらない人との事。映画を見ただけでは私はわからなかったけど、その広報部というのが森の中では特別な意味を持っていた様子。
内部(オウム)と外部(世間)の狭間に居るというか、両側の感覚を持っていなければ勤まらない役割をしている。そこに興味を持ったらしい。

私個人としては、荒木さん若いのに重大な役割を与えられちゃって大変だな~とか思ってたけど、そういう目線が森には一切無かったのが私としては色々感じるものがありました。一個人としてちゃんと認めてるとでも言うか。

何も企画として「オウムの実情を暴く!」とかを描きたいわけではなく、「日本人のメンタリティを探る」事に森の意図がある。そういった部分でひっかかったのが荒木だったという事なのだろう。

当初はTV企画として始まったものの、制作会社と対立。結局はクビになってしまい自主制作の形に切り替えていく中で、マスコミや社会通念に疑問を感じ、森の不安定な自分の立ち位置と、撮影対象である荒木の立場を重ね合わせていく姿がまた面白い。

当然ながら森が荒木に対してそんな事を直接口にしたりはしない。けれど、お互いにそれぞれの立場を尊重し、わかってはいるという無言の距離感が作品の意図とはまた別の面白味を醸し出す。

「ドキュメンタリーの仕事は、客観的な事実を事象から切り取る事ではなく、主観的な事実を事象から抽出する事だ」というのが森のスタンス。
「客観的な公正さ」は幻想にすぎないと森は断言する。自身もずっとそこを履き違えてきたのだと。

マスメディアとかマスコミの「マス」って大衆の事ですよね?それを代表するものとして、メディアなりマスコミがあるっていう考え方が思考停止を生む要因なのかもしれない。だから報道を鵜呑みにしてしまうような大衆が生まれる。自分の頭で考える事を放棄して、そこを他人まかせにしてしまうっていう。

それって宗教とさほど変わらんっていうのは映画の方の記事にも書いたけど、書籍の方ではそれを「合わせ鏡」として明確に記してある。

この作品、あるいは森が主張するような事ってのは何も特別な事なんかじゃない。考えれば当たり前の事でしかないようなものなので、決して読んでいて難しい事を言っているとは思わない。
けれど、そういった事を改めて気付かされたり、特別な物として捕えてしまうような状況の方がおかしいのだと思う。大衆も、そして自分自身も。

とりあえずは一つの作品として結実し、山形国際ドキュメンタリー映画祭で上映された時の様子まで触れられていたのは嬉しい限り。この作品、2年に一度の映画祭において、97年と99年の二度上映されてるんですよね。(本書で触れているのは最初の方のみですが)

そしてその後のベルリン映画祭に出品された時の様子も描かれてて、そこがまた良い。まさかこの本読んでて泣けるとは思って無かった。名も知らぬ婆さんGJ。

うん。価値や意味のあるとっても大切な作品でした。映画とセットでこちらも是非読んでいただきたい。

つーかこれの書評書くのか・・・。なんかえらく責任重大な気がしてきました。別に出版社から出されるようなものでは無いとはいえ、これを自分がどう扱っていいものか、悩む悩む。
何も私が「客観的な公正さ」を求める必要は無いのだという言葉に縋って、なんとか頑張ってみますわ。

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「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫) 「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔 (角川文庫)
価格:¥ 660(税込)
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2009.09.16

ウルヴァリン:X-MEN ZERO

原題: X-MEN ORIGINS:WOLVERINE
原作:MARVEL COMICS
監督:ギャヴィン・フッド
映画 米 09
☆☆

X-MENシリーズ最新作!待望の・・・とかいうのもバカバカしくなってきました。もうブライアン・シンガーが抜けた時点で映画の良さをこのシリーズに求めるのは酷なのか、前作「ファイナルディシジョン」と同じく派手なだけで薄っぺらな内容にガッカリです。

の何が良かったかと言えば、ちゃんとテーマがある上でドラマをやってたから面白かったんじゃないの。そこを外してただのアクションにしたらX-MENとしての価値なんかもう無いです。

1作目よりもはるか昔、後のウルヴァリンこと、ジェームズの子供時代から話は始まる。病弱な子供だったジェームズだったが、一夜の悲劇的な事件により、その能力を覚醒させる。
逃亡者となり、兄のビクターと共に流浪の生活が始まる。いつしか二人は戦争に身を投じていた。南北戦争、第一次、第二次大戦、ベトナム戦争。驚異的な回復能力(ヒーリングファクター)により、銃弾を浴びても死なず、ほとんど歳もとらない。
ウィリアム・ストライカーにスカウトされ、軍の特殊部隊に入るも、ジェームズはその任務に嫌気が差し、姿をくらませた。名前を変え、カナダの山奥で恋人のケイラと共に静かな暮らしを送っていたローガンだったのだが・・・。

序盤は一応原作の「オリジン」「ウエポンX」辺りをベースにしてあるものの、設定はかなりの改変っぷり。
ネタバレで行きますが、ウルヴァリンが自ら改造を受け入れるっていう時点でもうダメでした。

う~ん、なんだかなぁ・・・。原作だと無理矢理拉致されて、有無を言わさず改造されちゃうんだよう!他者にその運命を弄ばされてしまったっていう所にウルヴァリンの悲劇性があって良かったのに!

ビクター/セイバートゥースと兄弟ってのも映画オリジナル設定だけど、そこも何だかな~って感じでした。

謎だからこそ魅力があるウルヴァリンの過去に、あえて挑戦した「ウルヴァリン:オリジン」でスタッフが語ってたけど、映画とかで勝手にオリジンストーリーが作られてしまう前に、マーベルがちゃんとした形でやっておくべきじゃないか?というのが作品の経緯の一つとしてありました。
正直あれもつまんなかったけど、それでもこの映画よりはマシだったし、彼らの主張が今なら理解もできますわ。

そもそもローガンってどこから出た名前だ?もしかして映画設定だとジェームズ・ハウレットじゃなくてジェームズ・ローガンなのか?
トマス・ローガンの子供だとか言われたからローガンだとして、じゃあ何故兄貴はビクター・クリードなんだ?ビクター・ローガンじゃないの???わけわからん。

何も原作通りにやれっていうのじゃないのよ。面白ければ映画オリジナルで一向に構わん。「ヘルボーイ2」なんか原作とは全くの別物くらいにかけはなれちゃったけど、あれはあれで面白かったから許せます。

オタクセンスの無い奴にアメコミヒーローなんてやらせるのがそもそも間違ってるんじゃないかと。
「ツォツィ」を見てこの監督ならちゃんとしたドラマが作れるからってオファーを出したそうだけど、海外の小作品で評価された人をいきなりハリウッド大作に抜擢って、昔からある駄作を生みだすパターンの典型も典型じゃんか?これはもうハリウッドの謎の一つです。う~ん。

集団ヒーローの群像劇だったX-MENシリーズを引き継ぐ上で、ウルヴァリン一人じゃどうなの?面子の少なさに物足りなさも感じるのかなぁ?みたいな心配も多少はありましたが、その辺は杞憂に終わる。新キャラをいっぱい出したので、多様さはそのまま。

その中での注目はガンビットとデッドプールでしょうか?

デッドプールはスピンオフも検討されてるとか?日本語版が刊行された中では解説の中程度でしか出てこない人なので、私はイマイチよく知らないですけど、人気はあるキャラのようです。何人もの能力を使えるとか、房くさい設定は陳腐極まりなかったけど。
原作ではガンで死にかけてる所を藁をも掴む思いで超人兵士計画に志願。ヒーリングファクター能力を植え付けられて助かったけど、外見はゾンビみたいになっちゃったとかいうキャラだったはず。

でもってガンビット。こちらはゲームやアニメにも出てた人気キャラ。
が、日本語版刊行が終わった辺りから雲行きが怪しくなってきて、いつしか仲間から外れちゃったとかいう悲運な感じだったかと。
ウルヴァリンとはあまり相性は良くないキャラで、結構いがみ合ってた印象ですが、今回は二人で仲良く並ぶシーンもあったりと、なんか意外な組み合わせっていう感じでちょっと面白かった。今回の映画の中では美味しいポジションを与えられた方だと思います。

ついでに劇中では触れられてないものの、パンフによると、ダイヤモンド女がエマ・フロストだったり、ゼロとか呼ばれてたアジア系のガンカタ男がマーベリックっていう事だったらしい。え~っ!?全然違うじゃん。原作で名前の通ってるキャラを関係無しに無理矢理使うなって!
「X2」の時のヘンリー・マッコイ博士と同じように、この辺の設定は無かった事にしてくれていいです。(と思ったらマーベリックはその後エージェント・ゼロに実際名前を変えてたそうで。日本語版で情報止まってる身としてはついていけませぬ・・・)

そして最後に・・・アダマンチウムの弾丸を撃ち込まれると都合よく記憶を失うって何だ?意味わからん(汗)無理矢理にも程があります。

マーベルがディズニーに買収されたとかで、今後がどうなるのか心配な所ですが、ファミリー向けのヌルくてマイルドな作品なんて興味も無いので、そこは何とか頑張ってほしい所。監督一つでいくらでも良い作品は作れるはず。
ブラッド・バードにパワーパックとかやらせたら意外と行けそうかも?

次のスピンオフはマグニートーらしいけど、まともな監督使って下さいな。

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ブレット・ラトナー X-MEN:ファイナルディシジョン
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ギャヴィン・フッド ツォツィ
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090916_214701 斬り裂かれた運命を変えろ。

2009.09.15

「A」

監督・制作・撮影:森達也
ドキュメンタリー映画 日 98
☆☆☆☆★

山形国際ドキュメンタリー映画祭ライブラリーでの鑑賞。
「遭難フリーター」に続いて山形本企画でこちらの書籍版の方を担当するので、まずは映画の方を先に。
調べてみると続編のA2の方が映画祭では市民賞をとったりしてるので、企画意図としてはそっちの方が良いのかも?

日本中を騒がせ、おそらくは世界の犯罪史上にも名を残すであろうオウム真理教の一連の事件。時期的には幹部が次々と逮捕・勾留されてしまった後です。フリーディレクターの森達也が残された信者達の教団に密着取材を試みたドキュメンタリー。

「A」とは当然オウムのイニシャルの意味合いだろうけど、同時に荒木浩広報副部長の「A」でもあるのかな?と思えるくらいに荒木氏が中心人物として描かれる。

どういう経緯でこういう事が出来たのかは作中では触れられてなかったですけど、普通にオウムの中に入って、オウム側からの視点で描かれているのが凄い。
当然ながらオウムを擁護するとかそういうものではなく、立場としてはあくまで中立。

荒木氏の言う所では、変なレッテルを張らずに公平な立場として真実の記録を残してほしいから、的な事らしい。
こういう言葉がオウムから出てくる事だけでも驚いてしまう。そう思ってしまう時点で、いかに自分も作られたイメージでしか物事を見ていなかったか、というのを思い知らされます。

今でも、もし逮捕された上の幹部が残っていたらこういう取材もまた無かったんじゃないか?なんて思ってしまう部分もあるけれど、それだって結局はただのイメージにすぎない。

未だ法廷で争っているものもありますが、すでに判決が下されたものはありますし、犯罪は犯罪で裁かれるべき。そこは許されるものではないし、私もそこを擁護する気はサラサラ無い。

けどオウム信者の全てが犯罪者で、血も涙も無い悪魔の集団なのかと言えば、そんなわきゃない。荒木さん、一人の当たり前の純朴な青年で、見ていて妙に感情移入してしまいました。
上の幹部が何か事件をやらかして、トップがすっぽりと消えた。で、何も知らされていない(であろう)若い人が立場的に仕方なく表に出なければならなくなって、色々と任される立場になってしまっただけのように見えました。
だってこの人たち、TVの報道で初めて色々な事実を目の当たりにしたり、週刊誌や本を見て情報収集してるくらいだもの。

で、そんな人が人外の悪魔の如く扱われて、責任の追及だ何だとマスコミに追いかけられる。そこでの対応に疲れ果てる荒木浩広(28歳)ってのが、失礼ですけど物凄く面白かった。

言うなればアレですよね。家族の一人が犯罪を犯してしまったら、一家全員が犯罪者扱いされて、まるで魔女狩りの如く弾圧されてしまうっていう。

「誰も守ってくれない」なんていう陳腐な3流ドラマがあったけど、あんな一方的な見方を垂れ流すプロパガンダみたいな映画を評価する前に、こういうものをちゃんと見とかなきゃダメだよな、と思います。
今年のアカデミー賞の日本代表に選ばれたそうだけど、あれが何故海外で評価を受けたのかってのをきちんと理解すべき。

民放は断られていたけど、NHKのみ取材を受けていた一幕も作中にあるも、そこですらやはりオウムというレッテルを張った上での取材だったようで、報道の在り方には疑問を感じざるを得ません。
例えそれが大方の民衆の心意だと言えども、それを形づくったのはマスコミの報道だったりもするわけで、メディアリテラシーうんぬんの話になっちゃうけど、この作品内に関して言えば、オウムなんかよりよっぽど世の中の方がおかしいと思えてしまいます。

荒木さんがさ、言うの。この立場になっての1年くらいで今までに無い程に世間と接してきた。その上でこういう俗世には戻りたくないという気持ちが更に強まったって。
そういう気持ち、なんかわかる気がします。それは被害妄想とかそういう事じゃなくて、オウムが前面に出る前に、近所の農薬だか扱ってる家をマスコミが弾圧した時とかあったじゃん?ああいうのと同じだろうなって。

破壊活動防止法うんぬんの話にも繋がるけど、悪役を作ってそれを弾圧して悦に浸りたいだけなんだよね、大方の世間なんて。それは今の時代でも北朝鮮を悪の中枢呼ばわりして、世間の感情のはけ口にしたいだけの今の世論とも共通するものがあるんじゃないかと。

オウムの信者はマインドコントロールされてうんぬんなんて言うけれど、政治家やマスコミにマインドコントロールされてる大衆が他人をとやかく言えたもんじゃないですわ。

勿論、こういったドキュメンタリーが全て公平で、そこで描かれている物が真実なんて思ってしまうのもまた早計で、監督や撮影者のフィルターがかかっているのは当然の事。
ドキュメンタリー見慣れてる人は大概わかってるかなとは思うけど、たまにそれを鵜呑みにしてしまう人も見受けられるので、そこは老婆心ながら注意が必要だと一応は断っておきます。

誰かの提示する安易な答えにぶら下がってるだけというのは、本質的に宗教と変わらない気がします。

基本無宗教(と今はもう言ちゃってもいいはず?)な日本にとっては「宗教」っていう言葉だけで特別な感情を抱いてしまう人が居るのは仕方のない部分かもしれない。

話ずれますけど、私が小学校の頃に、一人だけ親がキリスト教の活動だかやってる人が居たんですよね。案の定その子はちょっと特別な目で見られてました。いじめまでは行って無かったとは思うけど、陰であいつはキリスト教でどうのこうのとか言われてたのが、凄く記憶に残ってます。
私はいじめられっ子だった分、子供の頃からマイノリティ側の視点で物事を見てしまう性格だったので、そういう話を聞くと、いつも「なんだかな~」って思ってました。小学生に宗教を理解しろとは言いにくいし、私もわかってなんかはいませんでしたけれど。

更に脈略の無い話をすれば、何時の時代にも何かしらのはけ口っていうのは必要なもので、全共闘時代の学生運動とか、直接の力に訴える事をしていた時代と違って、今は溜めこんでしまって、またちょっと違う方向にその力が向いている時代なのかなと。
オウムなんかもそうだし、逆にそれを弾圧する側も実はそういう溜まったもののはけ口的な意味合いも持つんじゃないか?なんて風にも思う。

今の今なら麻生とかさ。私はオタ人種として元々麻生は嫌いだけど、あの人に責任を押し付けてそれで一体何が変わるのか?っていうのは甚だ疑問です。この前の選挙だって麻生の自民には入れたくないっていう感情のみでああいう結果が出たんじゃないの?みたいな感覚はやっぱりあって、それはそれでどうなの?という疑問が。

とにもかくにも、まずは相手の話を聞いてみてからっていうのは何事においても基本ですよね。
映画の「靖国」じゃあないけどさ、全てとは言わないまでも、話せばわかる事っていくつもあるはず。なのに自分の主張や視点だけを一方的に押しつけて、相手の話を一切聞かないってのでは、そこに何も生まれないわな。不毛なだけ。

こうしてオウム側の話を聞けた事や、もはや過去になってしまったとはいえその生活や彼らの普段の姿なんかを見れたのは凄く面白かったし、貴重なフィルムだと思います。

本来はこういう物が当たり前に存在しなければならないはずなのに、これが貴重な物になっているという時点でマスコミの感覚は明らかにおかしいわけで。

マスコミどころか警察の捏造までもをカメラに捕えてあったりとか、全体的には雑多な作りなんだけど、それが気にならないくらいに面白い物が沢山描かれてました。
オウムなんて過去のもの、と言わずに一度は見ておいて損はしない非常に価値のある作品じゃないかと。

凄まじく面白かったです。

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2009.09.09

インスタント沼

監督・脚本:三木聡
映画 日 09
☆☆☆★

三木聡最新作。毎度毎度の緩い笑いを軸にした作品を年1本ペースくらいでコンスタントに出してますね。
メジャーと言える程では無いのかもしれませんが、商業ベースにきちんと乗せて自分のやりたい事をきちんとやってるって、なかなか凄い事だと思います。

出版社に勤めるOLの沈丁花ハナメ(麻生久美子)は何をやってもいまいちパッとせずジリ貧状態。そんなある日、母が倒れ、ふとした事から自分の出生の秘密を知る事になる。本当の父親に会いにいくのだが、そこにいたのは奇妙奇天烈な男だった。みたいなお話。

三木聡と言えば私は「亀は意外と速く泳ぐ」が大好きで、クスリと笑える小ネタ以外にも、その背景にあった割と映画っぽいドラマが好きでした。

ひたすら悪ノリしまくった「図鑑に載ってない虫」よりも「転々」みたいに多少のドラマがある方が好み。そんな部分では今回はなかなか良かった部類。

ただ、ある種のチープさが漂ってるのがこの人の良さかとも思うので、最後に派手なCGとか使ってた部分はちょっといらなかったかも?たまには変わった事をやってみたくなったんでしょうか。

ツタンカーメンの占い機とかは、らしさがあってとっても良かった。写真が出るとかじゃないだろうけど、昔あれと似たような物がホントにあったような気が?

麻生久美子もそうだけど、岩松了にふせえり、松重豊とかいつもの三木組が毎度毎度良い味出してます。賞をとったりするような立派な作品では無いけれど、この人の作品は定番として今後も楽しみにしてます。

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三木聡 転々
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麻生久美子 おと な  り
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090909_191101 ひらけ、ぬま。

2009.09.08

X-MEN ウルヴァリン:オリジン

原題: WOLVERINE:ORIGIN
作:ポール・ジェンキンス
画:アンディ・キューバート
訳:光岡三ツ子
MARVEL COMICS
小学館集英社プロダクション刊 Shopro Books
☆☆

久々のマーベル邦訳刊行です。映画「ウルヴァリン X-MEN ZERO」に合わせて禁断のウルヴァリンオリジンストーリー。

映画シリーズでは最初から主人公的な立場で扱われてますが、そもそもウルヴィーはX-MENに最初から出てたキャラじゃなく、途中から出てきたキャラクター。原作でも長らくその出生は謎とされてきた。

途中途中で多少の過去は明かされるものの、記憶操作を受けているとあって、どこまでが本当かはわからず、設定も二転三転。でもそんなミステリアスな過去を持つからこそ、そこが逆に人気の秘訣でもある。

巻末の資料でも色々語られてるけれど、バットマンのジョーカーの過去と同じく、謎だからこそ魅力があるのであって、そこを明かしてしまったら魅力が薄れてしまう。しかもウルヴィーはマーベルの一番人気キャラ。
大きくなりすぎてしまったが故に、「ウルヴァリンとは何者なのか?」は触れてはいけないタブーになってしまった。

あえてそこに挑んだっていうのがこの作品のキモであって、それ以上の何かがあるかと言うと・・・う~ん。

読者の予想を裏切る仕掛けがあったり、後のウルヴァリンを構成する要素がきちんと散りばめられていたりと、手堅くは作ってあるけど、これが面白いかどうかと言えば、やっぱり微妙。

アダマンチウムの爪はウエポンX計画で埋め込まれたのじゃなくて、爪そのものは元々あったものだったってのを描いたのは日本語版も出てる「フェイタルアトラクションズ」の時が初出?そういやあれもアンディ・キューバートがアーティストやってたような。

ヒーリングファクターのみがウルヴァリンの本来の能力では無い、みたいにやっちゃったのがそもそも間違いだった気がしないでもない。今更言う事じゃあないけれど。

「ウエポンX」は運命に翻弄されるローガンの姿のみを描いてあって単純な話ながら凄くグッと来るものはあったけど、こっちは下手に色々詰め込んであるのが逆に話を狭くしてる感じが。
ローズ=ジーン・グレイのあからさまな暗喩とか入れて、ウルヴァリンはあくまでXタイトルのキャラですよってやるよりも、一人立ちできるくらいのキャラの立たせ方をしてもよかったんじゃないかな~とか思います。

何はともあれ、少しづつでも流れとしてマーベルの翻訳がここからまた再開してくれると嬉しいです。映画はもう何本も決まってますし、タイアップとしてそのつど何か出てくれれば、と期待してます。
「パーフェクトガイド」も買いますんで是非その次を。

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バリー・ウインザー・スミス ウエポンX
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X-MEN ウルヴァリン:オリジン (SHO-PRO BOOKS) X-MEN ウルヴァリン:オリジン (SHO-PRO BOOKS)
価格:¥ 2,625(税込)
発売日:2009-09-01

2009.09.06

或る音楽

ARUONGAKU
監督・撮影:友久陽志
ドキュメンタリー映画 日 09
☆☆

特別企画での上映です。
映像作家・音楽家の高木正勝という人のTai Rei Tei Rio(タイ・レイ・タイ・リオ)というプロジェクトを追ったドキュメンタリー。

全然聞いた事無い人ですし、通受けするアーティストの人なのかな?と思って当初は見るつもりも無かったのですが、特別企画でトークイベントありというのもあって、チラシなんかを見てたら環境音楽っぽそうな一風変わったものらしいし、これも勉強かなと思い、足を運ぶ。

ドキュメンタリーの「或る音楽」と高木正勝氏自身の映像作品「ホミチェバロ」「ニヒチ」の短編2編を同時上映。

まずは短編の方から。
あ~・・・、いかにもなアート作品なのね。
よくよく見たら今回の企画は東北芸術工科大学の協賛って事になってますし、客層はいかにもその辺りの人ばかり。

エフェクトをかけまくった観念的で何が何やらさっぱりわからん映像で、「あ、失敗した」と思ってしまいました。私が見るようなものじゃなかったかなぁ?というのが・・・。

映画だと「セブン」辺りが走りだったっけ?オープニングクレジットとかで凝った映像を入れたりするようになったの。
エヴァなんかも庵野がその影響力を語ってたし、こういう映像作家の試行錯誤を真似してその後に映画だのアニメだのゲームだの一般的な物へとフィールドバックされていくのかな~、なんて風に思う部分はある。

で、本編の「或る音楽」。
短編二つの印象と違って、こちらのタイ・レイ・タイ・リオっていうコンサートの音楽は意外と良かったです。民族音楽風の変わった感じで、なかなか好み。これならCD買ってもいいかも?と思わせるものはありました。いや実際に買うまではいかないけど。

ただ、素材が面白かったというだけで、ドキュメンタリーとしては平坦でつまんない部類かも。

そんな後にトークイベント。高木正勝氏とドキュメンタリーの監督、そして企画の全体的なデザインを担当した芸工大の先生の3人。失礼なのを重々承知で言いますが、これがひどかった。

3人とも皆が非常に芸術家肌の人なので、自分の世界の凄く漠然としたものを漠然と話するので、言いたい事は何となくわからないでもないが、結局わからん、みたいなのが延々と。
最後に高木氏が自分でも言ってたけど、お客さんを意識してないような居酒屋トークで、見ていてちょっとなんだかなぁ~でした。

逆にこういう人達だからこそ出てくる表現や思想ってのはなかなかに変わっていて面白い半面、一歩間違えれば電波じゃないかって思えるくらいの紙一重っぷり。

人間は常に何かを自然から奪う事で生きている。しかし逆に人間が自然に対して何かを与える事ができるかと考えると、そうそうは無いのではないか?

極端な例になってしまえばそれは「生贄」とかになるのかもしれないけど、そこまではいかないとして、古来より伝わる祭りや、遺跡なんかに残っている動物の壁画は、自然に対するせめてもの償いや感謝、リスペクトの気持ちが籠められたものではないか?

歌や絵、現代まで繋がる芸術の起源というのはそういったものである、みたいなコンセプトに基づいて「タイ・レイ・タイ・リオ」というプロジェクトがあったと。

要訳するとそんな感じでしょうか。でも、遠くの山と自分が一体になってどうのこうのとか、トランス状態に陥った上で自然に出てくるものがどうのと、なんかもうちょっとヤバイんじゃないかと思ってしまうようなギリギリの危うさで、私はちょっとついていけなかった。

周りも多分芸工大の生徒なり関係者が大半くさかったし、芸術の道とか、そういう世界で生きてる人ってこんなんばっかなのかな?なんて事を考えると、その中にポツンと一人だけいる自分に物凄い場違いなものを感じました。

そんなつもりは無かったけど、足を運んでみたらそこは変な宗教の集まりだった、みたいな(汗)いやあくまで例え話ですけれど。なんとなくですが、狭い世界の怖さみたいなのが感じられたというか。
色々な意味での勉強になりました。

333918_02_01_03

2009.09.03

いけちゃんとぼく

原作:西原理恵子
監督・脚本:大岡俊彦
映画 日 09
☆☆☆☆

蒼井優の声にひたすら萌ゆる。
「いけちゃん」としてじゃなくて、蒼井優がアテレコしてる姿を想像して、っていうのはどうなんだろうと思いつつも、そこはファン心理という事で許してちょうだい。

小学生のヨシオの隣りには、自分にしか見えない、いけちゃんがいつも居た。怖くて夜中にトイレに行けない時も、いじめられた時も、父が死んだ時も。色々な事を経験し、成長していく中で何時の間にかいけちゃんと話をする時間は減っていくのだったが・・・みたいなお話。

え~と、この映画に限らずですが、私は「いじめ」のシーンがあるとどうしても特別に感情を揺さぶられてしまいます。私自身がいじめられっこでしたので、そういう視点で見ちゃうんですよね。
今になってしまえば昔の話ですんで、別にトラウマとかそういうのは全然無いのだけれど、逆に今の視点だからこそ、それを経験して思う事ってのもいっぱいあるので、その手のシーンだと色々と思う事が多いです。

で、そんないじめられっこが一生懸命頑張る姿ってのもまた特別な目で見てしまいますし、少年が段々と大人への階段を昇って行く姿っていうのは凄く好きなテーマの一つで、いわゆるツボなネタです。

そんなお話に蒼井優が絡んでるっていう状況で、非常に幸せな気分を味わえました。なかなかに満足度は高いです。

ただ、ちょっと気になったのは大人の視点で描いてないか?大人の作為的な思惟が結構入ってないか?と感じてしまう部分もチラホラと。

「他の人より少しだけ早く大人にならなければならない人も居るんだよ」なんて感じのセリフは面白いなと思った反面、いけちゃんの正体が実は・・・とかそういうのは正直いらなかったかなぁと。普通に男の子の成長物語だけで良かった。

空想の友達的なネタも割と定番なネタですので、ただそれだけじゃなくてちょっと違う事をやってやろうという意図があったのかは知りませんが、実は本当はこうでした、みたいなネタバラシシーンが入ってからはちょっと気持ち的に萎えてしまいました。
つーか予告編とかチラシでほぼネタバレしちゃってますし、そこは何だかなぁ~と。

イマジナリー・フレンド物に「ある日どこかで」みたいなネタを足してみました、程度に思えてしまったのが何とも。

「絶対泣ける本 第1位」だの「感動ストーリー」だのを宣伝の売りにしてるのも萎えてしまう要因の一つ。感動の押し付けみたいなの私は大嫌いですし、そこに作為的な物を感じさせてしまうものは尚更醒めます。

原作の事は全然知らなかったのですが、ちょっと調べてみた所、映画で描かれた少年の成長物語的な部分はあまり描かれて無くて、いわゆる最後のネタの方が重視されてるっぽい?
テレビで取り上げられたからなのかは知りませんが、「大人の為の絵本」みたいな言い方をされてるのが少々気になります。

子供向けを装いつつ、実は大人向けに描いて、大人が勝手に喜んでるっていうのであれば、私はそこには同意しかねる。
映画を見てる最中は、わからない部分はわからないなりにで良いけど、これは子供に見てほしい話だなって思いながら見てました。で、最後になってアレレ?という違和感を覚えたのは、そんな背景故だったのかもしれません。

良い作品だと思うし、こういうのは好きだけれど、悪い意味でのしこりみたいなものもまた感じてしまう作品でしたとさ。なんか微妙に惜しいです。

私もこんな空想の友達が欲しいです。あ、勿論声は蒼井優ってのが前提で。
・・・っていうかそれ空想じゃなくて妄想?

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蒼井優 鉄コン筋クリート
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090903_182101 わすれないでね
好きだと必ず
帰ってこられるの。

2009.08.29

エイリアンVSプレデター

ALIENS vs. PREDATOR
スパコミ特別編集
Dark Horse Comics
ビクターエンタテインメント刊 スーパーコミックス
☆☆☆★

長年探し求めていたものと遂に対面。94年に出てた「エイリアンVSプレデター」邦訳版コミックです。

「バットマンVSプレデター」は持ってるので、後はビクター関係ではフランク・ミラー「ハードボイルド」をいつの日にか見つけたいが・・・。

という事でエリプレを早速読む。
今はもう実際に映画もやっちゃったので、夢の対決みたいな感じでは無くなっちゃってるけど、これが出てた当初はコミックでしか読めないまさしく夢の対決でした。これを出したダークホース社は映画の版権コミカライズなんかを多く手がけている出版社だったので、その流れでこういった物が生まれたと。

地球から遠く離れた惑星リュシ。二重の太陽が浮かぶ過酷な環境だったが、植民農場として僅かな人々が暮らしていた。そこに謎の宇宙船が不時着する。それはエイリアンの宇宙船だった。僅かな時を隔て、プレデターもまた惑星に足を踏み入れる。狩りという儀式を行うために。人間は、二つの種族に狩られてしまうだけなのか・・・。

なんと主人公は日本人。マチコ・ノグチさんです。最初はただのキャリアウーマン的な存在ながら、これがまた凄い事になる。「エイリアン」の主人公リプリーも女ですし、この辺の戦う女ってのは時代的に持て囃された時期だったかな~と思わなくもない。

カプコン版ゲームのエリプレ(超名作!)の主人公の一人、リン・クロサワもちょっと彷彿とさせる感じで、なかなか良いです。絵はいかにもバタくさい普通の人が想像するアメコミ絵ですけれども。

これが直接の原作になってるわけでもないのだけど、映画の方の1作目にもかなり通じるものが。二つの種族の争いに巻き込まれ、絶望的な状況の中で女戦士が活躍して、やがては戦闘種族であるプレデターにも認められる、みたいなプロットはほぼ同じです。
このネタだとそんなパターンぐらいしか作れないってのもあるのかもしれないけど。

エイリアンに人間性を求めるのは難しいので、どうしてもやられ役に徹するしかない。プレデター側に多少話が分かる奴が居て・・・というか強い奴は素直に認めるって感じの種族なので、人間だろうが認めるのは認めると。その辺りはプレデターっていうキャラクターの面白味でもある。

冒頭のアンチ=テクノロジー論みたいなのが割とツボ。読む前は2大モンスターの激突!みたいなノリだけの単純な作品かとも思ってたけど、キャラクター性に絡めてさりげなく深みのある(ありそうな)話を入れてある辺りは、いかにもアメコミっぽくてなかなか素敵。

難点を言えばエイリアンの血って強力な酸になってるはずだけど、そこはあまり掘り下げて無いのがちょっと勿体ないかな?エイリアンの「1」じゃ血の一滴で大騒ぎするという絶妙すぎる演出があったので、私はそこって拘りたいんですよね。リドリー先生流石だなぁと。私はやっぱりエイリアンと言えば「1」ですから。やっぱり映画は頭を使うものでないとね。

でも全体的には予想してた以上に面白かったです。

関連記事
AVP2 エイリアンズ VS. プレデター
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090828_001701

2009.08.17

ウェディング・ベルを鳴らせ!

原題:Promets Moi
監督・脚本・制作:エミール・クストリッツァ
映画 セルビア・仏 07
☆☆☆☆

エミール・クストリッツァって名前は憶えてるけど、この人の作品何か見たことあったっけかなぁ?主演の少年もどこかで見たことあるような顔。「それでも生きる子供たちへ」に出てた子と
似てるよね?
・・・と思ったら本人でした。クストリッツァも「それでも~」の中の一本やってた人。

気になって少し調べてみたら、面白そうなの色々やってますね。旧ユーゴスラビア(現ボスニア・ヘルツェゴビナ)の歴史や政治を題材にした作品で高い評価を受けた人らしい。その辺の歴史ってなかなか取っつき難いだけに、そういった映画は是非見ておきたい所です。

今回は要所要所にそういったバックグラウンドを臭わせつつも、わからなくても一切問題は無いコメディーです。

セルビアの山奥の村に住む少年ツァーネ。叔父と二人で仲良く暮らしていたが、ひょんな事から街へ出てお嫁さんを探す事になる。マフィアと対立したりと、ドタバタ劇を繰り広げる抱腹絶倒のラブコメディー!

ハリウッドメジャー系のコメディーって日本では極端に受けが悪く、なかなか入ってこないのだけど、たまにこういうヨーロッパ系とかアート系で評価を受けている変わった所が入ってくる。で、そういうのが何気に面白いです。「大いなる休暇」とかね。

ちょっと下ネタ多めなのが個人的には若干マイナスだけど、全体的に下品とか言う程では無く、かなり笑わせてくれます。お嫁さんを探しに行った少年のみならず、残されたおじいさんの方でも一悶着あったりと、次から次へと飽きさせない作り。

ベタさもあれば、シュールさもあったり、何故かドンパチまで繰り広げつつ、ボーイミーツガールな救出劇だったりと、サービス精神旺盛で面白い。

主人公は中学生くらいの年齢設定なのかな?ヒロインの方が年上だし、背も高い。何気にこういうのって俗っぽさを排除して逆におとぎ話的な感覚で見れたりするので、その辺の設定も上手いです。

おバカな周辺のキャラも良いのですが、動物たちもまた良い味出してました。
冒頭のぬこかわいいよぬこ。

いや~面白いじゃないですか。まさに優れた映画を世界から!って感じで、こういう作品と出会える楽しさは映画ファンにしかわかるまい。

関連記事
エミール・クストリッツァ それでも生きる子供たちへ
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マーティン・スコセッシ タクシードライバー
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090817_012102 み~んな、しあわせ
めでたし、めでたし。

2009.08.15

ウルトラミラクルラブストーリー

監督・脚本:横浜聡子
映画 日 09
☆☆☆

ラストシーンの意味がわからん。
映画見てて「意味わからない」なんて思う事は基本的にそうそうは無いんだけど、今回ばかりは「え?」という感じです。

舞台は青森の田舎町。ちょっとだけ頭が他の人とはズレているものの、水木陽人(松山ケンイチ)は近所に住むおばあちゃんと二人で農業をしながら暮らしていた。そんな時、近くの保育園にはるばる東京からやってきた新任の町子先生(麻生久美子)に恋をしてしまう。
ただひたすらにまっすぐ気持ちをぶつける事しか出来ない陽人に、町子は困惑するだけだったが、とある事が切欠で陽人は変わってしまう。少し落ち着いた事で、二人の距離は縮まっていくのだったが・・・。みたいなお話。

あれ?「ジャーマン+雨」の時の勢いは?やっぱあの奇想天外な作風は商業デビューする為の策略だったのか?と、前半は思いのほか普通でおとなしいので困惑気味。いや、これでも結構ぶっ飛んだ話ではあるのですが、前作と比べたら普通すぎる。

前作の主役・よし子役の女優さんも端っこに出てたりはするのですが、メジャーである事に遠慮したんだろうか?と心配になる。

監督の横浜聡子は青森出身。で、松ケンも青森なので、セリフがネイティブバリバリなのですが、聞き取り不能なくらいにやっちゃってるのは多分わざとです。

前作と共通するテーマは、共に不遇な環境・状況にある人を描いてある事。観客はなかなかセリフを聞き取れないながらも、それでも何とか見ちゃうものだし、何とかなっちゃうでしょ?というような意図を感じます。

前作だと「どうせ大したこと言って無いからどうでもいいんだよ」ってな事を言ってましたし、作品そのものもそういうスタンスなのかと。

「アルジャーノンに花束を」的なネタをやりつつ、もしかしてこの人筋肉少女帯とか好きじゃない?とか思えてしまうくらいに、世界観に近い物を感じました。現実の不条理とそれに対する皮肉、そして時には冷めた視点。

町子先生がただのバカ女だったら、陽人も違う意味でのバカ男ですね。それは思考回路がどうの、じゃなく、良くない事だと知りつつも、それにすがるしかない弱さ。
「ノン子36歳」「レスラー」の違いみたいなもんかも?

理屈じゃない、頭なんか必要無いんだよ的な暗喩を含ませつつも、前作にしても今作にしても、破滅的な結末をむかえるんだから、そこに作り手の思想なり感覚が見え隠れしてきます。

一見、ポジティブさを描いてるようで、根本にあるのはちょっと違うもののような?話そのものはまさしくウルトラでミラクルなんだけど、最後の落とし所で、あれれ?というのが。

精神的な欠落、肉体的な欠落。陽人はある種の動物的な人と言えなくはないものの、イメージとしてクマと結びつけるのにはやや強引な気が。最後に着てた服はそれっぽかったので、そこに意図は感じなくもないのだけれど。

とりあえず、前作並みのパワーを期待したものの、そこは無くって肩透かし気味。ちょっと褒められるタイプの作品でも無いんだけど、それでもこの人の考え方とかには興味は持てるので、次も是非楽しみです。

関連記事
横浜聡子 ジャーマン+雨
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松山ケンイチ デトロイトメタルシティ
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Showing_9446_image054 脳みそなくても心臓止まっても
ぼくの恋は死なない

2009.07.22

おと な  り

監督:熊澤尚人
映画 日 09
☆★

古いアパートの隣り同士に住む二人。実際に顔を合わせた事は一度も無い。
薄い壁ごしに聞こえてくるフランス語のレッスン、コーヒーを挽く音、日常の生活音だけが二人の繋がりだった。

聡(岡田准一)はカメラマン。親友であるモデルのシンゴの写真集が売れ、そのおかげで自分もそれなりに名前が通るようにはなってきたが、風景写真という自分の撮りたい物はとれずにいた。

七緒(麻生久美子)は花屋で働きながらフラワーデザイナーを目指しつつ、フランス留学が目前に迫っていた。

共に30歳、共に恋人は居ない。自分の夢に邁進する事で忙しい。そんな中、それぞれに状況の変化が訪れるにだったが・・・。

え~と、途中で「アイディアは良くてもリアリティが無いと売れないんだってさ」なんてセリフが入るのですが、なんかそれこの作品そのものです。

隣の部屋の生活音が日常的に聞こえてきて・・・なんてのは面白いのですが、あまりにもリアリティが無さ過ぎました。いかにもな都会のマンションで、隣に誰が住んでるかわからない、みたいなネタならともかく、今回のシチュエーション的には古めのアパートです。

いくら何でも引越しの挨拶くらいするんじゃないの?映画の中の短い期間でニアミス的なシーンが何度かあったくらいなら、普通にすれ違いくらいあるでしょ?その辺は「映画だから」と仕方無いとは言え、そういうのが一つじゃない。

「たった一人の特別な親友」に連絡入れないって何だ???
その彼女が住みついて楽しそうに料理してるって何だ???
御都合主義とか言うのもどうだろう?ってくらいに変でした。一つ二つは許せても、そんなんばっかだと流石にバカバカしくなる。

これは私の無知なのかもしれませんけど、モデルとカメラマンって同じ事務所に所属してるものなのでしょうか?そういう業界は疎いので設定的にもちょっとその辺りに???

麻生の方は麻生の方で、なんかわざとらしいキャラが、わざとらしいセリフや行動で、嘘臭さ満点。

しかも二人が実は!と来たもんだから、ああそうですかとしか言いようが無い。私は1ミリも乗れませんでした。

俳優の演技とか、アイディアそのものは悪くないと思うんだけどなん~かわざとらしい感じで、勿体ないな~と。良い感じのアート系の空気を漂わせつつも、中身は安っぽいメジャー路線、みたいなちぐはぐな印象。空気感や雰囲気は悪くないだけに、とっても残念です。

関連記事
岡田准一 ゲド戦記
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麻生久美子 純喫茶磯辺
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090722_230801 初めて好きになったのは、
あなたが生きている音でした。

2009.07.10

ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破

EVANGELION:2.0 YOU CAN (NOT) ADVANCE.
原作・脚本・総監督:庵野秀明
映画 日 09
☆☆☆☆★

やばい!凄かった。
TVシリーズと過去の劇場版は全部見てきましたけど、正直な所は本気で面白いなんて思った事は一度も無かった。新劇場版も、こういう人達にお金を払うのはバカバカしいし、全部無料サービス券で見るつもりでした。今回もタダ券です。

ゴメン、凄く面白かったよ。次からはちゃんとお金出して観ます。その価値はあるなって思わされました。

今回も途中まではそこまでじゃなかったんですよ。
あ、シンジ君変わっちゃった。全然別人にしちゃったのね。これはこれで一つの形だけど、あの昔のシンジ君に自分を重ね合わせてた人達にどう責任をつけるんですか?

「ゆとり教育」なんてやってはみたけど、結局は間違ってました。ゆとり廃止します、って言うのは簡単だけど、実際にその時代に教育を受けてた人達にどう責任をつけるんですか?というのと似たような話です。多分。
じゃあその「間違った教育」を受けさせられた人達はどうなのさ?その人達は「間違った人間」ってなるんじゃないですか?みたいな。

「序」の時も書いてるけど、私が何でエヴァ嫌いなのかつったら、庵野が責任をとらずに逃げた事がひっかかってるからです。別に謎を全部明らかにしろ!とか言いたいんじゃないですよ。そんなもの正直どうでもいいし。

で、今回の「破」。
シンジ君変わっちゃったな・・・と思ったら、何とそれだけにとどまらず、お父さんの碇ゲンドウまで変わってる!え~!なんじゃそりゃ、と苦笑してしまったのですが、そこもまた庵野の状況の変化なんだろうなぁと。

子供が居るのかはしりませんが、庵野も結婚して家庭を持つ身になったじゃないですか。その影響ってのがあからさまにあるのかと。

エヴァのファンではないので、ゲンドウってこれまでどういう語られ方してたのか私は知らないのですが、シンジ君は当然として、せいぜい加持さんぐらいまでじゃないですか?アニメのメインターゲットである十代の子が理解できるのって。

綾波って確か碇ユイのクローンみたいなものだった気がするし、ゼーレがどうの、補完計画がどうのは表面上の理由なだけで、ゲンドウってただ奥さんに会いたかっただけの人だったんだよな、というのが私の中でのこの人の位置付け。
息子はいるけど、自分自身がまだ子供なので、シンジとの向き合い方も知らないし出来ない。大人なように見えて、全然大人じゃ無かった。

それが庵野自身も状況が変わって少し大人になって、ゲンドウの位置付けも少し変わったのかな?という気がします。

しつこく言うけど、新しい解釈の「違うエヴァ」を作るのはいい、けど過去のエヴァって作品にシンクロしてたあの人たちには?閉じた世界を、これでいいんだって一度は言っちゃったんだし、そう思ってる人達はどうすればいいの?ゴメン、あのエヴァは間違いだったんだよ、の一言で納得すんの?

シンジ君も、ゲンドウも違う人にしちゃった。いやまだ綾波が居る!キャラがキャラだし、綾波はそう変わらんだろう・・・と思ったら、綾波も変わってるし!
基本的には、ここに昔のままのキャラは居ないようです。昔のエヴァに喜んでた人は、見た目だけは同じだけど、全く違う人になってる姿を見て、どう思うんでしょうね?
理屈的には、こんなのエヴァじゃないじゃん!っていうべきなんじゃないの?

私は元々が嫌いだったからどうでもいい事なんだけど、少なくともあの当時のファンへのアンサーでは無い。

・・・と思ったら、後半はいきなり重苦しい方向へ。完全な別物になっちゃったと思った矢先に、昔と似たようなカラーへと展開が変わる。

そして!ここが重要なポイント。私が昔のエヴァで不満に思ってた部分を、今回は見事に覆してくれました。
エヴァなんてヌルいんだよ。キャラクターは深刻そうな顔してるけど、エヴァの世界よりも現実の方が遥かに苦しいし重いじゃん。シンジ君にはこれ以上にもっともっとキツイ重荷を背負わせろよって思ってたのですが、そんなシーンが目の前で繰り広げられて、なんかちょっとスッキリしました。

まあ結局は次回予告で「お前生きてんのかよ!」とツッコミたくはなったものの、実際に次がどうなるのかは見てみないとわかんないですので、とりあえずこの場ではそこは無視しておく。

「所詮アニメですから」っていうヌルい言い訳がわたしゃ嫌いなので、中途半端な事はやらずに、重い話をやるんだったら徹底的にやりゃあいいんです。今回はそんなシーンが見れたので満足。

そしてそこからの展開もまた良かった。
最後、やっとシンジ君が他人と向き合う事を覚えました。本人にそんな自覚はまだないだろうけど、その行為こそが世間と、他人と、世界と向き合う第一歩です。

過去のシリーズが「自分と向き合う物語」なら新劇場版は「世界と向き合う物語」です。私は前者は肯定しませんが、後者なら肯定できます。

この先どうなるのかはわかりませんし、不安も大きいですけど、「ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破」は信じてもいいと思えたし、これならこちらもちゃんとお金を払って向き合う気にもなれます。うん、面白かった。

「序」はどう考えたって資金調達の為の作品でしたし、そういうものを喜んで有り難がるセンスは持ち合わせていませんが、今回の「破」で初めて新しいスタートを切れたのかなと。
セリフやシーンに多少の引用を盛り込みつつも、総集編とかただの焼き直しじゃなく、完全新作と言うべき作品でしたし、これならちゃんと向き合ってみる価値はあるかなと思わせられる作品になってました。

これどう見たって「エアマスター」のパクリじゃねーか!だとか、何だこれ?っていう挿入歌とか色々ツッコミたくなる部分はあるものの、今までは認める気にはなれなかったエヴァって作品を、ここにきてようやく認めてもいいなって思えました。

個人的には次回のカヲル君に期待。
シンジ君に対して徹底的に現実を突きつけてほしい。誰に対しても反論のできない「理」を語ってほしい。その上で、それでも貫くシンジ君の強い姿が見たい。そこで現実と向き合う上での何かを得られたのなら、何も言う事無し!

別に急がなくたっていいので、次回、楽しみにしてます。

関連記事
庵野秀明 ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序
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090710_012001

2009.07.05

愛を読むひと

原題:THE READER
原作:ベルンハルト・シュリンク「朗読者」
監督:スティーヴン・ダルドリー
映画 米・ドイツ 08
☆☆☆★

ケイト・ウィンスレットアカデミー主演女優受賞作。

1958年のドイツ、15歳の少年マイケルは年上の女性ハンナと出会い恋に落ちる。ひと夏の恋、濃密な関係を結んだ二人だったが、ハンナは突然に姿を消した。
それから数年後、法学部に入ったマイケルは裁判を傍聴している時、そこに思いもよらない姿を見つける。それは。戦犯として裁かれるハンナだった。
それをただ見るだけしかできなかったマイケルは苦悩をかかえるも、法は、そして時はただ無情に流れていくだけたった。

え~と、まずはケイト・ウィンスレット。
相当に良い演技をしているとは思うものの、脱いでるのと老婆の姿を晒してるのがちょっと気になってしまいました。アカデミー賞ってそういう事だったの?みたいな。

何年か前に菊池凛子が「バベル」でノミネートされたじゃないですか。でも蓋を開けてみたら若い体を大衆に晒したから凄い、みたいなだけに思えちゃって(あとは障害者の役だったりとかもするし)それ「演技」なのか?という疑問が。
他にも伝記物で、そくりなものまねを演じたから凄いとか、なんかそういうのってちょっと違うくねぇ?みたいなのがアカデミー賞では度々ある。

個人的には「ダウト」でメリル・ストリープが演じたみたいな、何も言わなくとも表情一つで全てが伝わってくる!みたいなのが「演技」なんじゃないのぉ?とか思ってるので、そこはちょっとひっかかりました。

いや悪くは無いんだけどね。歳とってからのマイケルを演じたレイフ・ファインズと、若いころの少年の方のマイケルの子なんかも良かったし、ただの話題性のみの作品じゃなく重厚で見応えはあったけれども。

ある秘密を抱えるハンナがSSだったりとか、いくつかひっかかる部分もある。原作はわかんないけど、脳内補完をすれば、多分その時の恋人とかの地位を利用して自分ものし上がったとか、そんな感じなのかな?って気はするが。
事の重さを若い頃は理解していなくて、晩年になってから自分でも色々わかるようになってきた、というのはある意味でこの作品の全体的なテーマにも繋がる部分ではありますし。

ちょっと映画とは違うかもしれないけれど、若いころの苦い思い出みたいなのって誰だって多分あるんだよ。若さ故の過ちというか。そこに愛はあったのだけれど、上手く表現が出来なくて、結局は上手くいかないすれ違いを生んで終わってしまったとか、誰でもあんじゃん。

男なんて特にロマンチストですから、そういうものを捨てないでずっと抱えて生きて居たりする。その辺が特に今回のマイケルだよなって思いますし。
結婚もして家庭を持つ身にはなったけれど、あの若き日の体験はただの過去ではなく、良くも悪くも自分にとっては特別なものでもある。けれど現実もまた知ったし、出来る事はするけれど過去には戻れないよ、というのがマイケルだったのではないかと。

逆にハンナ側にしてみれば、ある程度の現実は当時から理解して割り切ってはいたのだけれど、時間がたってみればそこに真実の愛があったのだと縋りたいロマンチシズムみたいなのが生じてきた。けれど結果的に悲運な最期を迎えてしまうっていう。

実はお互いに愛し合ってはいた。でもそれぞれの想いがどこかですれ違ってしまう人生の無常さ。時代背景とか設定はさておき、話としてはそこだったかなぁと。
宣伝だと「無償の愛」みたいな事を言ってるけど、基本的には不器用なだけじゃないのかな?という気がします。様々なしがらみさえも乗り越える事が出来るのが「愛」という想いなのだけれど、現実はかくも厳しく哀しいものなのか。

個人的に思うのは、ちゃんと語らないとわかんないよね、という事。一方通行の想いなんて、通じたように思えてもそうじゃなかったなんてよくある事なので、ちゃんと向き合ってちゃんと語る事って大事だよな、なんて無難な意見で締めとく。リアリストすぎますか?

関連記事
スティーヴン・ダルドリー めぐりあう時間たち
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ケイト・ウィンスレット リトルチルドレン
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090708_191101 愛は、本に託された

2009.07.02

悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲

DRACULA X NOCTURNE IN THE MOONLIGHT
コナミデジタルエンタテインメイント
「悪魔城ドラキュラ Xクロニクル」収録
機種:PSP 発売日:2007/11/08
☆☆☆☆

とゆーことで「血の輪廻」に続いて「月下の夜想曲」です。
PS版SS版と過去にもやってきましたが、それももう何年も前の話ですし、今回久々にPSPでの再会。

所見の時は結構なインパクトのあった逆さ城とか、分かった上でやるとちょっとメンドくさくなる部分もありましたが、まあそれでも名作に変わり無し。

探索型ドラキュラの歴史はここから始まったんですよね。3Dになってからのリニューアルは苦戦してますが(今度はメタルギアの小島監督チーム監修の海外制作らしいし)ここでのリニューアルは上手い具合に出来てたのは素直に称賛したい所です。この形になってからの1作目でこの完成度って凄いと思うし。

8ビット機、16ビット機から続いてるようなシリーズ物でもSS/PSの32ビット機に変わった時のリニューアルに失敗したタイトルって結構ありましたよね。無理矢理ポリゴンで作ったけど泣かず飛ばずでフェードアウトしてしまったっていうような。
ドラキュラシリーズも、もし「黙示録」みたいなものを最初に出してたら今の歴史がもしかしたら変わってたかもしれません。PS2の作は微妙でしたし、この「月下の夜想曲」があったらかこそGBA→DSの流れが出来て、今もまだ何とか続いてるっていう。

小島文美の耽美系のキャラデザとか、細かい2Dグラフィックとか、どちらかと言えば日本のセンスかと思うんだけど、これが実は日本より海外受けの方が良かったってのも結構不思議ですが。

難易度もそこそこ、見てるだけでも楽しい美麗な2Dグラフィック、等々、間口が広かったのが良かったんじゃないかと。ドラキュラシリーズって今はまたマニア向けタイトルって印象に戻っちゃった感もありますけど、PSでこれ出た当時は確か結構ヒットしてた記憶がありますし、特別にシリーズのファンとかでなくともPSの名作タイトルとしてこれが出てくる人は結構居るんじゃないかと思うのですが、いかがでしょう?

とりあえず、サクサク遊べるのが良いやね。携帯機向きだよな、と思う反面、いつかはまた据え置き機でも気合いの入った2D探索型ドラキュラ、やれればいいなぁと思ってます。まだ設定でしか語られていない、ユリウス・ベルモンドがドラキュラを遂に滅ぼしたっていう時の話は是非据え置き機の2D探索型で。

とりあえず次は「奪われた刻印」・・・でしたっけ?DSの3作目。まだ買ってないけどそっちをやろうかと。

関連記事
悪魔城ドラキュラX 血の輪廻
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/05/post_e699.html
悪魔城伝説
http://truth.mo-blog.jp/area/2007/05/post_54e5.html

商品リンク

悪魔城ドラキュラ Xクロニクル 悪魔城ドラキュラ Xクロニクル
価格:¥ 5,229(税込)
発売日:2007-11-08

悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲 PS one Books 悪魔城ドラキュラX 月下の夜想曲 PS one Books
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2003-11-20

2009.07.01

映画は映画だ

監督・脚本:チャン・フン
映画 韓 08
☆☆

「チェイサー」も観たかったけどタイミング合わなくて結局観れませんでした。評判は悪くなかったようですし、どうだったんでしょう?

こちらの作品はキム・ギドクが原案・制作という肩書で、監督はギドクの助監督を務めてた方だそうな。
個人的にはギドクって、とんだ一杯食わせ者という印象でしか無いのですが、ネタとしては結構面白い所をついてくるので実は脚本だけやって監督は誰かほかの人がやったら面白くなるんじゃないの?なんて風には思ってました。

同じく鬼才と言うべき人、ラース・フォン・トリアーが脚本だけやって監督は他の人に任せた「ディア・ウェンディ」なんて作品がちょっとした化学反応がおこって面白い作品になってたりと、そういう例はいくらでもありますので。

例え同一の脚本だったとしても、監督が違えば作品が全く別の物になる。それが映画と言う物。

映画スターとギャングスター。全く別の世界を生きる男たち。
“映画”の中でだけ2人の人生が交差する──

プライドが高く、その振る舞いはまるでヤクザのような俳優のスタ(カン・ジファン)。
映画が好きで、かつては俳優を目指していたヤクザのガンペ(ソ・ジソブ)。
スタは俳優仲間に嫌われ、共演者が居なくなってしまった所へ、ふとした切欠で出会ったガンペをキャスティングすることを思いつく。ガンペが提示した条件は一つ、ファイトシーンは演技ではなく全てガチンコの本気で殴りあう事だった。かくして、映画の撮影は開始されたのだったが・・・。

ツッコミ所が山ほどあるのはいかにも韓国映画。文化もまた違うし、仕方無いのかなぁとは思うものの、話そのものにも乗れないし、話の軸がイマイチようわからん。

ドラマとしては結構見応えはあったし、特にヤクザの方の人なんかは表情一つとっても上手さを感じて、なかなか良かったのですが、で、この作品は一体何をやりたいのよ?ってのがイマイチ掴めず。

だってさ、本気で殴りあえばリアルで迫力のあるシーンが撮れる!なんて言ってるのって、映画好きな人は逆に萎えません?

日本にもそういう人居ましたし、そういう映画ありますよね?格闘シーンは全部ガチで当ててました!っていうの。でもそれってただの自己満足にしかなってなくて一部のマニア以外の支持なんか受けてないし、私個人としてもなんだかなぁ?と思ってしまう。

っていうかゴメン。私元々ヤクザとかそういうの大っ嫌いです。
実際に色々苦渋をなめさせられたりした事がある身としては、どうもこういうヤクザだのチンピラだのマフィアだのヤンキーだのをカッコよく描いてる作品って昔から好きになれません。

政界だの芸能人とも深い繋がりのあるヤクザの世界とかって現実的に認めなきゃいけない部分もあるんだろうけど、この手のフィクションとかでもさ~、カッコよく描いてそれを支持する人がいっぱい居るって何なの?というのは昔から凄く気になってる部分。

こういう他人に迷惑をかける人達を支持する気持ちってさっぱりわかりません。

アウトロー的な人達を描く映画なり漫画なりの「作品」ぐらいは許したとしても、結果的にそういうのをカッコイイものと思う人達を増やしちゃうわけじゃないですか。そこは納得いかないし、感情的にも嫌いです。
アニメオタクとかを犯罪者予備軍呼ばわりする前に、まずそっちに文句つけろよ!とか思ってみたりも。

それはそれとして置いといても、俳優とヤクザの方では確実にヤクザの方を上として描いてあるので、そこもまた映画ファンとしてはイマイチ。
所詮、映画は映画で作りものでしかない、本物には敵わないんだよ、みたいな感覚で作ってるのかもしれませんが、ヤクザに対するリスペクトは感じても、映画に対するリスペクトが無いなぁ~と思えてしまったのが非常に残念でした。

不器用な男の悲哀、みたいなとこだけは良かっただけに、作品全体を俯瞰して見た時の物足りなさが凄く勿体なかったなぁ、と思います。

関連記事
キム・ギドク 悲夢
http://truth.mo-blog.jp/area/2009/05/post_49b8.html

090701_201701 つかの間でもいい、
違う人生を生きてみたい。

2009.05.21

悪魔城ドラキュラX 血の輪廻

コナミデジタルエンタテインメイント
「悪魔城ドラキュラ Xクロニクル」収録
機種:PSP 発売日:2007/11/08
☆☆☆★

つーことで血の輪廻(ロンド)、終了。
予告通りほぼマリアでやっちゃいました。

リヒターとマリアではゲーム性が違う物と言っても良いくらいなんで、安易にマリアの方が強くて簡単と言い切れるものでもないと思うけど、単純に「クリア」を目指すだけならマリアの方が楽である事は確か。

で、一度マリアでやっちゃうと、今度はリヒターでやるのがメンドくさくなっちゃうんですよね。
リメイクの方は完全にリヒターでやったのでまあ良いでしょう。

PCE版も持ってますが(とゆーかドラキュラ目的でハード手元にあるようなもんですわ)それこそ10年も前の話のような気がしますし、リメイクの方とはかなり違う部分があって、これはこれで新鮮。

でもテラとかイリス救出なんてこれといった意味があるわけでもないですし、こっちだとアネット助けなくとも別に敵として襲ってくるわけじゃあなかったんですね。SFC版「XX」なんかだとまた違ったっけ?

その辺考えると、リメイクの方は随分良くなってるんだなぁと、寧ろそっちの方に関心してしまいましたわ。あれはただポリゴンにしましたってだけじゃないんですね。

しかもああた、こっちじゃドラキュラも2段階までしか変身しない。条件とかじゃなくてそういうもんだよな?シモン・ベルモンドの時代、初代ディスク版と同じパターン。
リメイク版、上手く作ってあるな。ちょっと見直しました。色々な所を根本から練りなおして作ってある。

とは言え、2Dなりの感覚的なわかりやすさや手触り、そういうのはやっぱりあるもので、手放しでリメイクの方が全てが上って事も無く、これぞって部分はあるよな、というのも偽らざる気持ち。

その両方を楽しめるというのは非常に有難い。PCE版ってプレミアついたりしてましたけど、そのレアリティに恥じない物ですから。
とか言ってるとそのうちこっちもレア化しそうな気するが。

さて次は「月下の夜想曲」です。

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悪魔城ドラキュラ Xクロニクル 悪魔城ドラキュラ Xクロニクル
価格:¥ 5,229(税込)
発売日:2007-11-08

2009.05.11

蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ 第四章 「都民・鈴子 -百万円と苦虫女 序章-」

AOI YU × 4 LIES CAMOUFLAGE
監督:タナダユキ
TVドラマ 日 08
☆☆☆★

WOWWOWだかで放送してたドラマ。
4人のクリエイターが「蒼井優×4つの嘘」をキーワードにしたオムニバス物です。

それぞれ違う話ですので、マイフェバリット作品「百万円と苦虫女」の序章として(後から)作られたこちらの作品を。

他にも「リンダリンダリンダ」「天然コケッコー」の山下敦弘の作品もあったり、今回調べてみたら菅野よう子が音楽やってる話もあったりしたので、そっちも見たいかも。
各章15分くらいのが3話づつなので見やすいですし。

TVドラマはほとんど見ないので、蒼井優好きだからと言って流石に「おせん」とかそんなんまでは見る気無し。ファンつってもその程度のファンですんで。2~3年後には多分興味も無くしてる気しますし(汗)

で、「都民・鈴子 -百万円と苦虫女 序章-」
コメントとか見る限り、完全に後から作っただけっぽいですが、微妙に鈴子が元と違うような気も。

別に映画の方に話が繋がる前日譚って程でもなく、これ単体で成立してる話ですので、これはこれかなと。

相変わらず周りの空気に全然馴染んで無い、微妙な立ち位置なのは面白かったですけれど、あんまり苦虫顔してないぞ、鈴子。

1話目はズルズルとソバか何かを食ってる姿に萌えます。
各話の最初にあるMCみたいな部分は、蒼井優あんまりこういうのには向いてないなって感じですので、タレント業より女優で良いかと。

前に何かのネイチャー番組みたいなのも見ましたが、そっちはそっちで野暮ったい分厚いメガネで違う意味で萌えたけど。

こちらは着ぐるみまで披露してくれてさらに萌え。真面目にバカをやるシュールさが似合います。
本人がどういう人なのかは知らんが、生真面目そうな印象のある人ですし、そういうイメージから「百万円と苦虫女」も生まれたわけで、そういう意味でのタナダユキの目の付けどころは面白い。

2話目は蒼井優が脇になっちゃってて、今回の企画でやるべきだった話なのかは疑問。「百万円と苦虫女 序章」というのには合わないかも。

自己中な人達に対して、「はぁ…」とか曖昧な返事とかしか出来ない人ってのは鈴子らしいと言えなくもないけど。

3話目。
他の役者さんには申し訳ないけど、蒼井優の表情しか撮ってません。という監督のコメント通り、それのみという変わった構成。
でもその心の内を全部モノローグ入れちゃうってどうよ?映画じゃなくTVドラマだからなのか???こういうのは表情から勝手に読みとるのが面白いんじゃないの?
と、見ていてちょいとストレスの溜まる作り方だったのですが・・・最後の最後に「え?」と思わせて終了。そういうネタだったのね。見事なくらいに演出に騙されました。

ううむ。
「百万円と苦虫女」の序章として期待してた物とは全然違ってて、そこに関しては物足りなかったですけど、単純に別の企画としてはなかなかに面白かった。

そしてED曲の「camouflage」がまた良いです。蒼井優自身が歌ってるのですが(クレジットは最終話のみ)歌詞が可愛くて素敵です。メンドクサイ女ってのがまた。

サントラとかは出てないっぽい?この曲欲しいぞ。

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蒼井優×タナダユキ 百万円と苦虫女
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蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ 4 第四章 『都民・鈴子 -百万円と苦虫女 序章-』 [DVD] 蒼井優×4つの嘘 カムフラージュ 4 第四章 『都民・鈴子 -百万円と苦虫女 序章-』 [DVD]
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2008-07-16

2009.04.22

悪魔城ドラキュラ Xクロニクル

コナミデジタルエンタテインメイント
機種:PSP 発売日:2007/11/08
☆☆☆☆

ここ最近ちょこちょことやってましたXクロニクル。
リメイクとは言え、面クリの純粋なアクションなんて10何年ぶりでしょう?
って、「年代記」とか「ゲーセン族」とかで初めて触れたドラキュラもあったので実質そこまでではないのか・・・。

とりあえず「血の輪廻」のリメイクの方を一通りクリア。
初回はまずマリアも無視して、誰も救出せずリヒターのみで最後まで。

PCEでオリジナルもやってますが、実は「輪廻」ってあんまり好きじゃない。理由は簡単、後半になると固い敵が多くて、やっててあんまり気持ち良くないのよ。

アーマーナイト系とかホームレス格闘家みたいなやつとか、出てくると非常~~~~に萎える。これは探索型の方でもそうで、こいつら見つけると、あ~メンドくせ~って毎回思いますわ。この作品からなんだよねぇ・・・。

そんな部分では同時期なら「バンパイアキラー」の方が私は好きだったり。

せめて初代のアックスアーマーくらいにしてほしいですわ。
初代で言えば死神の前の通路の、アックスアーマー&メデューサヘッドの複合攻撃みたいなシーンが好きで、バシバシ攻撃当てるよりも、狙いすました一撃を大切に入れていくってのが好きなのです。他にはせむし男のとことかね。

ポリゴンでありながらゲーム性は完全2Dって、当たり判定とかでも最初はちょっと違和感あってやや微妙か?と思ったけど、演出的な所も含めて、やってる内にこれはこれでなかなか。

基本は2Dのゲーム性から一切外れてないので、微妙な差異はバージョン違い的な物と割り切れば、意外と面白いじゃないですか。
3D系ドラキュラよりは、ずっと良いです。またリメイクなりの機会があれば、こういうスタイルで大丈夫だと思います。

一度バッドエンドを見た後は、裏ルート制覇に、女性陣救出してグッドエンドで再クリア。無論、全てリヒターで。
マリアはマリアで楽しいんだけど、やっぱ強すぎるし、規制のある動きの中でいかに立ち回るか、ってのがドラキュラの面白さでしょう。繰り返しプレーで少しづつパターンを覚えていくってのが楽しい。

元がアニメ絵だっただけに、それをいかに小島文美がリファインするかっていうデザイン的な所もなかなか面白い。
マリアは完全に別人だけど、世界観に合わせるとこうなるんだなって思ったし、リヒターも元の白いハチマキをスカーフ的に首に持ってきたというアレンジセンスは抜群です。
耽美の世界は特に興味もなければ知識もありませんが、このアレンジリヒターならちょっとコスプレしてみたくもなったり。

リヒターの鞭ってドット上でも鎖であってモーニングスター的な扱いなのに、イラストだけ皮の鞭っていう所は突っ込んじゃいけません。

いや、でもさ~、ただのベタ移植のみにとどまらず、探索型、3D型とは違う可能性を模索してこういう形にしてくれた事は素直に感謝したいですわ。
ドラキュラだからっていうのがあったんだろうけど、それでも企画的にはこういうの通り難いであろう事は想像できるし、こういうチャレンジに挑んだ事は褒めてあげたい。

トライ&エラーで、ああでもないこうでもないと試行錯誤して、壁が壁でなくなる瞬間って楽しいもんです。別に1ドットの避けを要求されるわけじゃないし、そもそもドラキュラってライフ性なので実はヌルイ部類のゲーム。
こういう作品は系譜としても、もうあまり残ってないけど、やっぱりこれでしか味わえない面白さってのはある。

「2」とか「MSX版」もいつかこんな形ででも収録してほしいぞ。

さてアレンジも終わった事ですし、次はオリジナルの方を。
マリアでサクッと終わらせちゃって、早々に「月下」行くかも?

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悪魔城ドラキュラ ギャラリーオブラビリンス
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悪魔城ドラキュラ Xクロニクル 悪魔城ドラキュラ Xクロニクル
価格:¥ 5,229(税込)
発売日:2007-11-08

2009.04.11

オズのふしぎな魔法使い

原題:The Wonderful Wizard of Oz
著:ライマン・フランク・ボーム
画:ウィリアム・ウォレス・デンズロウ
訳:宮本菜穂子
松柏社刊 アメリカ古典大衆小説コレクション 2
☆☆☆★

唐突に「オズの魔法使い」です。
なんとなくは知ってても、そーいやちゃんとした話を知らない。
「アリス」とかは2作とも読んだ事あるのですが、こちらもよく古典として例に出される割に、よくは知らないなぁと。

少女物?少女の冒険譚みたいなものは好きなジャンルですし、ここは一つアリスだけでなくドロシーの事も知っておかねば!という感じです。

ヘンリーおじさんとエムおばさんの養子としてカンザスに暮らす少女ドロシー。周りは草原ばかりで何も無い!友達は犬のトトのみ。
突然の竜巻に巻き込まれたドロシーはトトと共に家ごと吹き飛ばされる。目が覚めるとそこは偉大な魔法使いオズの治める不思議な国だった。

序文で作者自身が語ってるのですが、民話やおとぎ話には少なからず教訓じみたものや道徳心を教え込ませるものであるけれど、現代の教育にはすでにそういったものが組み込まれている。なのでもう童話にそれは必要では無いのではないか?ただ子供たちが純粋に楽しめるものを、というような意図でこの物語を書いたのだと語っています。

いやいやいやいや、ちょっとマテ。
教訓的なものがあるからこそ童話ってのは面白いんじゃないの?というのが私の考えです。
こういった世界の専門的な事はわかりませんが、少なくとも私はそうです。今の所「ただの娯楽作」に何の価値も見いだせてません。童話や本に限らずとも、映画でも何でもそう。
その瞬間だけ楽しめても、後に何も残らないものなんかより、きちんと心に残るもの、蓄積されていくものにこそ意味がある、と思ってる人です。(頭固いでしょうか?)

う~ん、私が手に取るべき本では無かったか・・・と一瞬思ったものの、そんな考えは杞憂に終わりました。
確かにそこまで深い内容とか言う程では無かったけれど、それなりに読み込める部分もあって、決して悪いものじゃあなかった。

諸事情あって、私は「自分の為になるもの」以外はあまり関心は無いのだけれど、決して損はしなかったので、ひと安心という所です。

つーかこの本が世に出たのって1900年です。そりゃ100年前の状況と今とでは全然違うわな。
ってか100年前の本をこうして普通に読める状況にあるってのが物凄い事のような気しますわ。

個人的に最初に面白いなと思った所は、仲間になるカカシとブリキの木こり。
カカシには脳みそが無い。ブリキには心臓が無い。偉大なオズの魔法使いにそれを望むのだけれど、果たして人間に必要なものってどちらなのでしょう?

勿論、どっちも必要に決まってる!と冷静に突っ込んでしまえばそれまでなんですけど、昔からよくあるじゃないですか、心ってのは人間のどこにあるのか?みたいな。
文字の上ではハート=心臓なんでしょうけど、本当に心臓に心が宿ってるものなのでしょうか?じゃあ精神が宿るのは脳の方?

わらでできたカカシは脳みそを望み、ブリキでできた木こりは心臓を望む。なんかそこって凄く面白いと思います。

ついでにもう一人仲間になるライオンは物凄い臆病者。
ライオンはオズに「勇気」をもらうためにドロシーの仲間になります。百獣の王のライオンがひとたび吠えれば周りの全てを脅えさせ、逃げて行ってしまう。けれど当の本人が一番の臆病者だったりするという・・・。

それでいて偉大な魔法使いオズが最後に3人に与えたものとは・・・って事を考えると、これに教訓が含まれていないなんて言えば、それこそが「嘘」になっちゃいますね。そんな部分がなかなかに面白いです。

じゃあ主人公のドロシーは何やってんのよ?と思えば、どちらかと言えば狂言回し的な役回り?
いや、ちゃんと活躍する場面もあるにはあるのですが、仲間の3人(匹)の方がずっと活躍してるような気がしないでもない。そういうのはある意味アメリカ的と言えるのかも?

ドロシーは「ウォーターシップダウンのうさぎたち」で言えばヘイズルみたいな役割なのかもしれない。・・・って全然違うか。

政治的な読み方もできるらしいのですが、そっちは私はよくわからんのでパス。
養子で寂しくしていた一人の小さな女の子が空想の世界に思いをはせる、ぐらいのベタベタな読み方をする方が私は好きです。
それも強引過ぎる解釈なのは百も承知。
何せファンタジーなのはこの物語ではなく私の頭の中の方だったりしますので。

エメラルドの都で強引にメガネをかけさせるのは、これは文学少女のメガネっ娘の為の物語なんだという暗喩がこめられてるんですよぉぉぉぉっ!
という明らかに180度ねじ曲がった強引な解釈で〆。ってかそれ妄想。

夢を見続ける事が俺のファンタジーって黒いバッタの人も言ってましたよ。

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梨木香歩 西の魔女が死んだ
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ナルニア国物語 第1章 ライオンと魔女
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オズのふしぎな魔法使い (アメリカ古典大衆小説コレクション) オズのふしぎな魔法使い (アメリカ古典大衆小説コレクション)
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2003-09

2009.04.01

ウォッチメン

原題:WATCHMEN
原作:デイブ・ギボンズ、アラン・ムーア
監督:ザック・スナイダー
映画 米 09
☆☆☆☆☆

ゴメン、もう完全にファン視点での点数です。
私の中では日本のマンガも含めた、コミック全体の一番てっぺんにあるのが「WATCHMEN」という作品です。
最高の文学を映画化したところで、最高の映画になるはずなどありません。その逆もまたしかり。文学(漫画)と映画の文脈はそもそも別のものですので。

原作の魅力の6割、良くて7割くらいしか映画では再現できてない。それでも満点つけちゃうのは、原作は☆5つの満点以上をつけちゃう作品だったりするから。そういうのはご都合主義です。

普通に当たり障りなく考えれば、原作ファンなら80点くらい。
ただの1本の映画としたら70点以下くらいでしょうか。

いや、2時間43分もの長尺でありながら各々のキャラクターの心理描写に深みが足りないってのは流石に「金と時間返せ」言われても仕方無いかもしれない。

もし原作を知らずにこの映画を見るのなら、最初から腹を括ってDVDのディレクターズカット3時間半バージョンを見るとかの方が良いのかも?
そっちだと今よりは深い描写になってるんじゃないかと思うし、中途半端なものを見るよりはその方が良いんじゃないかって気がします。

と、ここで普通の人の感覚を想像したって意味は無いですかね。私にはこれをまっさらな状態で見る感覚ってのは今更無理なので。

不満なんていっぱいあります。
でも・・・でも、あの原作のシーンがこうやって映像として見れる、正直もうそれだけで満足。
あれを映画化なんてできるわけねぇだろ!と最初からダメなものと割り切ってたのが功を奏したのかもしれません。

もうわたしゃ涙ボロボロ、鼻水たらしてすすり泣いてました。いつもは映画館行く時はハンカチって必ず持ってるんですが、今回はたまたま忘れて酷い事に。思った以上に客は入ってたのですが、泣いてたのは私一人だけ。

火星でのローリーと、ロールシャッハの最後のシーンとか、あのシーンが来る、と思っただけでもう直前の段階から鼻水たらして泣いてましたわ。ゴメン、完全に痛くてキモい原作ファン丸出しでした。

でもあの瞬間は恥も何もかも捨てて、ただ、ただ目の前で繰り広げられている世界に浸りたかった。
私は「泣くために映画を見る」とかいう感覚は一切無いのですが、感動を目的にして映画を見に行く人の気持ちってのが、ちょっぴりだけわかったような気がします。

映画見て結果的に泣くなんて事は良くあるのですが、恥も何も捨てて、ただ感情の赴くままに泣く事って結構なストレスの解消にもなるんですね。なんか凄くスッキリしました。
だからと言ってこれからも「感動を求めて映画館に行く」なんて気持には1ミリもなりませんけれど。

必要以上にバイオレンス過多にした事の必然性は全く理解できませんし、ナイトオウル役のパトリック・ウィルソンは役の為に10キロ増量したそうですが、それでもまだまだメタボ体系には足りないのは大いに不満。
そのナイトオウルのコスチュームも今風の映画的なアレンジしてあるのがちょいと納得行きません。(ミニッツメンはあの痛々しさをそのままやってんのに)

文句言いたい所は山ほどあります。

でもやっぱりロールシャッハは凄まじくカッコ良かったですし、演じたジャッキー・アール・ヘイリーの素顔も良かった。そしてシルクスペクターのエロい事エロい事。ラスト周辺のオチの改変も、これはこれでアリだなと思わせるものはありました。

全然パーフェクトな映画では無いのだけれど、あの原作をここまでの映画にしてくれた事には、素直に感謝したい。心からありがとうと言わせていただきます。

人間を原子の塊として認識できてしまう人の気持ちとかって、多分わからない人には一生かかってもわかんないんだろうけど(んじゃお前はわかんのかってツッコミは無し)、例えクズみたいな何もない人間であっても、ほんの一瞬だけでも輝く瞬間があるってのを描いてあるのがWATCHMENの好きな所です。

宇宙的規模のマクロな視点で見た時、人間ってのは無意味な存在なのか?なら人間が生きる意味って何だ?世界は何の為に存在する?

人類全てが熱力学的奇跡なんだって気付く所はちゃんとロングバージョンには入ってると信じたいです。

俄然、DVDが楽しみになってきました。
これはあくまで先行公開版という位置付けで、2時間43分の予告編と今は思っておきます。

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J・R・ヘイリー&P・ウィルソン リトルチルドレン
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090401_002801 知ってはならない真実がある――。

2009.03.09

エレジー

原題:Elegy
原作:フィリップ・ロス「ダイング・アニマル」
監督:イサベル・コイシェ
映画 米 08
☆☆★

ベン・キングズレー主演「ガンジー」第二弾「エレジー」です(大嘘)

う~ん、文芸しすぎてて、イサベル・コイシェの良さがあまり上手く出てなかったような?
「あなたに言いたかったこと」とか無理矢理な邦題つけてないだけマシか。

テレビやラジオの文芸番組にも出演している有名な大学教授のデヴィッド(ベン・キングズレー)は、30歳も年の離れた生徒のコンスエラ(ペネロペ・クルス)と恋に落ちる。
過去の結婚での失敗もあり、女性とは肉体関係のみを求めていたはずだが、コンスエラとの関係にそれ以上のものを感じ始めていた。
著名な詩人の友人(デニス・ホッパー)には、所詮は女が現実に気づいて終わる恋だ、あまり深入りはするなと忠告されるも、デヴィッドはコンスエラにのめり込んでいく。
だが、コンスエラの誕生日、両親に紹介したいと言う彼女の言葉に、ふと自分の立場を思い返したデヴィッドは・・・みたいな感じのお話。

ん~、まぁ、ねぇ?
歳食っても若い子と仲良くなりたいって気持ちはそりゃわかる気はするけど、大学教授として過去にも結構良い思いしてきたくさいですし、歳相応のセフレ的な人も居たりで、なんかお盛んだなぁ~と。
まあ男ってこんなもんなのかもしれないけど、私の人生にはあまりこういうのは縁の無さそうな話なので、あまり感情移入とかはしにくいし、どこか他人事の話としてしか見れませんでした。

デニス・ホッパーとの親友関係なんかはこういうのっていいな~みたいな感じがして、むしろそっちの方が面白かったぐらい。
まあ私にはそんな親友すら居ないのでわかりませんけれど(汗)

弟と出かけるの、って一言に対して本当に弟なのか?なんて疑ってみたりとか、勝手に押しかけてきちゃったりするとか、そういうのは凄まじく情けない&ウザイけど、ある意味ではカワイくもある。恋するとこうなっちゃうよね、ぐらいの事なら私でも多少はわかります。

嫉妬とか不安とか、歳が離れてるとかになると尚更でしょうね。
まあでもこういうのって人によりけりだったりして、例えば年上の彼氏とかだった場合、ガツガツしなくて大人の余裕で構えてる所がいいのよって人もいれば、年上なのに子供っぽい所があってカワイイ、なんて場合もあるでしょうし、人って様々です。

高田順次のネタだかで、ナンパしたのは娘の友達だった、とかってのあって、でも自分の娘じゃないんだからOKでしょ?みたいなのどっかで見ましたが、まあ男ってそんなもんだし、女だって若い子好きな人は好きでしょ?ってのはね、大差はないのかも。勿論、そんなのも様々でしょうけど。

ジャニーズとかハロプロとかああいうのがチヤホヤされてるのを見ると、オジサマ好きとか熟女好きってのは少数派な感じがするも、AVコーナーとかだとロリ系も熟女系も様々あるからな。って、何か私は全然違う話をしてるような気もするぞ(汗)

凄~く文芸臭の漂う作品ですし、ペネロペのおっぱいが見れるYO!みたいに俗っぽく騒ぐタイプの作品では無い。
まあ私は映画でおっぱい見たってそんなに嬉しいもんじゃないって思う人ですし、微妙な所ですが。

イサベル・コイシェ、これまでも重めの作品をずっとやってきましたけど、案外こういうちゃんとした文芸向きの人では無いな~って思いました。大上段に構えるよりも、日常の中にある何気ない重さ、的なものの方が上手いんじゃないかと思います。

決して悪い作品じゃあないとは思いますが、今回は微妙に私はのりきれませんでした。また次回に期待。

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ペネロペ・クルス ボルベール<帰郷>
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090309_212201 からだから、こころから、あなたを消せない。

もう一度、愛したい。

2009.03.05

永遠のこどもたち

原題:EL ORFANTO
監督:J.A.バヨナ
映画 スペイン・メキシコ 07
☆☆☆☆★

こわっ!こえーよ!

とゆー事で「永遠のこどもたち」です。
監督ではないのですが、ギレルモ・デル・トロ制作との肩書きを大上段に構えて割と早くから上映が決まってたこちら。
いや、これも面白そうではあるけど、私は「ヘルボーイ」が見たいんだYO!デルトロの名前で宣伝するならまずはヘルボーイを上映してくれ!
と思ってたら朗報!ヘルボーイの上映も決定しました!
ありがとうF。優れた映画を世界から!

予告編とかチラシでは巧妙に隠してありましたが、これってホラーですよね?デルトロが普通のドラマの制作を請け負うとか今の所はしなさそうだし。

とは言え、グチャグチャドロドロ絶叫キャ~~~~!
ってのではありません。あくまでメインはドラマです。

今は空き家になっていた、かつて自分が育った海辺の孤児院を買い取ったラウラ。今度は自分が障害者の為の孤児院を開業するつもりでいた。
夫のカルロスと、7歳になる息子のシモンと移り住み、数日が過ぎた。
そしてシモンは見えないお友達と遊ぶようになる。子供にありがちな空想と思っていたが、しだいに屋敷に奇妙な出来事がおこるようになっていく。
孤児院のオープンを控え、多くの人が集まるパーティを開催したその日、シモンは忽然と姿を消した。必死に息子を捜すラウラだったのだが・・・というような感じのお話。

恐ろしい事態に巻き込まれつつも、息子を思う母親の愛情が何物にも勝るって部分では、「ダークウォーター」なんかに近いかも。

悲劇性の漂う部分はそれこそ「パンズラビリンス」なんかにも近い部分はありますし、ダークウォーター+パンズラビリンス+アザーズな感じでしょうか?

原題だとその孤児院って感じの意味でしょうけど、邦題もなかなか。
永遠のこどもたち。大人にならない世界と言えば、やっぱりネバーランドを想像してしまいますが、実際にその辺の事もお話の中で語られます。
大人になったピーターパンに、かつてのネバーランドの子供達は何を思うのか?
童話的なものの好きな私はそこもまたツボにハマりました。

消えた子供を母親が必死になって探すって、それこそ先日見た「チェンジリング」にも通じるものがありますけど、私が好きなのはやっぱりこっちです。
あちらも良い作品ではありますけれど。

単純に、怖さだけで言えば、そこまで怖いものでは無いのかなって気しますし、ダークウォーターの時なんかも、全然怖くないじゃんって声が大きかったですけど、そちらにしても、今回の作品にしても、私はメチャメチャ怖かった。
ホラーってジャンルは決して嫌いじゃない割に、実は凄い怖がりだったりしますので(汗)

あ~、でもどうなんですかね?愛する人の為なら、怖さなんか乗り越えて何だってできるってのあるじゃないですか。それが子供の為にせよ恋人の為にせよ。
わかる話ではあるけれど、実際にこんな状況に直面したら?なんて事を考えると、はたして私はどんな行動ができるでしょうか?
やっぱり一目散に光の速さで逃亡しちゃうのかも?あー怖い怖い(汗)

でも今回の話、ただそれだけでも無かったりするんですよね。
ネタバレは書きませんが、そこには過去と向き合う主人公の姿がある。そんな部分もまた深みを感じさせて良いです。

この手のものは人を選ぶものではありますが、気になった人が居ましたら是非どうぞ。

だ~る~ま~さ~ん~が~こ~ろ~ん~だ。

関連記事
ギレルモ・デル・トロ パンズラビリンス
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ジェラルディン・チャップリン トークトゥハー
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090304_225701 愛を信じたら、本物の光が見える。

2009.03.04

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

原題:DO ANDROIDS DREAM OF ELECTRIC SHEEP?
著:フィリップ・K・ディック
訳:朝倉久志
早川書房刊 ハヤカワ文庫<SF229>
☆☆☆★

ありがちな質問で、あなたのオールタイムベスト映画は?という質問には「ブレードランナー」と答える事にしてる私。
他にも好きな作品は山ほどありますし、ブレランだけ飛びぬけて別格って程ではないのですが、そういう場合は無難にこれくらいが丁度良かったりするので。
いや別にトリアー作品でもロメロゾンビでもアメコミとかでも何でもいいんですけどね。

でそのブレードランナーの原作となるのがこちら。
以前から読んでおかなきゃとは思ってたのですが、なかなか機会も無く、今更になってしまいました。

原作と言うよりは、原案って言っていいくらいに結構違ってますね。
この話があって、シド・ミードのビジュアルがあって、リドリー・スコットの演出がある。あとヴァンゲリスの音楽とかも。沢山の個性が奇跡的な交わりを見せ、それが上手い具合に昇華されて映画のブレランがあったんだな~って今更ながらに思います。

主演のハリソン・フォードも勿論素晴らしいのですが、本人がブレラン否定してる事ですし、この際おいときますか(汗)

テーマや設定はそれなりに共通する部分も多いけど、ドラマとしてはほぼ別物という感じなんですね。

主人公のデッカード自身がアンドロイドか否か、みたいなのは映画とは違うけどこちらでも中盤くらいにやってて、これがまたスリリング。

凄く観念的な話なので、非常にわかりにくい話だけど、根本的な所は「虚」と「実」みたいな所でしょうか?人間とアンドロイドは勿論、科学や宗教なんかもそうですよね。

神様とかは人間が考えた虚像でしかないんだけど、その虚がやがては実になってしまう。嘘だろうがそれで救われる人が居るなら別にいいじゃん?みたいな考えが私にもあります。
凄い素人臭い考えかもしれないですけど、こちらでやってるのもそういうのに近いかな?というのは。

それが嘘だと暴かれても、マーサー教に救われるデッカードとか、何とも言えない気持ちにさせられます。

そういうのもある種の「感情移入」とも言えるのかな?
プリスが蜘蛛の足を切るシーンとか、アンドロイドらしさが出てるシーンが異常に怖かった。イジドアと同じく、もうやめてくれぇぇぇっ!って思っちゃいましたし。

こちらではレイチェルとプリスが同型になってたりして、結末も映画とは全然別になってましたが、映画も好きだけど、こっちはこっちで色々と深いです。

あとは寂しさを表わす表現として「キップル」なんて造語?が使われてますが、その辺りもまた痛面白い。
「虚」に飲み込まれそうになる気持ちって私も分かりますし、そういうものから必死に逃げてるデッカードとかイジドアの姿を見てるとね・・・凄く痛々しいですわ。

関連記事
リドリー・スコット ブレードランナー
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発売日:1977-03-01

2009.01.29

青い鳥

原作:重松清
監督:中西健二
映画 日 08
☆☆☆☆

年始からの怒涛の仕事の忙しさも多少は緩和されてきた感があります。そろそろ映画館ペース戻せそうな雰囲気になってきました。観たかったやつ何本か逃しちゃって、歯がゆい思いです。

疲れも蓄積してて、寝ちゃうかなぁ?と若干の不安も抱えつつ、やっと今回で4本目。
でも眠気もふっとぶ良い作品に出合えて、とっても幸せ。こういう映画見ると、あ~映画って良いな、やめられないなって思います。

2学期、いじめられていた中学生が自殺未遂を起こし、学校全体が揺れた。
当事者は転校して行き、新学期を迎えた学校は気持ちを新たに再起をかけていたが、事件のおきた2年1組の担任は心労で休みをとり、臨時の教師の村内(阿部寛)が赴任してくる。

せせ、先生は、どど、どもります。
けけ、けれど、ほほ、本気で喋ります。

言葉がどもる吃音症の国語教師。生徒たちはざわめくが、さらに予想外の事がおこる。
「のの野口君の机を元に戻して下さい。」
転校していった野口君の机は既に教室になかったがそれを戻し、村内はおはようと声をかける。

いじめを引き起こした自分たちへの当てつけか?
クラスの生徒全員が原稿用紙5枚分もの反省文を書かされ、結果はどうあれ、もう終わった事のはずなのに・・・。日増しに先生への苛立ちは募る。

そんな中、生徒の一人園部真一(本郷泰多)は人知れず特別な思いを抱えていた・・・。
という感じのお話。予告が良い感じなのでそちらを是非

いわゆる「重たい話」です。
自殺まではいかなくとも、もしかしたらクラスに最低一つくらいは「いじめ」って今は必ずあるくらいのものじゃないでしょうか?
データ的な所はわからないですけど、社会問題として当たり前のテーマの一つかと思いますし、直接自分が関わる関わらないは別として、誰でも想像できる部類のものですよね。

私もいじめられっ子で登校拒否とかしてた事あるんですよ。
つってもそれは小学校の頃の話で、中学・高校なんかの陰険ないじめともまた違って、ただの弱い者いじめ的なものでしたので、変な恨みとかトラウマだとかそういうのは無いのですが、それでもやっぱりいじめられる側の方の気持ちで観てしまうっていうのはどうしてもあります。

今じゃただのアホ話ですけど、当時ホントに自殺しに行きましたから。
首吊るのとかは怖いし嫌だな、じゃあ電車に飛び込もうと思って、夜中に線路のとこまで行ったんですよ。でもローカル線で夜中に電車なんて走ってません。小学生の頭じゃそんな事まで思いつきませんでした(汗)

こちらの作品の中でも若い女の先生が、「人を教えるって、一体どうすればいいんでしょう?」みたいな事を言うシーンがあるのですが、私の時も当時は20そこそこくらいの若い女の先生でした。

小学生、中学生、高校生、学生の身分にとっては先生ってやっぱり「大人」にしか見えないじゃないですか。自分たちとは住んでる世界がそもそも違う生き物。
でも今になるとやっぱりわかるんですよね。20年30年しか生きてない輩に人生の何がわかるんだ?っていう。
もし私が40、50になったらやっぱりそれはそれで、その年代でもまだまだ若輩じゃないか?とか思うような気もしますし。

よく、いじめ問題を真剣に討論するような番組とかでも、いじめられる方も悪い。立ち向かわないから余計に相手が調子に乗るんだよっての、ありますよね?
確かにそれも一つの答えだとは思うんだけど、そういう事が出来ないからいじめられるわけであって、それをますます責めるのって、何かかわいそうだなって思う。

そこってさ~、大人は大人なんだよってのと同じでないですか?
できる人も居れば、できない人だって居るんだよ。大人は全員立派な人間ですか?出来ない人に対してどう教えるか?どう手助けしてあげるのか?
やれるだろ?やらなきゃダメなんだよって言われて出来るなら誰も苦労はしません。

と、毎度毎度話が暴走。
映画に話を戻すと、村内先生の事がPTAで問題になってる、みたいな部分は描くのですが、そこをどう対応したのかとかが一切描かれてないので、若干リアリティに欠ける感じがするのが残念。あくまでこれは「お話」かな、感はちょっと強い。

けれど、描かれる内容とか、問いかけるテーマとかは凄く良くて、その点では凄く面白い作品になってました。

いじめる方は冗談でやったつもりでも、いじめられた方はそう思ってないとか、そういうのを見て見ぬふりする他人。反省するって何だ?責任って何だ?

決して目新しい何かがあるわけでは無いんだけど、本郷泰多君(テニスの王子様とかやってた人らしい)の必死の表情と相まって、凄く話に引き込まれます。
あと、まきちゃんぐのテーマ曲も良いですし、映画としての練度はともかく、素直に見て良かったなと思える作品になってました。

そそ、世の中には色々な人が居るのです。
不格好でも何でもいいんだよ。相手が本気で何かをぶつけてくるなら、自分も本気で返してあげたいって思うじゃないですか。まずは正面からきちんと向き合う事、それって凄く大切な事ですよね。

そういう事を映画で確認できただけでも、私は凄く嬉しいです。

うん、映画っていいですね。

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大人は誰も、昔は子供だった。 星の王子さま
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090129_204901 大人は、みんな、十四歳だった。

2009.01.04

アートスクール・コンフィデンシャル

原題:ART SCHOOL CONFIDENTIAL
原作・脚本:ダニエル・クロウズ
監督:テリー・ツワイゴフ
映画 米 06
☆☆☆☆★
 
今年の映画始めはこちらでスタート。
ダン×ツワイゴフと「ゴーストワールド」のスタッフが手がけたブラックな学園青春コメディー・・・サスペンス?
 
期待してたんですが、日本ではビデオスルーになっちゃって、レンタル屋さんにも置いてなかったので、なかなか見れませんでした。
が、このたび廉価版が出たのでここぞとばかりに購入。
 
いや~、面白いです。
美術学校なんて高校時代に不遇な青春を送ったやつばっかなんだよ、みたいなセリフもありますが、アート学校なんてやっぱり変わった奴ばっか。いいですねぇ、私もこういうとこ行きたかった。
 
いじめられっこで絵を描くぐらいしか才能の無かったジェローム(マックス・ミンゲラ)。もちろん童貞。アートスクールに入学して、才能を咲かせたい所だったが、現実は厳しく・・・。
 
世の中なんてみんなクズばっかりだ。みんな死んでしまえ!
みたいな、ルサンチマン的感情が大爆発してます。いいな~、私はこういう映画大好き。
 
素人が適当に作っただけの陳腐な作品を、色々と理由をかこつけて素晴らしいアートだって言ってしまう芸術に対する皮肉。
 
「ゴーストワールド」でも同じような場面がありましたが、アートに対する愛情と、たっぷりの怨念を籠めて!な作品です。
 
とにかくアート学校の様子が凄い面白いです。
日本の美大とかも似たようなもんなんですかね?「ハチミツとクローバー」なんて作品もありましたけど、アートで食っていける奴なんて100人に1人。いや、実際の所はもっと少ないんじゃないでしょうか?
それでも勉強してる人っていっぱい居るんでしょうし、意外とデパートで小規模の個展とかってあったりしますよね。
 
特典のインタビューなんかでも言ってましたが、商業的価値観との兼ね合いが今の芸術では重要な要素。
でも名声やお金ってそんなに大事か?芸術家ってのはそれこそ10年に1度とかしかないけど、納得する芸術を生み出せた瞬間こそが何よりのかけがえない価値ってもんじゃないの?みたいな。
作中にも成功した人と、負け犬人生を送っている人の両方が出てくる。
 
そういえばちょっと前に「アキレスと亀」なんて作品もやってましたね。たけしの映画は興味無いので私はスルーしましたが。
 
デッサンモデル(ソフィア・マイルズ)に恋をしたジェローム君は、トップの成績をとれば、彼女が振り向いてくれるんじゃないか?と、自分の魂を売り渡し、超えてはならない一線を越える。
その結果、最後に待ち受けていたのは・・・と皮肉たっぷり。
 
そうそう、例によってまた違う話するけどさ、爆笑問題の太田光が社会問題とか色々熱く語りますよね?
それこそルサンチマン的感情からくる無差別殺人とかでさ、あの人いっつも「それは世間に自分の名前を残すとかで、自己表現の一つなんだろうけど、そんなの昔からよくあってオリジナリティなんて一つも無いし、すぐ忘れちゃうんだよ。だからそういうカッコ悪いことやめろよ」みたいな事言うの。
太田もそっち系の人間だからわかる部分はわかるけど、ああいうのって、その一瞬だけでもいいって思ってるんじゃないかなぁ?
別に後世まで名を残そうとかいうのじゃなくて、ほんの一瞬の刹那だけだと知った上で、それでも自分の存在を世間に知らしめたいとか、そういうのじゃないんですかね?少なくとも私はそう思う。
 
まあそんな話はともかく、「ゴーストワールド」好きな人は是非。
前作の縁からか、ノンクレジットでスティーブ・ブシェミも出てたりします。
 
関連記事
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ダニエル・クロウズ CARICATURE
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アートスクール・コンフィデンシャル [DVD] アートスクール・コンフィデンシャル [DVD]
価格:¥ 1,480(税込)
発売日:2008-12-19

2008.12.27

WALL・E ウォーリー

原題:WALL・E
監督:アンドリュー・スタントン
映画 米 08
☆☆

基本的にディズニーだのピクサーだのは興味無いので観ないのだが(ブラッド・バードのみ別腹)レトロSF風な世界観と、700年間孤独に生きてきたロボットって部分では面白そうだったので、一応観ておく事に。
う~~~~~~ん、こういうのは細かいこと突っ込んじゃいけないんだろうし、逆に突っ込むのが野暮なのはわかるけど、納得できない部分が多すぎて、正直見ていて乗りきれませんでした。

手塚の古いSFとか読んでても結構感じるんだけどさ~、あまりに適当な設定だと、これはどういう風になってんの?っていうのがどうしても頭によぎってしまって、微妙に楽しめない。
でも手塚なら悲劇とか多かったりするし、哀愁漂う物悲しさが後に引いたりしてその辺りは面白かったりするのよ。
でもこれはディズニーでありピクサーじゃないですか?結局は予定調和になっちゃうし、万人向けに作ってあるなと興ざめ。

こういうのを楽しめない自分は凄いカッコ悪いし情けないと思う。
デートムービーとかでさ~、ディズニー物とかって無難じゃないですか?私もデートでその手使った事ありますもの。でもさ、本心としては楽しんでないです。よくこんなので喜んでられるなって妙に冷めてる。うん、そんなんじゃ上手く行くはずもないわな。

700年の孤独に比べたら、たかだか30年の孤独なんて大したこと無いわな、と見る前は思ってたのですが、ウォーリー別に孤独じゃ無いじゃん。友達いるじゃねーか。・・・虫だけど。

こういう作品なんだしって言えばそれまでだけど、悲壮感が全然無い。もうその時点でダメでした。

ウォーリーの「ショートサーキット」みたいなレトロなデザインは面白いし、対するイーヴァ(イヴ)のテカテカでつるっとしてる今風のデザインも良い感じ。「アイロボット」のサニー(だっけ?)なんかにも通じるものがありますね。出てくるロボットの細かい仕草とか表情とか凄く良く出来てて、かわいいです。床磨きロボなんかは非常にあいらしい。

序盤の地球での話はまだ面白い。でも後半になると地球を離れて展開も変わる。そこからはもう、なんだかな~って感じでした。

あれだけのテクノロジーがあれば、体型を維持する技術なんて簡単にできるだろうし、植物うんぬんだって難しい事じゃないでしょ?いや、突っ込んじゃいけないのはわかるけど、普通に考えたらそうじゃん。

人間だってなんで地球に戻りたいのかわからん。あんな自堕落な生活を送ってる人が、なんでわざわざ過酷な環境で生きる事を選ぶのさ?突っ込んじゃいけないのはわかるけど、とてもそんな風に心変わりするものだとは思えませんでした。あんたら本当に地球に戻りたいとか思ってる?って。

管理社会うんぬんを描きたいわけではなく、もっと単純にただ機械に頼ってるだけじゃダメだよ、程度なんでしょうけど、それをCGで描いてしまうという矛盾。

って、この手の作品にこういう事は言っちゃいけないんだよな~って、観てる方が気を使ってしまう作品ってのはどうしても見ていて私は窮屈さを感じてしまってどうも居心地が悪い。
こういう作品なんだから、多少変な所は大目に見てね、っていうのがどうも。
その辺りもレトロSFらしいと言えばらしいのですが。

最初の短編アニメは素直に面白かったですし、エンドロールの演出も素敵です。絵的にも何も文句のつけどころがない。
でも肝心の中身がイマイチでした。やっぱり子供向けで単純な物って印象は拭えず・・・。

楽しめない自分に、サイテーだ・・・と、自己嫌悪もするが、つまんねーもんはつまんねーとしか言えませぬ(汗)

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ブラッド・バード レミーのおいしいレストラン
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081224_004601_2 それは、700年の孤独が生んだ≪奇跡≫――

2008.12.06

エンブレム オブ ガンダム

EMBLEM of GUNDAM
バンダイ/バンダイナムコゲームス
機種:DS 発売日:2008/05/01

クソゲーもいいとこ。
既存のファンや設定、解釈を完全に無視した電波仕様の俺ガンダム。
テキストがあまりにも電波過ぎて、読んでて非常~~~~にイラつきます。

あまり濃くないライトなファンならさほど気にならないのかもしれませんが、濃いガノタは完全にそっぽ向く解釈ばかりで痛たたたたたたた~な感じでした。

ゲームとしてはガンダムシミュ系としてこれまでにないタイプのゲームになってて、もう普通のはいいかげん毎度毎度やり飽きたって感じの人でも新鮮な感じで楽しめる結構斬新な作りにはなってます。

が、それが全くこなれてなくて、序盤は「詰めスパロボ」みたいに、数ある選択肢の中から正解の一手を選ばなければ容赦なくゲームオーバー。

が中盤くらいからは戦略なんか全く関係無く、エースクラス(アムロ、カミーユ、ジェリド、シロッコ)に戦力を集中させてテキトーに敵の中に突っ込ませるだけで敵全滅という凄まじく大味なバランス。
序盤の数面が一番の山場です。

これまでのガンゲーにない斬新なシステムを!っていう意気込みは買うけど、無茶苦茶なバランスと電波なテキストに辟易。やってて少しも面白くなくて、ただ苦痛なだけでした。

バトン選択ってシステムもただの罠。
私はアムロよりシャアの方が好きだし、シャアの話の方を見たいって理由だけで全部シャア側のバトンを選んでました。
そしたら敵のレベルだけが上がってこっちの戦力ではもうどうにもならなくなっちゃって完全に詰まりました(汗)

仕方ないので攻略本を確保して最初からやり直し。そしたらもう作業でしかないです。
うん、サイコーにつまんなかった。

パソ壊れて時間的に余裕があったので、後半もエゥーゴルートとティターンズルートの両方最後までやりましたけど、ただの暇潰し以上の価値は全く無かった。

ティターンズルートでT3部隊とか出てたらまだ楽しめたのに・・・。
ファースト、08、80、83、Zのみ。何故かユニットにフルアーマーガンダムと06Rがあったりはするけど、基本的に外伝系は一切無し。
それどころか0080はホントに顔見せのみで終了。こちらが関与できない所で勝手にクリスとバーニィが戦って、勝手に終わってました。なんだこれ?

「ギレンの野望」みたいな新しいシステム(あくまでガンゲー的に)でありつつ、奥深い面白さがってのには遠く及ばず。

早々に捨て値になってた理由がわかりましたわ・・・。

カリウスのフルネームがオットー・カリウスとかってのを知れたのが唯一の収穫かも。どこから出た設定でしょうか?
・・・限りなくどうでもいいな。

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エンブレム オブ ガンダム 特典 オフィシャルガイダンスブック付き エンブレム オブ ガンダム 特典 オフィシャルガイダンスブック付き
価格:¥ 5,040(税込)
発売日:2008-05-01

2008.11.03

赤い風船

原題:Le Ballon Rouge
監督・脚本:アルベール・ラモリス
映画 仏 56
☆☆☆

1956年カンヌパルムドール作品の短編映画。
同じく短編の53年「白い馬」とのセットでのデジタルリマスター上映。
取り立て興味があったわけではないけど、「伝説の映画」とか言われたら何と無くみておかなきゃって気にさせられたのと、短編ならそんなに気負う必要も無いかなと、とりあえず足を運ぶ。

たまたま電柱にひっかかっていた赤い風船を見つけたパスカル少年。それを助けて(?)あげたら、その風船は意思を持ったかのように自分についてくる不思議な風船だった。みたいなメルヘンでしょうか。

この風船が非常に不思議な動きをします。今の時代ならCGで簡単にできちゃうんだろうけど、この当時はそんなものあるはずもない。どうやって撮影したんだろう?と誰もが不思議に思うはず。

糸でもついてるんでしょうか?実はフワフワ浮かんでるのではなく、吊り下げてるとか?逆転の発想的な。う~ん、でもそんな単純なものでは無さそう。とっても不思議。

話としては捨て猫とか捨て犬を助けてあげたら勝手になついちゃって、みたいな感じだけど、それが風船ってだけで色々とイマジネーションが広がります。

すれ違った女の子が持ってた青い風船についてくシーンはまるでおしゃれなポストカードの1カットみたいな風情。

アートっぽくて、映画に芸術を見出す人には凄く魅力的な作品なんだろうな、みたいなのはわかります。
ただ、私が求める映画はこういうのではないけれど。児童文学とかも好きだけど、メルヘンを求めてるわけではないし。

まあ見て損はしないし、名作と言われるだけのものはあるかなとは思う。さて次は「白い馬」の方なのだが・・・

081101_184801 きっと、また会える。

2008.11.01

ICHI


原作:子母澤寛「座頭市物語」
監督:曽利文彦
映画 日 08
☆☆

「おくりびと」に続いて、こちらも庄内での撮影のご当地物です。
勝新やタケシで有名な「座頭市」を女主人公にしたアレンジ物。キャラクターこそ知ってますが、私は他の座頭市って全然見た事無いです。

別につまらなくは無いのですが、話のありとあらゆる所が、どっかで見た事あるパターンの積み重ねで、これといった目新しさは無い。

おそらく、座頭市を女にしたらそれだけで新鮮だし面白くなるんじゃね?みたいな企画なのかなぁと。あるいはアイドル映画みたいなもんでしょうか?

綾瀬はるか演じる心を閉ざした市、大沢たかお演じる、強いんだけど人は切れないトンマこと藤平十馬。互いに暗い過去を背負い、戦いの中でそれを乗り越えていく、みたいな路線。

変なラブストーリーとかにはなってない辺りはまだ好感持てますが、過去を背負ってどうこうっていうウィットなドラマになってる分、ストイックさを求めると少々厳しいかも。ハードな話のはずなのに、微妙に軽いというか。

敵役の中村獅童なんかは声の通りも良くて、流石は歌舞伎俳優らしい見栄を張った演技でわかりやすくて良いですし、窪塚は相変わらずチンピラピラしてて、とってもらしい感じはします。
でもそういうのって演技がどうのというよりも、俳優として中の人のイメージが強く出ちゃってるから、なんですよね。そんな面でもタレントが前面に出た企画物みたいな感覚は拭えず。

それはそれで悪くないんでしょうけど、私はどっちかつーと映画の中に入りたい人なので、イマイチこの世界に入りきれずに傍観者として終わった感が強いです。

関係無いけど逆手持ちってホントに流派とかあるんですかね?後に刺すとかならわかるけど、あれで人斬れるもんなのかな~って。力入んなそうだし。相手もリーチ生かして戦えばいいのに、わざわざ自分から斬られに突っ込んできてるようにしか見えなくて、ちょっと微妙でした。
あとこういった事がホントに昔は頻繁にあったのか知らんけど、簡単に人を殺す文化みたいなのがあって、そういうDNAを日本人は持ってるのかなとか思うと、昔から色々と考えてしまう部分でもあります。きっと暴走して殺人を犯す人なんかはこういうDNAが残ってるんだきっと。(ゲーム脳並みにトンデモ説!)

さて次のご当地物は「櫻の園」です。普通ならスルーしそうな作品ですが、山形県は寒河江市での撮影。どんな感じになってるでしょうか。

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庄内映画村撮影 スキヤキウエスタンジャンゴ
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081101_184701 愛が見えたら、きっと泣く。

2008.10.31

イントゥ・ザ・ワイルド

原題:INTO THE WILD
原作:ジョン・クラカワー「荒野へ」
監督・脚本:ショーン・ペン
映画 米 07
☆☆☆☆

裕福な家庭に育った優等生のクリス。
きみの青春はなぜアラスカの大地に消えたのか――。

とゆー事で「イントゥザワイルド」
クレジットカードをバッサリ切り捨て、手持ちのお札も燃やし、全てのしがらみも捨て無一文で旅に出る姿を予告で何度も見る度に、非常に心躍りました。

実際にこんな行動に出る勇気は無いですが、こういう姿には物凄い憧れを感じます。一度やってみたいな、という気持ちは凄くある。

大学をトップクラスの成績で卒業したクリス(エミール・ハーシュ)。だが家族にも内緒でとある計画を立てていた。
「人生は一体誰のものなんだ?」
全てを捨て、革靴の放浪者としてヒッチハイクの旅に出る。アレックスと名前を名乗り、各地を点々としながら目指すはアラスカの大地。

頭でっかちなのは予告でも知ってましたが、純粋に冒険者みたいな精神かと思ってたら、そうではなくて、そうするには理由がありました。両親の不和も彼の心に深く根付いていた様子。ありきたりな言葉で言えば、自分探し的な部分もあるし、逃避みたいな部分もあったのかなと。

孤独になる事を知りつつも、彼は「本」を友とした、っていう件はなんだかちょっとグッと来ましたし、ただのアクティブなアウトドア派ではなく、インテリタイプの人間だったのが結構ツボにハマります。

物質文明にサヨナラ。僕は真実を求めるっていう頭でっかちな感じが個人的にとってもグッド。感情移入しやすかったというか、自分のかわりに彼が旅をしてるみたいな感覚も持ちながら見てました。

私も子供の頃に、お金とか物なんて下らないものだって窓から投げ捨てた事とかありますから。今でもお金が絡むことに嫌悪感を感じたりする事もしばしありますし、なんかお金って嫌だなという感覚は凄くある。
いや、くれるもんなら貰いますけど(おい)

いくつかの地を転々とし、色々な人と出会う。でも生活するためにバイトしたりと、結局は必要最低限のお金ってのは必要なんだよな、みたいな部分もさり気なく描いてあるのが面白いです。
獲物を仕留めるのには銃を使ってたりしますし、廃棄されたバスに寝泊りするってのも、本当に自然の中に暮らしているわけじゃない感じがしますし、そんな徹底してるわけではない微妙な矛盾が逆に青くて良いというか・・・。サバイバルとかじゃなくて、あくまで青春映画として描いてある。

彼のような生き方は素晴らしい、みたいなものじゃなくて少々独りよがりな部分もあれば、自分勝手な生き方とも言えるよなってのをちゃんと残してある辺りはショーン・ペン流石です。
映画ってのをわかってる人の作品は安心して見れますね。ただの感動物みたいな安い作りには決してしていない。

バイク乗り回して他人に迷惑かけたりするような青春には全く興味も無ければ同意もしませんけど、こんな死に方をしてみたいって気持ちは私も凄くあります。ロックしてるな~こういうのカッコいいな~って思う。

家庭を持つ身だとか、何か責任のある立場ならともかく、一人身で自分が死んでも別に誰も困る人も居ないですし、する気になったら自分もこんな事できるんだよな、みたいな事を考えると、妙に高揚感が沸いてきます。
うん、実際は映画見てるだけで満足してるだけのつまんない人間ですけれど(汗)映画の魅力に「疑似体験」みたいなものもありますけど、まさに今回の作品は疑似体験としての満足度が高いです。

実際の人がモデルになってる話ですが、どう考えたってその人生の結末だけを使って、話そのものは想像の産物だろうなって思えてしまうのだけが少々難点か。

エディ・ヴェダー(パールジャム)の主題歌「Guaranteed」も良いですし、なかなかツボにハマる面白い作品になってました。

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エミール・ハーシュ スピードレーサー
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081030_195101_2 そして僕は歩いて行く
まだ見ぬ自分と出会うために

2008.10.02

アイアンマン

原題:IRON MAN
原作:MARVEL COMICS
監督・製作総指揮:ジョン・ファヴロー
映画 米 08
☆☆☆★

08年アメコミ映画まつりのトリを締めるのは鉄男ことアイアンマン。(日本ではヘルボーイ2は来年になっちゃいましたので)

アメコミでは割と珍しいタイプのメカメカしいヒーローです。

日本ではガンダムを始め、特撮物でもメタルヒーローとかメカっぽい奴は馴染みもあって人気ありますけど、アメコミではこういうのは少ない部類。アンドロイドとかでも普通の人型だったり(まあ鉄腕アトムだってそうですけど)する事が多い。それこそ「アヴェンジャーズ」のビジョンとか。

全く無い訳でもないのですが、日本程に多様性が無いので、デザインが洗練されにくい。つまり、たまにメカは出ても日本人的な感覚から言えば、凄くカッコ悪いんです。
が、ここ最近は日本の文化も流出されるようになって、若いアーティストなんかはそれらの影響も受けるようになってきてます。デンドロビウムを丸パクリしたアイアンマンとか、ちょっと洒落になって無いものもありますが、日本だって実はあまり知られてないだけでアメコミからパクってる物も何気にあったりするのでそこはお互い様。
とりあえず、そういう背景があって近年は日本人の目から見てもカッコ良いハイブリッドデザインってのが出始めている。

前フリが長くなっちゃいましたけど、今回の映画版アイアンマンのデザイン、メチャメチャカッコ良くないですか?一昔前のセンスだったら、鉄仮面にしかなってなかったであろうフェイスも、まるでメタルヒーローみたいなセンスで纏められてて、すげぇカッコ良い。
アメコミヒーローのデザインって文化の違い故に日本人から見るとちょっとダサイ感覚がどうしてもあるかと思うけど、事今回のアイアンマンに関してはこういったものに目が慣れている日本人にも受けるデザインになってるんじゃないかと。私はそこにえらい関心してしまいました。

ストーリーに関しては、オリジン(誕生)部分なんかは原作の状況を生かしつつ、現代風に上手くアレンジ。
アイアンマン初登場は1963年の「テイルズオブサスペンス」39号。実はこれ「マーヴルクロス」15号にも収録されてるので、日本語版でも読めたりします。
オリジナルはベトナム戦争時に新兵器の視察に訪れたトニー・スタークがゲリラに捕まり、密かにインセン博士と共にアイアンマンを開発して脱出する、って話なのですが、ベトナムという背景が映画ではアフガニスタンに置き換えられる。

単純に時代に合わせただけとも言えますが、ベトナム戦争と対テロ戦争という、二つのアメリカの暗部。時代は変わったけれども、本質的には何も変わっていないんじゃないかとも思わせるような設定の妙が光る、原作を知っていればわかる面白い部分です。

スタン・リーが「スパイダーマン」で提唱した「大いなる力には大いなる責任が伴う」ってのはマーヴル全体の作風にも影響を与えていて、今回も軍需産業の社長としてのトニー・スタークが平和としての兵器の有用性を信じていたものの、現実を知って自分のしてきた事の重さを知る、という話になる。

アイアンマンになって自分達が売ってきた兵器を排除する、といった一見正義の味方みたいな事をやるわけですが、その力であるアイアンマンそのものをベースにした量産型が開発されて、それが敵になってしまう。平和としての力が悪循環を生むっていうのをアイアンマンそのものが再び体現してしまう。
そんな矛盾をストーリーとして描いてあるのは何気に上手いです。

と言っても決して重たい映画にする事も無く、基本的には単純に「アイアンマンカッコいい!」な作品ですし、シルバーの試作型アーマーを見たトニーの友人の軍士官ローディが「こいつは次回のお楽しみだな」なんて言ったりと、ファン向けのネタもあったりあくまでエンタメムービーに徹してます。
原作では彼もアーマーを装着してウォーマシンとして戦うってポジションのキャラですので。

それでいて秘書のペッパーとはロマンスが成立しそうでしなかったり、場所をNYではなくLAにする等、他のヒーロー物との差別化なんかも意識してる様子が伺えます。
最後は社長自らがアイアンマンである事を明かしてしまうってのはちょっとビックリしてしまいました。原作じゃ正体を明かすのはずっと後の話なので。

難点を言えばイマイチ敵に魅力が感じられない事かな?バットマンにおけるジョーカー、X-MENならマグニートー、アメコミはヒーローだけでなく敵をいかに魅力のある存在にするかってのも重要な要素として昔からの定石になってますけど、「インクレディブル・ハルク」なんかと同じで、同種タイプの敵だとイマイチ盛り上がりに欠ける気が。

あともう一つ苦言。エンドロールの後にも映像がありますので、みたいな事をわざわざ字幕で入れんなよ。こちらとしては字幕も映画の一部、あくまでセリフとして見てるので、あの一言で配給会社の人なり翻訳家の人ってのが見えてきちゃって一気に興ざめ。現実に引き戻されちゃいました。

あんなのあくまで「おまけ」でしか無いんだし、そもそもスタッフロールで席立っちゃうような人が見たって意味なんか無いです。クレジット出たら席立つ人って映画の余韻を楽しむような人じゃないんだから、余計なお世話じゃないですかね?余韻を楽しむ派の私にとってはちょっと不快な一言でした。

本国では大ヒットとの事でしたが、どっちかつーと「インクレディブルハルク」の方がロマンスがある分広い層に受け入れられるんじゃないかって気がするのですがその辺はどうなんでしょう?ハルクは二度目って事で新鮮味が薄れちゃったからかな?思ったよりも無難な作りで、え?何故にこれが大ヒット?とちょっと疑問に思ったのでした。

あ、ちなみに「アイロンマン」って読むネタは禁句です。昔「スパイダーマン&アメイジングフレンズ」ってアニメがありましてですね、アイアンマンがゲスト出演した時、ホントにアイロンマンって訳されちゃってた現実があるので。
ついでにX-MEN連中が出たときは、ザビエル教授とか珍妙な訳になっちゃってました。そりゃまあハゲの宣教師みたいなもんですが(汗)

何はともあれ、この後に続く続編とアヴェンジャーズ楽しみです。

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081002_000501 装着せよ―強き自分

2008.09.29

ウォンテッド

原題:WANTED
原作:マーク・ミラー
監督:ティムール・ベクマンベトフ
映画 米 08
☆☆

スーパーヒーローでは無いものの、こちらもアメコミ原作物という事で一応見ておく事に。アンジーは好きじゃないのでこういうのは無料券で。
う~~~~ウォンテッ!(そんな世代じゃない)

ロシア版「マトリックス」とうたわれた「ナイトウォッチ」の監督さんなので、やはりこちらもそんな感じの奇抜なビジュアル重視のアクション物です。

ムカツク上司に友達とヤリまくってる彼女。うだつのあがらない日常にウンザリする毎日のウェスリー(ジェームズ・マカヴォイ)。そんな時、突然暗殺者に命を狙われるハメに。
銃撃戦から救ってくれた謎の美女フォックス(アンジェリーナ・ジョリー)は言う、あなたの父は偉大な暗殺者だった。あなたも特別な能力を受け継いでいる。つまらない日常と特別な世界のどちらを選ぶ?

最近元気な若手株、ジェームズ・マカヴォイさんがボコボコにされる様がなんとも可笑しい。まだ仕事を選べるほどじゃないよ、ただオファーが来た仕事をやってるだけで、アート系を好んでやってるわけでは無いってな話をしてましたが、アンジー姐さんさんがメジャーの洗礼ってこういうものよと言わんばかりに調子に乗ってる若僧をボコってるようにも思えて、痛いシーンなのにちょっと楽しかったです。

アンジー姐さん、慈善活動とかいっぱいやってますし、スーパーセレブの代表格みたいな人ですが、私の中ではどこまでもビッチ女です。動物虐待とかはもうやってないんでしょうか?こういう怖い役は妙にハマります。

「バットマン」ではいい人だったモーガン・フリーマンもこちらではアブナイ人だし、ビジュアルだけでなくキャラクターとかも色々な意味で作品全体がぶっ飛んだ感じのはっちゃけ作品。

主人公が訓練を積んで強くなっていく後半よりも、ボコボコにされる前半の方が面白かったです。毎度毎度ラザラス・ピット(違うか)で体力を回復するマカヴォイさんがおかしくって。

何百年もの歴史がある組織とか、ナイトウォッチもそんな感じでしたし、「ジャンパー」なんかにも通じるものが。中学生が考えたような坊くさい設定が満載。そういうの好きな人なら結構楽しめるかも?

私は元々アクション物とかあまり好きではないし、アメコミなんんかでもドラマ性を求める方なので、こういうのは微妙な感じですけど、ポップコーンムービーとしたらそれなりでしょうかね。

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080928_231401_2 "1を倒して、1000を救う"

2008.09.23

イースタン・プロミス

原題:EASTERN PROMISES
監督:デヴィッド・クローネンバーグ
映画 英・加 07
☆☆☆★

「ヒストリーオブバイオレンス」に続くクローネンバーグ&ヴィゴ・モーテンセン作品。

ロンドンに拠点を置くロシアンマフィア組織の一員のニコライ(ヴィゴ・モーテンセン)。病院で看護士をしているアンナ(ナオミ・ワッツ)。とある事件が住む世界の違う二人を出会わせる。

う~ん、テーマとかは「ヒストリー~」の方が良かったかも?
強面の割に結構いいひとだったりして、女がきっかけで暴力の世界から抜け出そうとする話なのかな?と途中までは思ってましたが、いいひとぶりにはそれなりの理由がありました。
寧ろ逆パターンで、芯の部分はいいひとなんだけど、しだいに暴力に染まっていくっていう話。

つーかヴィゴってあまり表情に起伏がある方じゃないし、常にひょうひょうとしてる感じなので、感情とかが凄い読みにくいです。その分何を考えてるかわからん怖さがあって、役としては完璧なレベルでしたけど。本人も非情~~~に気難しい人らしくて、今時珍しい素でハードボイルドを行く男。

「指輪物語」で世界中のヒーローになった後にフルチンで暴れる役を堂々とやれるプロ意識の高さは尊敬に値する。

プロ意識と言えばボスのドラ息子を演じるヴァンサン・カッセル。最高にバカっぽい役で魅力の欠片も無いクズみたいな奴でしたが、そのおつむの足りなさ具合を存分に演じていて、こちらも役者として凄いなと思う。
こういう情けない憎まれ役って俳優としてはあまり進んでやりたい役では無いんじゃないの?って思うけど、そういう役でもきちんとやりきるプロ根性みたいなものって素敵です。

マフィアみたいなものに対する憧れは皆無なので、「ヒストリー~」と比べると私としてはあまり魅力のある作品では無かったですけど、ヴィゴの佇まい、雰囲気だけでも十分なものはありました。

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080922_200701 ここでしか、生きられない。

2008.09.21

おくりびと

監督:滝田洋二郎
映画 日 08
☆☆☆☆★

ここの所続いてる山形は庄内ロケ作品です。
モントリオール国際映画賞グランプリに、アカデミー賞外国語映画部門の日本代表に選ばれるなど、快進撃が続いとります。

チェロの演奏家として楽団に参加していたものの、突然の解散で職を失った大悟(本木雅弘)は、妻(広末涼子)と共に実家の山形へ戻る。
新聞広告に出ていたNKエージェントという会社に足を運んでみると、それは納棺という仕事だった。わけもわからぬままに、半ば強引に社員にさせられてしまい、困惑する大悟だったが、しだいにその仕事に誇りを持つようになり・・・。

納棺師、遺体を綺麗にして棺に納める仕事です。実質労働時間は短いものの、お給料は高いようです。私の仕事先の方のご家族に、葬儀屋で働いてるかたが居て、少し話を聞いた事があるのですが、葬儀屋さんは決してお給料の良い仕事では無いそうです。夜中に突然呼び出されたりと大変さの割に合わない仕事かも?なんて事を言ってました。
イメージ的には葬儀というあまり喜ばしくは無い分野だけに、それなりの見返りはあるものなのかな?と思ってましたが、そうでも無いらしいんですね。で、今回の映画で納棺師という職業を初めて知って、なるほど、葬儀屋さんとはまた別でその先にこういったお仕事があるものなのかと。

私も割と一般には知られていない分野の仕事をしているのですが、知らないだけで世の中にはこういった色々な業種があるものなんでしょうね。・・・私は給料安いですけど。
「死体洗いのバイトは高い」みたいな都市伝説がありますけど、意外とこういった職業が元になってるのかも?

凄く意味のある仕事だと思うし、初めの内は戸惑いながらやるんだけど、しだいにその仕事に誇りや面白味(って言っていいのかわかんないけど)を感じていくっていうストーリーになってるんですけど、作中でも言われるように、世間的にはちょっと特別な職業として見られる部分はあるかと思います。

頭では必要なものだとわかっていても、常に遺体と接しているという事に対して、何かしらの畏れがあるというか。今の世の中は変にシステマチックな部分もあるので、くさい物には蓋をしろというか、嫌なものは見ないで済むような所もあるかと思うし、昔は昔で変な固定概念があったり、世間体や風評に簡単に振り回されてしまうような悪い意味での純朴さってのもあったかと思う。

でも、ある程度の年齢を重ねたり実際に隣人なりの死を経験する事でそういった変な誤解と言うのは自然に解かれていくものでしょうし、そういった所まできちんと描かれてあったのはとても良かったです。

「∀ガンダム」でも言ってたじゃないですか。「生きていれば血も流れるし汚れ物も出ます」って。死だって人の生活の営みの上で、当たり前にあるものです。決しておめでたい事では無いのかもしれないけれど、それを忌み嫌うのも何か違いますよね。
今回の映画の納棺師だって、何も彼らは人の嫌がる仕事を引き受けているわけじゃあない。「安らかな旅立ちのお手伝い」として誇りを持ってやっている。そこには後ろめたさなんて何一つ無い。

そういった職業の誇り、クラス物っていうのかな?カッコ良いものなら消防士を描いた「バックドラフト」なんかがそうだし、世間にはあまり良く思われていない仕事って意味でも似てる「やわらかい手」なんかの面白味にも通じるものがあるかとも思います。
序盤の「解散!」とかわざとらしい部分はどうかと思ったものの、観終わってみれば職業物の作品の面白さが存分に感じられる良い作品だったなと。

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080921_010901 キレイになって、
逝ってらっしゃい。

2008.09.18

雨ふり小僧

amefuri kozou
著:手塚治虫
集英社刊 集英社文庫 手塚治虫名作集2
☆☆☆

「ゴッドファーザーの息子」に続いて「雨ふり小僧」を読む。

雨ふり小僧
るんは風の中
モモンガのムサ
四谷快談
山太郎かえる
ミューズとドン

短編6本収録。今回はどれもしんみりしてしまうタイプの話で、なかなか良いです。

「モモンガのムサ」「山太郎かえる」「ミューズとドン」
と、収録作の半分は動物物。
代表作の一つ、「ジャングル大帝」なんかもそうなんだろうけど、動物達の視点から、人間の環境破壊とか横暴さを描くってのは割と書きやすいネタなのかもしれない。「BJ」なんかでもたまに動物を治療したりする話もありましたし。

あれ?そういえば手塚って特に好きな動物とかあったんですかね?昆虫好きなのは知ってるけど、動物のほうは私知らないな?今回はモモンガにクマに犬と様々ですけど、他の作品も含めて色々な動物を描いてますよね?

何にでも興味を持つ人でしたし、全般的にこういうのは知識として面白味を感じてたんだろうな~なんて想像はできるけど。

「雨ふり小僧」
水木に対抗でもしたんでしょうか?息子のマコちゃんも凄く妖怪好きだったらしい。
遠い日の約束を果たそうとする人間、それを待ちわびていた雨ふり小僧。まさしくしんみり。

「るんは風の中」
ネタ系だけどこちらもしんみり。
私自身は写真撮られたりするのは好きじゃないけど、その瞬間だけを封じ込める「写真」ってものに対して色々考えてみるとやっぱり面白いですよね。

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ゴッドファーザーの息子
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商品リンク

手塚治虫名作集 (2) (集英社文庫) 手塚治虫名作集 (2) (集英社文庫)
価格:¥ 590(税込)
発売日:1995-03

2008.09.15

アウェイ・フロム・ハー 君を想う

原題:Away From Her
原作:アリス・マンロー「クマが山を越えてきた」
監督:サラ・ポーリー
映画 カナダ 06
☆☆☆☆☆

「あなたになら言える秘密のこと」サラ・ポーリー初監督作。

熟年夫婦のグラント(ゴードン・ピンセント)とフィオーナ(ジュリー・クリスティ)。色々な障害を乗り越え、仲むつまじくやってきたが、妻のフィオーナは最近アルツハイマーが始まりボケ気味。突然に家を抜け出し、街を徘徊するなど段々と手に負えなくなる。二人で相談し、妻は一時養護施設へ入ることになるのだが、常に共に生活してきた夫は離れるのが不安でならなかった。しかし妻は段々と自分の事を忘れていき、施設の入居者のオーブリーと常に居るようになり・・・。

初監督の割に辺に気張りすぎる事も無く、取立て上手いというわけではないけど、秀逸なドラマになってました。

原作なり脚本が良かったのかもしれませんが、「妻が自分を忘れたというのは実は芝居で、若い頃に散々浮気をした自分への復讐なのではないか?」というB級サスペンスチックな部分を前面には押し出さず(宣伝じゃそういう売り方してるのが残念)その辺りの部分も、あくまで男として不安な感覚って所に押しとどめてるのが良いです。

原作読んでないので何とも言えませんが、もし原作がその辺りの比重が大きい話で、映画としてそこを小さくしてドラマ性を重視したってパターンだったとしたら、サラ・ポーリーグッジョブと褒めてあげたい。

死ぬ前に「悪くない人生だったな」と思うのは大概男であって、女はそうは思わない場合が多い、なんて部分は結構グサリと来る部分です。

男と女の感覚の違いってのが見事なくらいに上手く出てて、非常~~~~に面白かった。勿論、サラ・ポーリーは女ですけど、いかにもな女流監督の「女はこうなのよ」っていう、ややもすると自己満足にしか思えないような作品と違って、きちんと男の考え方や感覚に対する良い部分悪い部分が描かれてて、とっても良かったです。
完璧な作品って感じでは無いですけど、それでも満点あげちゃいます。

ああ、男ってやっぱりこうだよなっていう痛さと優しさを兼ね備えた作品でした。私は同姓として夫のグラントの方の視点で観てたってのもあるでしょうし、女性はやっぱり妻のフィオーナの方の視点で観ちゃうのかなとも思いますし、そういった面でも意見の違いなんかを夫婦なりカップルなりで話し合うのも面白いんじゃないかなと思う。

まさしくこれは「女は罪なリアリスト、男はズルいロマンチスト」ってやつですよ。例え嘘でも、例えその瞬間だけでも、あの最後はまさに男としてそうなるものです。

序盤の夫婦の関係がなんだかとっても羨ましく思えました。こんな人生の晩期を迎えられたら、何と幸せなことかと。その後の問題はまた別として、私はこういうのに憧れを感じます。

う~ん、でもどうなんでしょうね?人生の折り返し地点を過ぎたくらいから、人は色々と考え方も変わってくるなんて言いますけど、流石に私はその辺りの感覚はよくわかりません。(欝で死にたいとか嘆いてるのはまた別として)

もし私が彼の立場だったら、後先もう決して長いものではない、だったらこの辛さを絶えて彼女の為に生きてみようかとかやっぱり思うんじゃないかなって。でもまだ体はそれなりに動けるし、10年15年とかは普通に生きられそうだとか考えると、それもまた違う事も思うのかな~?とか、結構悩むものはあるのかも?

でもさ~、自分が犠牲になる事で彼女が幸せになれば、なんて思うのは結構男の都合だったりするわけで、女はそれを望んでるかって言うとそうでもなかったりしますよね?
けれどそんな誇り高く気高い意思もまた男のね、不器用な優しさかと思うのだが、それはどうなんでしょう。男と女は違う生き物だし、だからこそ理解しあえない部分ってのは必ずあるんだけど、そんな違いこそが時に魅力でもあるっていうのが私の感覚だけど、まあ私は女心なんてわかる人じゃないので。

少なくともこの作品には男の気持ちってのが上手く表現されているので、女性の方が男を理解したければこの映画を観ればきちんと描かれてるので確実に参考になりますよ、とは言えるのだけど。

バカみたいに思う人も居るかもしれないけど、愛に生きて愛に死ねって言われればそうするのが男ですから。恥ずかしいくらいのロマンチスト。多分、それを利用するのが賢い女ってものじゃないでしょうか。

熟年だからこその感覚、と言えばフランソワ・オゾンの「まぼろし」なんかにも通じる部分がありますし、男の情けなさと優しさって部分では「さよなら。いつかわかること」にも通じるものがあるように思いました。少なくとも「私の頭の中の消しゴム」みたいな陳腐なものじゃあないです。

介護やボケに纏わる問題、男と女の違い、歳食ってからどうやって生きるか、人の記憶って何だ?愛って何だ?幸せって何だ?人の強さと弱さ、とにかく色々な事が描かれてて、とっても良い作品でした。
ありがとう、サラ・ポーリー。私はこんな映画と出会うと何よりの幸せを感じます。映画って言うのはこうでないとね。

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フランソワ・オゾン まぼろし
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080904_191002 君を幸せにできるなら、
この孤独を受け入れよう

2008.08.07

インクレディブル・ハルク

原題:THE INCREDIBLE HULK
原作:MARVEL COMICS
監督:ルイ・レテリエ
映画 米 08
☆☆☆★

今年のアメコミヒーロー劇場開幕です。
本国では「アイアンマン」が先陣を切る形になってたのですが、こちらでは「ハルク」から公開。

「アイアンマン」は夏休みの激戦区からあえて外して隙間を狙った9月末に公開。確実なヒットを狙いたいからのようです。同ジャンルの「ダークナイト」は勿論、業界的にはジブリ映画があると公開時期をそこからズラしたがるので。

03年アン・リー版「ハルク」は無かったことにして、自社のマーベルスタジオから出直し。スタッフ、キャスト一新ながらも、オリジン(誕生)部分は描かず、ブルース・バナーの逃亡生活から始まるので、細かい設定の違いに目を瞑れば、続編とも無理矢理とらえられなくも無いです。

世間の評判は悪かったですけど、個人的にはアン・リー版嫌いじゃないし、ただのアクションではなく、ドラマ性を重視した所は評価してます。

そんな前例があるからか、こちらの「インクレディブルハルク」も当初は90分のポップコーンムービーにしろとの御達しがありました。が、主演のエドワード・ノートンが猛反発。脚本にまで手を出して、今の形にこぎつけたと。
無印ハルクよりはずっとテンポよくアクション重視で進みますが、ただそれだけでは深みが無くなると、きちんとその中にドラマ性も入れてあります。

ヒーロー物はその辺りのバランスが難しい所ですが、今回の作品は割と上手い具合にやってます。ヴィラン(悪役)のアボミネーションの描き方はイマイチくさかったですけど、ハルクに翻弄され、苦悩するブルースとベティの姿は勿論、モンスターであるハルクをヒーローとして描く展開に持っていったのは評価すべき所。

無印の方では戦わざるを得ない状況になってただけでしたが、今回は最初の方こそハルクにはなりたくない、なんとか治す方法を、と模索するも、最後にはその力を受け入れ、自らの意思でハルクへと変身する。そんな変化が描かれてたのに感心してしまいました。

単純な好みでは無印の方のキャストが好きですが、見終わってしまえばこちらはこちらで悪くは無かったかな、という印象。

美女と野獣だとか、優しき心を持ったモンスターの定番みたいなものですが、怪物が軍隊とか権力によりボコボコにされるのをただ見ているしかできない悲痛な気持ちってのが個人的にはツボです。例えベタでも、こういった悲劇のロマンス要素があるのと無いのとでは全然違いますから。無印の方でもそこはグッと来る部分でしたし。

以下は少々ネタバレ。
最後のシーンにあのヒゲ社長登場。
公開の順序は逆になっちゃいましたけど、予告もバッチリやってたのでわかる人はわかるでしょう。自社スタジオ製作に移行した事によって、「マーベルユニバース」そのものを描いてしまおうという魂胆のようです。

「スパイダーマン」「X-MEN」も原作では同じ世界の物語。顔を合わせたり、一緒に戦ったりする事もしばしば。けど映画の方ではそれぞれ違う会社が権利を持ってるので、大人の事情でそういった事は出来ない。それが今度は自社のスタジオでの製作なので、そういった事が可能になる。

「アイアンマン」と「インクレディブルハルク」をリンクさせ、次の「キャプテンアメリカ」を隔て「アヴェンジャーズ」へと繋げる構想の様子。「ウルヴァリン」も絡む可能性があるとか?
スタークエンタープライズ、超人兵士計画、特務機関シールドとニック・フューリーなんかの存在も示唆されてました。

映画は映画として一つの作品で完結するべきじゃないのぉ?一人一人のヒーローの重みが無くなってしまうようなそんなマンガの発想を安易に持ち出さなくても・・・と、一映画ファンとしては思わなくも無いですが、これはこれで映画界を揺さぶる斬新なビッグプロジェクトのような気もしますし、一アメコミファンとしては楽しみでもあります。

ああそうそう、今回はTVドラマ版「超人ハルク」を大いに意識してるようで、オープニングは勿論、印象的なテーマ曲も劇中で流してくれたりと、オタク監督では無い割に、結構マニア泣かせの部分もありました。

特に好きなキャラでもないですし、さほど期待してなかったってのもあってか、思ったよりも意外と良かったです。「アイアンマン」楽しみになってきました。

関連記事
アン・リー ハルク
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080806_215001 その「力」、ためらうな。

2008.06.01

ある日どこかで

原題:SOMEWHERE IN TIME
原作・脚本:リチャード・マシスン
監督:ヤノット・シュワルツ
映画 米 80
☆☆☆☆

「地球最後の男」を見て、あれ?リチャード・マシスンって「ある日どこかで」の人だよな?と気付く。元々こちらはクリストファー・リーブの出演作って事で知った作品なのですが、その後に色々調べてたら、割とカルト作品で隠れた名作として根強い人気があるって事を知った作品です。DVDも持ってる事ですし、地球最後の男のついでにこちらも久々に観ておくことに。

脚本家として初めての舞台を終えたパーティーの最中、リチャード・プライアー(クリストファー・リーブ)の前に突如見知らぬ老婦人が現れる。「カムバックトゥミー(帰ってきてね)」の一言と、金の懐中時計を残し、去っていった。
わけもわからぬまま、8年の時は過ぎ、リチャードはとあるホテルの資料館に飾られた一枚の写真をみつける。その美しさに心惹かれ、調べていく内に彼女は前の時代に活躍したエリーズ・マッケナ(ジェーン・シーモア)という舞台女優である事を知る。彼女への想いは日増しに募り、やがてリチャードは時を超える・・・。
とまあそんな感じのお話。

時代の違う彼女に会うために、なんと気合いと思い込みのみで、タイムマシーンとかそんな道具は一切使わず時空を超えてしまうという、一見はトンデモで荒唐無稽なお話でありながら、中身はこれ以上無いってくらいの、究極のロマンチックラブストーリー。こうして言葉で説明するとちょっとネタ話っぽく聞こえてしまうかもしれませんが、決して変なお話じゃありません。

正直な所、相当なロマンチストじゃなければ、変な話で終わっちゃう可能性も否定はしませんが、運命の出会いとかそんなんを信じている人なら気持ちはわかるはず。

ほんの一日二日の出会いに自分の人生の全てを捧げてしまうほどの恋。それって素敵じゃないですか?たった一瞬の笑顔が見たいが為に、延々と見えないところで苦労を重ねたりって、男なんかは特にわかるんじゃないかとも思うし。1ヶ月バイトして貯めたお金でプレゼントを贈って、喜んでくれるのはその瞬間だけかもしれないけど、それでもいいや、みたいな感覚。

何故リチャードがたった一枚の写真で恋に落ちてしまったのか?タイムパラドックスを利用したその答えもまたステキすぎです。

考えようによっては、ループして幾度も幾度も繰り返される二人の一瞬の恋を、あの時計だけが見守り続けるのでしょう。そんな意味でもあの時計は、二人を結び繋ぎとめる時を超える絆の役割を担っているのかもしれない。

それでもいつか、ここではないどこかで二人は再びめぐり合い、永遠を誓えるのだと私は信じたい。

ねぇ?「君のためなら死ねる!」とか本気で言えるのが男ってもんですよ。何があっても愛があれば大丈夫。私もそんな恋してみたいもんです(遠い目)

よくあるじゃないですか?アンケートで恋人なり結婚相手に求める物は?みたいなの。それの「経済力」とかいう回答。いや別にお金持ちとかそんなんじゃないんだよ、最低限普通の生活していくだけの経済力は無いと困るって言うような。あれって男から見たら最高に萎えます。お金なんか無くても愛があればそれでいいって言ってほしいのが男です。
実際問題働かないでプラプラしてるのはどうだろうとは思うけど、気持ち的にね、男ってほら、やっぱりロマンチストですから。

「スーパーマン」だけでなく、こんな素敵な作品も残してくれたクリストファー・リーブに哀悼を捧げます。

あ、ラフマニノフなんてのを教えてくれたのもまたこの作品でした。実は「スーパーガール」と同じ監督さんだったりするのはどうでも良い縁ですけれど(汗)

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リチャード・マシスン 地球最後の男
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2008.05.28

アフタースクール

監督・脚本:内田けんじ
映画 日 07
☆☆☆

「運命じゃない人」の衝撃再びか!?
・・・と、期待しすぎたのがまずかったか、悪くは無かったけど、流石に前作の面白さには及ばず。

そりゃあ完全にノーマークで前情報もさほど無し、何か賞とってるらしいけど、有名な人も出て無いし、なんとなく面白そうだからチェックしてみようかな?程度の感覚で唐突に出会った「運命じゃない人」の衝撃には及ぶべくも無く、それと比べてしまうのは流石に酷か。

母校の中学校で教師をしていた神野(大泉洋)の前にかつての同級生と名乗る人物が現れる。どうも親友の木村(堺雅人)の事を探してるらしい。強引につき合わされ、木村の身辺を洗っていると、意外な行動が見えてくる。その探偵は言う「人間なんて所詮はこんなもの。裏で何やってるかなんてわからないものだよ」と。だが、話は意外な方向に転がり・・・。とまあそんな感じのお話。

前作でもあったけど、ヤクザがどうこうって話は個人的には凄く萎えるネタ。偏見とか毛嫌いかもしれないけど、任侠物の映画とかは微塵も興味無いです。いや、別にこの作品は任侠物でも何でも無いんですけどね。

「運命じゃない人」で一番面白かったのは、周辺に居るその手の人達とは真逆に居る、能天気な天然おとぼけ主人公、宮田君の何とも言えない魅力でした。

今回の大泉洋演じる神野って主人公も、どちらかと言えば天然タイプではありましたが、先生でもあるし、話の最後にはちょっと大人らしさが入っちゃてたので、その点で微妙に乗り切れず。

アフタースクール=放課後って意味。ヤクザな人達とかは、ある意味で大人の世界だけど、(アダルトショップとかホテルが舞台になってるのもその隠喩かも?)自分勝手な生き方をしている人達って意味で、ある種の子供なのかも?なんて気がしなくも無いです。大人と子供の境界線ってどこだろうね?みたいな部分も作品全体に無きにしも有らず。

とは言え、小難しいテーマとやらが前面に出るわけじゃなし、後半になって話がひっくり返るエンタメ系の作品として楽しむべき作品。ありがちな「ラスト○○分の衝撃を見逃すな!」って程に露骨にネタ話に走るわけでもないので、その辺は邦画らしい微妙なさじ加減の作品かもしれない。

え~と、あとは何でしょう?うーん・・・何を言ってもやっぱり「運命じゃない人」の方が面白かったな~、としか言えない(汗)

世の中をわかったような気になって、勝手に斜に構えるのはカッコ悪いよ、みたいな部分は私にとってもちょっと痛い部分だったかな?
この映画じゃなく、ずっと昔にそんな感じの事をある人に言われた事があって、それはずっと私の中に残ってる言葉だったりするので、なんだか妙に印象に残った部分でした。

こちらでは「運命じゃない人」の再再上映もやりますし、
DVDとかでも良いので、見て無い方には是非そちらをオススメ。

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080527_235301 甘くみてるとダマされちゃいますよ

2008.05.13

アドバンス・オブ・Z ~ティターンズの旗のもとに~

A.O.Z ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
作画:みずきたつ
メディアワークス刊 DENGEKICOMICS 全4巻
☆☆☆★

コミック版AOZ完結。せっかくだからと最初の1巻から最後まで通して読みました。

キャラクターやドラマ描写はこっちの方が全然良いです。が、エピソードの区切りや設定関係はわかりにくいので、小説読んでからこちらに入らないとちょっと厳しい感じかな?

少ないページ数ながら、長期連載だったので、絵柄も1巻の頃と最後では結構変わっちゃってますね。メカ描写も幾分上手くなってるような?後半のメカはアシスタントが書いてるんじゃないかって気もするけど。

コミックオリジナルキャラだったヒルデがガブリエル・ゾラの所に居たり、小説じゃ途中退場したマキシム・グナーが最終決戦でマーフィー隊長と戦ったりと、きちんと話に収拾つけようって気持ちが伝わってきてそこは評価してあげたい。小説は投げちゃった感強かったし。

エリアルドの元同僚、そしてコンペイトウでティターンズの真実を彼から知らされたオードリー。小説には無いエピソード部分も上手く考えてあってなかなかに面白い。

そして最終決戦。廃棄命令を受けたTR-6ハイゼンスレイでエリアルドは叫ぶ
「ガンダムだ!!ティターンズの勝利を信じるものは続け!」
と凄まじい燃え展開。

あ、コミック版じゃハイゼンスレイはTR-1の最終型じゃなくて小説で言うTR-6ウーンドウォートEX形態がその名で呼ばれてる様子。

隊長とか艦長が危惧した通りに戦場を混乱させてどうすんだ?って感じはしなくもないですが、これはこれでもうひとつの未来、みたいなものとして悪くは無いかな。裁判でこの事証言されたらどうなったんだろうって気するけど。

エリアルドって、どうしても「少年」を主人公に置くしかないアニメシリーズと違って「青年」である事がちょっとした違いでもあり、面白味の部分でもあると思うんだけど、コミック版の最後の行動はちょっと少年っぽいかな、とも感じる。とりあえずは燃える展開ですし、プラマイゼロと納得しときましょうか。

全編通してエリアルドとカールの二人は葛藤や成長がきちんと描かれてますし、オードリーは最後の部分、マーフィー隊長は過去のエピソードとか見所も多い。マキシム・グナーの描き方も上手いと思うし、ガブリエル・ゾラはちょっと物足りないけど、ヒルダがらみの部分でいくらかは小説より読める要素は多くなってると思います。

ムック版のみの印象だと、何くだらない事やってんだか、と呆れたものでしたけど、小説単行本読んで、最後にこのコミック版で随分と救われた感じです。名作とか言うには抵抗ありますけど、それなりの形にはなったんじゃないかなと。私は好きです。

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今野敏 機動戦士Zガンダム外伝ティターンズの旗のもとにA.O.Z
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080513_191801 ADVANCE OF Z 4―ティターンズの旗のもとに (4) (電撃コミックス)
価格:¥ 630(税込)
発売日:2008-04

2008.05.03

大いなる陰謀

原題:LIONS for LAMBS
監督・制作・主演:ロバート・レッドフォード
映画 米 07
☆☆☆★

9.11以降のアメリカの対テロ戦争をテーマにした社会派ドラマ。

この作品を一言で言えば、「お前ら選挙行けよ、そして考えて投票しろよ」とロバート・レッドフォードが言ってるわけだな。

トム・クルーズとメリル・ストリープを引っ張り出してきてメジャー作品を装いながら、簡単に言えばそういう作品なのでしょう。完全にアメリカ国民に向けた映画(つーか選挙行こうよキャンペーン)っぽいので、わざわざ日本で公開するようなものでも無かった気はしますけど、なかなかに面白かったです。

トム演じる上院議員とメリル演じるジャーナリストの駆け引き。大学教授のレッドフォードと生徒の駆け引き。そして戦場で危機に陥る二人の若者と、3つのパートが微妙なリンクを重ねながら話は展開する。全然違う場所ながら、会話が重なっていたりと、脚本は上手いです。

そして何よりそれぞれのディベートが凄く面白かった。「トム君の政治家Q&Aコーナー!」とでも言わんばかりのこう言われればこう答えるっていうお手本みたいな回答がまた面白い。政治家、或いは対テロ戦争について皆が思っている事を突っ込んだ質問に対しても、それなりに説得力あったりして、なるほど言ってる事はわからなくもないかも?なんて思ってしまう面もあって、観てるこっちまで説得されてる気分でした。

そんな感じで皆が思っていることを一つ一つぶつけてくれるので、非常~~~にわかりやすいです。政治家に意見したい事をアンケートでもとって、一つ一つ吟味して考えたんじゃないかってくらいに。

痒い所に手が届く、丁寧なディベート番組を見てる感じでした。こういうのって日本じゃ作り難いタイプの映画だし、こういう作品が作られるアメリカってある意味羨ましいなと思います。

それぞれの立場、それぞれの人物に良い面悪い面があって、誰が正しくて誰が悪いってものではなかったと思いますし、戦場に行った学生二人もね、お国の為、なんて一見奇麗事を言ってますが、その裏にはちゃんと私欲があったりと、その辺の作りも上手いです。まあ状況的に可愛そうだなとは思いますが。

個人的には「犠牲者に報いるためには勝つまでやるしかないんだよ」って理屈が面白かったかな。それが良い悪いじゃなくって。そうだよな~、止めちゃったら死んだ人が無駄死にになる。そこは確かにそうなのかもしれない。な~んて思っちゃう面もあるけど、それって言葉のトリックなんですよね。

もし、その死んだ人が自分の犠牲を無駄にしないでくれって思ってても、それは勝つまでやってくれって思いなのか、自分の死を教訓にしてもう撤退すべきだって思うのかそんなのわかるわけがない。死んだ人は語る言葉を持たないですから。でもトム君は偉そうに堂々とそれを語る。

「大いなる陰謀」ってよりは「小賢しい陰謀」って感じです。
政治家が悪いって言うけれど、じゃあその政治家を選んだのは誰だよ?お前ら国民じゃないか!的な問答が好きなら楽しめるんじゃないかと。

さほど小難しい物も感じず、わかりやすくって飽きずに観れました。なかなかに面白かったです。

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080507_235601 何のために立ち上がり、何のために戦い、何のために生き、何のために死ぬのか――?

2008.04.16

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.6

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻

AOZムック最終巻6冊目。

ゼダンの門での最終決戦。母艦のイズミールも沈み、被弾したエリアルドはアスワンへ。遂に始動するコンペイトウの最終兵器ガンダムTR6ウーンドウォート。だが、アスワン艦長のペデルセンとマーフィー隊長から告げられた任務は意外なものだった・・・。

ははは、何でしょうこの「ぼくの考えた最強のガンダム 1年3組ふじおかけんき」みたいなものは。

もうメチャクチャすぎてついていけません。う~ん、ガンダムじゃなければ面白い発想だったかもしれませんが、なんかもうどうでも良さ気。ビグラング+オッゴに近いといえば近いのかも?

ペーパープランの山ばっか出されても正直困っちゃう。インレはもとより、TR1ヘイズルの最終仕様ハイゼンスレイも未登場。出てないものの設定を延々と語られても何とも言い様が無いな。

しかもさ~、何でハイゼンスレイなのよ?
ウーンドウォート将軍と死を運ぶインレの黒うさぎがティターンズの軍国主義の象徴なら、ヘイズルだけは正義を貫く象徴として、最後はガンダム・エルアライラーってネーミングにすりゃいいのに。元ネタのウォーターシップ的にはね。どっちにしろペーパープランなんてどうでもいいけどさ。

エリアルドもどうも葛藤とかが感じ難いし、最後まで誇りと信念の為に戦ってほしかったかな?これ以上被害を拡大させても仕方ないって、ちょっと突然に物分りがよくなりすぎて、ただ死に脅えるだけの描写は今まで作ってきたキャラクターが生きて無いような。

それはガンダムを討つガブリエル・ゾラもそう。戦えって言ってるのに、そういう任務だからで、じゃあ仕方ないこれでガンダムとは決別だって何かやっぱり違う・・・。

1年戦争から死人を一人も出していないイズミールの伝説のシュレーダー艦長もあっさり死亡。いいのかそれで。

これが秘匿されてきたTR6ウーンドウォートだ!なんて件でも、ファイバーIIユニットが艦内に収納できるとは思えないし、また艦にくっつけてきたんじゃないの?それで秘密だって言われても~頭隠して尻隠さずとはまさにこの事じゃないかと。

で、そのファイバーIIユニット、作例ではヘイズルアウスラのラストシューティング仕様とか書いてあるが、話を読むと、ただ闇雲に発射して外しただけじゃねーか(汗)それをラストシューティングとかカッコつけられても困ってしまうぞ。

リックディアスのガンダム顔も設定のみだし、フォトではアドバンスド・フライルーなのに本文中では一切触れずだったり、何かもうスタッフからしてちぐはぐ。あげくには「モノクロ画稿のメモ書きはサンライズ公式ではありません」などと書かれてしまう始末。

「センチネル」を目指したら、いつの間にか「タイラントソード」になっちゃいました~ってのがオチでしょうか?途中までは良かっただけに、なんとも残念な結末でしたとさ。

さて次は裁判編。きちんとそっちでドラマをフォローしてればいいけど・・・。

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ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~Vol.5
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ADVANCE OF Z Vol.6―ティターンズの旗のもとに (6) (電撃ムックシリーズ) ADVANCE OF Z Vol.6―ティターンズの旗のもとに (6) (電撃ムックシリーズ)
価格:¥ 882(税込)
発売日:2008-02

2008.04.14

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.5

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻
☆☆

AOZムック5冊目。

TR-5ファイバーの地球での活躍。
地上から大気圏外まで上昇、再突入で一気に強襲、Iフィールドに拡散メガ粒子砲と防御も完璧。更には2機の随伴機もその巨体に収納と、まさに戦術兵器クラス。

だがそのファイバーにも弱点が・・・自力での帰還不能!
作中でエリアルドも言ってるけど、まさにカミカゼアタック!なんじゃこのオチは(汗)ってビックリしてしまいました。ダンディライアンと同じく超高級の使い捨て兵器なのか・・・。

まあきちんと回収部隊の派遣まで計算すれば運用できなくもないんだろうけど。特殊な作戦用という事で。

そんなT3部隊の地上での活躍をよそに、一人宇宙に残って任務をこなすオードリー。こちらはGパーツフルドド投入で、ヘイズル・ラー形態。このフルドドが非常~~~にわかりにくい。フルドド単体での運用も可能で、ヘイズルとドッキングすればラー形態。ここまではわかる。マーク2とGディフェンサーみたいなもんだ。

が、フルドド2機でもドッキング可能。更にはヘイズルにも2機同時に合体。これが「ヘイズル・ラー第二形態」だ!ってのを本筋とさほど関係無い所でやられても・・・。しかもそれにブースター装備でクルーザーモードとか話に全く関係無くやってるし、もうわけわかめ。

宇宙に戻った3人に新たな任務が待ち受ける。エゥーゴのラビアンローズ級ドック艦ロサ・ギガンティア襲撃。

3機のみでは戦力が少なすぎるので、イズミールにもう一小隊が配属される事に。って、前はサラミス級だからMSは3機しか搭載できないとか言ってなかったっけ?(汗)何故か倍の6機搭載可能に。

前のエピソードからは時間空いてるので、ロゼットはコンペイトウかどっかに置いてきたんだろうけど、単純に続けて読む分には前回わざわざ回収したのにどこ行っちゃったのよ?と読んでて混乱する。

搭乗機もカールがアドバンスド・ヘイズルな上に撃墜されて、今度は脱出ポッド、プリムローズ仕様のヘイズル・アウスラヘ改修。

えーと、ここで一応整理しとこう。
ヘイズル1号機はヘイズル→ヘイズル改。
2号機の方がヘイズル予備機→ヘイズル2号機→アドバンスドヘイズル→ヘイズルアウスラ。でOK?ラーはあくまでフルドド装備形態であって、機体そのものの仕様では無い。こんな感じか。

でもって今度はTR-5フライルー。
ファイバーの素体ユニットで、ギャプランのT3仕様。オリジナルギャプランのシールドバインダーはあまりにも推力がありすぎて強化人間でなければ乗りこなせない。なのでヘイズル用シールドブースターに変更。・・・ってぇ!フライルーでも普通にシールドバインダーついてるじゃねーか!どーゆー事なのかさっぱりわかりません!

地上でも宇宙でもワープしたかのようにガブリエル・ゾラは出てくるわ、小説についてるフォト部分がちょっと中身と噛み合ってないわ、話に出てくるネモ・カノンの作例が無いくせに、話に出ないペーパープランばっかり作例出てるわで、全体的なディレクションというか、プロダクツというか、はっきり言っておかしすぎます。せっかく話が盛り上がってきた感があるのに、これはいかがなものかと。

さて次は最終巻。ますますカオス化が進み、えらいことに・・・。

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ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~Vol.4
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080410_224501 ADVANCE OF Z Vol.5―ティターンズの旗のもとに (5) (電撃ムックシリーズ)
価格:¥ 882(税込)
発売日:2007-02

2008.04.11

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.4

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻
☆☆★

AOZムック4冊目。

ハルツームでの任務を終え、エリアルドらT3部隊は再び宇宙へと戻っていた。マーフィー隊長と共に1年戦争を戦ったマキシム・グナーがエリアルドの前でティターンズを裏切り、エゥーゴへと。補給もままならなくなり、ジオン残党のガブリエル・ゾラも信念を貫くためにとエゥーゴに参加。そして時は宇宙世紀0087、「Z」の時代へと突入。

T3部隊もアレキサンドリア級アスワンからサラミス級イズミールへ転属。ティターンズVSエゥーゴの抗争が本格化する。

グナーがわざわざアスワンに来た意味無いような?ドラマ的には勿論エリアルドがそれを目撃するって事で盛り上がる所ではあるのだが。勿体ぶらずに30バンチ事件の真相を教えていけよ、とか、せっかくだからガルバルなんかじゃなくガンダム乗って出てった方が良かったんじゃないの?とか思わなくも無い。

でもってガブリエル・ゾラ。つーか同僚のカザック・ラーソンさんも生きてたのね。ドム乗りって事で、ドム、アッシマー、ディアスと乗り継ぐわけか。いや、アッシマーってモノアイスリットがドムっぽいってだけだけど。キハールにやられた因縁もあるからいいか。
「俺は連邦軍だったんだよ。友達がジオンに何人も殺された」「俺の親友たちが連邦軍に殺されなかったとでも思っているのか?」なんていうエゥーゴ兵士とのやりとりはなかなか。

転属になったT3部隊。イズミールは3機しかMS積めないから、持ってくならガンダム2機とカールのハイザックだな、とか言ってる次の話で何故かハイザックじゃなくて、一切の説明無くロゼットになってる辺りは謎。第一小隊にハイザック置いてけってでも言われたんだろうか?いや、ザクなんか嫌だって前に言ってたけど・・・。そもそも1度出てきたきりで、第一小隊なんて役割不明だが。

メカ的にはTR-5ファイバー登場。ヘイズル2号機はアドバンスド・ヘイズルへ。1号機はイカロスユニット装備。活躍は全部次巻持ち越しな上に、まだ登場すらしてないGパーツ・フルドドの設定まで載ってるのはいかがなものか。ドッキングしてヘイズル・ラーだ!とか言われても・・・。しかもゴチャゴチャしててどういう構造なのかさっぱりわからん。

話がやっと面白くなってきたと思ったら、今度は設定が複雑化しすぎてついていけん!これがアドバンスドクオリティ(汗)

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ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~Vol.3
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080410_224301 アドバンス・オブ・Z~ティターンズの旗のもとに~―電撃ホビーマガジンスペシャル (Vol.4) 電撃ムックシリーズ
価格:¥ 861(税込)
発売日:2006-01

2008.04.09

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.3

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻
☆★

AOZムック3冊目。
大気圏突入、舞台は宇宙から地球へ。キハール大気圏内仕様とTR-4ダンディライアン登場。ハルツーム基地での実験と、ここでもまたジオン残党との戦い。

連邦基地指令とエリアルドのやりとりが良いです。普通の連邦軍人から見れば、何を偉そうにってなるし、逆にティターンズから見れば、こっちは命を懸けて実戦をやってんだぞってそりゃなるわな。エリアルドの気持ちも凄くわかります。

でもここもコミック版の方が良かったり。コミックの方だとエリアルドだけでなくてカールの方も良いセリフあるので。(あとアスワン戻った後のオードリーとのやりとりも)

TR-3キハール
変形ロボなんざ見慣れてるから何とも思わないけど、作中設定上ではアッシマーって初の可変MSなんだよな。しかも正式採用機じゃなくて実験機って事だし、よくよく考えるとそんな不確定要素の大きいものに乗らなきゃならんって、結構不安なんじゃないかなって気がする。

そしてTR-4ダンディライアン。
こちらもこちらで相当なスーパーメカ。宇宙空間ではMAとしての運用可能、でもって単独での大気圏突入に、飛行能力もアリ。そこからさらにMS形態に変形可能で、設定上はサブフライトシステムとしての運用も可能な上に、カーゴスペースまであって、MSを一機収容可能。どんだけメカだよ?

絵のマジックってやつで、作例の立体物なんか見ると、どう考えたってヘイズルなんて収容できるとは思えんけど・・・。

とは言え、状況に応じて各パーツをパージしていくので設定上も変形メカとしてではなく形態移行って事らしいけど。リガズィのBWSみたいなもんか。使い捨て。まあこの辺はあくまで実験機って事で。

ところで「アムロ・レイの空中戦」が重宝されてるみたいだけど、その戦法って効果あるもんなんですかね?ファーストの時はMSがこんな動きをするのか!っていうサプライズがあったから効果的だったろうけど、基本的には自由落下で軌道をかえられるわけじゃないんだし、着地は当然ながら、空中でも落下速度計算して軌道上に弾バラまいとけば当たるんじゃないかって気がする。素人考えかもしれないけど。
よくあるじゃないですか?教科書通りの動きだな。確かに効果的だがそれゆえに動きを読みやすい。それが命取りだ!みたいな。

そんなこんなでまた次巻。

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ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~Vol.2
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080402_003801 アドバンス・オブ・Z~ティターンズの旗のもとに~―電撃ホビーマガジンスペシャル (Vol.3) (電撃ムックシリーズ)
価格:¥ 861(税込)
発売日:2005-01

2008.04.07

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.2

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻
☆★

AOZムック2冊目。
今回はヘイズル2号機だ!ジオン残党のライバル登場だ!シュトゥッツァーだ!ヘイズル大破だ!キハールだ!復活のヘイズル改だ!とまあそんな感じ。

主人公が遂にガンダムに搭乗。なのだが、その辺の浮かれ具合とか、覚悟がどうのはコミック版の方がしっかり描かれてるのでそちらの方が良いです。エリアルドだけでなくてカールの方の微妙な気持ちとかも描かれてますし。

そして作品として最期まで戦う事になる(一応)ライバル、ガブリエル・ゾラがきちんとした形で登場。話的にも見た目にも劣化ガトーでしかないのがちょっといかがなものかと。後にエゥーゴに参加するとは言え、この人のほかに純粋なエウゥーゴ側のライバルが居ても良かったような気が。

でもってヘイズル大破。危機にかけつけるオードリーって前にもあったじゃんか。この時点で同じような展開を繰り返しちゃうってどうよ?

TR-3キハール。Gジェネ魂だと武装がビームライフルのみで育てるのが非常にメンドくさかった思い出が。元ネタの「ウォーターシップダウン」ではビグウィグと共に非常に大きな役割だったりするのですが、こちらでは大した扱いでは無いのがちょっと悲しいぞ。

最後にヘイズル復活。この時点でのヘイズル改くらいなら特に問題は無いけど、サブアームユニットがつく事によって今後のフルドドとかも含めて、非常~~~に理解しにくくなってく。

そしてわかりにくいと言えば、この辺から作中には未登場のバリエーション機も増えてく。今回のに収録されてるので言えばEWACジムとか。
そもそも話の方が、ドラマうんぬんじゃなくって毎回新メカ(&設定&イラスト)を登場させるための話、程度にしかなってないのに、話にも出てないメカを乗せるって何か違うんじゃないかって気がする。ただでさえAOZが「ZのMSV」みたいなノリなのに、「ZのMSVのAOZのMSV」とかやりだすと、一体何が何やら。

このわけわかめカオス状態がゼータらしさだ!と言えばそうなのかもしれないけど。作ってる方はZよりも「センチネル」と「83」を意識してたりするのが混乱に拍車をかけたり。

一つ一つに脈略の無いティターンズ系MSを「TR-1~6」までで全てに関連を持たせる、という交通整理をやっているにもかかわらず、ますます混乱させてどーするよ?っていう。

そんなこんなでまた次巻。

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080402_003701

アドバンス・オブ・Z~ティターンズの旗のもとに~―電撃ホビーマガジンスペシャル (Vol.2) (電撃ムックシリーズ)
価格:¥ 861(税込)
発売日:2003-12

2008.03.27

ADVANCE OF Z ~ティターンズの旗のもとに~ Vol.1

ADVANCE OF Z THE FLAG OF TITANS
ストーリー:今野 敏
メディアワークス刊 電撃ホビーマガジンスペシャル
電撃ムックシリーズ 全6巻
☆★

「ウォーターシップダウン」も読み終えた事ですし、やっと完結したこちらの方を。

ホビー誌のフォトストーリーという、企画的な部分はあるんだろうけど、ドラマが無いのが何とも微妙。

コミック版の方はエリアルドとカールの初対面からして一悶着あったりするけど、こちらではそういう部分が全くと言っていいほど描かれて無いのが残念。

いや、コミックはコミックで単発で読むと非常に分かりにくいのが難なのだが・・・。こちらの方で設定なりを理解して、その上でコミック版を読むってのが一番良い形かも。

ティターンズに入隊しました。ヘイズルです!フルアーマーです!高機動モードです!ビグウィグです!
1巻の時点ではただもうそれだけ。ドラマもクソもあったもんじゃない。

設定とかはこの時点ではなかなか良いと思うんですけどね。(後々はTR-6とかもうトンデモ世界になっちゃうけど)若者が志を持って部隊に志願して、っていう。

そこで腐った上層部に失望してっていうパターンの方じゃなくて、T3部隊って最期まできちんと正しい理想を信じて戦ったっていう純粋な人達の話なので、決してそんな小難しい感じの話では無いですし。

30バンチ事件をあっさり流しちゃうのもそれはそれでちょっと物足りないけど仕方ないのかな?真相を知ってたら後にガルバルディで寝返った人みたいにならざるを得ないのか。ティターンズが正しい道だって素直に信じてるからこそ感情移入もしやすいというか。

設定的にはエリアルドが23歳、カールが24、オードリーが25、マーフィー隊長が30ってのが結構面白いかも。最期まで恋愛どうこうには行かないけど、主人公にとっては年上のヒロイン(?)で、隊長とオードリーってのももしかしてアリかなぁとか妄想できる辺りが。ん?隊長って結婚してましたっけか?その辺の設定って無かったっけな?流し読み程度しかして無いのでくわしくは不明。よく考えたらウサギ好きの隊長と、動物嫌いのオードリーって無理に決まってるけれど。

と、メカ設定が売りのAOZでそっち方向ばっか見てる自分。いつか「ギレンの野望」辺りで使える事を心待ちにしてます。隊長は1年戦争の時から出れるだろうしな。

とゆー辺りでまた次巻。

と、思ってたら単行本の広告、上下巻ですし本編のノベルパートもちゃんと収録されてるっぽい?最初のアナウンスだと「裁判編」って事だったので、てっきり裁判パートのみの収録かと思ってました。まあいいや、とりあえずまずはこのままムックを読みきる予定。

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ウォーターシップダウンのうさぎたち
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080327_184101 アドバンス・オブ・Z~ティターンズの旗のもとに~―電撃ホビーマガジンスペシャル (Vol.1) (電撃ムックシリーズ)
価格:¥ 830(税込)
発売日:2003-05

2008.03.11

ウォーターシップダウンのうさぎたち

原題:Watership Down
原作:リチャード・アダムス
制作・監督・脚本:マーティン・ローゼン
映画 英 79
☆☆

原作が思いっきりドツボにハマリ、その勢いのままDVD注文しちゃいました。
割と近年に作られたTVシリーズもあるみたいですけど、そっちはDVD化してないみたいですし、子供向けにアレンジされちゃってるとか?ちょっと不安ではあるけど、そっちはそっちで見てみたい気はする。

で、こちらの方は79年に作られたアニメ映画。原作に忠実で、評判もそれなりに良いみたいなので、なら大丈夫だろうとDVD購入に到ったのですが、(レンタルとかも置いてなかったし)忠実は忠実だけど、う~ん・・・。原作の簡略化版って感じでしょうか?ちょっと物足りなさも。

話の筋は基本的に同じですし、11人+αも居れば、流石に全員を上手く生かすのは難しいってのはわかります。そもそも原作でも空気の奴居たしな。エイコンとか・・・。そこを考えた上でも、もうちょっと何とかなんなかったものかと。

個人的なお気に入りキャラのブラックベリとピプキンがあんまし目立ってないのが悲しいぞ。語りが無いのでダンディライアン(ダンデリオン)も自然と出番が限られてくるし。

ビグウィグが罠にかかった時、カウスリップの村とかも簡略化されてるし、船でウーンドウォート将軍の前から消える時とか、倒れたファイバーに付き添おうとして「ダメだ、皆が必要なんだ!」って言われるシーンとか、最後のファイバーの言葉とか、原作で好きだった場面があっさりしてたり、そもそも無かったりとか、少々残念。

CGアニメでリメイクしてくれませんかね~?
監督は「ミス・ポター」のクリス・ヌーナンとか「レミーのおいしいレストラン」のブラッド・バード辺りで是非やってほしいぞ。
あ、でもディズニーブランドはやめてね。ヌルイ子供向けにされては価値が下がっちゃうし。

自然の残酷な部分とかあってこその作品だと思うので。の割に、最後全員生き残って良かった!なんて言ってる私はちょっと矛盾してるけど。

こちらではサンドルフォード脱出組の中でも映画キャラのバイオレットとかってのが途中で鷹に殺され犠牲になっちゃってました。多分女声の奴ですよね?整合性を考えて、雌兎も一匹だけとはいえちゃんと脱出してたけど犠牲になっちゃったって感じですかね?

サンドルフォードの村が人間に荒らされるとことか、血みどろの戦いとか、残酷描写はちょっとキツめで怖かった。あとウーンドウォート将軍の見た目も。

逆に良かった部分は、やっぱりビグウィグの「俺のボスがここを守れと言った」ってとこでしょうか。ビグウィグ、お前男だ!キハール(キーハー)との特別な友情みたいな所があんまり描写されてなかったのは残念ですけれど。

でもキハールって意外とスマートだな。カモメなのはそうでしょうけど、「AOZ」でのアッシマーのイメージがあったので、個人的にはもうちょっとおデブな感じの想像してました。ペリカンっぽい姿を思い浮かべてたかも。今回は吹き替え版で見たので、おひょいさんが声やってていい味は出してましたが。

因みにヘイズル(ヘイゼル?ヘーゼル?)の声は古川登志夫。日本語版主題歌を井上陽水が歌ってたりもするんですね。(ブライト・アイズって曲です)

誰かハリウッドにこの作品のファンは居ないものか。やっぱりリメイクで観たいぞ。それでまた日本語吹き替えはテキトーな芸能人とか使うパターン。そんなんでもいいから是非。

冒頭のエル・アライラーの話とか、下手に必要以上に擬人化したりせずに、あくまでうさぎとして描いてあったりと、良い部分もあるだけに、なんか惜しいです。

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リチャード・アダムズ ウォータシップ・ダウンのうさぎたち 下
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ウォーターシップダウンのうさぎたち コレクターズ・エディション ウォーターシップダウンのうさぎたち コレクターズ・エディション
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2006-07-21

2008.03.01

いつか眠りにつく前に

原題:EVENING
原作:スーザン・マイノット
監督:ラホス・コルタイ
映画 米 07
☆☆☆★

あなたが最期に呼ぶのは、誰の名前ですか?
死の床にある母が語った物語は、娘たちが知らない40年前の愛の記憶――。

人が、安心して眠るためには!とゆー事で、アカデミー女優陣が送るアンサンブル、「いつか眠りにつく前に」を観てきました。

自らの死期も近づき、人生の終焉を迎えようとする時、人は何を思うのか?二人の娘に看取られ、決して不幸せな人生では無かったけれど、愛し合っていながらも決して結ばれる事はなかった遠い思い出のあの人が脳裏に過ぎる。

あの時、もし違う道を選んでいたら?みたいな感覚ってきっと誰にでもあるものと思う。リグレット、後悔という言葉はあまり良いイメージではないけれど、人生の終わりにという時にはなんとなくそれも許せるというか、わかる気がします。
20代30代とかで人生を振り返って、なんて場合とはわけが違うでしょう。70とか80まで生きれば、残りの自分の人生がそう長いものでは無いと感じるらしいですし。

女は度胸というか、基本的に女性ってのはここぞという時には開き直るものなので、こういう後悔うんぬんってのは、それこそ10代20代くらいの若いときとか、まさしく人生の晩期のどちらかしかないって気がします。中年のおばちゃんとかには多分こういう感覚はあまり無いはず。(って断定しちゃうのもどうかとは思うが)

そんな中年の次女役、トニ・コレット。「インハーシューズ」とか「リトルミスサンシャイン」とか最近は当たり役も多くて、個人的にも割と好きな役者さんなのですが、今回はちょっとばかり微妙な役どころでした。割とふらふら生きてきた人らしくて、仕事も恋愛も長続きしない。設定年齢はよくわかりませんが、結構良いお歳になってから、妊娠、今の彼と結婚して上手くやっていけるか否か、マタニティブルーというか、ブライダルブルー(?)とでも言うか、不安になっちゃってる役。決して演技は悪く無いけれど、この役はもうちょっと若い人の方が良かったかも?親子の物語なので、それなりの年齢になっちゃうんでしょうけど。

母と娘の関係って、きっと父と息子の関係とはまた違うのでしょう。マザコンうんぬんとかじゃなくとも、母親ってのはやはり子供にとってはいつまでも特別な存在かと思いますし。

私は父親が居ないのでわからない部分もあるのかもしれませんが、娘にとって母親って存在は、半分友達みたいな感覚もあれば、どこまでいっても人生のお手本というか、良き先輩みたいなもんですよね?迷った時に背中をポンと一押してくれる特別な存在、的な。

長女の方は家庭を築き、自らも母になってしまっているから、母親って存在の捉え方が次女とはまたちょっと違う。その辺の差なんかは何気に面白い部分かもしれません。

ただ、お母さんの若いころのお話の恋愛描写が、ちょっと突飛かなという感じもしました。恋ってそういうものでしょ?と言われてしまえば返す言葉も無いけれど。
彼氏が居るのにビビっと来たからと別の男に走ったり、好きでも無いのに結婚うんぬんとかって、ちょっとどうだろう?みたいな感じがしてしまいました。

お話がそもそも女性向けの話ですし、女は多分そういうのってあまり気にしないものかと思うので、特にどうこう言うつもりもありませんが、男が楽しむのには不向きな作品かも?女ってこうだよな、なんて部分では勉強になるかもしれませんし、そういう感覚で見る分にはそれなりに面白かったですけれど。

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トニ・コレット インハーシューズ
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原作

いつか眠りにつく前に いつか眠りにつく前に
価格:¥ 1,890(税込)
発売日:2008-02-21

2008.02.29

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち 下

原題:WATERSHIP DOWN
著:リチャード・アダムズ
訳:神宮輝夫
評論社刊 評論社文庫 全2巻
☆☆☆☆☆☆

あぁぁ~ヤバイ、面白すぎる!
読み始めたらもう止まらなくなっちゃって1日で読みきってしまった。340ページ、4時間くらいでしょうか?思いっきりハマりました。読みきってしまうのが勿体無いと思いつつ、面白いやら先が気になるやらで、もうすっかり虜です。

単身エフラファ村に潜入したビグウィグ。もうヒヤヒヤものです。頭を使う任務なら、普通ここは知恵者ブラックベリの出番かと思うのですが、何故か力自慢のビグウィグ。ウーンドウォート将軍に不満を持つハイゼンスレイと接触し、計画を企てるも、そう簡単に事は運ばない。晒し者にされていたブラッカバーをどうしても救いたいというビグウィグの優しさもまた良いです。切羽詰った状況ながら遂に計画は実行される。そして単身襲い掛かるキハール。予定通りには行かなかった中で、仲間達はきちんと待っててくれるのか?

ウーンドウォート将軍自ら追撃し、ウォーターシップダウンのうさぎたちと対峙する。将軍が追い詰めたと思った瞬間、うさぎたちは雨の中に消えた。

その前の「ダンディライアンがいない。いないのは彼だけだ」「おいて行かなくちゃなるまい。みっともない話だが、やつらは今にもかかってくる。くいとめられない」苦渋の決断に迫られるヘイズルとかも、何ともハラハラさせてくれます。

そして第4部、かつてない屈辱を味わされたウーンドウォート将軍が遂にウォーターシップダウンに大軍勢をつれて攻め込んでくる。逃げるわけにはいかないと、不利を承知で迎え撃つヘイズルたち。最大の危機を乗り越えられるのか?
はたして彼らに味方するのはエル=アライラーか、インレの黒うさぎか。

ヘイズル=ラー自らが将軍と対峙し、共にメリットのある協定案を持ちかける、ウーンドウォートもまたそれが正しき道と知りながら、自らの生き方を通す。そして始まる攻防戦。ここでもまたビグウィグが自らの命をかけて将軍を食い止める。そして、策を講じたヘイズル、ブラックベリ、ダンディライアンは走る。

「王がフルドドに乗って現れる」みたいな予言が出てたので、まさかヘイズルが車とか建設機械でも乗りこなしちゃうようなトンデモ展開になっちゃうのか?とちょっと心配になっちゃいましたけど、流石にそんな話にはならなくて一安心。きちんとうさぎなりの知恵の絞り方で面白かった。複線もはってありましたしね。

野うさぎにとって人間は敵以外の何物でも無いし、うさぎ視点では悪のように描かれてましたが、人間の全てが悪しき者ではないんだよ、と示唆してくれたのは何か嬉しい。
エフラファとウォーターシップダウン、同属で戦わなければならない悲しい現実。軍国主義でトップが独裁政権を貫いた国と、適材適所で皆がそれぞれ個性を発揮し、個を認めた国。

ウーンドウォート将軍は、自らに劣らぬ屈強な力を発揮したビグウィグの上にさらに長が居る事を知ってたじろぐ。こいつよりも強い奴が居るのか?と。けれどウォーターシップダウンにはビグウィグ以上の強さを持つ者など居はしない。ヘイズル=ラーが長たる理由が決して力の強さなどでは無い事を将軍は知る由も無いのだろう。
ファイバーは言う。「心からきみを気の毒に思うよ。しかし、ぼくらを非難はできない。きみらは、ぼくらを殺そうと思ってやってきたのだから」

そして戦いは終わり、時は流れる。
伝承として語り継がれる中で、キハールとかウーンドウォートまで伝説化してるのがなんとも面白いです。
現実でもうさぎを見る目が変わっちゃいますね、彼らはきっとエル=アライラーの加護の元に生きてるんだろうな~って。そしてそのアウスラにはきっとヘイズル達も居るのでしょう。

うん、凄い面白かった。ヌルいと思われようが、ウォーターシップダウン側のうさぎたちに一人も犠牲が出なかったのがとってもうれしい(脇役陣で退場しちゃったのはともかく)。

にしてもビグウィグ、獅子奮迅の活躍。作中でも言ってたけど、ビグィグだけでウーンドウォート倒したようなもんだし。勿論、仲間が居たからこそ戦えたんだろうけど。

子供がこれ読んだら、間違いなく一番好きなキャラはビグウィグになるんじゃないかと。大人が読めばきちんと他のうさぎたちも魅力がわかると思いますけど。

で、私が手に入れたのは昭和56年の第3版なんですが(初版は55年。原書だと1972年刊行だそうで)「厚生省中央児童福祉審議会 特別推薦図書」って書いてあります。英国でも二大児童文学賞であるカーネギー賞、ガーディアン賞ってのとってるんですね。日本だとマイナーな部類だそうですが、世界的にはとっても有名な作品だそう。
えらい由緒正しい作品だったんですね。正直私はそれがどれほどの価値、権威なのかはわかりませんけれど、確かに賞賛するに値する作品だなと感じました。すげーわこれ。

私の心の本棚の「自分にとって特別な作品」の項目に入れとこうかと。また大切な一冊に出会えてとっても幸せです。

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2008.02.27

ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち 上

原題:WATERSHIP DOWN
著:リチャード・アダムズ
評論社刊 評論社文庫 全2巻
☆☆☆☆★

サンドルフォードの村で暮らすうさぎたちは平穏な日々を送っていた。そんな折、霊感的な予言能力を持つファイバーは良からぬ気配を感じ、親友のヘイズルと共に、長うさぎのスリアラーに進言するも、長は話を信じず、軽くあしらわれてしまう。ファイバーを信用しているヘイズルは、仲間を集めて村を出る決意をする。かくして11匹のうさぎたちの新天地を求める旅が始まった。

通称、青Zこと「アドバンスオブZ」も完結。刊行済みの本編ムック6冊に、裁判編も3月だかに出るようなので、そちらをきちんと読む前にまずは元ネタとなっているこちらの方を。

子供向けって感じでも無いですが、一応は児童文学ってカテゴライズされてるんでしょうか?普通に海外文学でいいのかも。うさぎたちの冒険譚物語。

動物物とか好きですし、えらいツボにハマりました。最後まで読んでみないとわかりませんけど、上巻の時点ではえらい面白い。つーか絶対AOZよりこっちの方が面白い。

野生のうさぎってこんな暮らししてるんだな、なんて部分に想像力を働かせてみるのも良いですし、新しい世界を求めて、衝突しながらも危機を乗り越えていく姿には自然と感情を揺り動かされます。

ビグウィグが罠にかかった時なんか、「死ぬな!」ってこっちまで必死に祈ってましたし。ヘイズルの統率力、ブラックベリの機転、そして一番小さく力も無いピプキン(フラオ=ルー)までもが必死になって仲間の為に頑張る姿はグッと来ました。

11人+αも居ると、流石に皆がってわけにもいかないけど、きちんとそれぞれにキャラが立ってるのが良いです。しかも長所だけでなく、短所もあったりするので、そこがまた単純ではない魅力になってます。

カウスリップの村のとこなんか、流石にファイバーうぜぇ~!とか思うものの、村の秘密が明かされた後には、色々考えちゃいましたし。う~ん、真実から目を背けてとりあえずの平穏を望むのが果たして良い事なのか悪い事なのか。恐ろしい・・・。

ウォーターシップダウンに新たな巣をこさえ、とりあえずは安定した生活が望めるかと思ったものの、群れにはめすが一匹も居ないという重大な問題に直面する。

助力を請いにエフラファ村に向かったホリーら4人だがウーンドウォート将軍に手ひどい目にあわされる。一方、ヘイズルもまた街へ行き、飼いうさぎと接触するも人間に見つかり散弾銃で撃たれ、瀕死の重症をおい、死の狭間を彷徨う。なんとも重苦しい状況のまま上巻終了。

ヘイズル、ファイバー、ピプキンがお気に入り。身体の小さい二人に連れ添うリーダーのヘイズルって図式がなんか良いです。ビグウィグみたいに普段から強がってるよりも、普段は引っ込み思案で弱々しいけど、時として勇気をみせる、みたいな方がやっぱり好きなので。
いや、ビグウィグとかホリー、シルバーもそうだっけか?元は上士(アウスラ)だったけど、特に立場を振りかざすわけでもなく、きちんと分別のある態度を示すってのも、そっちはそっちで気持ちよいな。
ストローベリーみたいに、必死になって自分を仲間と認めてもらおうと心の内に秘めてたりするのもまた良いですし、結局皆好きだったり。

あれだな、シミュRPGとかやってて、このキャラ育てたいな、いや、こいつも捨てがたい、いやいやバランスも考えてやっぱりコイツも・・・みたいな感覚かもしれません。
お調子者タイプはあんまり好きじゃないからブルーベルは外すか、みたいな(ひでぇ)

最初は「AOZ」の元ネタだから読んでおくかな?程度だったのがすっかりこちらに魅了されちゃいました。何はともあれ下巻読むのが楽しみです。

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ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち (上) (評論社文庫) ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち (上) (評論社文庫)
価格:¥ 735(税込)
発売日:1980-06

2008.02.23

SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その5)

SDGUNDAM GGENERATION SPIRITS
バンダイナムコゲームス/トムクリエイト
機種:PS2 発売日:07.11.29
☆☆☆

戦局は遂に終わりの時を迎えようとしていた。
ガンダムという名に囚われた一人の男が見た真実とは?

■F90
なんかもうどうでもいいガンダム。でも歴史的に見るとF90って機体は状況によって武装を変えて全く別の特性を持たせるという、ストライクやらインパルスやらのご先祖様みたいなもんだったりするんだよな。

A~Zまで全てのアルファベットの武装があるとかいうふざけた設定は結局全て補完される事無く今に到るという放置っぷりだけど。

でも最近は完全新規の機体よりも過去設定をリファインってのが結構あるのでそのうち新装備なんかも設定されたりするのでしょう。

■シルエットフォーミュラ
簡略化してるのもあるんだろうけど、こんなに破状した話でしたっけか?なんかメチャクチャな話だなぁとか思ってしまった。

トキオ役の中原茂とか、ケビンやらレイラやらは良い感じの演技してて好きですが。
F90の方はシドがどうも声のイメージ合って無い。ナヴィの水谷優子は流石。

シルエットやらネオガンって機体もイマイチ魅力が無いのでなんかどうでも良い感じです。昔はF90系もそうだったけど色々と多数の作品に跨って登場することで、最近は多少の思い入れも出てきました。いずれはこの辺もそう思える時が来るのでしょうか?

■閃光のハサウェイ
ベースとなるものが小説以外一切無いので、非常にセリフが富野だ。けどそれが魅力かつうと何か逆に違和感を感じてしまう。

特にギギがイマイチかなぁ?ハサ、ケネス、レーン辺りはまだ良い方なのですが・・・。何か声もギャルゲくさいし。

丁度「破嵐万丈」読んでるのもあって、万丈とかなら何と無く富野が考えてるのはこういう事なんだって思えるけど、こちらだと変な違和感があります。

立木文彦がケネスやってんですが、抑えた演技がなかなか。格闘技番組の煽りとか、レット隊みたいなのと違ってこれはこれで魅力的に思えます。

鈴置さんの声が無いのもまた悲しい。ミライ役の白石さんが、そういえばブライトとミライが結婚してから一緒に居るシーンって無いのよね、みたいな事言ってて、鈴置さん生きてたら、間接的にでも二人のシーンが演じられたのに、とか思うといたたまれなくなります。話が話って気もしますけれど。

■もうひとつの未来編 世界が眠る日
外宇宙から謎の繭玉が侵攻してきた、みたいな感じのストーリー

∀出現まで段階を踏まなくてはならんのだが、繭状態が強いこと強いこと。基本的に私のプレイスタイルはプロフ埋めの為の設計重視なので(この時点で99%。残りはゾゴックとイベント登場のみのザクキンバライトBのみ)強い機体とかは全然育ってない。例外的に削り役で使ってたV2アサルトとF91がLV10程度。キャラのレベルもリーダーで使ってたイワン・イワノフが40越えで後は良くって20程度。プラチナも少ないので、スーパーな補助アイテムも無し。

なんか無理くせえ、と思って一度は諦めかけましたが、レベル上げとかメンドいので、そのまま続行する事に。ネットで調べたらファンネル系が弱点らしいのですが、テンション下がるので私は手持ちに一切居ない。

その場でグレートジオングのレベル上げて、ほとんど単騎で挑みました。V2は素で強いのでそこそこのダメージは通るものの、結局は∀の犠牲になっちゃいました。すまんニムバス、君は立派に騎士の役割を果たしてくれました。貴族主義に相応しかったぞ。そんなザビーネはビギナロナで健闘はしてくれたものの、ザコ掃除には役立つが、∀にはダメージ通らず。

なんとか倒してやっとこさエンディング。

ふ~、長かった・・・。
プロフ埋めたら最後に総括としてまた書きます。

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SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ
価格:¥ 7,140(税込)
発売日:2007-11-29

2008.02.21

L change the WorLd

L チェンジ・ザ・ワールド
監督:中田秀夫
映画 日 08
☆★

デスノートを巡る戦いで、自ら決定付けた自身の死。Lは残された最期の23日で新たな事件に挑む。

とゆーわけでデスノスピンオフ「L」観て来ました。勿論、この手の作品をお金払って観るのはどうかと思うので、デスノ恒例のタダ券を駆使。

話の方はかなりどうでも良い出来。もう一度Lに会いたい、マツケンが観れればそれだけで幸せって人には十分かと思うけど、当たり前と言えば当たり前でしょうけど、あくまで「L」っていうキャラクターありきの作り。

個人的にもマツケン嫌いじゃないです。松山ケンイチって、Lはともかく素の顔ってなんかちょっと抜けた感じの顔してますよね?少なくとも顔だけでは「イケメン」って部類じゃない。そこが何気に好感持てます。親近感とまでは言いませんが、ジャニーズ風イケメンだけが世間に持てはやされるわけじゃないんだなって思わせてくれるのが良いです。あと出身が青森だそうで、同じ東北人としては田舎っぺが頑張ってるような感じがして、なんとなく応援したくなる空気がマツケンにはあります。「DMC」どうなるのか心配ですけど。

でもそれ以上に気になるのが福田麻由子。
私はこの子の作品何か見た事あったっけかな?メチャメチャ可愛い。丸襟ブラウス萌え。赤のワンピにも萌え。10点満点中、5億点。よって☆評価も5億点にしようかと思ったがメンドくさいのでやめとこう。

工藤夕貴、何かの作品でも言った気しますけど、この人って逆に違和感を覚えるくらいに滑舌が良い。海外で活躍される方なので、多分意識してセリフとかはっきり言ってるのでしょう。で、それに対するかのようなナンちゃん。セリフ噛まない事だけに必死で、演技もクソもねぇ!しかもFBIってああた。キャスティングミスってのじゃないのか(汗)コメディリリーフ的な役割として起用したんでしょうけど、なんとも微妙でした。

微妙といえば話の方がこれまた微妙。人間なんか滅びてしまえという無差別バイオテロ。脚本家が締め切りに追われて1週間ででっちあげました~っていうレベル。帯ドラマでそこそこ人気出て、調子こいて映画でスペシャル版やりました~!ってのよくあるじゃないですか。(予告でやってた「相棒」とか)ああいうのって劇場版で唐突にオリジナルにそくわないような無駄に派手で大掛かりな話をやったりする印象ありますけど、この「L」もまさにそんな感じでした。メチャメチャ安っぽい。

抗ウイルス剤がどうしても必要なのよ!とか、さも生成が難しい物のように言っておいて、大した設備も無い所でおっさんが1日2日であっさり出来ちゃったり、今はこれしか作れない、とか1本だけ渡したと思ったら、いざ危機に瀕したら大量に持ってたりと、強引さにも程がある脚本。心理描写とかも全然描かれて無いので、え?なんでこの人突然こんな行動とっちゃうの?とか非常にお粗末でした。

設定の方でも、「L」以外にKだのSだのMだの沢山居るって元々の原作設定とかにはありましたっけか?アルファベット分の人数居たりするんだろうか?お前は「ガンダムF90」か!とか突っ込みたくなってしまう。そーかそーか、Lはロングレンジタイプだったんだな。接近戦は苦手で、敵の射程外の見えないところから狙撃するってのはある意味で合ってるかも。

最期にはちゃっかりニアまで登場させるという原作ファンへの配慮(?)もあったけど、果たしてそんな事する必要あったのかも疑問ですし、なんともテキトーな作品でしたとさ。別に期待もしてなかったしどうでも良いのですが。

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080221_20220001 もう、誰も失いたくない――
L、最期の23日間。

2008.02.17

エリザベス ゴールデン・エイジ

原題:ELIZABETH:THE GOLDEN AGE
監督:シェカール・カプール
映画 英 07
☆☆☆

おおよそ10年ぶりとなる続編。
監督のシェカール・カプール、そして主演のケイト・ブランシェットは勿論続投。前作はヴァージン・クィーンが誕生するまでを描いた作品だったが、今回は英国が黄金時代を築くまでを描く。

前作もそうでしたが、ある程度は歴史を知ってた方がより楽しめるでしょう。要所要所で、あ、これきっと有名な言葉なんだろうな、とか思えるような部分があったのですが、勉強不足な私にはやっぱりピンと来ない。

当時は無敵を誇ったスペイン軍の艦隊を、運命が味方したのか、あるいは本人の言葉通りに自らが巻き起こした嵐によってか、見事に討ち破った歴史的な艦隊戦なんかも、分かる人にはその歴史の面白味がおそらくわかるんでしょうけど、私は「ふーん」程度。情け無い話ですけども(汗)

皺が増えちゃったわね、と少々自虐的なネタ(?)がありつつも、前作から益々のキャリアを積んで、女王の威厳、貫禄はたっぷりです。顔怖いけど、その分説得力がある。サマンサ・モートンが従妹のスコットランド女王として出てくるのですが、そちらは話の展開も手伝ってか、やはりケイトと比べると小物感漂ってました。前作でもケイトの能面顔が歴史物にぴったりだな~って思いましたけど、今回もまさにハマリ役です。

鉄の女王としてだけでなく、クライヴ・オーウェン演じるローリーとのロマンス的な部分もあって、表向きの女王としての顔だけでなく、一人の女としての部分にも焦点が当てられてたりもするのですが、やはり女王としての政治手腕や立ち振る舞いの方が見ていて気持ち良かったかな。女王の苦悩よりも、それを断ち切る強さに恐れ入るというか。

ただ、歴史好きでないと若干退屈かも。
相変わらずの豪華な衣装とか、ケイトの説得力のある演技だけで十分にお釣りがきそうな感じではありますけれど。

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シェカール・カプール&ケイト・ブランシェット エリザベス
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ノベライズ本

エリザベス:ゴールデン・エイジ (ソフトバンク文庫 ア 3-1)

エリザベス:ゴールデン・エイジ (ソフトバンク文庫 ア 3-1)
価格:¥ 683(税込)
発売日:2008-01-17

敵は、外にも中にも――そして私の心にも。

スペイン無敵艦隊の襲撃、暗殺計画、禁断の愛――闘う女王は、いかにして黄金時代を築いたのか?

2008.02.09

アメリカン・スプレンダー

AMERICAN SPLENDOR
THE LIFE AND TIMES OF HARVEY PEKAR
著:ハービー・ピーカー
ブルース・インターアクションズ刊
☆☆★

「アメリカン・ギャングスター」に続いて「アメリカン・スプレンダー」。次はきっと「アメリ缶」とか?(寒っ!)

映画の方を先に観ましたが、こちらは原作コミックの方です。絵はその筋の人には有名なロバート・クラム、他色々と。

アメリカはクリーブランドに住む作者自身の冴えない日常を淡々と、時には面白おかしく、時には偏屈な作者の心情を描くオルタナティブコミック。

スーパーで多数あるレジに並ぶ時のコツを方って、これはもう哲学なんだ!とか語ってみたり、友達の語る面白い話もあれば、ギスギスした関係をそのまま描いてみたり、仕事が上手くいかなければ、恋人も出来なくて悶々とした自身の悩みを語ってみたりと、面白いんだかつまんないんだかよくわからん変な物。審判員として召集されたけど、自分には公正な判断なんて下せないし、責任を負うなんて無理だからと言って断ってきたりとか。

で、思うのですが、こういうのって今で言うブログみたいなもんなのかなと。私の所は基本的に何かしらの「作品」を取り上げてそれを語るってスタイルで、日常の生活どうのってのを語ってるわけでゃないですが、日記的なものだとか、日々感じた事をスケッチ的に語ってるものなんかがどっちかつーとブログの主流ですよね?

他人の人生を覗き見する感覚とか、この人はこんな事を考えるんだなってのを知って、それに共感してみたり、他人との違いを垣間見たりだとか、そういう面白味ってのがこのコミックに近い感覚なのかなっていう。

1976年から続いてるコミックなので、当時はネットなんて無かったし、そういう時世にこういったアングラコミック(自費出版なので半分同人誌みたいなもんです)が独特の異彩を放って注目されたのかなと。

アメリカンドリームを掴んだ成功者の話とかじゃなくて、だれも興味が沸かないであろう冴えない普通の人ってのが逆に個性的で注目を集めた。

しかもそれが大成功に繋がったわけじゃなくて、ちょっとだけってのがまたらしいですけども。あくまでアングラでしかない。

ちょっとは注目されたけど、別に有名人でも何でも無くて、そこでますます悶々とした日々を送るってのが可笑しい。

実際読んでても、すげー面白いとかそんなんじゃないですし。興味深くはあるけどね。そんな興味深さの部分を描いたのが映画の方だったりするのでそっちの方が断然面白かったり。なので読むなら映画とセットでどうぞ。

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アメリカン・スプレンダー アメリカン・スプレンダー
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2004-07-17

2008.02.08

アメリカン・ギャングスター

原題:AMERICAN GANGSTER
監督・製作:リドリー・スコット
映画 米 07
☆☆☆★

1970年代初頭、NYのハーレム街を舞台に、麻薬ビジネスに新風を吹かせ。暗黒街でのアメリカンドリームを成功させた男、フランク・ルーカス(デンゼル・ワシントン)。腐敗した警察の中で唯一の正義を貫いた男、リッチー・ロバーツ(ラッセル・クロウ)互いに自分の信じる道を突き進み、遂に二人の運命は交錯する。
実話に基く。

2時間37分の長尺という事で、ちょっと躊躇してしまいましたが、監督がリドリー・スコットという事で、これは観とくべきと足を運ぶ。「キングダムオブヘブン」の時は眠くなっちゃいましたけど、こちらは長尺を全く気にせず見れました。・・・2時間でも良かった気しますけど。

つーか前回の「プロヴァンスの贈りもの」に続いて、ラッセル・クロウのイメージアップ作戦でもやってんでしょうか?ラッセルが正義の麻薬捜査官。何かとトラブルが話題になる問題児なので、どっちかつーと「LAコンフィデンシャル」の時みたいな粗暴な刑事とかの方がイメージに合ってる気しますけど、今回はえらくカッコ良かった。

で、対する悪のデンゼル・ワシントン。こちらはリドリーよりも弟のトニー・スコットの方の常連で、いいひとイメージ強かったりするのでなんか逆じゃねぇ?とも思うのですが、これがなかなかどちらも貫禄たっぷりで、役者の力が光ります。

下手に安易なサスペンス描写に走らず、二人のそれぞれの立場を重厚に描いてある辺りが流石リドリー先生といった所。終盤まで二人が直接会うシーンが無いからこそ、最後に対峙するシーンが光ります。鳥肌もんでした。

単純な娯楽作を求めてる人には若干肩透かしかもしれませんが、重厚なドラマを求める向きには十分に満足できる事でしょう。決して媚びない姿勢に、主演の二人だけでなく、監督のリドリーに対しても「お前男だ!」と言ってあげたくなります。

とにかく私はデンゼルよりも、ラッセルのカッコよさに痺れました。「ボーイスカウトじゃあるまいし」と、同僚にバカにされながらも、俺は刑事として当たり前の事をやるだけだって、自分を貫く姿勢が良いです。別に正義のヒーローになりたかったわけでは無くて、間違ったことをしたくない不器用なタイプの人間なのでしょう。

一応は正義と悪の戦いみたいな感じにはなってますが、それが単純な白黒じゃないのもまた渋いです。

個人的にはギャングだのヤクザだのをカッコいいとは微塵にも思いませんけれど、デンゼル側にしても、既存の価値観に縛られず、自らの手で時代を切り開いていく様って部分に限れば、それはそれでやっぱり男としてカッコ良い姿だよなと。

「十二人の怒れる男」じゃないけどさ、例え皆が黒だと言おうと、きちんとした信念、理念に基いて自分の意見を言える人ってのは私にとって凄いツボですし、こうありたいな、とあこがれる姿でもあります。

それが例え不利な状況だとしても、他の人とは違うけど俺はこう思うぜ!?って、ちゃんと言える人になりたいもんです。

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リドリー&ラッセル プロヴァンスの贈りもの
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080207_20190001 1970年代、ニューヨーク。実在の麻薬王と刑事の容赦なき闘いの物語。

2008.02.06

SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その4)

SDGUNDAM GGENERATION SPIRITS
バンダイナムコゲームス/トムクリエイト
機種:PS2 発売日:07.11.29
☆☆☆

ダメ人間まっしぐら。引きこもってゲームなんてやってて良い人間じゃねーだろ俺?時間決めて30分とかそんなんならともかく、始めちゃうと1時間も2時間も3時間も余裕で過ぎてる。やっぱゲームって麻薬みたいなもんだ。いや、麻薬なんてやった事ねーけども。

「そうね、でも機械なんて使う人しだいよ」
はっ?あなたはもしやシーブックのお母さんのレズリー・アノーさん。おみそれしました。

とゆーことでGジェネ魂その4、F91&クロスボーンを。

■F91
毎度毎度の2ステージ構成。アンナマリー出撃、撃破で投降。次のターンには白いダギ・イルスで出撃、「私を討てばその口惜しさは消えるのか?アァンナマリィー!」「ザビーネ!」どかーん!「フン、感情を処理できん人間はゴミだと教えたはずだがな」って所を1ステージでやっちゃってるのがある意味凄い。

スパロボとかでもさ~、ビルギットさんとかと共に、アンナマリー仲間に居たりするけど、使ってる人どれほど居んだろうな?ビルギットはまだ中の人が富野マニアには嬉しい人だし、レアリー艦長代行なんかもそう、けどアンナマリーはどうだろう?

イベントシーンでは宇宙世紀じゃ大した役やってない子安のドワイトがわざわざ登板。アーサーは居ないのに。さあ皆さんご一緒に、はい「アーサーなんだぜ?」ちゃんとホワイトアークの整備の所にグルスさんが居るのがちょっと受けた。Fの時もそうでしたっけ?ガンダムのメカニックと言えば、やっぱりアストナージだし、精々モーラ程度まで。でもグルスさんもアリだよな。クッフさんとかストライカーまでいくと憶えてる人居なそうだけど。

F91はこんな所か。ってぇ!脇役の話ばっかじゃねーか。草尾さん、きっとドレル役なんてメインキャラくさいのに大した出番も絡みも無いので演じるたびに困ってるだろーなとか、鉄仮面は元と違ってゲームだと何時も大げさな演技になっててなんか違うよな~って思ってしまうのは定番。

■クロスボーン
フルボイスの恩恵が嬉しすぎる!戦闘シーンだけでなくて普通のイベントシーンもちゃんと声ついてるって最高です。

もうね「俺は人間だ、人間でたくさんだ」っていうイベントシーンだけで私は涙してるわけですよ。ゲームだけに端折ってる部分も多くてオリジナルそのままって感じではないのですが、それでも泣ける。

「貴様のものではあるまいっ」「そうだな、ならば海賊らしく・・・頂いて行く!」ってのはエレゴレラ倒した後にやるべきだろう?とか、「セシリー・フェアチャイルドを取り戻さなくちゃいけない」が無いとかあの場面が改悪されてる、とか、あの名シーンが無い、とか不満もいっぱいあるのですが、それでもフルボイスで許せてしまう。

ラス面のディビニダド7機はまさに地獄絵図。下手な所でセーブしちゃったら、マップ兵器で壊滅してハマるとか凶悪なバランスになってます。もはやこっちの戦力はほぼ何でも作れるくらいに整ってるので、敵が強くて困るとかは一切無いんだけど、ここだけは妙な緊張感が味わえました。初期戦力じゃ絶対無理だろうな。

しかも「安心したよドゥガチ、あんたまだ人間だ!」「若僧の言うことかぁっ!」のクライマックスのセリフが、4回もトビアとドゥガチ戦わせなきゃ聞けないというステキ仕様。まあトビア結構回避してくれるから良いけど。

つーかキンケドゥ&X1カッコよすぎてたまらん。GFFのX1持ってるけど、MG欲しくなります。フルクロスとか要らねーけど。X3も欲しいし、F91のハリソン機も魅力的に思えてくるから不思議。バンダイ商法の思うツボだな。

■スカルハート
何を血迷ったかスカルハートまでシナリオ化。全3面。流石にBガンダムとか猿の話は無い。
「星の王女様」はなんかギャルゲーノベルやってるようなノリ。
「最終兵士」木星じいさん、グレイストークの声は勿論矢尾だ!いいんでしょーかぁ?最も、絵が全然似て無いので、原作読んで無いとあの人だって気付かない人ももしかして居るかも?ZZからガンプっての開発できるけどこれ何?なんて。

最も、長谷川の絵が絵なので、「逆襲のギガンティス」「Vガン外伝」知らなきゃ、原作の方もこれ誰よ?感があったりましますけど。

さて、残りは「閃ハサ」「F90」「SF91」とあと僅か。(勿論その後にアレが出るのは知ってる)

プロフも残りはアッグガイとかその辺の数機、RFアッザムは敵で出てくればいいけど、グランザムは出ないだろうな~。ビグザムあるけど足は遅いわ燃費悪いわで育てにくい。他にはライノサラスとエビルドーガくらいかな?地上面最近はしばらく無かったので育てられん。F90とSF91も無さそうだし、最後にやる予定の閃ハサで水泳部とヒルドルブ育てられるでしょうか?エビルドーガはαアジール×ラフレシアで設計するしか無さそうだけど、どっちも15万くらいするのに開発じゃ無理という困った仕様。サイコ・ハロ設計の為にサイコガンダムとハロ買っちゃったから金がねぇ~。う~ん、ご利用は計画的に・・・。

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SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ
価格:¥ 7,140(税込)
発売日:2007-11-29

2008.01.25

海のトリトン

著:手塚治虫
秋田書店刊 秋田文庫 全3巻
☆☆☆

前の「奇子」から結構ブランク開きましたけど今年も手塚漫画でGO!
「アトム」も「三つ目」も「ジャングル大帝」もまだ読んでないのは100円コーナーじゃなかなか揃わないからだ!とゆー事で「トリトン」

オリハルコーン!とは叫ばない方。
新聞連載だったみたいですけど、どういう形態でしょうか?1ページづつなのかな?単行本に当たり色々直してる部分もあるんでしょうけど、そういう要素は一切感じさせません。

ただ、話の方向性がコロコロ変わっちゃうので、割とそういうのは臨機応変にやった感はあります。

ガノタな私にとっては「トリトン」と言えばやっぱりアニメ版の方なのですが、一部のキャラが共通するくらいで、基本的には全くの別物なんですね。

ルカーの額に何もついて無いですし。「V字アンテナの白い奴」はやっぱり富野印であったのか。でもこっちはこっちでそれなりに深いです。その辺は流石は手塚。

ちょいとアニメの方の話をすると、手塚って漫画の方では深い話やってますが、ことアニメになるとそういう要素は基本的に排除。ディズニーへのあこがれもあってアニメは動く絵を見て楽しむ物っていう感覚があった。

そこに反旗を翻した一番最初のアニメが「海のトリトン」であったと言われてます。アニメの方のトリトンは手塚はノータッチ。虫プロとは違う所で作ってて、手塚原作のくせしてアンチ手塚ってのを目標に掲げて作られた作品です。アニメトリトンも基本的には悪のポセイドンの刺客を次々と倒していくっていう単純なものですが、最終回で突然それが逆転する。トリトンが正義と信じて戦ってきたものがポセイドンの語る真実によって脆くも崩れ去る。

それをやったのが後に「ガンダム」を作る事になる富野。「トリトン」があったからこそ「ザンボット3」が生まれ、そこから「ガンダム」へと繋がる。アニメに初めて作家性ってものを持ち込んだのがアニメ版「トリトン」そういう事情があるので、トリトンってどうしてもアニメの方ばかり語られる事になってるのです。

勿論、こちらは手塚漫画ですから、こっちはこっちでアニメ以上にきちんとテーマ性のある深い作品になってんですけどね。ただアニメと違って漫画だとそれが普通になってるものだから、結局この作品だけが特別視される事は無かったと。

こちらの方はトリトン=絶滅種の海洋生物って事にしてあって人間の自然破壊がどうのって所に最後は着地してます。ピピ子と子供作って、それが卵だったものだから、え~俺ってやっぱ人間じゃ無かったんだ・・・と落胆するトリトンの姿がちょっと可笑しい。

迫害される姿とか、人間の身勝手な姿を描きつつも、ヒーローとして自己犠牲に殉じるトリトンの姿は中々にカッコ良い。アニメはアニメで好きだけど、こっちも全然アリです。

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価格:¥ 591(税込)
発売日:1994-10

2008.01.20

いのちの食べかた

原題:OUR DAILY BREAD
監督・撮影・脚本:ニコラウス・ゲイハルター
映画 オーストリア・独 05
☆☆☆☆☆☆☆

「いただきます」って、だれに言いますか?

やばい!面白すぎ!
ドキュメンタリー映画祭の時に、上映はしてなかったものの、チラシが置いてあって、非常に気になった作品。その後に雑誌で普通の上映作品として取り上げられていたので早速リクエストしときました。で、上映決定!「アース」とかもやってるし、こっちにはそんなに人居ないだろうな、とか思ってたのですが、なんと満席。何気に皆注目してたんですね。

邦題とかフライヤーなんかの印象では動物を食べる事についての話かと思ったけど、野菜とか塩なんかの場面もあって、「食」全般についてのドキュメンタリー。それも大量生産、大量消費みたいな所に絞って描かれてる作品でした。

ナレーションやセリフ、インタビューは一切無し。ただひたすらに食の生産現場を映し出す。大体の感覚や、おおまかな知識なんかは知っていても、実際にこうして観てみると、驚く要素がい~っぱい。

ある意味えらくシュールで、とにかく楽しかった。
銀河中を駆け巡るもの凄いスケールのアドベンチャーだとか、百年の恋のロマンスなんかより、こういうものの方がずっとワクワクドキドキしてしまうのは私だけですかね?至福の92分間でした。

屠畜、屠殺の場面もいっぱい出てきます。何を感じるかは自由だとは思いますが、基本的にはそういった「動物を殺して食べる事は可哀想だ」みたいな事をこの映画が主張しているわけではないし、私はそういう現場を見てむしろお腹が空きました。ああ、肉食いてぇな、野菜バリバリ食いたいなって。こんな感覚って変ですかね?

生きている雛や鶏がまるで物のように扱われる。ここに何万羽いるんだよ?っていう。シュールすぎてもはや笑ってしまいます。すげぇな、これが現実なんだな。

これはもう「食」や「命」についてだけじゃなくて、人間って何だ?文明って何だ?自然って何だ?消費って何だ?と、もうありとあらゆる事についてのドキュメンタリーですよ!これは何々をやっている場面ですよ、なんていう説明も無いので(パンフには説明ついてましたが)もうね、頭の中で色々な事を考えながら観るわけです。
もしかしたら退屈に思う人も居るのかもしれないけれど、私はもう想像やら思考の海にどっぷりと浸かってこんなに楽しい時間は無かったです。

例えば屠殺の場面なんかにしてもさ、日本では「一寸の虫にも五分の魂」とか言うじゃないですか?ここで毎日毎日殺された何万もの動物の魂はどこにいくんだろう?そしてそれらを手にかけてる人たちは、果たして天国とやらに行けるのだろうか?じゃあそれを消費している我々は?それは果たして業なのか?みたいな事を考えてみたりもする。

或いは、こういう工場で働いてるおばちゃんはその働きを考えたら、隣のスクリーンではしゃいでるジョニー・デップの何倍ものギャラを貰うべきだ!こんな業の深い仕事をしていながらも、汗水流してここの工場で生涯通して働いた給料よりもデップの映画一本の出演料の方が多いんだろうな~なんてくっだらねぇ事を考えてみたりもすれば、

あ、この人カメラと一瞬目線あっちゃった、だとか、ボソボソとパンをかじるおばちゃんはこの瞬間頭の中で何を思ってたのだろう?「普通にしててくれって言われてもなぁ、普通って何だよ?食のドキュメンタリーつったってあたしがパン食ってるとこ撮るってどうなのよ?でもこれがきっかけで、もしかして私スターになっちゃったりして?ウフフフ。・・・そんな事あるわけねーか。」みたいなどうでもいい妄想が私の頭の中ではグルグルしてました。
思考の海に溺れるのはやっぱり気持ちの良いものです。

うわ、このブタちょっと嫌な顔しやがった、とかホントに下らない事まで見えてきて、妙に可笑しくなったりと、完全にトリップ状態。う~ん、アブナイ人ですね、私。いいんだ、昔私は犬に話しかけてて会社の人に笑われた経験あるしな(汗)

地下深くで地層になってる岩塩だとか、トランスフォーマー並みの変形する農作業機械やら、牛の帝王切開やら、房になってるトマトとか色々なものが観られてとっても楽しかった。でもあの棍棒みたいになってるキュウリはどうなんだろう?あそこまで大きくなると美味しくなくなるような?種類違うのかな?

野菜にしてもさ~、あそこまでの大量生産だと、逆にそこが大地の恵のように思えてくるから不思議。「大地の恵」なんて言うとさ、有機栽培で農家の人が手塩にかけて育てた凄い野菜ってイメージがあったけれど、これはこれで大地の恵だよな。そういうものを食べて人間は生きている。

「いただきます」は動物の命をいただく事でもあるけれど、大地の恵をいただく事でもあるよな、なんて思ってしまいました。

そして私はこの映画を大変美味しくいただかせてもらいました。満腹も満腹、それでも美味し過ぎてまだまだ食べられます。

・・・いやでもあの場面はさ~(永遠に続く)

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080120_13270001 きっと、誰かに教えたくなる。食べ物があなたの食卓に並ぶまでの、驚くべき旅。

 

学校でも教えてくれない、テレビでも見られない。のぞいてみよう。これが食糧生産のグローバル・スタンダード!

2008.01.19

SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その3)

SDGUNDAM GGENERATION SPIRITS
バンダイナムコゲームス/トムクリエイト
機種:PS2 発売日:07.11.29
☆☆☆

こんにちはカテジナ・ルースさん
今日僕は凄い体験をしてしまったのです。

とゆー掴みは置いといてGジェネのVガン編終了。
次世代闘争編まとめて書こうかと思ったけど多分長くなるのでまずはVガンのみで。

個人的に一番思い入れのある作品なので最後にとっておこうかとも思ったけれど、そうすると入手したキャラを使う事も無くなる気がしたのでまずはVガンから。

中田譲治のナレーションに悶絶しつつも、「ブイガンダム」とか言ってしまう愛の無さにちょっと悲しくなる。そりゃ略称として「ブイガン」って使いますよ。でも劇中じゃあくまで「ヴィクトリーガンダム」、せいぜい「V1(ブイワン)」じゃなかったっけ?

GジェネFの時のGXのムービーでもさぁ、DXをディーエックスって言ってたり、なんか愛が足りないなぁと思ったもんだが(劇中じゃディーエックスなんてイワネェ~!)なんかその辺に作り手の甘さを感じます。そりゃVガンもGXも人気無いけどさぁ・・・。

マーベットさんとオデロ、メインの二人が声優変更と、なんとも気力ゲージダウンな上に、コニーさんは居るのに何故かスージィが出てこねぇ!とか悲しすぎます。

最初のステージからして、ガリー・タンが出てきて、ワタリー・ギラ、そしてドゥカー・イクにレンダ、リカールにはファラだけじゃなくて、ちゃんとメッチェが乗ってる!とかだけで嬉しくなったりもするんですがね。ピピニーデンとルペ・シノ、そしてシュラク隊全員登場!1面からして物凄い面子にうっとりです。

でも全部で4ステージってやっぱ少ない(涙)色々とはしょりまくりです。

ジャンヌダルク&リーンホースJr特攻イベントもあって、「いくつもの愛をかさねて」が流れたりとGJ!な部分もあればシュラク隊メンバーの死亡イベントが無かったりと、良いんだか悪いんだかようわからん作り。勿論私はラス面でシュラク隊を生贄にしっかり捧げましたよ。「よくもフラニーをやったね!」とか脳内でセリフを流しながら。

Vガンに限った話でもないのですが、セリフというか演技がオリジナルと全然違うのがファンとしてはやっぱり気になります。

特にカテジナさんがさぁ~、GFの時のムービーもそうだけど、やっぱり「カテ公」になっちゃってるんだよ。ナベクミさん自身がカテジナ嫌いなのも知ってるけどさ、完全に最初から壊れたカテジナってのを意識して声当ててるのがなんとも・・・。

カテジナって別に悪女でも何でもねぇっつうの。今回のにはセリフ入ってないけどさ、「アタシが死ねば、みんなが幸せになるんだろぅっ!」って叫ぶ気持ちをわかってやって下さい。
カテジナって設定じゃ17~8くらいでしたっけ?そのくらいの女の子が泣きながらそんなセリフを吐く意味っての、ちゃんと考えてほしいぞ。

原作者からは見捨てられ、声当ててる人からも嫌われ、視聴者からも散々な事言われてるカテジナが私は不憫でしゃーない。まったく・・・。悔しいからカテジナは俺の嫁にしてやる。

ハロポイント足りなかったので、カテジナ取得する為に禁を破って1面だけ再プレイしちゃいました。ナベクミ声だから使ってたエリス・クロードは申し訳ないがリストラ。本日よりカテジナをエースに育ててあげましょう。

ファラも演技がパーフェクトだったのでレギュラー確定。
シュラク隊は使えないのね。コニーさんだけでも欲しかったのに。

ジン・ジャハナム(偽)も声が違う人かな?レオニードさん、オリファーさん、ゴメス艦長辺りは多分キャラを忘れちゃったのでしょう、ちょっと違和感アリ。シャクティは一時期違う人がやってたけど、今回は戻ってますね。名字が違ってるので、しばらく産休とかで仕事やってなかったって事なのでしょうか?他の人はまあまあ。セリフの細部で違うなってのあるけど、概ねイメージは崩してない。

ムッターマ・ズガンは存在すら無し。GFの時はトッリ・アーエスまで居なかったっけ?カリンガとキスハールは居たっけか?ミズホ・ミネガンとかシシリーは居たような気がする。ファーストとかはもういい加減にやり飽きたので、この辺の充実を望む。次回作はきっとアナザー系だろうけど。

MS関係はゾロアットのビームシールドの形が全然違う!(クロスボーン系もそんなんらしい)

う~ん、冬が来ると訳も無く悲しくなりませんか?

つー事で次はF91&クロボンやるか。

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SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その2)
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SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ
価格:¥ 7,140(税込)
発売日:2007-11-29

2008.01.10

SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その2)

SDGUNDAM GGENERATION SPIRITS
バンダイナムコゲームス/トムクリエイト
機種:PS2 発売日:07.11.29
☆☆☆☆

ジオン再興編終了。

今年の正月はずっとこれやってました。
えらい楽しいです。
でもそんなんやってて大丈夫なのか俺?
ものすんげー無駄に時間を費やしてるように思えて
末恐ろしいやら罪悪感たっぷりだわで、
ゲームってやっぱり怖いなと思う。

たかがゲームでしょ?常にだったら流石にどうかと思うけど
たまにやる分くらいは別に良いんじゃないの?
等と思う反面、言い訳じみてるなぁってのも半分。

なんか廃人になる人の気持ちってわかりますわ・・・。
あまりにも恐ろしいので
とりあえずクリアまでは考えない事にします。
反省は一区切りついてから。今はただ・・・駆け抜けるのみ!

って、世の中はそれを現実逃避と呼ぶのだ。
人は同じ過ちを繰り返す。まったく・・・・

とゆー事でクリアした順番で。

■劇場版Z
新訳基準って事なのですが「恋人たち」はねーわ
(なんとフォウステージが無い)
キャラ絵が以前のままだわで、なんとも微妙。
原画は土器手と重田がやってるみたいだけど、
Z関係は土器手さんだよねぇ?恩田にやってほしいとこだったが
流石にそんなん断られそうなので、せめて重田にやらせろよ。
キャラ絵は劇場版新作画基準にしてほしかった。

■ガンダムZZ
ゲーム関係では冷遇されまくりなZZ。
今回はイベントもフルボイスなので(ブライトさんは声無し)
そんな面では、なんとも懐かしく思えてしまいました。
ジュドーを始めとしたシャングリラチルドレンの面々もそうだし
グレミーなんかの演説もかなり良さ気。
ハマーン様の演技も一人だけ別格の演技な感じで、
戦闘ボイスだけでなくイベント含めたフルボイスの良さが身にしみます。

ZZ関係はミサイル持ちが多いので、敵にする分には
そんなに感じないけど、アクシズ系MSとか自分で使うと
何気に強いです。

あ、ファとかハヤトが新訳Z基準の声なので
微妙に新旧混ざってるカオスっぷりもレア度高し。
カミーユは壊れてるくせにねぇ。

■逆襲のシャア
最初はアムロ側なものの、次の面では何とジオン側。
まさに「シャアの手伝いをしたのか」だ。
行けアクシズ!忌まわしき記憶と共に・・・ってそれでいいのか?

■0083
なんとこちらも「ソロモンの悪夢」だけジオン側。
ドムの増援がうざいって話聞いてたんですけど、
後半にやったせいか、既にこちらの部隊は十分に育ってますし
グレートジオングとかクィンマンサで
もぐらたたきやってるだけでした。

■宇宙の蜻蛉
今回の収録で一番の謎。
元はドラマCDですよね。シーマ様が主人公という
斬新なんだか無理矢理なんだか微妙な感じ。
3ステージでまともなのラストだけだし。

そういえば全巻購入特典で少しだけ映像化されてましたっけか。
(DVDにも入ってますが)
シーマ様はやっぱりシーマ様な演技で流石です。

他の作品は原作なり引っ張り出してきて
もっかい見ようかな?という気にさせるのですが
こっちは別にいいや、みたいな気分になるのは
単純に私が83嫌いだからでしょうか。
まあドラマCDだから気軽で良いのですが。

とゆー事で第2部ジオン再興編終了。

相変わらずウチはイワン・イワノフがエースですが
基本的に全部開発の為に機体使ってるので
これといった固定機種は無し。

戻して派生機へっての繰り返して打ち止めになっちゃうと
経験値もったいないから倉庫行きになっちゃうし。
リガズィカスタムとかF90IIとか
開発打ち止めになっちゃうと登録だけして使わないという。

でも今までってこんなにプロフ簡単に埋まりましたっけ?
過去作だと一通り終わっても60%とかその程度だった気が。
3部残してもう80%近くなっちゃってます。
後はザンスカール系クロスボーン系くらいだからそんなもんか。

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発売日:2007-11-29

2008.01.09

宇宙人の解剖

原題:ALIEN AUTOPSY
監督:ジョニー・キャンベル
映画 英・独 06
☆☆☆☆☆

やべぇ、面白すぎる。有名な「宇宙人解剖フィルム」の真相に纏わる英国製コメディー。

UFO番組とか、特に楽しみにしてたりするわけではないですけど、やってると思わず見ちゃいますよねぇ。どっかの防衛省の人が、政府としての見解では無いけれど個人的には居ると思ってますよって話す時の嬉しそうな顔。けしからん!って怒る人の気持ちもわからないでもないですが、不謹慎と思いつつああいうのは楽しいです。

基本的にヲタだからでしょうかね?映画でも何でも良いけどもしそれがあったら?もしそういう存在がいたら?もしこんな事が起きてしまったら?そんな、もしを想像するのってとっても楽しくないですか?実際にそれがあるか無いかなんて実はどうでもいいのかもしれません。

で、この「宇宙人解剖フィルム」に関しても、去年の年末にやってたオカルト番組でも捏造ですって言ってました。でも肯定派は言うわけですよね、いやいやあのフィルムは確かに作り物ではあるけれど、それはあくまで元フィルムの状態が悪いからあえて作り直したリメイクであって、状態がまともな部分は本物の映像も混ぜてあるんだよ、と。
何を隠そうその話はこの「実話に基く映画」の事だったり。

矢追も韮澤さんもきっとこの映画を鵜呑みにしてるんだろうな~、最後に出てくる「復元した本物のフィルム」もきっと本気で信じてる。そういう事考えるとますます面白いです。

ちょっと例えが違うかもしれないけど、芸能人の自伝とかをそのまま鵜呑みにしちゃうタイプの人とかも居ますよね。そんな人は「ムーミンパパの思い出」でも読んどきましょう。

と、そんな事ばっか書いてると、いかにも怪しげな作品と勘違いする人も居るかもしれないので一応言っておくと、この作品はあくまで明るいトーンのコメディーです。物事をホントか嘘かでしか判断できないような頭の固い人ならいざしらず多少なりとも自分の頭で考えられる人なら、特にUFOうんぬんに造詣が無くとも十分に楽しめる作品になってるんじゃないかと。
ヘンなB級物を掴まされるくらいなら、こちらをオススメ。

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トーベ・ヤンソン ムーミンパパの思い出
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宇宙人の解剖 特別版 宇宙人の解剖 特別版
価格:¥ 3,980(税込)
発売日:2007-08-10

2007.12.30

AVP2 エイリアンズ VS. プレデター

原題:Aliens vs. Predator: Requiem
監督:コリン・ストラウス、グレッグ・ストラウス
映画 米 07

今年の映画館納め。
来年にしようかとも思ったのですが
今年の映画は今年の内に、って事で。

ってか個人的な所ではこのブログの映画レビュー
500本目です。そんな節目にアホなジャリ映画。
2回目3回目とか含めてなので「500作品目」の方で
記念しときましょうか。

前作は丁度このブログ始める直前くらいだったので
ここには記事は無いのですが、その時は予習で
エイリアンシリーズ、プレデターシリーズを
全部復習してから望んだんだったかな?
やっぱり「エイリアン」の1でしょう。
人気あるのは「エイリアン2」ですけど、私は嫌い。
1はサスペンスホラーとして考えて作ってあるのが素敵。

それはともかく「AVP2」だ。
今回は新種のプレデリアンが売りとの事。
画面が暗くてよく見えない。
はは~ん、これは最初はなかなか姿が見えなくて
期待感を煽る演出なんだな、等と思いながら観てると・・・
あれ?終わっちゃった?(汗)

つーか話の方も、まだまだ序盤なのかなと思ってる内に
最後まで終わってしまいました。
スケールちっちゃ!
前作みたいな派手なバトル物を期待してたのですが
今回はただグダグダと市街地戦やってるだけでした。

予告でも人類滅亡の危機とかやってたのに、
実はたった一つの街レベルの話だわで
「スターシップトゥルーパーズ2」に匹敵する
スケールダウン感にがっかりです。

女子供とか、普通は生き残りそうな人も
あっさり死んじゃったりだとか
悪趣味全開な所は結構意外で面白かったのですが
全体的にショボショボ。
企画が企画だとは思うけど、もう少し予算かけて
それなりの監督にでもやってもらわない限り
マニア受けB級の域からは出ないのかなと。
今回はよっぽどの好き者でもなければ観る価値無し。

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ノベライズ本

AVP2 エイリアンズVSプレデター (竹書房文庫 DR) (竹書房文庫 DR 204) AVP2 エイリアンズVSプレデター (竹書房文庫 DR) (竹書房文庫 DR 204)
価格:¥ 650(税込)
発売日:2007-12-22

2007.12.27

アイ・アム・レジェンド

原題:I IM LEGEND
原作:リチャード・マシスン「吸血鬼(地球最後の男)」
監督:フランシス・ローレンス
映画 米 07
☆☆☆★

54年「地球最後の男」71年「地球最後の男 オメガマン」
に続いて三度目の映画化。
旧作はまだ観てないのですが、ジョージ・A・ロメロ
「ナイトオブザリビングデッド」に大きく影響を与えた
作品として、ゾンビ好きにとってはそれなりに有名。

SFっぽい宣伝の仕方だったので、
え?こんなゾンビみたいな作品だったの?だとか
「28日後」に似てる~なんて声も上がってるようですが
そもそもがその源流にあたるような作品だったりします。
多分、今回のリメイクも「バイオハザード」とか
おそらくはその辺に対しての対抗馬としての企画
だったんじゃないかと勝手に想像。
全編通してウィル・スミスの一人芝居みたいなもんなので
ギャランティーも安く上がりそうですしね。
監督は「コンスタンティン」のフランシス・ローレンス。

設定や話の展開に突っ込み所満載ですけど、
ゾンビ好きな私は非常に楽しかった。
なんでゾンビ物はこうも自分もこの世界に入りたい!
って魅力的なのか。

いや、世界に残されたたった一人の人間という事で
孤独感を紛らわす為にマネキン人形を並べたりとか
作中では悲壮感を漂わせているのですが、
私はああいう世界が楽しそうで仕方ない。

大都市から人間だけがすっぽり消えた不思議な空間。
この辺は「28日後」でもやってましたし
ゾンビ物ならやはりここは「死霊のえじき」の
冒頭のシーンがお馴染みだ。
「えじき」のワニに変わってこちらでは鹿が登場。
しかもいっぱい居るじゃないですか。
そしてそれを狙って突如ライオンが乱入。
シュールで非常に楽しい。

地球にとっては人間なんて別に居なくたって良いもので
むしろ生態系を考えたら人間が自業自得で滅亡するのは
とても良い事なのかもしれないです。
地球にやさしく、なんていうのは所詮人間が
自分自身が可愛いから言ってるだけであって・・・
って、それは某漫画のネタか(汗)

そんな感じで、前半はその世界観に浸るだけで
とっても楽しいし、中盤辺りはケルベロスまで登場して
まんまバイオハザードな世界に。
そこまでは楽しい。相棒のワンコも可愛いしな。
が、終盤は段々と雲行きが怪しくなって行き
神様がどうこう言い始めた上に、最後には
なんじゃこりゃ~!とずっこけるような展開。

何か勿体無ぇ~!って感じなのですが、
前半の楽しさだけで私は十分に満足です。

映画館のスケジュール表が出てたので
そちらをチェックしてると「ゾンビーノ」
こちらでも上映決定してましたし
(ついでに「いのちの食べかた」も入ってて喜び倍増)
その後は「28週間後」も是非お願いしたい所。
尻つぼみ映画だろうと、私はそんなこんなで
非常に楽しい気分で劇場を後にできたのでした。

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ジョージ・A・ロメロ 死霊のえじき
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2007.12.20

SDガンダム ジージェネレーション スピリッツ(その1)

SDGUNDAM GGENERATION SPIRITS
バンダイナムコゲームス/トムクリエイト
機種:PS2 発売日:07.11.29
☆☆☆☆

とりあえず1年戦争編7作品終了。
全部終わるのはまだまだ先になりそうですし。
1面ごとにえらく時間かかるし。

とりあえず進めた順番で

■外伝 ブルーディスティニー
ステージ数も3と手頃だし、思い入れもある作品なので
とりあえずこれから。

戦力の整ってない最初にやるにはムズイ。
自軍よりも、ここはひたすらユウ頼み。
でも2面はユウが合流するまでメチャメチャ辛い。
フィリップとサマナ落とされてもゲームオーバーだし
評判通りに厳しいバランスだな~と。
手ごたえがあって面白いですけど。

辛いのは序盤だけなんですけどね。
ある程度自軍の戦力が整うと、今回は敵を倒せれば
必ず何回でもチャンスステップが発生するので
1ターンでほとんど敵を殲滅できたりと
立ち回りを工夫すればどうにでもなるバランス。

ユウの声が変わってるな。
一時期は山寺がやってなかったっけ?
レイヤーもやってるし、外伝2キャラもアレなので
最近はこの人が基準っぽい。

■第08MS小隊
ラス面、シローだけが味方で、連邦もジオンも敵という
なんか凄い展開だ。
我々はソレスタルビーイング、全ての戦闘行動に対し
武力介入を開始するっていう感じで笑えます。

動かないと思ってた巨大サイズのアプサラス3が
自ら迫ってくるのにはビビります。怖ぇーよ。

■0080 ポケットの中の戦争
ゲームの性質上、アルは無視してバーニィないし
クリスの話になりがちな所だが、今回はきっちり
アルの話になってる。
チェイとかテルコットまで話に出てるし。

でも1面はジオンがプレイヤー側なのに
2面はアレックスを動かなきゃならんってのは
節操無さ杉。やはり我々はソレスタルビーイングなのか?

ナレーションが浪川ってのが何気にグッジョブ。
私はDVDのCMだけで泣けるクチだ。

■MSイグルー
初参戦だけあって全部の話をきっちり収録という
待遇の良さが素敵。
元々あまり好きな作品では無いけれど、
こういうゲームとかで何度も遭遇すると、少しづつ
思い入れも出てくるものかと。

マイ、キャディラック、ワシヤは好きです。
テスト兵器のいかにもなジオンな男は好きじゃないけど。

ビグ・ラング強し。
デカすぎて自軍で使う気にはならんが

■ガンダム戦記
ゲーム関係はシナリオの薄さから、大概は小説版が
基準になるのだが、何故かこれは夏元の漫画基準。
マットがとにかくうぜぇ。
しかも声が辻谷だしさぁ・・・

バーニィとシーブック、つでにキンケドゥもあんだから
また主人公やらせるってのはいかがなものかと。
辻谷自身に罪は無いけどさ。
キャスティングディレクターかな?何を考えてんだか。

前半2面は連邦側で、後半2面はジオン側でケンの話という
ちょっと変わった構成。マットをぶちのめせるのは有難いが。

個人的な所ではこの辺になるとAOZ関連まで
自軍に配備してるので、戦闘はもはや作業。
ヘイズルとかTR5強いです。
(時期的にTR6までは入ってない様子)

■外伝 宇宙、閃光の果てに・・・
フォルドもキャラ的に房臭くてやだなぁ。
千葉キャラの安っぽさに霹靂。
許せるのはブルーとかアストレイのガイくらいだ。

ルースはまだ嫌いじゃないけどね。
ハゲのおっさんのガンダム乗りってのも何か凄いし
ゲインとかああいう良き兄貴タイプキャラは割と好きなので。

ルースの最後はムービーなのだが、今回はムービー少ないし
大砲ぶっぱなすとかそんな程度ばっかなので
Gジェネにはムービーも期待してる身としてはちょっと微妙。

■機動戦士ガンダム
声優さんの関係上、セイラさんはほとんど出番無し。
ライブラリー出演という事で、たまには顔出すけど
おまけ程度。ブライトさんは普通にしゃべってるが
こっちもライブラリー出演との事。
何か他の作品で収録してた奴の再利用でしょうか。
Zのシナリオもしゃべってるけど、ZZは無いっぽいし。
マクベは完全に出番無し。
戸谷さんもそうだけどさぁ、亡くなられた方が沢山居ると
現実を知らされてなんかとても悲しくなります。

つーわけで1年戦争は終了。
とにかく今回は資金繰りに困るゲームになってます
捕獲→解体が激安化したのが原因か。
基本的に一度きりでしかやってなくて
今後も多分、金稼ぎなり経験値稼ぎはしないと思うが
(ハロポイント低いけど)
まあそれなりの戦力にはなってきました。

F91がグラフィックもカッコよくてお気に入り。
でもクロボンなりに発展しないのね。
V1もやっと出来たし、戦力的にはそれなり。
ゼフィランサス使ってなかったので、設計の素材無くて
逆にZ系は全然居ない。ディアスとMk2買って
無理矢理作っちゃったけど、今度はZ買う金がねぇ!っていう。

キャラクター的にはウチはイワン・イワノフがエースだ。
セリフは広川節なのに、今回は声優が広川じゃねぇ~!
と、ガックリしたものの、仕方なく使ってたら
何か段々とこれはこれでアリと思えてきた。
覚醒値以外はオール1と、キャラクター通り
ふざけた能力なのだが、最近は多少マシになってきました。
それでもレイヤー隊長とかニムバスの方がよっぽど強いけど。
ハロポイント低いので格作品の主役級は居ない。

さて次はジオン再興編だ。
ザクとかドムみたいにサーベルで一撃ってわけには
いかなそうなので、今後はますます時間かかりそう・・・。
一体どれほどの時間を費やす事になるのか。
考えるとちょっと怖いです。

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SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ SDガンダム Gジェネレーションスピリッツ
価格:¥ 7,140(税込)
発売日:2007-11-29

2007.12.17

エクソシスト

原題:THE EXORCIST
監督:ウィリアム・フリードキン
映画 米 76(00)
☆☆☆☆☆

観るのは2回目。最初は普通の劇場公開版の方を観た
ので、今回はディレクターズカット版の方を。
有名なスパイダーウォークとか、サブリミナル的に
挿入されるフラッシュバックだとか、正直そういうのは
蛇足以外の何物でもないのだが、あくまでオリジナル基準の
評価って事で。

ホラーという、一部の嗜好家以外の人には
色眼鏡で見られがちなジャンル映画を
ここまで格調の高い作品に仕上げた功績は
賞賛してしかるべき。だってこれ、間違いなく名画だもの。
しかも名画中の名画でしょう。

今現在の目で観ても、逆にこういう世の中だからこそ
その格調の高さがより強調されて伝わってくる。

信仰心なんか無くなった今の時代、
神はもう死んだも同然なのかもしれません。
毎日伝わってくるのは暗いニュースばかり。
神無くして、悪魔が蔓延る時代じゃあ無いですか?

何も悲惨な事件は悪魔が起こしてるんだ!
なんてオカルトじみた事を言いたい訳じゃあありません
人の心の内、の話をしてるのです。

作中内でもことごとく神や悪魔なんて否定されます。
この時代にもう悪魔なんて居ないだろうと。
悪魔憑きなんてのは脳の異常か精神的な病でしかない
そう判断され、母娘共に疲弊していく姿が何とも憐れ。
何せ藁をも掴む思いで頼った神父さんにまで
悪魔祓いなんて16世紀に行かないともう無いよ
等と言われてしまう始末。

カラス神父は多分実際に悪魔祓いの儀式をしている時も
まだ半信半疑だったのでしょう。
だが、命を懸けてまで人を救おうとしたメリン神父の
まさに殉職した姿に彼は神を見たのかもしれません。
「娘は死ぬの?」「大丈夫、必ず助かる」
自らの母を精神病棟に預けて、親の死に目にも会えなかった
贖罪が如く、彼もまた命を賭して一つの家族を救う。

私はカトリック教徒でも何でもありません。
なのでそれが実際に居るかどうかなんてのは問題じゃあない。
神も悪魔も人の心に潜むもの、人は神にも悪魔にもなれる
ってのはそういう事では無いのかと。
高貴な精神こそが何よりもかけがえのない大切なもの、
そう教えてくれているのだと信じます。

神を無くした時代だからこそ、人の心に光明を見出せる事が
救いにもなるし、生きるために必要な事なのかもしれません。

神様?悪魔?そんなの見た事無いし。
ホラー?人をびっくりさせるだけの映画なんて
たかが知れてるじゃん?
いやいや、ホラーは怖がらせてナンボでしょう?
でもこれ、怖く無いよね。昔はこんなの有難がってたの?
そんな事はどうでもよろしい!
そんなのだけがホラーじゃないぞ。
時代と共に人がなくした物、あるいは失いかけている物
目に見えない本当に大切な何かをエクソシストは教えてくれる。

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エクソシスト ディレクターズカット版 エクソシスト ディレクターズカット版
価格:¥ 980(税込)
発売日:2007-09-07

2007.12.16

IRON HEART

MSショートコミック
著:藤田一巳
バンダイ刊 B-CLUB第7号掲載

「Z-MSV」の時に描かれた
いわゆるガンダムMK-3コミック。

主人公の駆るMK-3がディジェと交戦。
最新鋭の人殺し兵器に乗ることに躊躇いを感じ
迷いが生じた隙にピンチに陥る。
殺られたと思ったが、ディジェは撃たずに
後退していった。
数ヵ月後にエゥーゴに参加した主人公は
その時のディジェのパイロットが
アムロ・レイだったと知る。
というようなお話。

まあ何だ、近年のガンダムだと割と
俺は人殺しじゃない!とかそういうの
パターンみたいになってますけど、
当時はそこまで踏み込んだりはあまり無かったかな?
勿論、好きでやってるわけじゃないけど
仕方なくやってるんだ、みたいな。
富野系は大概そんな感じか。
巻き込まれ型の主人公で、最初から軍人とかじゃないですし。

ヒューマニズム的な所もあるんだろうけど
あんましそういうのをクドクドやられても
逆に安っぽく感じる部分もあって
個人的にはあんましそういうのは好きじゃないです。
いや、嫌いじゃないけど、どの作品もそこら辺の部分は
あんまり面白い話にはなってないかなぁ?っていう。
「08」辺りがギリギリそれなりに見所はあるかな
っていう所かも。

マニアな所ではアムロのディジェがガンダム顔してる。
「デイアフタートゥモロー」でもそういう話ありましたが
やっぱ当時から皆アムロにはガンダム乗ってほしかったと
思ってたのかなと。
逆に私はガンダムには乗らないことで
堕ちたヒーロー的な感じがして、そこもまた
面白味なのかなとか思っちゃう方ですが。
予定調和はやらないよっていうZらしさというか。

ガンダムMK-3、人気あるのか無いのか微妙な所ですが
モデルグラフィクス設定の方も含めて、黒歴史に相応しい
色々と複雑な背景を持つ機体。
この漫画で言えばアナハイム製ではあるものの
アムロのディジェと戦ってるって所では(宇宙なのがアレですが)
連邦所属の様子。でも後の設定とかだとエゥーゴのMS
ってなってるんだよねぇ。
この戦いの後で主人公がエゥーゴ行く時持ち逃げしたのかも。
MK-2と同じように。
でも「Z-MSV」じゃなくて他の雑誌(アウト)が
初出らしいし、そっちは見た事無いので何とも言えん。

公式な商品だとナイトガンダムの中身くらいでしたっけ?
GFF辺りでいずれ出るとしたらどんな事になるのやら。

って、たかだが4ページのどうでもいい漫画で
私は何を長々と語ってんだか。やあねぇオタクって。
君は黒歴史の涙を見る。

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071217_00340001

2007.12.09

雲南の少女 ルオマの初恋

原題:諾瑪的十七歳 When Ruoma Was Seventeen
監督:チアン・チアルイ(章家瑞)
映画 中 02
☆☆☆

空に一番近い村の少女が恋をした

つー事で先日の「白い馬の季節」に続いて中国映画。
雲南省元陽、棚田で世界的に有名なハニ族の
少女ルオマの初恋の物語。

日本で言う千枚田(段々になってる田んぼだ)の
もっとスケールの大きな奴で、まるで地層をCGで
表現したかのような圧倒的な風景が凄いです。

エレベーターすら見た事無いという田舎で
自然と共に暮らすルオマが、街で焼きとうもろこしを売り
日銭を稼ぐ中、写真家の青年アミンと出会い、
初めての恋をする。

田舎っぺ娘が都会の青年と出会い、と
話としては割とベタな感じですが、
のぼせあがってしまう初恋の初々しさとかは勿論、
初めての恋が万事上手く行く人なんておそらくは稀で
同時に誰もが経験する、その後の心の痛み、苦しさまで
描いてあったのは何気に良かったんじゃないかと。

そこまで描く事によってありきたりなラブストーリーから
一歩踏み込んだ、人としての成長みたいな所を
感じ取れる作品になってましたし。
私も恋をする楽しさ、嬉しさとかよりも
痛々しさの方ばっか経験してるしな(涙)

有名な観光名所らしく、外国人が沢山訪れて、
中には日本人向けに
「10元で写真をとってもいいですか?」とかいう怪しい
日本語もあったりしましたし、
いきなりエンヤ(だよな?)の曲が流れ出して
なんかちょっと合ってねぇ~って微妙な所もありましたが
風景映画として観るのもアリかと思うし
まずまずの作品だったかな。

しかしこれと似た田園風景って何かの映画で見た様な気が。
雲南省とは関係無いただの千枚田かもしんないけど
何かデジャヴ的なものを感じたのだが、どうも思い出せない。
「トンマッコルへようこそ」だったっけ?
それとも「玲玲の電影日記」?ぐああ、モヤモヤする。

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2007.12.08

悪魔城ドラキュラ 闇の呪印

Castlevania Curse of Darknes
著:佐々倉コウ
メディアファクトリー刊 MFコミックス 全2巻
☆☆☆★

「闇の呪印」コミカライズ版。
3巻の予告まで載ってるのに、発売中止になったぽいです。
初出が載ってないけど連載じゃなくて描き下ろし?

ロザリーが殺される所までなので
未完とはいえ、丁度ゲームの前日譚的な感じで
これはこれで悪く無いのかなと。

ぶっちゃけゲームよりもこっちの話の方が
面白いんじゃねーの?って気がするので
どうせなら続きも読みたい所ではありますが。

ヘクターの過去とか、ゲーム本編では触れられてないので
こっちを読む価値は十分にあります。
生まれつき闇を引きつける力があった為、
迫害され、どこにも居場所が無かった少年時代。
錬金術の力を身につけ、悪魔精錬士として
闇に染まりながらも唯一見つけた自分の居場所。

認めてくれる人が誰も居ない苦しさって
なんか私も凄いわかるので
ヘクターの気持ちが痛々しく伝わってきます
えぇ、どーせ私は寂しいですよ~
彼みたいな力も無いのが救いようが無いけど。

そのヘクターの力に嫉妬するアイザック、
そして自らの不幸な生い立ちをものともせず
これぞ無償の愛というか、シスターの鏡のような
ロザリーのまぶしいくらいの美しさ。
こんなわかりやすい設定があるのに
あのゲームの陳腐なシナリオは一体何やってんだか。
まあドラキュラに話の面白さなんて求めては居ないけれど。

「・・・悪魔の声が聞こえるのね・・・
 誰にでも聞こえるのよ
 ・・・貴方はちょっと耳がいいのかしら
 ――耳を貸してはだめ
 ヘクター、自分に呪いをかけてしまわないで」

ゲームの方だとどっちかつーと
自らの後始末的なものかと思ってたけど、
これ読んだ後だと、自らかけた呪いの解放、
みたいな戦いでもあったのかな~?なんて思ったりも。

絵も悪く無いですし(ジャガンナートだけちょっとアレだが)
なかなか読ませる作品になってます。
・・・でもゲーム本編共々、きっと売れなかったんだろうな~
本編が不甲斐ないばかりにこんな結果になってしまって
なんか可哀想だな、とちょっと同情してしまいます。

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悪魔城ドラキュラ闇の呪印 1 (1) (MFコミックス) 悪魔城ドラキュラ闇の呪印 1 (1) (MFコミックス)
価格:¥ 700(税込)
発売日:2005-11

2007.12.06

奇子

AYAKO
著:手塚治虫
角川書店刊 角川文庫 全2巻
☆☆☆☆

「人間昆虫記」に続いて「奇子」を読む。
ぐはっ、なんちゅーエログロ文学。
近親相姦とかちょっとキツイっすわ(汗)

GHQがどうのって所から始まるので、
天外家を通して戦後の日本を総括する的な方向に
行くかと思いきや、思いっきりエログロドラマ。
「箱男」ってのは江戸川乱歩でしたっけ?
こっちは箱女ですし、方向性としてはそっちに近い。

でもさ~、これと同じとは言わないまでも
こういう戦後のカオス的な事って、
あまり表に出ないだけで多分実際に色々と
あったんでしょうね。

先日、親戚の方で葬式があって
私も出席してきたのだけど、
私の母側の家系って5人兄弟ですし
無くなられた方の方も4人兄弟とか言ってました。
私等の親の世代くらいだと、何気に兄弟とか多いし、
その家なり地方なりのしきたりというか
その中のしがらみだのって色々あったり。

私自身は親戚づきあいとかメンドくさい方だし
多分若い人はそういったものには割とドライな人が多い筈。
私はまだ田舎の方ですし、足を伸ばせば親戚の家は
全然遠く無い距離ですけど、都市部に住んでる人なんかは
尚更そういうのって、それこそ冠婚葬祭くらいしか
顔合わせる機会なんて無いんじゃないかと思う。
でもさ~、一昔前くらいだと、その家、家系、血筋で
ドロドロしたものってあるんだよな。

って、家に限らず人間関係のドロドロなんて
何時の世にもあるものでしょうけれど。

で、奇子だ。見た目は大人、中身は子供、
その名も、不思議なメルモちゃん!
・・・じゃあないけれど、シリアスで激重な話しながら
そこにどことなくエロティシズムを感じてしまうのが
なんとも手塚っぽいです。
奇子萌え~、とかは言わないけれど。
いや、アリかも。ピノコは萌えるしな。

不幸のバーゲンセールで、こんな腐った世の中なんて
消えてなくなってしまえ!的な、例えば「アラバスター」
なんかだと、それはそれでアナーキーで読んでて楽しいけど
こういう奇譚的なものだと、何とも言葉を失ってしまう。
ドラマとしては圧倒されるんだけども。

仁郎、伺郎、波奈夫辺りの人道的な部分での
奇子に対する各々の線引きの差みたいな所が
何気に面白い所か。女性陣は皆男に翻弄される側
ってのがちょっとひっかかる所ではあるが。

手塚の大人向けのドラマ、何気に映画化とかしても
面白そうな感じ。少年漫画的な方は色々と映像化されたり
何度もリメイクされたりしてるけど、大人向けのラインも
結構な金脈だったりするんですけど、そういうのに目を
つける人は居ないものでしょうか。

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大澤豊 日本の青空
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奇子 (上) 奇子 (上)
価格:¥ 609(税込)
発売日:1996-06

2007.12.03

unknown アンノウン

原題:UNKNOWN
監督:サイモン・ブランド
映画 米 06
☆☆

俺が誰なら、生き抜ける

閉ざされた廃工場で目覚めた5人の男。
皆記憶を失っていた。俺は誰だ?奴は誰だ?
5人の内3人は誘拐犯、2人は人質らしい。
断片的に甦る記憶と共に、状況は刻一刻と
変化していく。
って感じのシチュエーションサスペンス。

ジム・カヴィーゼル、グレッグ・ギニア、
バリー・ペッパー等、渋めの人選。

シチュエーションは面白いし、
二転三転する真相とか、それなりには頑張ってるけど
何分、曖昧な記憶だったりするので
こんなのどうにでもなるだろうってのと、
ちょっと強引な展開とかは微妙な所。

そりゃ生き残るために一緒に頑張ったとはいえ
犯人がそう心変わりなんてするもんでしょうか?
しかも殺人犯にはなりたくないとか言ってるし。

もし自分が犯人側だとわかったら、
あ、俺犯罪者なんだ?だったら躊躇しないもんね~
とか早々に非道な方向に走りそうだ(汗)

アンダーカバーだの不倫だのってのは
驚く反面、なんか無理矢理感も漂う。

こっちでも劇場公開してたので、その時も
観るつもりではいたけど結局何かの理由でパス。
さほど話題にもなんなかったですし、
やっぱりそれなりの作品って事です。

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unknown/アンノウン unknown/アンノウン
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2007-07-04

2007.11.29

悪魔城ドラキュラ ギャラリー オブ ラビリンス

コナミ
ディレクター:櫛渕敏
機種:DS 発売日:06.11.16
☆☆☆☆★

「蒼月の十字架」に続くDSドラキュラ第2作。
ストーリーは「バンパイアキラー」直系。

第二次大戦中、突如として姿を現した悪魔城。
かつてドラキュラを倒したジョニー・モリスの息子、
ジョナサン・モリスと幼馴染のシャーロット・オーリンが
悪魔城に挑む。

2キャラ切り替え製なので「蒼月の十字架」の
ユリウスモードに近いけど、これまでと違って
二人同時に戦えたりするので、私は
「バイオハザード0」っぽい!とか思ってしまいました。
勿論片方はオートですけど、オプション的な動きを
しつつも、敵を挟み込んでボコボコにできたりと
なかなか軽快で非常に楽しい。
勝手におバカな行動をとって、居ない方がマシ
って感じじゃないのが良いです。

序盤はジョナサンの方が強いけど
ある程度装備が整えばシャーロットの方が
使いやすいかな?基本的にはシャーロットで
やってる方が多かった。
特にサークルストーンが激強。
壊れる壁なんかも勝手に壊してくれるし、非常に便利。
後はクリアフィールドがボス戦で役立つこと請け合い。

なんか2対1で卑怯くさいな~
でも楽しいからいいや、等と思ってたら
最後の最後、しっぺ返しをくらう事に。
ラスボス戦、非常にインパクトがあってよろしい。
今回は死神のキャラが立ってたのも珍しい。
ドラキュラ様ではなく、ブローネルって輩が
悪魔城を復活させたので、主の居ない死神も戸惑ってる、
って設定が新鮮。

今回は全部の敵が何かを落とすわけではないので
サブウェポン系というか収集系がちょっと弱いのだけが
若干の不満か、その点は蒼真君のタクティカルソウルの方が
何でもありで楽しかったかも?
無意味なタッチペン操作とかは排除したのは正解。
前回は封印とかメンドくさかったし。

後は二人とも強いので、割とボス戦でも
ゴリ押しで倒せたりする場合も多いのが難点か。
きっちりパターン組まないと倒せない敵も
中には居るんですけど。なんとなく倒せてしまった
ってのが結構あったかな?

「バンパイアキラー」直系の話なので
親父絡みの話は勿論、盟友エリック・リカードとか
とある事でリヒター・ベルモンドまで登場と、
シリーズファンには嬉しい限り。
ついでに定番になったラルフ、サイファ、グラントの
フェイクもおまけ的に登場してくれるし。

ゲーム的にマンネリ感はやっぱりあるけど、
PS2「闇の呪印」とかと比べたら、それでもやっぱり
こっちの方が楽しいし、サクサク遊べるのが良いです。

マップ、クエスト、敵図鑑はコンプリート。
リヒター&マリアが使えるモードと
タッチペン操作で敵の姉妹が使えるモードは
ちょこっとさわった感じではイマイチ。
前回のユリウスモードはアナザーストーリーって感じで
モチベーションが保てましたが、基本的にこういうオマケは
あんまりやんなかったりするので。

さて、次は「Xクロニクル」か。PSP持って無いので
時期を見て。ドラキュラの為に本体買うのは今に始まった
事では無いのでいいけど、なかなか資金に余裕が無いのが
難しいとこです。PCE版やって我慢しとくか?

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コナミ DS 悪魔城ドラキュラ 蒼月の十字架
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悪魔城ドラキュラ -ギャラリー オブ ラビリンス- 悪魔城ドラキュラ -ギャラリー オブ ラビリンス-
価格:¥ 5,229(税込)
発売日:2006-11-16

2007.11.21

エピデミック ~伝染病

原題:EPIDEMIC.
監督・脚本・編集・出演:ラース・フォン・トリアー
映画 デンマーク 87

ラース・フォン・トリアー長編2作目。
映画監督ラースと脚本家ニルスは完成した脚本の
データを消失し、期限までの五日間で脚本を完成
させなければならなくなる。
必死に思い出そうとするも、あまり憶えておらず
完成していた脚本はあまり気に入ってなかったとし、
新たな脚本の執筆に入る。

そのタイトルは「エピデミック」
伝染病の蔓延る世界で、一人正義感に燃える医師が
人々を救おうとするも、感染源はその医師自身であった
というような作品。
そんな折、現実のヨーロッパにも、
謎の病が発生していた事を脚本を書く二人は
知る由も無かった・・・。

とまあ映画劇とそれを描く脚本家&監督の様子が
同時進行で描かれるという変則的な映画。
確かスパイク・ジョーンズ&チャーリー・カウフマンの
「アダプテーション」もそんな感じでしたっけか。

全編モノクロだったり、特殊な構成だったりと
非常に実験色の強い作品。
1作目「エレメントオブクライム」は
ドグマの誓いと全くの正反対の作風でしたけど、
カンヌで賞も貰ったし、そっち方面はもういいや
って感じなんでしょうかね?

作中でも本人が、驚きのある革新的な作品を
撮りたいんだって言ってますし。

自分は行く気無いけど、人から聞いた話だけで
アメリカをテーマに描くんだ、とか後のアメリカ3部作を
臭わす様な発言もあったり。

あとは純粋な善意が悪意を呼んでしまうっていうのも
トリアーっぽいかな?

で、最後にプロデューサーへのプレゼン時に
先に脚本を読ませておいた女性を呼び、
催眠術でその恐怖を語ってもらう、というような
変わった事をするのですが、語っているうちに
その女性の様子がおかしくなり、最後には・・・。
う~ん、これ、ホラー映画だったんすかね?(汗)

なんか正直チープな感じもしますが、
人の意識の中で感染するってのは
考え方によっては斬新かも?
似たようなジャパニーズホラーとかもありそうですが。

ただこれ、ホラーだとかそういう意味ではなく、
感情の意識だとか、人間の感化が伝染的に伝わり
皆が同じような感覚を持ってしまうことが
何より恐ろしい、みたいな風に考えると結構面白いかも?
特に日本人なんて右倣えの精神が強いですし、
今で言えば何でしょう?「そんなの関係ねぇ!」とか
言ってるようなやつでしょうか?
猫も杓子もって感じで、私はああいうのは
なんだかな~って思う方なのですが、
あれが病原体で、次々に意識に感染が起こってる、
とか考えると何気に面白いような気がしなくも無いです。

別にそんなんでなくとも、UFOなんかが
世界的な集団幻想なんじゃないか?なんていう考えも
あったりしますし、それの良し悪しは別にして
ちょっと視点を変えると色々な物が見えてくるってのは
あったりしますしね。

あと「意識」っていう面では、脚本を読ませて
それを催眠術で語らせるってのも、考えると面白い要素かも?
映画にせよ本にせよ、受け取る側によって
物事って千差万別に変化するものです。
作り手側が提示した物を、一端受け手側に回して
その受け手側から再び取り出すって作業、
よくよく考えると面白くないですか?
伝言ゲームみたいに全く違う言葉になってたりしそうで。

とまあ映画としてはつまんない作品ですが、
変な事を色々考えるって面では、トリアー作品らしいと
思わなくも無いです。

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ラース・フォン・トリアー エレメントオブクライム
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エピデミック~伝染病 エピデミック~伝染病
価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2004-12-22

悪魔城ドラキュラ 闇の呪印 復讐の序曲

PS2「悪魔城ドラキュラ 闇の呪印」特典
サントラCD+コミック
著:小島文美

「闇の呪印」確か早期購入特典だったはずですが
大量に作りすぎてしまったのと、作品そのものが
さっぱり売れなかった事もあって、
ベスト版にまで早期購入特典がついてしまうという
売り手側にとってはとっても恥ずかしい一品。

サントラは「バルジット山脈」「ガリバルディ大聖堂」
「伝説のベルモンド」「ゼアドの肖像」の4曲のみ。
シリーズが面クリア型から探索型になってからは
あんまし音楽方面は印象に残らなくなった気が
するんですけど、こうして単品で聴いてると
意外とドラキュラサウンドしてて良いな~
とか思ってしまいました。

最初の2曲なんかは他のシリーズで使ってても
多分違和感は無いのでは?割と良い感じです。

続いてコミックの方。
キャラデザの小島文美の手による
プロローグコミック。
そういえば「月下の夜想曲」時も
同じようなのがありましたっけ。

漫画家じゃなくてあくまでイラストレーターなんでしょうし
絵は申し分無いです。
気合の入ったシリアスなシーンだけでなく
ちょっとほんわかしたシーンの崩した感じの絵なんかも
何かなごんで良さ気。

そんな感じで、絵は良いのですが、
セリフが何故か電波だ(汗)
「この能力 何故?どれ程の?
 せめて少しの野心 責められても 
 生まれて 死ぬ為の 希望」

何を言ってるのかさっぱりわかんねぇ~!

まあ単品で読むマンガでも無いですし、
あくまでゲームのプロローグ編として
雰囲気重視って事なんでしょうけども。

かつて魔道に堕ちた者が得た唯一のやすらぎ、
だが彼女は魔女狩りにあい、その幸福も脆くも崩れ去る。
虐殺された恋人の復讐こそが
ヘクターにとっての唯一の行動理念であるのだろう。
と、中身の方はきちんとわかるようにはなってますけどね。

まあただの特典物ですし、そこ考えたら
十分なものかもしれません。

関連記事
PS2 悪魔城ドラキュラ 闇の呪印
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・・・寝過ごして更新しそこねた(汗)

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2007.11.09

エレメント・オブ・クライム

原題:THE ELEMENT OF CRIME
監督・脚本:ラース・フォン・トリアー
映画 デンマーク 84
☆☆

ラース・フォン・トリアー長編映画1作目。
いわゆるデビュー作ですが、ドグマ以降の後々の
作品とは全然違う路線。

連続殺人事件を担当する事になった刑事フィッシャーは
カイロからヨーロッパへ飛ぶ。
恩師であるオズボーンの元を訪ね、彼の捜査方法論
「ジ・エレメント・オブ・クライム」に従い
犯人と同じ行動を辿る事で、犯人の同行を探ろうとする。
捜査線上に浮かび上がったハリー・グレイという人物。
かつてはオズボーンが担当していた事を突き止め、
問い詰めるも、既にハリーは死んでいるという。
だが、犯行は止まず、フィッシャーはまだ犯人が生きていると
確信し、エレメントオブクライムの原則に従い
捜査を進めていくが・・・。

後々の作風であれば、犯罪を犯す人間の心理とは何か?
その根本を問い質す、ってな風になりそうなもんだが
この時点ではそういう作風では無い様子。

犯人と同じ行動をとる事によって、徐々に犯人と同化
していってしまうという感じのお話。
テーマうんぬん重視ではなさそうだ。

つーかバリバリに映像に凝ってます。
全編セピアカラーで一部だけ着色という映像派っぽい作品。
何分、精神科医の催眠療法で過去の事件を思い出す
っていう形なので、悪夢みたいな感じにもなってます。
そういやこの人「キングダム」とかいうサイコホラーも
撮ってたりしますしね(私はまだ観て無いが)
ヨーロッパ版「ブレードランナー」と称される事もあるとか?
押井守もこれのファンらしい。「アヴァロン」にも若干近し。
私はどっちかつーと「未来世紀ブラジル」に近いと感じたが。

で、デビュー作ながらカンヌの技術賞をとってるみたい。
でもそういう人が、映画は技術なんかに頼ってちゃダメだ!
とドグマ95運動を始めたり、さらには背景なんて
無用だとばかりに、背景セットすら無くしたアメリカ3部作
「ドッグヴィル」「マンダレイ」「ワシントン」
みたいな方向に行っちゃったのって何故でしょう?
映画界全体の時代背景なんかもありそうですが。

まあ方向性こそ違えど、ダンサーインザダークやら
ドッグヴィルやら、デビュー作のこれやら、
カルト映画な部類しか作ってないのは一貫してますけどね。

調べてたらこの人、子供の頃に精神科にかかってたらしい。
他にも色々と結構特殊な環境で育った人のようで、
やっぱりそういう所が普通の映画とは一味も二味も違う、
風変わりな作風に繋がってるんだなと思う。
きちんと映画の勉強もしてますし、芸術志向の人でも無い。
きっと根っからの変人なのでしょう。まさに奇才というべきか。

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ラース・フォン・トリアー イディオッツ
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トリアー脚本 ディア・ウェンディ
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エレメント・オブ・クライム エレメント・オブ・クライム
価格:¥ 2,940(税込)
発売日:2007-01-24

2007.11.03

赤ちゃんに乾杯!

原題:3 HOMMES ET UN COUFFIN
監督・脚本:コリーヌ・セロー
映画 仏 86
☆☆

「女はみんな生きている」「サン・ジャックへの道」
コリーヌ・セロー監督作品。
「スリーメン&ベビー」として米映画としてリメイク。
日本でもタイトルそのまま「赤ちゃんに乾杯!」として
TVドラマでリメイクやってた様子。

独身貴族の男3人が、急に赤ちゃんを預かる事になって
てんやわんや、という大筋だけで何と無く
中身は想像できてしまうタイプのコメディー。

観る人の状況によって印象は全然違ってくるかな?
男と女では全然違うでしょうし、実際に赤ちゃんを
育てた経験のある人無い人でも違ってくるでしょう。

私は姉の子供預かってあやした事が多少あるくらい。
正直、めんどくせーな~って感覚しか無いです。
流石にそんなんでは父性に目覚める筈も無く・・・。

前半の麻薬取引うんぬんの所はかったるい。
父親がフライトから帰ってきて3人になってからの
方がそこそこ面白くなってくるかな?

基本的にコメディーですが、
ビルやら何やら男は物を作れるのに
子供は作れない。じゃあ男って何なのだろう?
なんて考えてしまう一幕も。
男が服の中に何か詰め物して、妊娠してるんだ、
なんつーシチュエーションだったりするのが
またコメディーなんですけども。

米国リメイク版の方は結構なドタバタみたいですが
こちらは微妙にトーンが低め。フランス映画だから?
リメイク版の方が有名ですし。

これが原点なのかは知りませんが、
シチュエーションコメディーの典型の一つとして
押さえておいて損の無い作品、って所かな。
「ジョジョの奇妙な冒険」でも4部でこのネタ
やってましたしね。透明な赤ちゃんの話で。

コリーヌ・セローの映画って事で期待して観ましたけど
その部分ではそんなでも無かったかも。

関連記事
コリーヌ・セロー 女はみんな生きている
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ギャヴィン・フッド ツォツィ
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2007.11.01

悪魔城ドラキュラ 闇の呪印

コナミ IGAプロデュース
機種:PS2 発売日:05.11.24

あまりつまんなくて途中で投げてたのだが、
この度ようやっとクリア。
シリーズ屈指のつまんなさでした。

名作「悪魔城伝説」のアフターストーリーで
主人公のへクターは悪魔精錬師という
これまでにない設定を持ちながら、
シナリオもそれを生かせてなければ、
ゲームとしてもお粗末そのもの。

短調な戦闘や移動に、さほど面白味も無く
無駄に面倒なだけの数々のシステム。
作ってる方はこれが面白いと思ってるんでしょうか?
とにかくストレスが溜まる作りで、嫌々やってました。

やりこみ要素を増やしました!とか言うのはいいけど
それが面白味には全然繋がってません。
PS2版の前作である「キャッスルヴァニア」の方が
まだ面白かった気がします。

武器が増えました!
モーション遅すぎて剣以外の武器は使えた
ものじゃありません。
しかも剣だとモーションこそ速いものの
攻撃範囲が狭くて当たらなくてイライラ。

武器やアイテムの精製ができます!
自分で狙って何かを作れるわけでも無いし
無駄な手間なだけでイライラ。

イノセントデビルシステムが売りです!
左スティックで自キャラを操作して
十字キーで特殊操作って何だ?
ゴメンナサイ、私左の親指は一本しかないです。
ずっとオートでほっときましたが、ラスボス戦では
ガードさせて放置したままの方がマシでした。

ベルモンドでもアルカードでもバンパイアハンターでも
無いキャラが主人公です!
どっかで観たことあるような話を切り貼りしただけで
シナリオもクソもないです。

あとは店に何の意味も無いとか、遠近感が掴めず
空中の敵とかジャンプするとことかイライラさせられるとか
ステージやマップが何の面白味もないとか、
ステップが万能すぎて、ステージの狭いラスボス戦以外は
ただステップ連発してヒットアンドウェイしてれば
倒せちゃったりとか(前作では少なくともボス戦位は
パターン読んできちんと対応しないと倒せなかった)
なんか凄い無駄に時間を浪費させられただけに思えて
ガッカリもいいとこです。

唯一良い所を挙げるとしたら、
我らがラルフ・C・ベルモンドがなかなかカッコ良いとか
そんなんくらいしか思い浮かびません。
もう3Dドラキュラは止めときましょう。
ストーリーの最後で前フリしといた
ベルモンドとドラキュラの最終決戦は
2Dにしといてもらいたいです。

さて、次は「ギャラリーオブラビリンス」やろう。
その前に「バンパイアキラー」やっとくか?
そんな所で「Xクロニクル」はまだまだ先になりそうです。
そもそもPSP持ってねぇし。いつか買うけど。

関連記事
FC 悪魔城伝説
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悪魔城ドラキュラ 闇の呪印 悪魔城ドラキュラ 闇の呪印
価格:¥ 7,329(税込)
発売日:2005-11-24

2007.10.26

インベージョン

原題:THE INVASION
原作:ジャック・フィニィ「盗まれた街」
監督:オリバー・ヒルシュビーゲル
映画 米 07
☆☆

「ボディスナッチャー」これでなんと四度目の映画化。
なんでこればっかりリメイクされ続けるんだか。
とか言いつつ、私はちゃんと観たのはこれが初かな?
古典SFとしてよく例に出される作品なので
大まかな内容は知ってましたけど。

宇宙からのウィルス寄生生物により、
知らないうちに街の住人が得体の知れない何かに
入れ替わってしまうという定番ネタ話。
「宇宙戦争」みたいに派手なVFXが必要無い
ってのも予算的にリメイクしやすいって要因でしょうか?
ニコール・キッドマン、ダニエル・クレイグ出演。

知っているはずの人がいつのまにか
何かに入れ替わっている。
恐ろしいモンスターが襲い掛かってくるってのと
また違う、イマジネーションを刺激する怖さがあります。
手塚漫画なんかでも似たようなのありますし
岩明均「寄生獣」なんかにも通じるものがあるな。
話の後半なんかはゾンビ物なんかにも近いです。
そういう意味じゃ割と好みの部類かも。

劇中のインテリロシア人が言ってた
人間は動物か否かって部分はなかなか面白かったですが
乗っ取られる事で何故か世界が平和になっていく、
なんてのは元々の原作からある要素なんでしょうか?
その辺はちょっと無理矢理臭かった。
ソレスタルビーイングはこのウィルス利用すれば
きっと戦争なんか無い平和な世の中が作れる事でしょう。

でも乗っ取られたフリをしてれば気付かれないだとか、
市民はボーっとしてる状態なのに、追いかける人とかは
メチャメチャ速かったりとか、その辺の差は?とか、
ニコールが逃げ込んだコンビニは何故に
あんな荒らされてるのよ?だとか、話はえらく
ご都合主義くさい。
きちんとした設定とかあるのか知らないけど、
話にあんまリアリティとかは感じないです。
レム睡眠時にウィルスが繁殖するから
寝ちゃだめ~!とかってのもただの話の都合っぽいし。

まあ話とかは二の次にして、シチュエーションSFスリラー
みたいに楽しむべき作品なのかもしれません。
ズバコーン!とかバカバカしい笑えるB級でもないので
ニコールとかクレイグのファンでもなければ
あえて観るべきようなものも無いですけど。

監督が「ヒトラー最後の12日間」の
オリバー・ヒルシュビーゲルだったりするんですが、
ハリウッドって何故か海外で名を上げた作品の監督とか
引っ張ってきてこういう変な作品作らせたりしますよね?
ジュネに「エイリアン4」やらせたりとか。
ハリウッド商業作品くらいこなせなきゃ
使い物にならんって事なのかもしんないですけど、
そういうのって才能を無駄に浪費させてるとしか
思えないのは私だけでしょうか?
たまに光る人も居なくはないけど、大概失敗して終わる
ってパターンの方が多いような気がします。
2~3本やらせてあまりパッとしなくて結局故郷に戻る。
なんかそれって非常に勿体無いぞ。

関連記事
オリバー・ヒルシュビーゲル ヒトラー最後の12日間
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ニコール・キッドマン主演 記憶の棘
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原作

盗まれた街 (ハヤカワ文庫 SF フ 2-2) 盗まれた街 (ハヤカワ文庫 SF フ 2-2)
価格:¥ 700(税込)
発売日:2007-09

2007.10.24

あなたに言えなかったこと

原題:things I never told you
監督・脚本:イザベル・コヘット
映画 米・スペイン 95
☆☆★

「あなたになら言える秘密のこと」
イサベル・コイシェの昔の作品。
続編とかそういうのじゃないけど、
邦題とか最初からこの手のつけられてるんですね。
名前の読み方は今とちょっと違うけど。

「あなたになら~」とか「死ぬまでにしたい10のこと」
とかはちょっと重めの話ですけど、
こっちはそれほどでもない。
割と普通の恋愛話・・・いや、普通ではないかな?
突然の別れのシーンから始まったりしますし。

理由もわからず、突然電話で別れを告げられ
失恋した女の子アナ。
そして昼間は不動産の案内、夜は悩み相談電話
ホープラインのカウンセラーをする
ちょっとうだつのあがらないタイプのドン。
ふとした偶然から、二人は出会い、
恋をするのだったが・・・。

不器用な人達の不器用な恋愛模様系。
個人的にはこういうの好きな部類ですけど
最後のオチに収束するタイプの話なので
そこに到るまでが結構グダグダしてるかな。
アナとドンがメインですけど、お互いの周辺の人達も
含めたアンサンブル的な要素もあるので。
勿論、周辺の人達も皆不器用な人ばかり。

まあ恋愛って複雑ですわ。
上手く行ってる時はそんなに思わないんだろうけど
失恋してね、何がいけなかったんだろう?
愛って何だろう?自分って何なの?
色々と考えちゃいますよね。

個人的にツボったのは
お気に入りのカプチーノ味のアイスが売り切れで
スーパーで泣いてるおばさん。
アナがチョコ味にしたら?ってやさしく声をかけるけど
カプチーノじゃなきゃだめなのよ~!って。
その場では何だこいつ?みたいな感じだけど、
まさか自分もそうなってしまうとは。

他人にとってみれば他愛の無い事に思えるけど、
その人その人にね、それぞれの人生があるんだろうなって。
何もカプチーノアイスが食べたくて仕方なかった、
とかじゃあなくって、彼女なりにね、多分その背後には
色々と抱えるものがあったのでしょう。
そういう所をさり気なく描いてあるのは上手いです。

恋愛が上手く行ってる時の幸せとか、
失恋した時のどうにもならない気持ち、
わかれた筈なのにまた復縁したり、
思いを寄せていた人とは違う人と上手く行ったり
上手く行きそうで行かなかったり、とにかく
様々な様子が描いてあって、ただの恋愛ドラマじゃなくって
人間って不思議だね、なんて所にまで踏み込んでる感じで
ありがちなものとは一線を画す、ただものじゃない
個性の光る作品にはなってます。
スペインの個性派って事で、私はアルモドバルより
こっちの方が好きかな。

関連記事
イサベル・コイシェ あなたになら言える秘密のこと
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イサベル・コイシェ パリ、ジュテーム
http://truth.mo-blog.jp/area/2007/05/post_0014.html

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価格:¥ 3,990(税込)
発売日:2001-08-10

2007.10.11

あなたが去ってから

Since You Left
監督:ムハンマド・バクリー
映画 パレスチナ・イスラエル 06
☆☆

山形国際ドキュメンタリー映画際2007
インターナショナル・コンペティション部門。

ドキュ際、過去には参加した事無かったのですが
せっかくなので今回は参加してみようと。
「垂乳女」に続いてこちらも見ました。
そちらは「殯の森」からの流れですけど、
せっかく国際なんてついてるんだから
日本だけじゃなく他国のも観とくべきかな~
とか思ったので。

でも参加できるのは都合で1日だけでしたし、
基本的に1日に何本も観るのはツライので
短い奴を。
ついでだから監督の挨拶がある奴が良いし、
って事で条件に合うのは必然的に
これくらいしかなかった。
ジョー・サッコ作「パレスチナ」も読んだことだし
丁度良いかな?ってのもあったし。

正直な所、一体何を観たら良いのやら?
ってのもあったんですが、応募何百(何千?)作品の
中から厳選して数十本が選ばれてるので、多分
どの作品も観るべき価値のあるものなんでしょうけど。
「戦争でも希望は死なない」ってのも
興味あったんですけどね。
そっちは早々にチケット完売しちゃってました。

ってか凄いもんですな。どの作品も
ほとんど満席に近いみたいですし、
外国人の方も沢山いらしてて、
開催側のスタッフも物凄く一杯いました。
今まで参加した事無かっただけに、結構びっくり。

ついでにそのスタッフ見てて、ガイド役として
英語できるのも条件だったのでしょう、
結構あちこちで英語話してるのが目に入ってきて
うひゃ~、やっぱ英語って必須かも?なんて
自分が恥ずかしくなってしまいました。

で、作品の方は監督自身が創作に影響を受け
親交も深かった、作家・政治家であり
友でもある故エミール・ハビービー氏の墓前で
近況を報告する、というようなもの。

自身の映画「ジェニン・ジェニン」が
国から上映禁止を言い渡される。
表現の自由を理由に、一度は退けたものの、
作品がイスラエル兵士を侮辱するものだとされ
兵士から名誉毀損で訴えられ、今なお法廷闘争中。
甥の二人もテロ容疑で起訴されてしまうという
ままならない状況。
質疑応答では、その背後に居るのは勿論
国家であると確信しているとの事。

イスラエルとパレスチナ、一体どちらが正しいのか?
監督は言う、どちらもバカなのだと。
なら愚か者同士手を取り合うべきじゃないのか?
何故それができないんだと訴える。

朝からもう3作品目でしたので、
ちょっとウトウトしてた部分もあるのですが
大体はそんな所・・・のはず。
愛やユーモアを持って僕はこれからもそれを
訴えていくよ、っていうような感じ。

まあ私の乏しい知識ではようわからんかった
ってのが本音ですけど、この映画祭が
そういう事を訴える場としても機能しているってのは
何と無く凄い事だなとか思いました。

この作品に限らず、他のドキュメンタリーや
いわゆる社会派映画なんかもそうでしょうけど
作品を通して世間に何かを訴えたい、
実際どこまで効果のあるものかはわかりませんが
そういうのって良いです。
映画ってただの娯楽じゃあないですし。
勿論、娯楽は娯楽としてあって然るべきとは思いますが。

映画祭全体に対して、これは意義のあるものなんだなと
今回初めて参加して感じました。
今まで知りませんでしたが山形人としてそこは
誇りに思いたいです。

関連記事
河瀬直美 垂乳女
http://truth.mo-blog.jp/area/2007/10/post_7bfb.html
ジョー・サッコ パレスチナ
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2007.10.08

エディット・ピアフ 愛の讃歌

原題:LA VIE EN ROSE
監督:オリヴィエ・ダアン
映画 仏・チェコ・英 07
☆☆★

そして「愛」は歌い継がれる――

とゆー事でエディット・ピアフ。
エビとピラフなら大好きですけど(寒っ!)
エディットさんの事は全然知りません。
「愛の讃歌」はCMか何かに使われてましたっけ?
その曲だけ聴いたことあります。

正直興味も無かったのですが、
某氏に見とけって言われたので、勉強がてらにと。
自分の興味あるものだけでは視野が狭まってしまうし
スタンプ溜めて使える無料券はそういうものにこそ
使うべき!という私のスタンスもあるので
ここぞとばかりに無料券を駆使して観て来る。

が・・・、う~ん、どうでしょうか?
正直な所、ちょっと微妙でした(汗)

時系列が飛び飛びではあるものの、
幼少の頃から亡くなられるまで描いてあります。
子供の頃は良いんですが、売れてからの
あまりの横暴さにはあきれ果ててしまいました。
酔っ払ってるシーンとか薬でラリってるシーンが
大半な為、見ていてちょっと気分が悪くなる。

物凄い苦労人で、大変な思いをして生きてきた
ってのもわかりますし、その歌には確かな実力が
あったってのはわかります。
でもだからってああいう態度がね、許されるとは
私は思いませんので。
どっかの沢尻とかいうバカ女じゃあるまいし。
プロレスファンの間では
「アントニオ猪木なら何をやっても許されるのか!」
という前田日明の有名なセリフがあるのですが、
勝者なら何をやってもかまわないという考え方は
私は賛同しかねるものがあったりするので。
っていうか単純にこういう横暴な人間が嫌いってだけですが。
そんな前田も雑誌記者殴ったりとか散々な事してますけどね。
「エディット・ピアフなら何をしても許されるのか!」
という気持ちがどうしても拭いきれません。

とは言え、その辺りは映画としてあえてやっている部分
でもあるのでしょう。単純に過去の偉人として
その功績を讃えるだけではなく、彼女をそんな風に
至らしめたものとは何だったのか?
一見華やかに見えるその影に潜む彼女の孤独、
弱さにあえて迫った作品になっていたと思います。

彼女の歌は素晴らしい!苦労を乗り越えた彼女の強さを
賞賛している映画だとは私は思いません。
たった一つの彼女の武器である「歌」、ただひたすらに
それに縋るしかないある意味での哀れな姿を描いた
作品だったではないでしょうか?

はっきり言って全く好感の持てない人物像ですし、
歌に縋る(或いは逃げる)姿は情けなくカッコ悪いです。
でもその情けなさがまた人としての姿である事は
否定できません。
これがただのお涙頂戴の物語であったのなら
それは安っぽい感動物にしかなり得なかっただろうと思うし
これはこれで骨太な作風として認めるべきかな、
とは思います。

幼少期の姿は可愛かったし、始めてその歌声を
披露した時はその声量に圧倒されてしまいましたが
(吹き替えなのかな?子役が実際に歌ってたら本当に凄い)
マリオン・コティヤール演じる大人の姿が・・・。
本人に非があるわけじゃないんでしょうけど、
ゴメン、野沢直子に見えて仕方なかった(汗)
しかもおばちゃんコントしてるような時の。
あの時代はああいうメイクや髪型が普通で、
多分本人を大いに参考にしてるんでしょうけど、
どうみても野沢のおばちゃん姿・・・。

ついでにもう一つ個人的な事を。
私は見ていて不愉快さの方が大きくて、
どうしても乗れなかったんですが、
前に座ってたおばちゃんが泣いてました。
「愛の讃歌」が流れる辺りがピークだったっぽい。
(鼻すする音でそういうのはわかりますよね)
その事については全く非難するつもりは無いです。
でも私はそれでまた余計に冷めちゃった。

勝手な想像で申し訳ないですけど、
こんな自分勝手で横暴な人間を見て、
感動した~とか言うんだろうなとか思うと、
男と女の温度差というか、感覚の違いみたいなのを
どうしても考えてしまって、妙に冷める。

いくら才能がある人だろうと、ああいう態度はね
良い気分しないですよ。
私が個人的に人一倍自分勝手な人間を
嫌ってるっていうのもあんでしょうけど。
スーパーマンみたいな謙虚さこそが大切なんだ、
とか思ってるくらいですし。ん・・・関係無いか。
個人的につらい事があったから他人に迷惑を懸けてもいい
なんていう道理は無いです。芸能の世界は治外法権
ってのが実際の所ではあるんでしょうけど、一般人に
そういうのを見せられてもね、良い気分ってのはないです。
泣いて謝れば済むとでも思ってるのか?
ふざけんな沢尻!・・・って、そっちかよ!
あっちは無料券使っても観る気無いですけど。

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ジェラール・ドパルデュー あるいは裏切りという名の犬
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2007.09.22

アヒルと鴨のコインロッカー

原作:伊坂幸太郎
監督・脚本:中村義洋
映画 日 06
☆☆☆★

神さま、この話だけは見ないでほしい。

オール仙台ロケ、原作者のかたも仙台出らしい。
福島の「フラガール」に続いて、ご近所映画
という感じで観て来ました「アヒルと鴨のコインロッカー」
山形もちょっぴり出てたな。
ヤマガダ人ばがにしてんじゃねえべな?
ってか庄内ロケでご当地映画とも言える
「ジャンゴ」無視してそっちかよ?
だって三池とかタラちゃんって時点で
観るの嫌だなぁって思っちゃうし。
時間の無駄というか。
一応チェックするつもりではいますけども。

前半は、退屈な青春コメディーだなぁ~
とか思ってましたけど、いわゆるネタバレ的な部分が
始まってからは、なかなか。
でもこれ、多分原作を先に読んだ方が
きっと面白いんだろうなぁ、ってのが。
それは原作読まないとわからないってのじゃなくて
映画だとどうしてもね、実写で生身の人間が演じてるから
上手く出来てる話だけど、ちょっとありえないな
って思ってしまうというか。

ブータン人と日本人の外見の差なんて
実際わからないとしても、
彼はどうやって生活してたんだろう?だとか
動物虐待なんてああいうバカ集団じゃなくて
普通は陰険な人間が一人でやるもんじゃないの?
とか余計な所に考えが巡ってしまう。
多分、本を読んで自分の頭の中だけで想像してる分には
さほど気になる所では無いんだろうけど。

あとはこれ、原作が一応のジャンル的には
「ミステリー」なんですよね?
なるほどあれはこういう事だったのか、
そういう部分では非常に上手く出来てるんですが、
なんかそれだけだなってのが。
外国人への対応の違いだとか、せっかく面白いテーマも
含めてあるし、きっとただのミステリーとしてだけでなく
そんな面があるからこそ原作は評価されたんじゃないか?
と勝手に想像するのですが、私はその辺りの部分の比重を
もう少し大きくしてほしかったかなと。

日本ってどうしても映画なりドラマなりでも
一番重要なのは「脚本」って言われがちなんだけど
私はそう思ってないので。
この作品も面白い脚本ではあるけれど、
その先が見えてこないのがちょっと勿体無い感じ。

あ、そう思うのは私がボブ・ディランを知らないから
ってのも大きいと思います。
きっとボブ・ディランに思い入れがある人なんかは
それだけで私の何十倍も理解度が違ってくると思います。
ディランを知らない私がこの作品を観ても
きっと本質みたいな所まではたどり着けない。
その辺りが悔しくもあるし、なかなか上手い脚本だな、
程度までしか作品に入りきれなかった要因でしょう。

突然隣からディランが聴こえてくる。
やべぇ、きっとこれは何かの導きだ。
というような特別なものを彼は感じたんだろうな
くらいは想像できますけどね。
あのラスト部分なんかもきっとディランって人なり
「風に吹かれて」で歌われている事を知っている人であれば
何かしらの意味を読み取れるんだろうと思うけど、
知らない私にはさっぱりでした。

そんな部分では引用(ちょっと違う?)ってのも
良い面と悪い面の両方がありますね。
ディランなんて一般常識の範疇だろう?
って言われると困るけど。
知らなきゃ楽しめないって程では無いにせよ、
ボブ・ディランを勉強してから観た方がより楽しめるし
その方が物事の本質に近づけるでしょう。

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発売日:2006-12-21

2007.09.21

王の男

原作:映画「王の男」(イ・ジュンイク監督作品)
漫画:冬乃郁也
角川書店刊 単行本コミックス
☆☆

「王の男」コミカライズ版。
CIELとかいう雑誌に掲載された奴らしい。
あとがき読むと試写会の後に書いたらしいので
映画の宣伝の為の作品であろう事を考えると
かなりの急ピッチで仕上げたんじゃないかと。
その割には結構上手く纏めてある。

映画のノベライズ版なんかに求められる
細部の描写説明とか、詳しい心理描写、
みたいなのを求めるのには向かないけれど。
あえてこれを手に取る必然性は皆無というか。
宣伝なんだからそんなもんだろうけど。

元が元だけにBL(ボーイズラブ)風ではあるが
それをクドくなく読めるのは結構面白いかも。
まあ映画のコミカライズですし、しかも外国の作品。
変な妄想入れて改変なんてできなさそうだけど。
って、私そもそもBL漫画とか読んだこと無いが。
元々の映画を私は普通の恋愛物として見たので
その辺りの部分で特にイメージと違うって感じはないな。
可も無く不可も無い極普通のコミカライズとして読める。

チャンセン、なかなか美形になってます。
面長の美形に無精髭生やせばワイルドっていう
記号化された絵の書き方はどうかとは思いますが
(美男美女しか描けない漫画家って個人的には嫌)
元々カッコ良い人でしたし、そんなに違和感は無いかな。

そのチャンセンとコンギル、不器用な二人が
互いにその優しさゆえにすれ違い、そして最後に
大切なものを見つける。話としては結構好きな部類。

コンギルが男である必然も映画と同じく
相変わらずわかりませんが、それはそれ、
文句あるなら映画の方に言えっつー事だな。

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イ・ジュンイク 王の男
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王の男 王の男
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発売日:2006-11

2007.09.14

浮き雲

原題:Kauas Pilvet Karkaavat
監督・脚本・製作・編集:アキ・カウリスマキ
映画 フィンランド 96
☆☆☆★

「街のあかり」間もなくこちらでも公開。
これと「過去のない男」とで、敗者3部作って事らしい。

不況の続くフィンランド。
突然のリストラで職を失った夫ラウリ
(カリ・ヴァーナネン)
トランプでリストラ対象を決めるって何か凄い。
大手チェーン店の乗っ取りに合い、
長年働いてきたレストランを解雇された妻イロナ
(カティ・オウティネン)
二人同時に職を失い、途方に暮れる夫婦。
互いに何とか新しい職を見つけるも、
結局は上手くいかず。
家具やテレビも差し押さえられ、
車も手放すハメに。
少ない資金を元手にカジノで最後の勝負に出るが
結果は惨敗。全てを失った二人。

何をやっても上手く行かない。
人生ってきっとこんなもの。
そんな諦めの境地にも思える。

でもこの二人、別れ話も出なければ
(一度は諸事情あって奥さんが家出るけどすぐ戻る)
不幸を嘆いたりも決してしない。
「最後まで絶対にあきらめない!」っていうような
希望に満ち溢れた主張があるわけじゃないです。
諦めでもなければ希望でも無い。ただ受け入れること。
この後の「過去のない男」にも通ずるものがありますし
トーベ・ヤンソンの「ムーミン」なんかにも
近い哲学を感じます。
あ~、フィンランドだな~って凄く思う。

「ムーミン」とか「かもめ食堂」に惹かれたが故に
フィンランドについても多少ながら知識を得ました。
教育レベルが高くて、世界中にフィンランドの教育方法が
モデルとして注目されたりもしてますが、
失業率も多いし、自殺者も多い国なんですよね。
決して普通の人がイメージの上で語りがちな
のどかなだけのパラダイスなんかじゃない。

有名な「エアギター選手権」なんかを始めとして、
携帯をぶん投げて飛距離を競う
「携帯電話投げ選手権」やら
自分の奥さんを担いで障害物競走をする
「奥様運び大会」なんつー変な事をやってのも
またフィンランドの特徴の一つ。

独特の国民性ってのがあるんでしょう。
カウリスマキもそれを現す象徴の一つだろうし、
何かね、この作品の主人公夫婦の関係性、
私は凄く惹かれます。
多分愛し合っているんだと思う。
お互いがお互いをきちんと信じあっているというか。
それと同時に、運命を共にした連れ合いだとか、
一蓮托生みたいな感覚の、決してネガティブな意味ではない
変な諦めの境地ってのも同時にあるんだと思う。
何だか良いですねぇ。まさにパートナーというか、
私もこういう人の関係性を築きたいものだなと思う。

事あるごとに奥さんに花をプレゼントしたりとか
「許してくれ」「許せないわ」
「帰ってきて欲しい」「帰るわ」
みたいな会話だとかさ、凄く素敵です。

最後はハッピーエンドで終わるんですけど
それは一生懸命努力すれば夢が叶うとかって
主張が籠められているわけではない。
(いや、努力はするし必要なんですけどね)
まさにタイトルの浮き雲の如く、
風に流されるままに生きる雲のような生き方と、
青い空に浮かぶ真っ更でありつつ絶対的な個性が
浮き彫りになる白い雲がここにはある。

う~ん、良いな。ますますフィンランドへの憧れが
私の中で大きなものになりました。

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荻上直子 かもめ食堂
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真夜中の虹/浮き雲 真夜中の虹/浮き雲
価格:¥ 5,229(税込)
発売日:2002-05-24

2007.09.06

ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序

EVANGELION:1.0 YOU ARE (NOT) ALONE.
原作・脚本・総監督:庵野秀明
映画 日 07
☆☆

エヴァ、特に思い入れとかはありません。
リアルタイムでブームになってた時も
深夜に再放送やってたのをたまたま一度か二度くらい
横目で見てただけで、劇場版とかも全部終わって
ブームが沈静化した後に、一応観ておくかな?
程度で全部纏めて観たっていう感じだったかと。

それでも正直、なんだかなぁという印象でした。
いや、つまんなくは無かったんですけど、
私は富野信奉者でしたので、
エヴァの作り手、まあ庵野だな
最後は逃げちゃったなっていう印象があって
そこがどうしても許せなかった。
「逃げちゃダメだ」と言ってる本人が逃げたら
元も子もないし、何の説得力も無いだろうって。

精神が壊れるまで、いや壊れて尚逃げなかった
富野みたいな人こそ信じられるし、クリエイターというのは
そうあるべき、って思ってたし、今でもそうかな?
自分のした事は自分で責任とりましょうよ、
それが大人でしょう?っていう。

TV版全26話で終わらせておいて、
ちょっと観念的で難しすぎましたかね?
あれはこういう事なんですよ、とか説明する程度で
終わってれば良かったと思うし、マニア絶賛のカルト作品
程度であれば何も問題は無かった。
元々ガイナってそういうオタク集団だったんだし。

それを許さなかったのが「ブーム」ってものなのでしょう。
TV版で幕を下ろして、作り手側は
「いや~終わった終わった」って一息ついてる所で、
プロデューサーか誰かが突然ガチャっとドアを開けて
「誰も帰ろうとしません。納得してないみたいですよ。
 このままじゃ暴動騒ぎになりそう!何とかして下さい!」
え?そうなの?おいおいどうするよ?
とりあえず劇場版で続きやるからって言って
今日の所は何とかお引取り願おう。
みたいなゴタゴタから生まれたのが劇場版。
(あ、事実とかじゃ無いですよ。私の勝手な認識の上での話)

ネットで叩かれたりしたのをいちいち気にして
それを映画の中で見せて仕返ししたりとか(子供かっつーの)
大きくなりすぎて自分の手に負えなくなったから
まるで駄々っ子の如く全部壊してしまえ!だとか
挙句の果てにはもう自分で尻拭いできないのを悟ってか、
富野の「イデオン」をそのまま倣っちゃったりとか
そんな感じで何とかブームを沈静化させた。
最後の劇場版の後の一般層の引きっぷりは
傍から見ていて笑っちゃうくらいに見事でした。
ははははは、これで終わりなんだね。
うん、もういいや(汗)みたいな。

そういう意味ではきちんと最後まで責任を果たした
とも言えるな。
自分で火をつけたものを最後は自分の手で
必死になって消火したと言うか。

でも多分その頃はそれで精一杯だったんだろうけど、
どこか自分でも納得いかない部分があったんじゃないかな?
それは後になって気が付いたことかもしれないし、
今ならその時より自分も成長したし、もっと上手く
出来るんじゃないかなぁ?って。
それが「新劇場版」に繋がると。

とりあえず鎮静化はしたものの、飛び火したものだってあるし
何より自分の中にまだ燻っている火種が残ってたと。
そういうもの全部纏めて面倒みちゃいましょう!
と再び立ち上がった。

当たり前だけど、シンジ君=庵野って部分があって
「エヴァ」という大いなる運命に巻き込まれ、
「逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ」って自分に言い聞かせて
とりあえずなんとかゴールまで辿り着いたけれど
そこで得られたものは結局の所自己満足。
自分はここに居ていいんだ、と自分が納得するまでの物語。

でもね、物事ってのは「自分がどう納得するか」なんて
実は大した事じゃあない。相手にどう納得してもらうか?
じゃあないですかね?
いくら自分の中で納得していようが、それこそ相手に
「気持ち悪い」って言われたらそこで終わりですよ。

「自分はここに居ていいんだ」ってのは、
自分のATフィールドの中の話じゃないっすか?
なんか結局は閉じてる気がする。
新劇場版、今度は「自分が納得する事」ではなくて
「相手に納得してもらえるもの」を見せてくれるんじゃないか?
なんて気がしてますがいかがでしょう?

「この10年間でエヴァを超えるアニメは出てこなかった」
なんていう、ややもすると挑発的にも思える
プロデューサーのコメントがあって、それが何だが
面白かったので、特に好きでもないエヴァに今回は
足を運んでみた、っていうのが私にはあるんですけど
(来週から忙しいけど今週は観る物無かったってもあるが)
確かにそうなんですよね。
いや、わたしゃガンダムくらいしか観てないのでわかりませんが
昔のブームの時に印象に残ってる事があります。

筑紫哲也(だったと思う)がニュース番組で
「みなさんはエヴァンゲリオンって知ってますか?」
なんて言い出したんですよね。勿論、別に筑紫が
実はエヴァファンだった!とかそういうのじゃなくって
若い人の間で爆発的なブームがおきている、みたいな
ちょっとした特集があっただけの話なんですが、
何本か筑紫が実際に見て「なるほどこれには若者の
心を捉える何かがあるんだろうなと思えますね」
なんて感じのコメントを出してたのが記憶に残ってます。
筑紫とエヴァ。なんか強烈だなぁ。

社会問題として取り上げられる位の爆発的なブームだったと。
「ガンダムSEEDを知っていますか?」
「エウレカセブンを~」「コードギアスを~」なんて
流石に筑紫は言って無いだろうなと(言ってたりして)
そんな部分でもやっぱりエヴァって凄かったんだなと。
その後10年でそんな物は無いはず。

とは言え、今回観て感じたのは、やっぱりシンジ君と同じ
12~3歳くらい(もうちょっと上だっけ?)の子が
シンジは僕なんだ、みたいに思いっきり感情移入して見るのが
一番正しいエヴァの見方なのかなとも。
いい歳した大人が一生懸命になって観るには
ちょっと厳しいと言うか、若干緩いと言うか
多分作ってる方もあんまし大人にも観てほしいとかは
思ってないんじゃないかな?ってのも。

この辺りはどうなんでしょう?ブームの時に蒔かれた
エヴァの火種がまだどこかに残ってる人なんかは
なんとなく気になって見ちゃうとは思うけど、
旧劇場版で完全に火種が消えちゃった人なんかは
また観たいと思うものなんでしょうかね?
エヴァ懐かしいよね、なんて感覚よりも
結構トラウマになってる人も居るんじゃないかって思うし、
(そこは庵野凄いわな)その辺はちょっと気になります。

話の方は昔のと大差ない感じです。
私は通して一度観ただけなので細かい所は覚えてませんが
そんなに違いみたいなのはわかんなかったです。
予告を見る限りでは次回から新キャラ新エヴァ登場で
全く別の話になりそうな雰囲気でしたけど。
(今回はスタッフのリハビリとか資金調達が目的かな)

でもガンダムなんかと違ってツギハギ総集編みたいな感じは
ほとんどないですね。普通に一本通して観れる。
この辺はガノタとしては悔しい限りだ。

ただ、いきなり基地につれてこられて
何の説明もなしにエヴァ動かしなさいって
言う方も言う方だし、シンジ君もそこでいきなり
「逃げちゃダメだ」ってのも変な話だ。
元からそうなのか、時間の都合かは知らんが、
どっちもどっちだ、って思ってしまった。
その辺がまさに相手のことは無視して自分の都合だけで
物言ってる、ってのではあるけれど。

あとは最後の「笑えばいいと思うよ」も
えらく場違い臭いセリフだなぁと。
いや、そこで笑う人居ないだろうって。
あれはどこまでも場を読めないシンジ君と
場違いな事すらわかってない綾波の異常さ、
みたいなのを強調する場面なんだっけ?
その辺はよく覚えてないです。

シンジ君、私にも重ねられるタイプのキャラクターなので
(少なくともトウジやケンスケじゃないし)
全部が全部では無いにせよ、結構気持ちわかります。
こういう人も世の中に居るものです。
と、考えるとネルフの大人達の中にも
かつてはシンジだった人って居るんじゃないのかなぁ?
甘やかすだけなのは良くないけど、誰かフォローしてあげて!
なんて思ったのは私だけでしょうかね?
学校の先生になる人は基本的に優秀な人なので、
落ちこぼれの人の気持ちは理解しにくい、ってのと同じなのか?
ネルフって基本的に優秀な人ばっかだろうし。
話の都合っちゃあそれまでだが。

ううむ。長々と語ってしまった。
最後のエンディング、宇多田の「Beautiful World」
結構良かった。完全にシンクロとは言わないまでも
作品に上手く重ねられる感じで良いです。

どんな事だってやってみれば経験値くらいにはなるよ
的な部分がね、私も好きな考え方なので。
そんなねぇ?生き方が上手な人なんかは
どんどんレベルアップしていけるけど、
下手な人は下手なりにね、例え経験値が1とかでも
そういうので地道にレベル上げてくしかねーよな
っていう。シンジ君もそんな感じで頑張ってほしいぞ。

私も負けてらんねーな、と帰り際によく寄るコンビニで
馴染みの可愛い店員さんに声かけてみました。
「あの、彼氏とかは居ますよね?」「居ます」
・・・返答の間僅か0.3秒。
何こいつ?超うぜぇ~って視線と共に。
はうぁっ!経験値1は手に入れられたけど
それ以上のダメージポイントももらいました。
効率わるっ!
ははは、ねぇシンジ君、現実は怖いし厳しいよね。

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2007.08.23

オーシャンズ13

原題:Ocean's Thirteen
監督:スティーブン・ソダーバーグ
映画 米 07
☆☆☆

ド派手なリベンジにしようぜ。

つー事で「オーシャンズ13」
始まった当初はまだまだ若手俳優って感じだった
マット・デイモンも最近はすっかり大物俳優。
ドン・チードル辺りも頑張ってるけど
ブラピ、クルーニー辺りと比べたら
まだまだ扱いは低いのか?

今回は敵役にアル・パチーノを迎えて
一応シリーズ完結編。
ジュリア・ロバーツとキャサリン・ゼタ・ジョーンズは
今回出番無しなので、非常に男成分高し。
エレン・バーキンって人は私よく知らないし。

オーシャンズの重鎮ルーベンがパチに一杯食わされて
寝込んでしまった。おのれ許さん!みんなで復讐だ~
ってのが今回のお話。
資金援助って形で、敵対していたアンディ・ガルシアも
今回は見方に引き込んで、カジノホテルを新規開店する
パチに一泡吹かせてやる!と。

え~と、ゴメンなさい。正直な所退屈しちゃって、
疲れてたのもあって終盤ウトウト。
リベンジの為の準備だけちゃんと見てて
盛り上がり所の部分は記憶が定かじゃないです。

前作で出てきた怪盗ナイトフォックス
(ヴァンサン・カッセル)まだウロウロしてる~
とか、媚薬でうっとりとか随分レトロな展開だな~
とか、変なとこだけ飛び飛びで憶えてて、
後は多分寝てました。

なので評価うんぬんは特に無いです。
しゃあないのでレンタルでも出たら2回目見ようかな
・・・って感覚も無いかも。
「11」も「12」もそこそこ面白かったですけど
特に思い入れがある作品ってのではないので。
ごめんなさい(汗)

デスノのスピンオフ「L」のパロディー予告とか
やっててそっちはちょっと面白かったです。

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2007.08.21

イディオッツ

原題:The Idiots
監督・脚本・撮影:ラース・フォン・トリアー
映画 デンマーク 98
☆★

「奇跡の海」「ダンサーインザダーク」と
これを合わせてゴールドハート(黄金の心)3部作
って事らしいです。

イディオッツとは白痴とか愚者とかの意味。
トリアーらしく普通の映画とかしか見慣れて無い人が
もし見てしまったら火つけて燃やしたくなる作品。
人間のクズみたいなの描かせたら
この人の右に出る者は居ないでしょう。

あるレストランでの一幕。
カレンが食事をしていると、知的障害者らしき二人が
客に迷惑をかけはじめる。レストラン側に追い出され、
カレンも彼らの手をとり一緒に外に出る。
しかし、彼らは障害者を演じていただけだった。

絶対やっちゃいけない犯罪です。
彼らは、障害者にやさしくなんていう考えをあざ笑う
イディオッツという集団だった。
もうこれだけで胸糞悪くなる。

次々とそんな事を繰り返し、彼らの集団は
何もしないで暮らしている。
障害者ならば、何をしても罪に問われないと
やりたいほうだい。
外国ではどうなのか知りませんが、日本では
第○級身体障害者とか、きちんとした認定証があるので
実際こう事は上手く運ばないはずなのであしからず。

とりあえず、そんな悪意はあくまでお話として置いといて
かのブッダ(手塚のね)も言ってましたけど
人間、バカが一番幸せなのです。
何も考えないで生きれば悩みなんて無いと。
考えるから悩みや苦しみが生まれる。

イディオッツ集団、詳細までは明かされませんが
現実に色々と問題を抱えている人達の集まりのようです。
多分、だからこそバカに憧れ、それを演じている。
勿論それは実際の所、逃避でしかないのだけれど。
で、そういう人を演じている間に、実際にそうなっていく。
ある意味では宗教とかマインドコントロールに
近いのかもしれません。
何かを信じること、何かを神聖化する事
それは自分で考える事を放棄しているのと同じ事。

「奇跡の海」も「ダンサーインザダーク」も
その純粋さが心を打つ、っていう人が中には居ます。
でも私はそうは思わない。確かにそういう部分もありますし
その純粋な美しさの反面、危険性も同時に描いてある。
(つーかトリアーが「感動作」なんか作るはずも無いので)

主人公のカレンがイディオッツと行動を共にし
彼等を理解しようとした理由が後半明かされます。
自分の子供を失った悲しみからの逃避。
あまりにもつらい現実から逃げたかった。
狂ってバカになってしまえばこの苦しみから逃れられると。

そう、実は彼女はジョーカーになりたかったのだ。
アラン・ムーア作「バットマン:キリングジョーク」
あるいは「ウォッチメン」のコメディアンでも良い。
世の中の不条理、世界がこんなにも狂っているのならば
自分も狂気の世界に身をおけば幸せになれるんじゃないか?
多分、そういう作品なのではないかと。
これはトリアー版キリングジョークなのかもしれない。
彼女がジョーカーになれたか否かは定かでは無いが。

自らの愚かさを受け入れ、いっその事愚者として生きれば
そこにはどんな世界が待ち受けているのだろうか?
自らを取り巻く全てを捨て去る。
例えば「服」も自分を縛り付ける理性の鎖ならば
素っ裸になって街へ飛び出せば良いのだ。
それを実行してみたら・・・
現実の厳しさを実感させられるだけだろう。

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2007.08.16

女はみんな生きている

原題:CHAOS
監督・脚本:コリーヌ・セロー
映画 仏 01
☆☆☆☆☆

凄いものを観た!
「サン・ジャックへの道」でオススメされたので
早速こちらを手に取る。

冒頭のアバンタイトル、見知らぬ女性が暴行を受け
血みどろのシーンから始まるので、
ありゃ?何か違う奴借りてきちゃったか?
と思っちゃいましたが、間違ってませんでした。
入院してる姿もまるでホラー映画で
一体これは何なんだ?と観ていて不安になる。
サスペンスでありながらコメディーという異色さが
風変わりな個性として光ります。

男尊女卑で虐げられる、女の逆襲!
という感じのお話ですけど、私が思い出したのは
「ショーシャンクの空に」だったり。

好きな映画はショーシャンクって言えば映画通
みたいな風潮が私は嫌で嫌でしょうがない。
別にあの映画が悪いものだとは思いませんが、
あれを「感動」って括りで消費してる事が嫌いなのです。
だってあれ、他人の金をくすねて幸せになるじゃないですか
無実の罪で投獄されて、その逆境の中でも
懸命に生きる姿が感動を誘うとかって言われてるけどさ
全然そんな綺麗な作品じゃねーだろ。

やられたらやり返せ!的な精神とか
狡猾さによってちゃっかりおいしい所を持っていく
というような、ある意味での汚さとかが垣間見える
ブラックな作品である、というのが私のショーシャンク評。
なのでこの「女はみんな生きている」にも
同じような臭いを感じました。
でもこっちの方が全然良いです。

強制収容所になんか入んなくても
女は日常の中で奴隷みたいな扱い受けてるのよって。
男はね、女には逆立ちしたって敵わないって
きっと本能的に知ってるんですよ。
だから力で押さえつけようとしたり、
男の方が偉いんだって風潮を作って
それに従わせようとする。そういう事です。多分。
新しい命を生み出せる女と違って、
男は戦争でもやって勝手に無駄に命を散らしてればいいんだ。
って、「Vガン」のマリア主義入ってるな、私。

と、そんな話は置いといて
虐げられた女達の復讐劇!として、観ていて非常に痛快。
二人の主人公の内の一人、ノエミは売春婦で
(「ショーガール」じゃないぞ)
色々と重たい過去を背負っているのですが、
何分作風がコメディータッチですので、重い部分はありつつも
それ一辺倒にならずにきちんと笑わせてくれます。
これが完全にシリアスなドラマだったら、テーマ的にも
ああじゃないこうじゃないって言いたくなるのですが
コメディーなんだからこういう主張も
笑って許せてしまう感がありますね。

もう一人の主人公エレーヌは主婦。
炊事洗濯、めんどくさいことは全部女に任せてしまえ
っていう男に対しての些細な反抗。全面戦争よ!って。
一人は犯罪がらみ(売春組織)の反抗で
もう一人は夫(と息子)への反抗という
そんな二人の落差がまた楽しい。

若い娘がヒステリーおこしたりとか、
それが次の日にはすっかり仲良くなってるという
理解しがたい一貫性のなさを描いていたり
ノエミが「愛って何?セックスする事?」とか
聞いてきたり(つまり彼女はまともな男を知らないだけ)
ただ男を扱き下ろして女を持ち上げるってだけでなくて
色々と含みを思わせる細かい描写もなかなかに秀逸。

酸いも甘いも知り尽くした人生の深み、
或は余裕みたいなのが感じられて良いです。
それがきっと最後のおばあちゃんの
ラストカットに繋がるのでしょう。

うん、何だかちょっと女って羨ましいかも?
なんて思ってしまった。
私はどこまで行っても男なので、どうしてもその
一貫性の無さを受け入れがたい部分はある。
でも、決して楽では無いけれど一喜一憂の感情と、
その起伏が楽しくて生きてるのがきっと
女って生き物なんじゃないかな?なんて。

「シンシティ」辺りを見て、これが男の生き様だぜ!
なんて言ってる男の姿が情けなく見えちゃいますね。
でもいいんだ。男と女は違う生き物だからこそ
二つが重なることでもっと違う何かが生まれる。
相反するものだからこそ、自分とは違う何かを求めて
お互いに男と女というのは惹かれ合うのでしょう。
・・・そう思わなきゃやってられん。
ってか私は一体何を語ってるのでしょう?(汗)

関連記事
コリーヌ・セロー サン・ジャックへの道
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発売日:2004-06-11

2007.08.10

オー・ブラザー!

原題:O Brother, Where Art Thou?
原作:ホメロス「オデュッセイア」
監督・脚本:ジョエル・コーエン
映画 米 00
☆☆☆

オーシャンズ13間もなく公開ですし、
コーエン兄弟×ジョージ・クルーニーな
こちらをチョイス。

クルーニーと言えば都会的でお洒落なプレイボーイ
的なイメージですけど、こっちは全然別路線。
小汚い脱獄囚だ。でも髪型には気を使うぞ、みたいな。

古典(?)「オデュッセイア」の現代劇風リメイク、
みたいな作品らしく、あの場面をこんな風に
アレンジしてあるのか!みたいな所が
面白味のようですが、そちらの方はわからんのでパス。

天国と地獄、天使と悪魔、そのくらい極端な
人生の浮き沈み、って所がテーマでしょうか。
人生山あり谷ありというか。
不条理コメディーこそがコーエン兄弟の持ち味
と言って良いのかな?

銀行強盗に成功してうっはうは!
でも次の日暴漢に襲われてすっからかん、みたいな。
その辺の展開が面白い。
神父様に罪を洗い流してもらって
今日から清廉潔白だ!
でも次の日また罪をおかしてる、とかね。

神に仕える人とかサタニストも出てくるので
ちょこっと宗教的な感覚も入るのだが、
その辺りもあくまでコメディーに徹しながらも
白と黒、善と悪、希望と絶望、そういう反するものの
境界線の曖昧さを描いて、倫理観をゆさぶる。
勿論、そんな小難しいものではありませんが、
バックグラウンドの部分には意図してそういう事を
やってるのが見えますね。

あとはやっぱり「ずぶ濡れボーイズ」
カントリーミュージックが心地良いです。

ラジオ放送の所は「今宵フィッツジェラルド劇場で」
なんかを彷彿とさせます。
そのフィッツジェラルド劇場もそうですが、
実際にこういうやつってやってるんですよね。
日本人の私はその程度の認識ですけど、
その手のラジオ、実際に聴いてる文化圏の人なんかは、
きっと、あ~わかるわかる!って感覚なのでしょう。

海外のコメディーって日本じゃ受けが悪いので
そもそもあんまり入ってこないってのもあんでしょうけど
やっぱりイメージとしては下品でくだらねぇ~
っていう感覚があるけども、そういうのとは
ちょっと毛色が違いますね。
その辺がコーエン印たる所、という所かな。

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ロバート・アルトマン 今宵フィッツジェラルド劇場で
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オー・ブラザー! オー・ブラザー!
価格:¥ 3,990(税込)
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2007.08.04

エコール

原題:INNOCENCE
原作:フランク・ヴェデキント「ミネハハ」
監督・脚本:ルシール・アザリロヴィック
映画 ベルギー・仏・伊 04
☆☆☆

少女たちはどこから来て、どこへ行くのか?

とゆー事で「エコール」
何気にこれも映画館に上映希望のリクエスト
出したんですが、結局こちらでは上映されませんでした。
もし上映してたらしてたで、多分観に行くのに
すっげぇ勇気が居る作品でしょうけど。
一見やばそうなロリータムービーなので。

レンタル店にも入ってなくて、どうしようかな~
とか思ってたのですが、中古のDVD
安い奴あったので確保。ついでにパンフまで。

棺桶の中に入れられて運ばれてきた少女イリス。
そこは7歳から12歳までの少女のみが暮らす
外の世界からは隔離された森の中の学校だった。
教師も全て女。男の影は一切無し。
無垢な少女達だけの世界。

なんかこれって物凄くヤバいものなんじゃないの?
等という想像もしてしまうし、そこはかとなく
インモラルな要素も無きにしもあらずなのだが
そっちの方向に話が転がるわけでもなく、
これが一体何なのかも明かされません。
監督も女ですし、純度100%のアート映画。

少女の美しさを描いた作品、なんて言っちゃうと
別に間違ってるわけでもないのだが、
そんな言い方をするのはあまりにも無粋。

無知を承知で言ってしまうと、多分これって
「ゴスロリ」の世界に近いんじゃないかなと。
いや、ホントに私ゴスロリの本質なんてさっぱり
知らないんですけども。

パンクとか入って無さそうな、甘甘な
ベビードールみたいなやつ、あれって多分
限られた少女時代のみが持つ美しさみたいなもの、
言い方は悪いかもしれませんが、そこにしがみついてる
って感じの表現なんじゃないですかね?
全然違ってたら申し訳ない(汗)

でもって多分その「限られた間だけ」ってのが重要で
12~3くらいかな?初潮を迎えることによって
肉体的にも精神的にも「少女」から「女」へと
変化していく。それは自身の意図に関係なくね。
少女時代っていうのは自然に終わりが来るものだから
そこに滅びの美学なり瞬間の美学ってのが
あるんじゃなかろうかと。
処女性うんぬんにも近いのかもしれないが
多分そのちょっと前にある感覚。

勿論、男だって変化はあるだろうけど、
女に比べたらそう極端な変化の意識ってのは無いはず。
真逆の例え方をすれば、男が父親になる感覚と
女が母親になる感覚ってのは大きく差がある
ってのと同じような感じ。
少女から「生理」が来る事によって女になって
さらには「妊娠」して母親になる。
じゃあそれに対する男ってどうなのよ?って話だ。

マタニティ的な所をテーマにした作品もたまにあるけど
そういう感覚ででロリータってものを女の感覚で描いたのが
この作品なのでしょう。

妊娠なんつー事象に対して、無意識的なコンプレックスを
抱いてみたり、あるいは必要以上に神格化してしまう風潮が
あるのは、逆立ちしたって男には理解しようのない事だから
じゃないか?ってのが私の自論です。

それと同じで、女にしかわからない「少女」感覚ってのが
きっとあって、そこをもっと大事にしましょうよ
と言ってる気がしてならない。
授業風景で、蝶を例題にしてその変化を語ってたりするのは
そういう事なのでしょう。
女は変態する生き物で、その感覚を理解できるのも女なのだと。

少女の中にそこはかとない女のエロティシズムを感じた、
なんていうありきたりなコメントしか出せないのが男。
女の変態が「動物が発育の途上、時期に応じて形態を変える事」
ならば、男の変態は文字通りの変態趣味なのである(スマン)
つまりは、男が見たってこの作品の本質には辿り着けない。

そうそう、変態繋がりで(繋ぐのかよ)、
この作品の撮影監督、ブノワ・デビエって人なのだが、この人
あの「変態村」でも撮影をしてる人なんですね。
(パンフのインタビューでその辺書いてあった)
もしかして「変態村」ってC級ホラーサスペンスとかじゃなくて
あれって実はこの作品と同じくアート映画だったのだろうか?
などとも思ってしまった。うん、多分そんな事無いけど。

普通に話を追う分には全然つまんないですけど、
アート映画と割り切って、その意図を読み解くって部分では
なかなかに深くて面白い作品。

あとね、女の子達の真っ白な制服が可愛くて可愛くて
ほらこの↓ジャケット写真なんてもう辛抱たまら・・・
って、やっぱ変態かよ!

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押井守 イノセンス
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エコール [DVD] エコール [DVD]
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発売日:2007-04-04

2007.07.15

あしたの私のつくり方

原作:真戸香
監督:市川準
映画 日 07
☆☆☆★

大人になった少女たちに、
見てほしい物語があります。

とゆー事で「あしたの私のつくり方」観て来ました。
その前の「トニー滝谷」とかも観て無いし、
最近人気あるらしい主演の子、成海璃子も知りません。
女の子ムービーっぽいですし、どう考えたって
私が観るような作品じゃあ無いっぽいですが
スケジュール的に何も観るものが無かったのと、
無料券の期限がそろそろだったので、あえてこちらを。

女性客が大半かな?と思ったら、野郎ばっかという
あまりにも奇妙な客層。女の人はカップルが一組居ただけ。
え~~~っ?男一人で観るような映画でも、
カップルで観るような映画でもないでしょう?
女一人か、女の友達同士で観るガーリー物だろうて。

後で知ったのだが、主演2人の方の片割れ
前田敦子って子はアイドルユニット「AKB」の人だったぽい。
もしかしてそっち系の客層でもあったのかな?
まあ私がとやかく言う事でも無いのだけれど。

そんな事情があって観たんだけど、
これが思いのほか良かった。
石原真理子とか出てきた時は、あまりの胡散臭さに
これ絶対失敗したな~って後悔したけど、
終わってみたら、観て良かったと思えるなかなかの良作。

彼氏と共に、セリフは棒読み臭くて演技としては何だが
コトリよりもヒナの方が可愛かった。
転校を機会に、皆が望む可愛い女の子を演じることで、
人気も出たし、彼氏も出来た。一見幸せだけれど
本当の自分って何よ?と違和感を抱える。
何だ